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第51魔:アンビシャス!

 ピンポーン


「はいはーい」


 ガチャ


「おおっ」

「フフフ、私達の振袖姿に見蕩れちゃった? 堕理雄」

「おはよう、堕理雄君」

「ああおはよう、菓乃子、沙魔美」

「堕理雄のスーツ姿も、エクストリームヘヴンフラッシュよ!」

「何それ!? どっかで聞いたことある気がするけど……(35話参照)」


 今日は俺達の成人式だ。

 初詣の時も沙魔美達は着物を着ていたが、今日のはそれよりも更に、もう一段階派手なものになっている。

 首元には大きなファーも付けているし、いかにも成人式といった出で立ちだ。

 沙魔美が着ているのは血の様に赤い柄の着物で、これはこれで魔女っぽさを醸し出している。

 菓乃子は薄い水色の柄の着物で、これも菓乃子の可愛らしさを、より引き立てている。


「ハアァ~。堕理雄のスーツ姿、凄くイイわあ~。ね? 菓乃子氏!」

「え!? う、うん……。とっても格好いいよ」


 菓乃子は顔を真っ赤にして、俯きながら答えた。


「ありがとう。スーツなんて普段着慣れてないから、動きづらくてしょうがないけどな」

「でもせっかくだから堕理雄、堕理雄のスーツ姿を記念に収めるために、今から監禁してもいいかしら?」

「記念写真に収めるみたいな体で言うな。写真で我慢しとけ」

「しょうがないわね。写真の中に堕理雄を監禁するということで、今回は手を打ちましょう」

「相変わらず嫌な表現をするな……」




「わあ、沢山新成人がいるね堕理雄君」


 俺達三人は、成人式の会場である肘川公民館に到着した。

 俺も菓乃子も実家は阿佐田だが、一人暮らしをする際に、住民票を肘川に移してあるので会場は肘川だ。


「ああ。でも俺達は地元じゃないから、知り合いはほとんどいないな。沙魔美は肘川が地元だろ? 知り合いはいるか?」

「『知り合い』ならいるけど、『友達』は一人もいないわね。何せ私、小中高とずっと、同人誌だけが友達だったから」

「そうか……俺が悪かった。今夜は飲み明かそう」


 そしてお前も多魔美と同様、小学生の時から腐っていたのか。

 諸々が、ガッツリ娘に遺伝してしまっている……。


「でもいいの! 今の私には、堕理雄と菓乃子氏がいるんだもの! 三人で成人式を迎えられて、私はとっても幸せよ!」

「! ……沙魔美」

「! ……沙魔美氏」


 俺と菓乃子の中に、ガッツリ母性が芽生えた瞬間である。


「あ、見て堕理雄! あそこに車をホッピングさせてる人達がいるわ! ああいう人って本当にいるのね」

「本当だ……」


 その集団はみんな袴を着ており、金髪で襟足が長い人ばかりで、いかにもといった感じの人達だ。

 別に車をホッピングさせること自体を否定するつもりはないけど、こういうみんなが集まる場所でやるのは、周りの迷惑になるからやめたほうがいいと、個人的には思うのだが。


「オイ、ジブンら、そんなんしたら危ないやろが。今すぐやめや」

「アァン!? 何だよネーチャン、喧嘩売ってんのか!?」

「ピッセ!?」


 何故ピッセがここに!?

 しかもピッセも着物姿だし(濃い紫の柄の着物で、相変わらずキャバ嬢にしか見えないが……)。

 額の文字もさわらになっている(出世魚だから成人式とかけているのか?)。

 何にせよ止めないとヤバい!(主に相手の命が)


「ピッセ! やめろ!」

「お、先輩やんけ」

「オイネーチャン! シカトコイてんじゃねーぞ! おっ? よく見たらマブい顔してんじゃねーか。俺と一緒に、夜の成人式と洒落込もーぜ」

「伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウ」

「ごべらっぱー!!!」

「ピッセー!!!」


 こいつついに、地球人をりやがった!


