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第54魔:シ

 ピンポーン


 ん?

 久しぶりのピンポーンだな。

 真衣ちゃんかな?

 一旦無視してみよう(酷い思考)。


 ピンポーン


 ……。


 ピンポーン


 真衣ちゃんじゃないな。


「はいはーい、どちらさまでしょうか?」

「普津沢さんのお宅ですね? お届け物です」

「あ、はい」


 宅配便だったか。

 珍しいな。

 誰からだろう?


「こちらにサインか印鑑をいただけますか?」

「はいはい」


 俺は汚い字でサインをした。


「では、お荷物はこちらに置かせていただきますね」

「え」


 配達員の方は、俺の身長くらいある、大きな縦長の段ボール箱を玄関先に置いた。

 何だこれ!?

 差出人も書いてないし、超怖いんですけど!?


「それでは失礼します」

「あ、どうも……」


 ……。

 さて、どうしたものか。

 第48回普津沢会議では満場一致で『開けないほうがいい』が選択されたけど、どうせ開けないと話が進まないんだろ?

 わかったわかったわかりましたよ。

 開ければいいんでしょ開ければ(諦観)。

 もう何が出てきても驚かないからな。

 そうは言いつつも、内心ビクビクしながら、俺は段ボール箱を開けた。

 するとそこには――


 等身大の、沙魔美の形をしたチョコレートが入っていた。


「え?」


 ああそうか。

 今日はバレンタインデーだった。




「ふむ」


 俺は不吉な形をしたチョコレートを前に、早くも第49回普津沢会議を開こうか逡巡していた。

 これの送り主が沙魔美なのは100億パーセント間違いないが、何故自分で持って来ないで宅配便にしたのかがわからない。

 沙魔美の性格上、直接俺にチョコを渡して、その見返りに監禁させろくらいのことは言うはずだ(酷い思考)。

 いったい何を企んでいるんだ?

 クソッ。

 世界一無駄な心理戦をしている気がする。

 まあ、沙魔美がせっかく作ってくれたんだから、一応いただくとするか。

 それにしても、等身大の自分の形をしたチョコなんて、漫画とかによくある、愛が重いキャラがバレンタインに作りそうなチョコ第一位じゃないか。

 沙魔美も愛の重さは日本代表クラスだから、さもありなんといったところだが。


「でも、流石にこの大きさは、一人じゃ食べきれないよなあ」


 その時だった。

 ポンッとチョコが煙に包まれたかと思うと、次の瞬間、チョコは手のひらサイズの一口大に縮んでいた。

 あばばば!?


「沙魔美!? いるのか!?」


 俺は狭い部屋を見渡した。

 今の反応的に、沙魔美がこの近くにいるのは間違いない。

 認識歪曲の魔法を使っていたら俺には感知できないから、もしかすると最初からこの部屋に潜んでいたのかもしれない(なにそれこわい)。


「オイ沙魔美! いるなら出てこいよ!」


 ……。

 反応なし。

 何なんだよいったい……。

 今回ばかりは沙魔美の目的がサッパリわからない。

 まあ、一口大になったことだし、とりあえずチョコをいただくか。

 俺は1/144スケールになった沙魔美チョコを、一口で食べた。

 うん、味は普通に美味いな。

 相変わらず沙魔美は、料理の腕だけはまともだ。

 後はあの性格さえ何とかなれば、言うことないんだがな。


『お味はどうだったかしら? 堕理雄』

「!! 沙魔美!?」


 やっぱりいたのか!

 でも姿が見えないな。

 それに今の沙魔美の声、何だか直接頭に響いてきたような気がしたけど。


『私は大阪の神です。今、あなたの心に直接呼びかけています』

「お前は監禁の神だろ!? どこにいるんだよ沙魔美! 出てこいよ!」

『もっと高田〇彦っぽく言ってくれる?』

「殴られたいのか!? いい加減悪ふざけはよせ!」

『でも今の私は堕理雄と一つになってるから、出るに出られないのよね』

「は?」


 今何て言った?

 俺と一つになってるって言ったか?


「……まさか」

『そう、そのまさかよ。堕理雄が食べたチョコは、姿だったの』

「……」


 俺は君の膵臓どころか、君そのものを食べてしまったのか……。




「……で? どうやったら戻れるんだよ」

『そうね、私が消化されれば、最終的にはやおい穴から出て来るんじゃないかしら?』

「俺にやおい穴はねーよ!!」


 出るとしたら肛門か!?

 彼女が肛門から出てくるなんて、完全にただの変態カップルじゃないか!

 嫌だ! 変態カップルだけは嫌だ!


