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第53魔:仲直りの印

「おお! 見ろや菓乃子! あれがシンデレラとかいう、玉の輿女の城なんやろ?」

「言い方に気を付けて、ピッセ」


 なんでこんなことになってるんだろう……。


 今朝のことだ。

 突然堕理雄君と沙魔美氏が私の部屋を訪ねてきたので、どうかしたのか聞くと、


「実は商店街の福引で、ネズミーランドのチケットが当たってさ。もしよかったら、菓乃子も一緒に行かないかと思って」


 と誘ってくれた。

 私は二つ返事でオーケーし、ワックワクでネズミーランドに三人で向かったのだけど、現地に着くと、


「オーイ、遅かったやんけ! ウチはもう、人数分のネズミッキーのカチューシャ買うてあるで!」


 と、ワックワク顔のピッセが手を振っていた。

 ……ハメられた。

 私は瞬時に悟った。

 恐らく福引でチケットが当たったというのは噓だ。

 雰囲気的に沙魔美氏は何も知らずについて来ただけっぽいけど、堕理雄君は確実に、私とピッセを無理矢理仲良くさせようとこの企画を画策したに違いない。

 ……もう、堕理雄君のバカ。

 私の気も知らないで。

 私が本当に仲良くなりたいのは、堕理雄君なのに。




 そして私達は今、シンデレラのお城の前で記念写真を撮っている。

 ピッセは本当にカチューシャを四人分買っていて、内訳はネズミッキーが二本と、ネズミニーが二本だった。

 ピッセがネズミッキー、私がネズミニーなのは百歩譲っていいとして、何故か沙魔美氏がネズミッキー、堕理雄君がネズミニーのカチューシャを、それぞれ渡された。

 結果、写真に写った四人の内、ネズミッキー組は満面の笑み、ネズミニー組は苦笑いという、明暗分かれる写真が出来上がったのでしたとさ。

 まあ、ネズミニーのカチューシャを被ってる堕理雄君は可愛かったから、その点だけはキュンポイ(※キュンとくるポイント)だったけど。


「じゃあまずは、みんなでアレに入ろうや!」


 ピッセは、ホーンでテッドなマンションを指差した。

 うーん。

 私怖いのは、あまり得意じゃないんだけどな……。

 ちなみに今日のピッセの額の文字は、『ネズミ』になっている。

 ついに魚へんじゃなくなっちゃった。

 まあここはネズミーランドだから、それ以上に相応しい文字はないけどね。


 ホーンでテッドなマンションでは、必然的に堕理雄君と沙魔美氏、私とピッセがペアになった。

 薄暗い中で狭い箱の中に乗っていると、それだけで背筋が寒くなる。


「何や菓乃子、もしかして怖いんか? ハッハッハ! だらしないのー」

「なっ!?」


 ムカッ。

 何よ! バカにして!

 そりゃ宇宙海賊として銀河を飛び回ってたピッセからしたら、こんなホラーハウスは子供騙しかもしれないけどさ。

 怖いものは怖いんだから、しょうがないじゃない。


「……そういや、ヴァルコも普段は理屈っぽいクセに、お化けの類が苦手やったな」

「え? ……そうなんだ」


 やっぱりピッセはまだヴァルコさんのこと……。

 あれ?

 何か今、胸の奥のほうがチクッとしたような気が……。

 いやいやいや、有り得ない有り得ない。

 私はピッセのことなんて、何とも思ってないんだから。

 ……でも、ピッセが私に執着してるのは、やっぱり私とヴァルコさんを重ねてるからだよね?

