「連続爆破事件の容疑者と目される『ボンバー
プツン
「四時か……」
少し早いけど、寄るところがあるし、そろそろ出るか。
「うう、寒ッ」
外に出ると、あまりの寒さに、俺は思わず身震いした。
今日は12月30日。
大晦日イヴの今日は、日本全体がソワソワと浮足立っているのがわかる。
だというのに、俺は寒風吹きすさぶ中、スパシーバへ一人バイトに向かっている。
まあこれはしょうがない。
クソ忙しいクリスマスイヴとクリスマス当日に休みをもらった代償として、ここ数日は休みなく働いているのだ。
案の定、イヴとクリスマス当日にはお客さんが殺到したらしく、26日にスパシーバに出勤した際、未来延ちゃんは飄々としていたが、ピッセからは鬼の様な形相で睨まれた。
「なんで日本人は外国の神様の誕生日に、あんなにカップルでイチャイチャしよんねん!? 全然誕生日祝うつもりないやんけ!」
「ああ……うん、まあ……それは、そういうもんだとしか……」
「納得いかんわ!」
宥めるのが大変だった。
確かに異星人のピッセの眼から見たら、さぞかし滑稽に映ったことだろう。
俺ももし他の惑星に行って、そこで異国の神様の誕生日にイチャイチャしている異星人を見たら、ピッセと似たような感想を抱くに違いない。
「ねえねえタックン、例の爆弾魔、まだ捕まってないらしいよ」
「本当かいユミユミ? でも俺はそんなことよりも、ユミユミの今日の下着の色のほうが気になるな」
「やーん、タックンのエッチー」
……。
通りすがりのタックンとユミユミの会話が聞こえてしまった(誰だよ)。
君達みたいなモンがいるから、異星人に日本はバカにされるんだゾ。
でも会話の内容は俺も気になった。
今ニュースは、『ボンバー爆間』という、謎の爆弾魔の話題で持ち切りなのだ。
売れない芸人みたいな名前だと、何度聞いても思う。
事の起こりは、一昨日の28日。
報道機関各社に、謎の怪文書が届けられた。
そこには、次の様に書かれていた。
『三体の生贄を捧げ、コッカイギジドーに火柱を召喚する
ボンバー爆間』
トレーディングカードゲームかよ。
もちろん各社ともただの悪戯だろうと取り合わなかったが、その日の夜に大田区の廃ビルが何者かの手によって爆破されたことで、事態は急変した。
爆破されたのが無人の廃ビルだったため死傷者は出なかったが、怪文書の『火柱』という単語と、ビルの爆破というキーワードが結び付けられて、この爆破事件は怪文書を送り付けた人間の仕業だと主張する専門家も、ニュースに表れた。
そしてそれは明くる29日、確信に変わった。
今度は練馬区の廃ビルが爆破されたのだ。
恐らくボンバー爆間と名乗る犯人は一日一ヶ所どこかを爆破し、大晦日の明日、国会議事堂を爆破するつもりなのではないだろうか。
そして30日の今日も、三体目の生贄として、都内のどこかを爆破するつもりだろうというのが、ニュースで流れている一番有力な説だ。
とはいえ、都内だけでも廃ビルは無数にあるし、ターゲットが必ずしも廃ビルだけとも限らない。
もっと言えば、東京以外の県がターゲットになる可能性だってある。
そういう意味で日本は今、例年とは違った焦燥感を、年末のこの時期に抱いている。
にも関わらず沙魔美は今日、日本最大の同人誌イベントに出店するため、売り子の菓乃子と二人で有明にて奮闘中だ。
ボンバー爆間の件もあったので、俺も心配だったのだが、
「有明は私達の聖地よ。もしも聖地を汚すような輩が表れた場合は、私が魔法で逆にエクスプロージョンしてやるわ」
とのことだったので、それ以上は何も言わないことにした。
まあ、ああいう場所はただでさえ警備の眼が厳しいだろうし、沙魔美もいるとなれば尚更犯行は難しいだろう。
現に人気のない廃ビルだったからこそ、犯行が可能だったと言う専門家もいた。
確かに人通りの多い場所で、ビル一つを爆破するくらいの爆弾を誰にも見られずに仕込むのは、素人目にも難しそうだ。
もちろん一番いいのは、爆破が起こる前に犯人が捕まることなのは言うまでもないが。
「ニャーン」
お!
今日もいるみたいだな!
