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第56魔:ロマンチック

「公園で遊んでくるー」

「だーくん、暗くなる前には帰って来るんだよ」

「わかってるよ」


 ホント、お母さんは心配性なんだから。

 僕ももう五年生なんだから、いつまでも子供じゃないよ。

 さてと、今日は誰がいるかな?

 僕は公園に着くと、辺りを見回した。

 でも今日はまだ、誰も来てないみたいだ。

 あーあ、サッカーやりたかったのにな。

 しょーがない、来るまで待つか。

 僕はブランコに乗って、何の気なしに空の雲を眺めた。


「あ! パパ見ーっけ!」

「え?」


 いつの間にか目の前に僕と同い年くらいの、とても可愛い女の子が立っていた。

 今日は日曜日なのに、なぜかランドセルを背負っている。

 誰だこの子?

 こんな子、この公園で見たことないけど……。

 それに今、『パパ』って言った?

 今この公園には、僕しかいないけど?


「あのー、君今僕のこと、パパって言った?」

「キャー! まだ声変わりしてないパパカワイー!! ちょっとだけ、ちょっとだけ監禁してもいい!?」

「え……」


 何だこの子……。

 『監禁』っていうのは、確かどこかに人を無理矢理閉じ込めることだよね……?

 それって犯罪じゃなかったっけ?

 外には危ない人が多いから気を付けろってよくお母さんが言ってるけど、まさか同年代の女の子で、こんなヤバみ力530000くらいありそうな子がいるなんて……。

 この子の親は、どんな教育してるんだよ。


「ねえ、どっかで会ったことあったっけ? あと、なんで僕のこと『パパ』って呼ぶの?」

「アハハ! それはね、パパが大人になったらわかるから楽しみにしてて!」

「……へえ?」


 あ、この子はガチだな。

 やーっべ。

 どーしよ。

 よわい十一にして、早くも人生最大のピンチを迎えたわ。

 何とかしてこの子と話すのは今すぐやめないと、僕の今後の人生に悪影響を及ぼすこと必至だわ。


「ねえねえ、パパ」

「ん? って、うおっ!?」


 女の子の顔が、僕の顔に触れそうなくらい、近くにあった。


「ち、近い! 近いよ君! 僕から離れてよ!」

「えー、なんでー。私もっとパパとイチャイチャしたいよー」

「イチャイチャって……」


 なんで僕は初対面のこの子に、こんなに懐かれてるんだ!?

 こんなところ友達に見られたら、絶対からかわれる!

 それは恥ずかしいよ!

 ……でも不思議だな。

 確かにこの子とは初対面なはずなのに、何故か他人とは思えないんだよな。

 本当はどこかで会ったことあるのかな?


「……君、名前は何ていうの?」

「アハ! パパは何て呼びたい?」

「え」


 何その返し?

 よく大人の女の人が言う「いくつに見える?」の発展版みたいなもの?


「……僕には教えたくないんだね」

「んー、そーいうわけじゃないんだけどね。私の名前は、パパが付けてくれたんだし」

「え? そうなの?」


 ああ、今の『パパ』は僕のことじゃなくて、この子の『パパ』のことか。

 やっぱり僕のあだ名が『パパ』なのは、随分ややこしいな。


「だからパパが大人になったら、私の名前を考えてね」

「は?」


 今の『パパ』は、僕のことか?

 なんで僕が大人になったら、この子の名前を考えなくちゃいけないんだ?

 ヤバい、頭がこんがらがってきた。

 僕の中で、『パパ』がゲシュタルト崩壊してきた(まあ、ゲシュタルト崩壊がどんな意味なのかは、よく知らないけど)。


「ねえねえ、パパはここで何してるの?」


 女の子が僕の隣りのブランコを、勢い良く立ち漕ぎしながら聞いてきた。


「……別に。友達を待ってるだけだけど」

「ふーん、その割にはあんまり待ち遠しそうじゃないね?」

「そ! ……そんなことは」

「何か家にいたくない理由でもあるの?」

「え!?」


 この子はエスパーか!?

 もしくは魔法使い!?


「私でよければ話聞くよ?」

「……」

「人に話すと楽になることもあるってもんさね」


 急に口調が場末のスナックのママみたいに!?

 そう言ってる間も、ブランコの勢いはギュンギュン増していくし。


「……家にいたらお父さんに、麻雀の稽古させられるからさ」

「麻雀の稽古?」


 女の子はブランコをピタッと止めた。

 む!?

 ブランコってそんな急に止まるっけ!?


「麻雀の稽古が嫌なの?」

「……うん」

「なんで?」

「なんでって……お父さんは凄く厳しいし、同級生で麻雀なんてやってるの僕だけだし……。本当は僕だって、友達と一緒にサッカーとかがしたいんだよ」

「麻雀は楽しくないの?」

「! それは……」


 僕は心の柔らかい部分を、チクりと突かれたような気持ちになった。


「楽しく……なくはないけど……」

「アハハ! そうだよね!」


 女の子は、そりゃそうだよね、とでも言いたげな顔で言った。


「な、なんで君が、そんなことわかるんだよ!」

「だってパパは、いつも楽しそうに麻雀してるもん」

「え……」


 ああ、今のはこの子の『パパ』のほうか。


「そりゃ、大人は麻雀楽しいかもしんないけどさ」

「でも、パパも麻雀楽しいんでしょ?」

「……」


 今の『パパ』は、僕だよな?


