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第47魔:いいでしょ?

「ねえ見て、半蔵はんぞう! あなたを監禁するために、伝説の骨妖怪ヤミヨリイデシレンゴクノガシャドクロの体内に、監禁室を造ったのよ!」

「お沙魔さま、何度言ったらわかるんだ。城下町で伝説の骨妖怪ヤミヨリイデシレンゴクノガシャドクロを召喚するでない。あと事あるごとに、拙者のことを監禁しようとするのはやめろ」

「あら、伝説の骨妖怪ヤミヨリイデシレンゴクノガシャドクロは好みじゃなかった? じゃあ、伝説の武者ゼンエイテキナチョクモウオチムシャのほうがよかったかしら?」

「何だ、伝説の武者ゼンエイテキナチョクモウオチムシャとは!? それはただのサラ毛の落ち武者ではないか!」

「どうも、私が伝説の武者ゼンエイテキナチョクモウオチムシャです」

「お沙魔! 拙者はまだ召喚していいとは言っとらんぞ! 本当にただのサラ毛の落ち武者が出てきたではないか!」


 どうしてこうなったでござる。

 話は二ヶ月程前に遡る。


 拙者が十代目の裏服部はっとり半蔵を襲名して間もない頃、城下町で夜な夜な妖怪が暴れているという噂を耳にした。

 市井の治安維持も、我が伊賀忍軍の務めの一つ。

 拙者は自らの眼で状況を確認すべく、部下も引き連れず、単身夜の城下を見回った。


 とある広場の近くを通りかかった時のことだ。

 広場から何やら音がするので木陰からそっと覗き込むと、そこには巨大な髑髏どくろの妖怪が奇妙な舞を踊っていた。

 何だあれは!?

 あれが噂の正体か!?

 だが拙者をそれ以上に驚かせたのは、その妖怪の肩に人間の女が乗っていたことだ。


「オーホッホッホッホッ! 大分阿波踊りが上手くなってきたわね、伝説の骨妖怪ヤミヨリイデシレンゴクノガシャドクロ! 次はどじょうすくいを踊ってみてちょうだい」


 なっ!?

 もしや、あの女がこの妖怪を使役しておるのか!?

 此奴何者だ!?

 ……いや、今はそんなことは後回しだ。

 町民に気付かれる前に、早急にこの妖怪を何とかしなくては。


「オイ、そこの女! 今すぐこの妖怪を鎮めんか!」

「え、誰? ……って、キャアア」

「っ!」


 拙者が突然怒鳴ったせいで、女が足を滑らせて、妖怪の肩から落下した。

 危ないッ!

 拙者は瞬時に跳び掛かり、空中で女を抱きかかえた。

 結果、俗に言うお姫様抱っこなる体勢になってしまった。


「えっ!? 咄嗟に助けてくれるなんて、なんて優しい人なんでしょう! 好き!」

「は?」


 こうしてこの日から拙者は、お沙魔と名乗るこの謎の女から、猛烈な求婚を受けることになった。

 お沙魔は『魔女』というものらしく、妖術を使えば、大抵のことは思い通りにできてしまうようだった。

 拙者が任務中であろうと妖術で突然拙者の目の前に現れ「結婚して」と言ってくるし、ある日拙者が家に帰ると、郵便受けに「結婚して」しか書かれていない恋文が、数百通詰め込まれていた。

 一度だけ、間違って「監禁させて」と言ったことがあったが、普通「結婚して」を「監禁させて」に言い間違えるものだろうか?

 その時、手枷と足枷を強く握り締めていたのも気になる……(拙者の悪い予感が当たり、お沙魔が監禁狂だと判明するのは、この少し後のことだった)。

 幸か不幸か、お沙魔は絶世の美女で、胸もとても大きかったので、流石の拙者も何度も心が揺れた。

 が、伊賀忍軍を統べる者として、このような怪しい女を娶るわけにはいかん!