 きっとピッセは私に、昔のヴァルコさんみたいな存在になってほしいんだろうな。

 ……ピッセには悪いけど、私には無理。

 私じゃとても、ヴァルコさんの代わりにはなれないよ。

 それくらい沙魔美氏の魔法で見たヴァルコさんは、気高く強い人だった。

 未だに堕理雄君好きな人への気持ちを諦めきれずにウジウジしてる私なんかとは、提灯に釣り鐘だよ。

 その時、私達のすぐ後ろに乗っている、沙魔美氏と堕理雄君の会話が聞こえてきた。


「ねえねえ堕理雄、こんな暗くて狭い中に堕理雄と私しかいないってことは、実質私が堕理雄を監禁してることと同義よね?」

「義務教育からやり直せ。特に道徳の授業を重点的に受けてくるんだ。いいな?」


 ……。

 相変わらず仲が良くて、羨ましいな。


「ん? どうしたんや菓乃子? 浮かない顔やな」

「え!? そ、そう?」

「ああ」


 流石元宇宙海賊だけあって、暗い中でも夜目がきくのね。

 それとも暗くてもハッキリわかるくらい、私が落ち込んでたってことかな?


「……なあ、もしかして菓乃子は、あんま楽しないんか?」

「え……そんなことないよ」

「いや、無理せんでもええんや。多分先輩に騙されて連れてこられたんやろ?」


 ギクッ。

 バレてる。


「それなのにウチばっかはしゃいで悪かったな。つい、楽しかったもんやから」

「……ピッセ」


 寂しそうなピッセの横顔を見ていたら(暗いから薄っすらとしか見えてないけど)、何だか胸を締めつけられるような気持ちになった。

 ……何やってるんだろう私。

 ピッセは何も、悪いことはしてないのに。

 そうだよ。

 ヴァルコさんの件は置いておくとして、今日くらいは、私も楽しまなくちゃ勿体ないよね。


「ごめんピッセ。ちょっと考えごとしてただけだから、気にしないで。私も楽しいよ」

「ホ、ホンマか!? そっか! ならええんやけど!」


 ピッセの顔が、暗い中でパアッと光を放ったような気がした。

 あくまで気がしただけだけど。




 その後私達は、スペースをマウンテンするやつに乗った。

 ピッセは、海賊だけあって、スペースの部分に大層テンションが上がっていた。

 その次に乗ったのは、海賊オブカリブ。

 ピッセは今度は、の部分が琴線に触れたらしい。

 こうしてみると、ネズミーランドには宇宙海賊をアゲアゲ(死語)にするものが沢山あることに、今更ながら気付いた。


「みんな、次はあれに乗りましょうよ!」


 沙魔美氏がリクエストしたのは、スプラッシュにマウンテンするやつだった。


「うーん。沙魔美氏、あれは最後に水に突っ込むから、今の時期だと寒いかもよ」

「その点は任せて菓乃子氏! 私に良い考えがあるのよ!」

「え」


 正直、こういう時の沙魔美氏の良い考えが、良い考えだった試しはない。

 その証拠に彼氏であるはずの堕理雄君が、万引きGメンみたいな顔で、沙魔美氏のことを見ている。

 とても彼女に向けるべき顔とは思えない。

 沙魔美氏は、どれだけ彼氏から信用されていないんだろう……。


「さあ、行くわよみんな! ボン・ボヤージュ!」

「あ、待って、沙魔美氏」


 どうしよう。

 物凄く嫌な予感がする。




「もう少しじゃない? ねえ、もう少しでバッシャーンゾーンなんじゃない?」

「静かにしろ沙魔美。多分バッシャーンゾーンてのは、最後の水に落ちるゾーンのことなんだろうが、そんなに騒いでたら他のお客さんに迷惑だろ」

「アラ、気付いてなかったの堕理雄? この船に乗ってるのは、私達だけよ」

「え!?」


 え!?

 ……本当だ。

 私達しか乗ってない。

 私とピッセが一番前、沙魔美氏と堕理雄君がそのすぐ後ろの席だったからわからなかったけど、振り返って見ると、後ろの席がガラガラだ。

 そんなバカな。

 私達の後ろにも、お客さんは沢山いたのに。

 まさか……。


「人払いの魔法を使ったの? 沙魔美氏」

「ボン・ボヤージュ! 察しがいいわね菓乃子氏」

「ボン・ボヤージュは、どんな時でも使える魔法の言葉じゃないよ」


 何故人払いの魔法を……。


「それはね、こうするためよ!」

「え?」


 バッシャーンゾーンに差し掛かったところで、沙魔美氏が指をフイッと振ると、私達の船は水に突っ込む直前で、空飛ぶ絨毯の様に大空に舞い上がった。

 うええええええ!?!?