「沙魔美! 勘弁してくれよ! 本当は他にも方法があるんだろ!?」

『それよりも堕理雄は今、何故私がこんなことをしたのかが気になってるんじゃない?』

「それは二番だ。とにかく今は、お前を無事に排泄することしか考えていない」

『「お前を無事に排泄する」って、とんでもないパワーワードね。そのタイトルで、一本映画撮る?』

「映倫が許さないよ! もうわかったから目的を言えよ! そして一刻も早く、俺の身体から出て行ってくれ!」

『そんな、ひとを悪霊みたいな風に言わないでくれる?』

「似たようなもんだろ! いいから早く! ハリーアップ!」

『英語……。まあいいわ、私がこんなことをしたのはね、堕理雄が他の女の子から貰うチョコを、私も味わいたかったからよ』

「は? 何言ってんだお前?」

『最近は私も大人になったから、堕理雄がチョコを貰うくらいなら、大目に見れるようになったわ。でもその代わり、私も一緒にチョコを堪能したい! そう思ったの。特に菓乃子氏のチョコは、絶対食べてみたいわ』

「いや、それは……」


 やめておいたほうがいいと思うぞ……。

 あ、そうか。

 沙魔美は菓乃子の料理神経が、完全に壊死していることを知らないのか。

 俺も菓乃子の料理は、一度しか(※19話)食べたことないしな。

 また食べたいとも思わないが……。

 それ以前に――


「そもそも菓乃子達が俺にチョコをくれるとは限らないだろ? まあ、義理チョコくらいならくれるかもしんないけどさ」

『堕理雄のバカ! にぶちん! ラノベ主人公!』

「急にどうした!?」


 ピンポーン


「え?」

『ホラ、早速誰か贄が来たようよ』

「贄って言うな! でも本当に誰だろうな?」


 俺は訝しみながらも玄関のドアを開けた。


「こんにちは堕理雄君。ちょっと今いいかな?」

「よう先輩。邪魔するで」

「あ」


 そこには菓乃子とピッセが立っていた。


『ほらね? 私の言った通りでしょ?』

「……でも、二人がそのために来たとは限らないだろ?」

「え? 堕理雄君、何か言った?」

「ああ、いやいや。気にしないで、独り言だから」

「?」


 そうか、沙魔美の声は俺にしか聞こえないのか。

 これはとても面倒くさいことになりそうだ(平常運行)。


「先輩、外は寒いんやから、早う入れてくれや」

「あ、ごめん。散らかってるけど、入って、どうぞ」

「お邪魔します」


 俺は二人を狭い部屋に通した。




「インスタントのコーヒーでもいいかな?」

「お構いなく」

「ウチはカプチーノがええな」

「贅沢を言うな。ん? ピッセ、お前ほっぺにクリームみたいなのが付いてるぞ」

「え? ああ、これはさっき菓乃子と原宿で、パンケーキ食べた時のやつやな」

「あ、そうなんだ」

「ちょっとピッセ! そのことは言わないでって言ったじゃない!」

「あ、スマン。ついうっかり」

「もう」


 ……そっか。

 経緯はよくわからないが、二人も一緒にパンケーキを食べに行くくらいは、仲良くなったみたいでよかったよ。

 よく見たら、ピッセの額の文字も『原宿』になっている。

 ついに一文字でさえなくなっちゃった。

 まあ、ポケ〇ンの名前も六文字になる時代だ。

 ピッセの文字も、二文字になってもおかしくはないだろう(いや、そのりくつはおかしい)。


『何よ! カマセのくせに、私の菓乃子氏に手を出しやがって! この泥棒魚が! 次回からこの小説のタイトルは、『肘川館Tо Lieあんぐる』にしましょう』

「絶対しない。それ俺の出番ねーじゃねーか」

「え? 堕理雄君、出番って何?」

「いやいやいや! また独り言だから気にしないでくれ!」

「? 変なの」

「菓乃子、渡すならさっさと先輩に渡そうや」

「……うん。堕理雄君、これ、受け取ってくれる?」

「え」


 菓乃子はいかにもそれっぽい包みを渡してきた。


「これは」

「あ、義理! 義理だから! いらないなら捨ててくれてもいいから!」

「いや、捨てないけど……」

「これはウチからや。ウチのは本命やで」


 ピッセも可愛らしくラッピングされた包みを差し出してきた。


「……ありがとう二人共」

『ね? 私はこうなるってわかってたのよ。早速いただきましょう! まずは菓乃子氏のからよ!』

「……じゃあ、いただきます」


 俺は菓乃子の包みを開けた。

 中には手作り感漂うチョコが、いくつか入っていた。

 ふむ。

 見た目は普通だな。

 まあ、こういうのは市販のチョコを溶かして固めるんだろうから、そうそう変な味になることはないか。

 俺はチョコを一つつまんで、口に放り込んだ。

 ………………!?


「ごべらっぱー!!!」

『ごべらっぱー!!!』

「堕理雄君!? どうしたの、大丈夫!?」

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

『ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ。痛い痛い痛い。何今の!? 口の中が凄く痛いんだけど!? チョコを食べた感想で、『痛い』っておかしくない!?』

「……菓乃子、このチョコ、何か変わった食材を入れてないかな?」

「え? うん、隠し味にハバネロを入れてみたんだけど、どうだった?」

「……」

『……』


 それ全然隠せてないよね?