 拙者は心が揺れそうになる度に、クナイで自分の腕を刺して、日々土俵際で耐えていた。




 こうして冒頭の場面に繋がるのだが、拙者が何とか説得して、伝説の骨妖怪ヤミヨリイデシレンゴクノガシャドクロと、伝説の武者ゼンエイテキナチョクモウオチムシャを戻させると、何事もなかったかのようにお沙魔は言った。


「そうだわ半蔵! 今日は桜が満開でとっても綺麗よね。二人で夜桜見物しましょうよ」

「え!? 二人でか!?」

「そうよ? ダメなの?」

「いや……拙者は任務が……」

「そんなの部下達に任せておけばいいじゃない。それとも、伝説の骨妖怪ヤミヨリイデシレンゴクノガシャドクロが、城下町を蹂躙する様を見たいの?」

「わ、わかったわかった! その代わり、妖術を使うのはナシだからな」

「いつも言ってるけど、妖術じゃなくて、『魔法』よ」

「呼び名など何でも構わん。ん? お沙魔、その手枷と足枷は何だ?」

「え? お花見には、手枷と足枷は必須でしょ?」

「そんな澄んだ眼で言うな! さてはお主、また拙者を監禁しようとしておるな!?」

「え? そうだけど?」

「だからその澄んだ眼をやめろ! そういうつもりなら拙者は行かんぞ!」

「そんなあ。せっかく監禁にちょうどイイ桜の木を見付けたのに」

「どんな木だそれは!? 木のどこに監禁するつもりなんだ!?」

「え、それは」

「いや、いい。聞きたくない。拙者は任務に戻る」

「ごめんなさいごめんなさい! 監禁は諦めるから、お願いだから一緒にお花見してください! オナシャス!」

「……本当だな? ……しょうがない、今日だけは付き合ってやる」

「フフフ、何だかんだ言って優しいわよね、半蔵は」

「グッ」


 眩暈がする程の美しい笑みを向けられて、拙者の心臓はまたドクドクと早鐘を打ち始めた。

 イカンイカン!

 お沙魔は魔女だ!

 拙者は絶対に、魔女の誘惑に屈したりはしないぞ!




 結局この日は明け方までお沙魔に付き合わされ、その間、計数十回は誘惑されたので、拙者の腕には数十ヶ所のクナイの跡が刻まれた。

 拙者が住処すみか長屋ながや(※今でいうアパートの様なもの)に戻った頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。


「あら、羽鳥はとりさん。今日も夜通し町内の見回りだったんですか? おかぴき(※警察機能の末端を担った非公認の協力者)のお仕事も大変ですね」

「ああ、お菓乃かのさん。いえいえ、楽な仕事なんてありませんよ」

「ふふ、そうですね」


 長屋の前の通りを掃除している、お菓乃さんと鉢合わせた。

 お菓乃さんはこの長屋の大家さんの娘さんで、たまに自家栽培している野菜などを拙者に分けてくれる、気立ての良い娘さんだ。

 ちなみに拙者は仕事の性質上、忍者だということは隠して生きているので、普段は羽鳥勘蔵かんぞうと偽名を名乗り、ただの岡っ引としてこの長屋に住んでいる。

 一応自分の屋敷も持っているのだが、市井の暮らしに溶け込んでいたほうが、何か異変があった時にすぐ気付けるため、ほとんど屋敷には帰っていない。

 拙者は大きな欠伸を一つしてから、長屋の戸を開けた。


「あ、おかえりなさいませ、首領」

「ゲッ、イチ」

「ゲッ、とは何ですか。失礼な」


 そこには朝餉あさげ(※朝食)の支度をしているイチがいた。

 イチは拙者の右腕のくのいちだ。

 とても優秀なのだが世話焼きなのが玉に瑕で、しょっちゅう勝手に拙者の家に入り、炊事やら洗濯やらをしてくれている。

 拙者も家事は大の苦手なのでその点は大変助かっているのだが、自分の居ぬ間にあれこれ部屋を触られているというのは、如何とも気恥ずかしい。


「ああそれと、首領が布団の下に敷いていた書物は、そこに置いておきましたよ」

「え!? ……それって……」


 見ると、拙者の秘蔵の春画が、ちゃぶ台の上に整理されて置かれていた。

 ヒ、ヒイィィィィッ!!!!


「コラァ!!! イチ―!!! 勝手に上司の私物を漁るなと、いつも言っておろうがあー!!!」


 拙者は光の速さで春画を抱え込んだ。


「そんな春画を大事そうに抱えたまま言われても、上司の威厳もあったものではありませんね」

「ぐぬぬぬぬぬ」


 これだからイチに部屋を掃除されるのは嫌なのだ!

 お主は拙者の母上か!?