「オイ沙魔美!! 何してんだお前!?」

「大丈夫よ堕理雄。認識歪曲の魔法を掛けてるから、周りの人には普通に着水したように見えてるわ」

「そうか、それなら大丈夫だな……って、オイ!! 俺が言いたいのは、そういうことじゃないんだよ!!」


 ノリツッコミ!

 流石堕理雄君だわ。

 ツッコミの勉強になる。


「せっかくだからしばしこのまま、空の旅と洒落込みましょ」

「込めねーよ! 万が一落ちたらどうすんだ!?」


 確かに早くも下に見える人達が、米粒くらいの大きさになってる。

 この高さから落ちたら、熟れたトマトみたいに弾け飛んじゃうだろうな。


「万が一なんてないわよ。私を誰だと思って……ふぁ、ふぁっくしょん!!」


 ガクン


 え?

 沙魔美氏がくしゃみをした途端、安全バーが全て外れた上、船が大きく傾いた。


「キ、キャアアアア!!」


 バランスを崩した私は、そのまま空中に身体を放り出されてしまった。


「菓乃子氏!?」

「菓乃子!!」


 ……ああ、終わった。

 辺りの景色がスローモーションになって見える。

 このまま私は熟れたトマトになって、僅か二十年と半年の、短い人生に終止符を打つことになるんだ。

 ……こんなことなら、堕理雄君に私の気持ちを、ちゃんと伝えておくんだったな。

 今までありがとう堕理雄君。

 大好きだったよ。


「菓乃子ッ!!」

「え、ピッセ!?」


 ピッセが船から飛び出して、私のことを抱きかかえた。


「な、なんでピッセ!? この高さから落ちたら、いくらあなたでも……」

「ウチなら大丈夫や! それよりも、喋らんほうがええ! 舌噛むで!」

「う、うん」


 ピッセは私の下になり、私を包み込む様に抱きながら、地面に落下した。

 ズドンという凄い音がしたけれど、幸い植え込みの上に落ちたようで、私もピッセも無事だった。

 沙魔美氏の認識歪曲の魔法がまだ効いているらしく、周りの人にも私達は見えていないみたいだ。


「いててててて……怪我はないか? 菓乃子」

「うん……私は大丈夫。それよりもピッセが……」

「ウチは丈夫な身体やから、これくらいじゃ死なんわ。心配無用や」

「ピッセ……」


 そう言ったピッセの身体は、全身が傷だらけだった。

 そりゃそうだ。

 いくらピッセでも、あの高さから私を庇って落ちたら、無傷で済むはずがない。

 なんでそこまでして、私なんかのことを……。


「……ごめん、ピッセ」

「菓乃子が謝ることはあらへん。悪いのは、あのバカ魔女や」

「そうじゃないの! ……ピッセの気持ちは嬉しいけど……やっぱり私は、ヴァルコさんの代わりにはなれないよ」

「は? ……何言うてるんやジブン?」

「だってピッセは私に…………あ」

「え?」


 今の落ちた衝撃で、私とピッセのカチューシャは、どこかにいってしまった。

 まあ、それは別にどうでもいいんだけど、その際にピッセの眼帯の紐も切れてしまったみたいで、眼帯がするりと地面に落ちた。

 そのピッセの右眼を見て、私はハッとなった。

 右眼に埋め込んでいたはずの、伝説の宝玉ハッピーうれピーよろピくねーレインボーストーンが無くなっていたからだ。


「ピッセ……それ」

「ああ、伝説の宝玉ハッピーうれピーよろピくねーレインボーストーンのことか? ……あれなら、ヴァルコの墓に返してきたわ」

「え……なんで……」

「あれは元々ヴァルコのもんやからな。ヴァルコの仇を討つまで、一時的にウチが預かっとっただけや。だから仇を討った今、持ち主の元に戻した。それだけや」

「……でも、ヴァルコさんの大切な形見だったんでしょう?」