「冗談や。今のは伝説の必殺拳技ファイナルアトミックインスタバエナッコウやない、ただの腹パンや」

「そんな『今のはメラゾーマではない、メラだ』みたいに言われても……」


 腹パンをされたとりわけ長い襟足の人は、胃の中身を全部ブチ撒けて気絶している。

 自業自得と言えばそれまでだが、この人は一生に一度の成人式は欠席だな。


「ノリ君!! ノリくーん!!」

「テ、テメーら、覚えてやがれよ!!」


 ザ・テンプレの台詞を吐いて、ノリ君とその仲間達はホッピングカーに乗って退場していった。

 ドンマイ、ノリ君とその仲間達。


「……ピッセ、なんでお前がこんなとこにいるんだよ?」

「あん? そんなもん、成人式いうんに参加するために決まっとるやろ」

「え? だってお前はもう二百さ――」

「それ以上言うたら、いくら先輩でも腹パンじゃ済まさへんで」

「ヒッ」

「……まあ、ウチも地球人でいうたら二十歳くらいやし。店長がウチの戸籍を、先輩達と同じ学年に登録しとってくれたみたいでな。ウチのとこにも成人式の案内が来たんや」

「そうなのか」


 まあ、伊田目さんなら立場上、それくらいのことはできるか。


「ふーん。じゃあその振袖も、シェフが見立ててくれたってわけねカマセ」

「ピッセや! 今年もこのノリで行く気なんか魔女!」

「そんなこと言って、もし私が普通に名前を呼んだら寂しいクセに」

「なっ!? そそそそそそないなことないわ! ……おっ! 菓乃子もおるやんけ! その振袖よう似合っとるな!」

「……どうも」

「あれ?」


 ピッセが「どないなっとんねん!?」と言いたげな顔で、俺を睨んでくる。

 初詣の時に、菓乃子がピッセのことをどう思ってるか聞き出してくれと頼まれ、結果、俺はピッセに「嫌われてはいないよ」と伝えたのだが(嘘はついていない)、それをピッセは『好かれている』と解釈したらしく、今の菓乃子の素っ気無い態度が納得いかないのだろう。

 いや、そんな顔で睨まれても……。

 俺はちゃんと、事実を伝えたぞ。


「みんな、式が始まるみたいよ。会場に入りましょ」

「ああ。菓乃子、ピッセ、行こうぜ」

「……うん」

「……おう」


 ……気まず~。

 しょうがない。

 この上なく気は進まないが、今度この二人が仲良くなれるように、何かしら一計を案じてみるか。




「ほぼ満席ね堕理雄」

「そうだな」


 年々成人式の出席率は下がってきていると聞いたことがあるが、肘川の若者はそんなことはないらしい。

 俺が肘川に引っ越して来たのはたまたまだが、肘川のこういうところはとても好きだ。


「新成人の皆様、本日は誠におめでとうございます。ワタクシは本日の司会を務めさせていただきます、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンと申します」

「ブー!!!」


 メッチャ知ってる人が司会やってた。


「沙魔美! どういうことだよこれは!?」

「アラ、言ってなかったっけ? 人手が足りないからって、肘川の自治体から助っ人を頼まれたのよ」

「お前のとこにか!? お前は自治体とどんなパイプを持ってるんだよ!? それに伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンに司会をやらせるのはマズいだろう!」

「大丈夫よ。伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンは、普通にしてればアーティスティックでモイスチャーなオジサンにしか見えないわ。伝説の神獣だと思う人はいないわよ」

「それはそうかもしれないけど……」

「心配せんでもええと思うで先輩。ウチも異星人やが、ウチのことを異星人やと見抜いた地球人は、先輩以外一人もおらんかったで」

「ピッセ」


 まあ、そうか。

 俺も沙魔美と出会ってなかったら、伝説の神獣やら、異星人やらの、荒唐無稽なものの存在は認めなかっただろうしな。

 みんな案外、自分にとって都合のいいようにしか、目の前の出来事を捉えないもんだ。


「本来であればここで、肘川市の市長様からご挨拶を賜るところではございますが、生憎本日市長様は、一揆の対処に追われているとのことですので、代理として、肘川市出身の女性用成人向け漫画家であらせられる、諸星つきみ先生にご挨拶をいただきたいと思います。それでは諸星先生、よろしくお願いいたします」

「はい。みさなん、本日は誠におめでとうございます。肘川市出身の漫画家の、諸星つきみと申します」

「ブー!!!!」


 また知り合いが出てきた!