 拙者は春画をまた定位置布団の下に戻した。


「そんなことより首領、もしやまたあの妖女あやかしおんなと会っていたのではないでしょうね?」

「え……いや、それは……その……」

「……ハァ、いつも言っていますが、あなた様は天下の伊賀忍軍首領なのですよ? あんな得体の知れない女に、いつまでもかかずらっていては、数多いる部下達に示しがつきません」

「わ、わかっておる! だが、拙者が相手をせぬと、お沙魔は城下を壊滅させると脅してくるのだ……」

「そんなもの、首領に構ってもらいたいから言っている、出任せに決まっているでしょう?」

「え? そうなのか?」

「当たり前です。あの妖女は首領に惚れているのでしょ? 女は、惚れている男に対しては、それくらいのことは平気でします」

「へえ……そんなものなのか。随分お沙魔の気持ちがわかるようだが、お主も惚れている男がおるのか?」

「なっ!? ななななな何を言い出すんですか急に!? セクハラで訴えますよ!」

「何だセクハラというのは!? そんな言葉聞いたことがないぞ!?」

「……そう言う首領こそ、妖女に惚れているのではないでしょうね?」

「なっ!? ななななな何を言い出すのだ急に!? そ、そんなわけなかろう!」

「……信じてよいのですね?」

「…………ああ」

「……フウ、ならもう何も言いませぬ。朝餉はちゃぶ台の上に置いておきますので、冷めない内にお食べください」

「お、おう、いつもすまんな」

「いえ、好きでやっていることですから。では私はこれで」

「おう、また任務での」

「はい」


 イチは若干乱暴に戸を閉めて、帰って行った。

 何だかいつもより機嫌が悪かった気がしたが、何か気に障ることでも言っただろうか?

 女心はよくわからんな。

 まあ、イチがせっかく作ってくれた朝餉だ。

 冷めない内にいただくとしよう。

 今日の献立は豆腐とワカメの味噌汁に、鯵の開きと、それから漬物に白米か。

 相変わらずどれも美味そうだ。

 拙者は出汁が効いた味噌汁を、一口飲んだ。


「ヤッホー、半蔵ー! 来ちゃった!」

「ブー!!!」


 拙者は味噌汁を盛大に吹き出した。

 それもそのはず、箪笥の抽斗から、お沙魔が急に飛び出してきたからだ。


「おおおおおおお沙魔!? 何故抽斗からお主が!?!?」

「魔法で私の家の抽斗と、この抽斗を繋げたの。これで私達、いつでも会いたい時に会えるわよ」

「はあああああ!?」


 それはマズい……。

 ただでさえ、拙者の腕はクナイの跡だらけなのだ。

 その上、家にまでお沙魔に押しかけられたら、拙者の腕に穴が開いてしまう……。


「ダメだダメだ! そもそも結婚前の若い女が、一人で男の家になど来るものではない! 今すぐ帰れ!」

「だったらいい加減、私を娶ってくれればいいじゃない? ……ねえ半蔵、私もう我慢できないの」

「えっ」


 お沙魔が指をフイッと振ると、いつの間にか拙者は手枷足枷を装着され、布団の上に仰向けで拘束されていた。


「あれ!? どうなっておるのだこれは!? オイ! お沙魔! これを解け!!」

「ウフフフフフ」


 お沙魔は妖艶な顔で這い寄ってくると、そのまま拙者の上に覆い被さってきた。

 お沙魔の豊満な胸が、容赦なく拙者に押し付けられている。

 ひゃー!!

 だ、誰か助けてえー!!


「……ねえ半蔵」

「へ?」


 お沙魔は潤んだ瞳で拙者を見つめながら、拙者の頬を撫でてきた。


「……いいでしょ?」

「……いや……その……」

「首領! 叫び声がしましたが、どうかされたましたか!?」

「羽鳥さん!? どうしたんですか!?」

「「「「あっ」」」」


 異変に気付いたのか、イチとお菓乃さんが、息を切らせながら家に入ってきた。

 た、助かった……。

 でも、お菓乃さんはともかく、イチは帰ったのではなかったのか?


「……首領、これはどういうことか、説明していただきましょうか……」

「羽鳥さん! お家賃はお一人分しかいただいてませんよ! そちらの女性はどなたなんですか!?」

「……えーっと、何から話せばいいのか……」

「アラアラ、邪魔が入っちゃった。この続きは、また今度ね半蔵」


 ……。

 本当に……どうしてこうなったでござる。







「諸星先生、何ですかこれは?」

「見てわからない、人未ひとみちゃん? 次の新作漫画のネームよ。もしも服部半蔵が、表と裏に別れてたらって設定で、時代劇を描いてみたんだけど、どうかな?」

「いやそれは見ればわかりますよ。私が言いたいのは、これがNLってことです。言うまでもありませんが、うちのバラローズは――」

「もちろんわかってるわよ。実際に漫画にする時は、登場人物は全員男にするつもりだから安心して」

「あ……そういうことなら、まあ……アリよりのアリだと思います!」

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