「だったらいいじゃない。パパはいつも言ってるよ。『楽しいことは楽じゃない』って。辛いことや苦しいことを乗り越えた先にしか、本当に楽しいことは待ってないんだって」

「楽しいことは楽じゃない……」


 何故かその言葉が、僕の中で何度も反響した。


「そ。だから今辛いのは、将来楽しくなるための、先行投資だよ」

「せんこーとーし?」


 って、何?


「好きな新連載の漫画が打ち切りにならないように、アンケートいっぱい出すみたいなことだよ」

「表現が生々しい!?」


 ……でも、そっか。

 この子の言ってることも、少しはわかる気がする。

 僕だって本当は、麻雀が好きだ。

 それに、麻雀をやってる時のお父さんの背中は、とてもカッコイイ。

 僕もいつかお父さんみたいな麻雀打ちになりたいと、実は密かに思っている。

 そうじゃなけりゃ、とっくに麻雀なんか辞めてるよ。

 でも……。


「でも、たまに、逃げ出したくなっちゃうこともあるんだよね? まだパパも子供だもんね」

「う……」


 この子は本当に、僕の心を見透かすようなことを言う。


「いいんだよ、たまには。パーッと息抜きしても。そしたらまた、パパは麻雀がやりたくなるよ」

「……そうかもね」


 何だかこの子は、僕のお母さんみたいだな。

 僕がこの子のパパで、この子が僕のお母さんなんて、ややこしすぎて、収拾がつかないけど……。


「そうだ! パパが元気になるように、今から監禁ごっこしよーよ!」

「何その発想!?」


 それむしろ逆に、元気じゃなくなるよね!?


「大丈夫大丈夫。先っちょだけだから。痛くしないから」

「先っちょだけ監禁って何!? ヤだよ怖いよ!」

「はーい、パパ―、今日のご飯ですよー」

「勝手に始めないでよ!」

「良い子にしてたら、明日からはおかずを一品増やしてあげるからねー」

「だから表現が生々しいって!?」


 君さては、監禁の経験あるな!?


「じゃあ今日は首輪を交換しようねー」

「首輪!?」


 女の子はランドセルの中から、漫画とかで囚人に付けられている、物々しい首輪を取り出して僕の首に嵌めた。


「ヒョッ!? 何これ!? 外してよ! これもうごっこじゃないじゃん!!」

「大丈夫大丈夫。この首輪は子供用だから」

「首輪に子供用ってあるの!?」


 だとしても大丈夫ではないだろう!

 てかこの子は常に、ランドセルの中に首輪を入れて持ち歩いてるのか!?

 マジでこの子の親と会ったら、心の底から文句を言ってやる!


「アハハ! どう、パパ? 元気出た?」

「え……うん、まあ」


 くよくよしてるのが、バカらしくはなったけど……。


「そ、よかった。また麻雀が辛くなったら、いつでも私が監禁してあげるから、言ってね」

「言ったら監禁されるなら言わないよ!」

「アハ! じゃ、私はそろそろ行くねー」

「あ、うん」


 ……もう行っちゃうの?


「……また会えるかな?」

「絶対会えるよ! そのうちね」

「そっか、じゃ、またね」


 そのうちっていつぐらいかな?

 一ヶ月後くらいかな?


「パパ!」

「ん? 何?」

「大好きだよ!」

「!!」


 女の子が指をフイッと振ると、女の子は煙の様に姿を消した。

 なっ!?


「……何だったんだ、あの子は」


 まぼろし?

 僕、そんなに疲れてたのかな……。

 いや、残念ながらまぼろしじゃない。

 その証拠に、僕の首には首輪がしっかりと嵌まったままだ。

 この首輪、取れないんだけど!?


「ちょっと! 君! 帰る前に、これ外してよ!」


 ……。

 応答なし。

 ハア。

 今日は散々な日だな。

 ……帰って麻雀の稽古でもしよっかな。







「てなことが、子供の時にあったんだよ」


 俺の腕枕の中でご満悦の沙魔美に、俺は言った。

 如何せん昔のことすぎて、細部まで合っているかは、自信がないが。

 少なくとも、当時の俺が場末のスナックのママなんてものを知っていたとは思えないし。


「なるほど、それが多魔美だったってわけね」

「今思うとな。……あの時多魔美に嵌められた首輪のせいで、俺がアクセサリーの類が苦手になったのは皮肉だが」

「でもその苦手意識を、多魔美の母親である私が、ネックレスをプレゼントすることによって払拭したのは、何ともロマンチックよね」

「物は言いようだな。……まあ、自分の娘がしたことだ。文句も言い辛いのは事実だけどな」


 あの時散々苦言を呈したいと思っていた女の子の親が、まさしく俺自身だったと気付いた時は、苦笑いしか出てこなかったが……。


 ボッガーン


「「ファッ!?」」

「パパ―、ママー、また遊びに来たよー」

「「多魔美!?」」


 多魔美が炊飯ジャーを破壊して、中から飛び出してきた。

 お前はピッ〇ロ大魔王か!?


「あれ? なんでパパとママ、裸なの?」

「え!? そ、それは……」

「プロレスごっこ! プロレスごっこしてたのよ! ね? 堕理雄」

「あ、ああ」

「そっかー。パパとママ、プロレスごっこ大好きだもんねー」

「「ア、アハハハハハ」」

「じゃあ今日は私も、プロレスごっこ見たい! 今見せて」

「いや!? それはちょっと……」

「いいじゃない堕理雄。娘に見られながらするプロレスごっこも、なかなかロマンチックでしょ?」

「お前のロマンチックの基準ガバガバだな!」


 親の顔が見たいよ!

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