 てかまた一揆が起きてたりするし、肘川の治安はどうなってんだよ!?


「沙魔美! これもお前の仕業しわざか!?」

「仕業とは失礼ね。市長のピンチヒッターとして、諸星先生に無理を言ってお出でいただいたのに」

「いや、それにしたって……」


 諸星先生には大変失礼だが、成人式の場で女性用成人向け漫画家の方が挨拶をするというのはどうなんだろう……?

 なるべく穏便に済ませていただければいいのだが……。


「私は女性用成人向け漫画を描くことを生業としています。私の描いている女性用成人向け漫画というのは、具体的に言うと、男性同士がイチャイチャしている漫画のことです」


 忌憚なく斬り込んできましたね先生!

 既に雲行きが怪しいどころか、強風波浪警報が発令されてますよ!


「描いている側の私が言うのも何ですが、女性用成人向け漫画というのは、決して人前で堂々と読める漫画ではないと思います」


 ……まあ、それは、そうかもしれませんね。


「みなさんの中にも、本当は女性用成人向け漫画が好きなのに、それを人前では隠している方も多いことでしょう」


 俺の横で、菓乃子がピクッと反応するのがわかった。


「しかし私は思うのです。女性用成人向け漫画が好きだという気持ちを否定することなど、誰にもできはしないのだと。これからの日本に大切なのは、趣味の多様化を国民全員が認め合い、互いの価値観を否定することなく、一人一人の趣味に、みんなが『イイネ!』できる国風を作っていくことなのではないかと」


 ……おお。


「みなさんはこれから社会に出て、いろんな人と出会うと思います。社会に出れば今までのように、同年代の人とだけ接していればいいというわけにはいきません。極端に年の離れた、価値観がまったく違う先輩方とも、一緒に仕事をすることもあります。時には相手の価値観が自分に合わず、相手を否定したくなる時もあるでしょう。ですがこれだけは忘れないで下さい。むやみな否定からは何も生まれません。人間なんですから、価値観が合う人達ばかりではないのは当たり前です。むしろ、いろんな人がいるからこそ、社会というものは回っているのです。大切なのは、相手のことを尊重できる気持ちです。そして、自分のする仕事によって、誰か一人でもいいので、自分以外の人を幸せにしてあげられることです。みなさんが社会に出て、沢山の仲間達と手を取り合い、この国を支えていける大人になれることを、心より願っています。以上、甚だ簡単ではございますが、お祝いの言葉と代えさせていただきます。女性用成人向け漫画家、諸星つきみでした」


 一拍置いてから、会場中に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。

 何てことだ。

 ちょっとだけ感動してしまったよ。

 正直若干いいように丸め込まれた感はあるが、それも含めて大人のテクニックということなのだろう。

 沙魔美と菓乃子は感動のあまり、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。

 二人にとっては今の言葉は、託宣の様なものだったのかもしれないな。

 二人が諸星先生のファンな理由が、少しわかった気がするよ。


「なあ先輩、結局今のオバハンは、何が言いたかったんや?」

「今だけは黙ってろピッセ」


 それに本当はお前の方が、遥かにオバハンだからな。


「それでは最後に新成人代表の挨拶を、病野沙魔美さんより頂戴したいと思います。病野さん、どうぞこちらへ」

「はい」

「ブー!!!!!」


 今日知り合いしか前に出てないぞ!?

 しかも今の諸星先生の後に、沙魔美がスピーチするのか!?

 百パー大怪我するから、悪いことは言わないからやめておけ!


「どうも、只今ご紹介に与りました、病野沙魔美です。諸星先生から素晴らしいスピーチを頂戴いたしましたので、私からは一言だけ、みなさんにこの言葉を贈りたいと思います」


 沙魔美は右手を前方に突き出し、クラーク博士のポーズを取りながら、ドヤ顔でこう言った。


「ボーイズ・ラブ・アンビシャス!」

「「「…………」」」


 この日、肘川には記録的な大寒波が到来した。

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