 むしろ諸先輩方を押しのけて、ゴリゴリのセンターに陣取ってるよね?

 菓乃子の料理センスの無さが、まさかここまでとは……。

 よく今まで死傷者を出さずに生きてこれたな。


『知らなかったわ私。菓乃子氏ってそうだったのね……。これは将来私と菓乃子氏が結婚したら、料理は私の担当になりそうね』

「面倒くさいから、もうツッコまないぞ」

「お口に合わなかった? 堕理雄君?」

「あ、いや……ちょっとだけ辛かったけど、悪くはなかったと思うよ」

「ホント? ふふ、よかった」


 菓乃子は頬を赤く染めながら微笑んだ。

 嗚呼……俺はまた一つ罪を犯してしまった……。

 俺のバカ! 意気地なし! ラノベ主人公!


「なあ先輩、ウチのチョコも食べてくれや」

「あ、うん……いただきます」


 ピッセの包みを開けると、中には綺麗なフォンダンショコラが入っていた。


「おお!? 凄いなこれ! ピッセが作ったのか!?」

「へへ、まあな」

「へえ」


 意外な特技だな。

 とはいえ菓乃子の例があるから、油断は禁物だ。

 俺はドキドキしながら、スプーンでフォンダンショコラを掬って一口食べた。

 ………………!?


「美味い!!!」

『美味い!!!』

「ホンマか?」


 中にトロトロのチョコレートクリームが入っていて、それが周りのチョコレートケーキと絶妙にマッチしている。

 チョコレートクリームも温かいので、どうやら作りたてみたいだ。

 なんてこったい。

 ピッセにこんな才能があったなんて。


「……流石お嬢やな」

「は? 今何て言った?」

「種明かしをするとな、これ、作ったのはお嬢なんや」

「お嬢って……未来延ちゃんか!?」


 何だよ!

 そりゃ美味いに決まってるよ!


「いやー、ウチも料理はからっきしでな。お嬢に頼んで、ゴーストパティシエになってもらったんや」

「ゴーストパティシエ……」


 ゴーストライターみないなもの?


「ここに来る途中でスパシーバに寄って、お嬢からこれを預かったってわけや。でも、ラッピングはウチがやったんやで。かわええやろ?」

「……なるほどね」


 だから作りたてだったのか。

 菓乃子とパンケーキを食べてたなら、作りたてなのはおかしいとは思ってたんだ。


「まあ、言うなれば、ウチとお嬢の共作ってとこやな」

「こういうのは共作とは言わない」

「せやからそれにはお嬢の愛情も、に含まれてるってことやな。ショコラだけに!(ドッ)」

「ドッじゃねえ。むしろ気温は下がったわ」

『汚いなさすがカマセきたない』

「そう言うな。ハバネロを食うよりはマシだろ」

「何やて? 今日の先輩は独り言が多ないか?」

「あ、うん。……男の子の日だから、かな」

「そんなんあんのか!?」


 本当にあるらしいよ。

 気になる人はググってみてね。


「ま、ええわ。じゃ、チョコも渡せたし、そろそろ行こか、菓乃子」

「うん、沙魔美氏によろしくね、堕理雄君」

「ああ」

『私はここよ! 菓乃子氏!』

「いいから黙ってろ」

「え?」

「気にしないでくれ。それより二人は、これからどっか行くのか?」

「あ、それは……」

「今から菓乃子の部屋で、『耳をすま〇ば』のDVD観るんや」

「ピッセ! それも言わないでって言ったでしょ!」

「おっと、スマンスマン。今のは忘れてくれや先輩」

「それは無理だけど……」


 あれ?

 ひょっとして二人は付き合ってるのかな?

 ……まさかね。


「じゃあな、先輩」

「堕理雄君、またね」

「うん、二人共、チョコありがとう」


 俺の部屋から去っていく二人の背中は、まるで彼氏彼女の様だった。

 違うよね? 本当に違うんだよね!?


『もしもカマセが菓乃子氏にアレコレしたら、今度こそ焼き魚にしてやるわ』

「大丈夫だろ、二人は女同士なんだから。……仮にもしそうだったとしても、お前に菓乃子の恋愛をどうこう言う資格はないだろ?」

『私にそんな正論が通じると思ってるの?』

「……俺がバカだったよ」


 ピンポーン


「うお? 今度は誰だ?」

『ちょっと待って堕理雄』

「ん、何だ?」

『長くなりそうだから今回はここまでよ。この続きは後半でね』

「久しぶりの前後編だな!」


 今度のあらすじ担当は誰かな?


『と、その前に、独りで今シてみてくれない、堕理雄?』

「は?」

『私も男の人の感覚を味わってみたいの。その経験は、B漫画を描く上で、絶対プラスになると思うし』

「俺にはマイナスにしかならねーよ!」


 シないぞ! 俺は絶対シないからな!(ダチョウ並感)

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