「もちろんヴァルコは今でも大事なウチの相棒や。……せやけど、ウチがどんなに泣き叫んでも、ヴァルコはもう、この世にはおらん」

「……」

「せやったらウチにできるのは、ちょっとでも前を向いて生きて、天国にいるヴァルコを、安心させてやることや」

「……ピッセ」


 ピッセは強いね。

 そして、とても優しい。


「……さっきの話の続きやけどな、菓乃子」

「え……うん」

「ウチは、菓乃子にヴァルコの代わりになってほしいなんて、これっぽっちも思てへんで」

「……」

「確かに初めの内は、ヴァルコと菓乃子を重ねてた部分はあった。でもヴァルコはヴァルコ、菓乃子は菓乃子やろ? 同じ人間なんて、銀河中探してもおらんわ。せやからヴァルコの代わりは誰にもできんし、菓乃子の代わりも、どこにもおらん」

「……じゃあ、なんでピッセは、私に優しくしてくれるの?」

「ハアアッ!? そそそそそそんなん言わせんなや恥ずかしい!! …………ダチだからに決まっとるやろ」

「え? ダチ?」


 ダチって……友達ってこと?


「ピッセって、私のこと、友達だと思ってたの?」

「悪いんか思てたら! せやなかったら、一緒にネズミーランドなんか来るかい!」

「……プッ」

「は?」

「アハハ、アハハハハハ!」

「か、菓乃子……?」


 私はバカだ。

 勝手にヴァルコさんの影にプレッシャーを感じて、勝手にヴァルコさんに嫉妬して……。

 ピッセはとっくに前を向いて、一人の人間として、私のことを見てくれていたのに。

 ……まったく、昔からそうなんだけど、なんで私ってこんなに、被害妄想が激しいんだろう。

 でも、そんな私のことを、ピッセはちゃんと見てくれてる。

 それが……こんなにも私の心を、暖かくさせてくれるなんて……。


「……ねえ、ピッセ」

「ん? 何や?」

「今度私、パンケーキ食べに行きたいんだけど、どこか良いお店、知らない?」

「え!? ホンマか!? それなら原宿にメッチャ美味い店があるから、今度一緒に行こうや!」

「うん。よろしくね」

「任しとけや! 確か、店の名前は、『エッグスンスンシングスンスン』とかいうたかな?」

「スンが大分多いよ……」

「菓乃子氏!!」

「わっ、沙魔美氏」


 沙魔美氏が泣きながら駆け寄ってきて、私に抱きついた。

 その後ろから、堕理雄君も走ってくる。


「ごめんなさい……ごめんなさい菓乃子氏……。まさか私、こんなことになるなんて、思ってなくて……」

「沙魔美氏……。私は大丈夫だから、ピッセの傷を、魔法で治してあげて?」

「う、うん……。菓乃子氏を助けてくれて、本当にありがとう……ピッセ」

「何や、いつもみたいに、『カマセ』って呼ばへんのかい?」

「う……」

「冗談や。これくらいの傷、屁でもないわ。……その代わり、カチューシャがどっかいってもうたから、それは弁償せーよ」

「……わかったわ、カマセ」

「ピッセや! ……ハッ、やっぱ魔女は、その方がらしいわ」

「本当にうちの沙魔美バカがごめんな、菓乃子、ピッセ。こいつには後で、たっぷりと説教しておくから」

「あ、うん……あまり沙魔美氏を、責めないであげてね」


 堕理雄君にたっぷりとお説教かあ。

 ちょっとだけ沙魔美氏が羨ましいかも。

 ……おっと、イケナイイケナイ。

 私の中の新しい扉が、危うく開いてしまうところだったわ。


「そうだわ!」

「え? どうしたの沙魔美氏?」

「仲直りの印に、今からこの四人で4Pしましょう!」

「「「は?」」」


 やっぱり沙魔美氏の思考回路は、永遠の謎だわ……。

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