俺はスパシーバへの通り道にある、廃ビルの一階の駐車場に、そそくさと入っていった。
数日前、ここに一匹の野良猫が住み着いているのを見付けたのだ。
その猫はキジトラ柄でとても人懐こく、初めて会った時も、俺を見るなりニャーニャー鳴きながら擦り寄ってきた。
俺は例によって養いたい衝動に駆られたが、うちの安アパートは当然の如くペット禁止なので、スパシーバへの道すがら、こうして餌をやりに寄っている。
「ニャー」
「おーよちよちよち、今日も可愛いでちゅね~、シュナイダー」
「ニャーン」
初めて会った時は沙魔美も一緒にいたので、この猫を見た途端沙魔美は、
「この子の名前は『シュナイダー』よ!」
と、勝手に命名してしまったのだ。
なんでそんなサッカーが上手そうなドイツ人の名前なんだよ……お前、本当ドイツ好きだな、と思ったが、当のシュナイダーが「ニャーン」と嬉しそうに鳴いたので、名前はシュナイダーになってしまった。
こいつメスなんだけどなあ……。
ま、本人(本猫?)が気に入ってるなら、別にいいんだけどさ。
俺は餌入れ(俺が先日買った)の中に今日の分の餌を入れ、それをシュナイダーが美味そうにガツガツ食べる様を、慈愛に満ちた顔で見ていた。
どれぐらいそうしていただろうか。
いつの間にかバイトの時間が近くなっていたので、俺はシュナイダーに、
「またな。明日も来るからな」
と、別れの言葉を言い、その場を後にした。
シュナイダーは「ニャア」と、少し寂しそうな声を出したので、俺は後ろ髪を引かれる思いだった。
養えるものなら養いたい!
俺は本気でペット可のアパートに引っ越すことも検討しつつ、廃ビルを出てスパシーバに向かって歩き出した。
その時だった。
俺の向かい側から、こちらに向かってフード付きのダボついたコートを着た女性が歩いてくるのが見えた。
この通りは普段は人通りが少ないので、人とすれ違うのは珍しい。
とはいえ、それだけなら俺は特に何とも思わなかっただろう。
俺がおや? と思ったのは、すれ違いざまにその女性の顔を見た時だった。
フードの陰になってハッキリとは見えなかったが、チラッと見えた眼は異様な程ギョロリと血走っており、頬は瘦せこけ、ニカッと笑った瞬間に見えた歯は、全て虫歯でボロボロだった。
そして背中には登山家の人が使うような、大きなリュックを背負っていた。
……何だこの人。
俺の中の、ヤバい人センサーが一気にビービー音を立てた。
何の自慢にもならないが、俺もヤバい人間には造詣が深い(例えば俺の彼女とか、俺の彼女とか、あと俺の彼女とかだ)。
この人には関わらないほうがいい……。
俺の本能がそう告げた。
だが俺とすれ違ったすぐ後に、その女性は突然歌を歌い出した。
「棒が一本あったとさ
はっぱかな
はっぱじゃないよ 爆弾だよ
爆弾じゃないよ 爆弾だよ
六月六日に爆弾 ざあざあふってきて
三角爆弾に ひびいって
爆弾ふたつ 爆弾三つ
爆弾ふたつ くださいな
あっというまに
かわいいコックさん~」
いやその工程でコックさんにはならないだろ!?
それで出来るのは、ただの全身に爆弾括り付けたコマンドーだよ!
その女性は、先程俺が出てきた廃ビルに入って行った。
……え、待って。
もしかしてこれ、ビンゴなの?
あの人が売れない芸人の、ボンバー爆間さんなの?
……いやいやまさかね。
東京のすぐ隣とはいえここは千葉県だし、日本中を騒がせている犯罪者と俺が偶然鉢合うなんて、宝くじが当たるより確率は低いだろう。
……でも俺は、異星人に拉致られた経験もあるんだよなあ。
流石に異星人に拉致られる確率よりは高いか?
ただ、仮にあの人が本当にボンバー爆間だったとして、何故東京じゃなく、千葉の廃ビルを三体目の生贄に選んだんだ?
俺は何となく頭の中に地図を思い浮かべた。
そしてその瞬間、最悪の仮説が形を成した。
国会議事堂は言わずもがな、東京23区の中心である、千代田区永田町に存在している。
そして最初の事件現場は、そこから南に位置する大田区。
次の事件現場は、国会議事堂の北西に位置する練馬区。
そしてここは、国会議事堂の北東に位置する千葉県の肘川。
三ヶ所の現場を直線で結び、三角形を形成すると、ちょうど中心辺りに国会議事堂がくる。
……なるほど。
『三体の生贄を捧げ、コッカイギジドーに火柱を召喚する』というのは、そのままの意味だったんだ。
さながら事件現場で形成した三角形を魔法陣に見立てて、その中心に火柱を召喚するというのが、ボンバー爆間の描いたシナリオだったんだろう。
何て厨二臭い発想なんだ!
そんなのは、黒歴史ノートの中だけで完結させておいてほしかった!
……しかし、どうしたものか。
正直ここがただの廃ビルだったら、爆破されても死傷者は出ないだろうし放っておいたかもしれないが、ここにはシュナイダーがいる。
シュナイダーの命だけは、何としてでも守らなければならない!(守りたい、この笑顔)
俺はボンバー爆間に見付からないように気を付けながら、シュナイダーの餌場に戻った。
が、そこにはもうシュナイダーはいなかった。
ううむ……。
これをどう考えるべきか。
単にシュナイダーがこの廃ビル以外の場所に移動しているなら問題ないが、まだ廃ビル内のどこかにいるとしたら、命取りだ。
クソッ。
やっぱりボンバー爆間の犯行自体を止めるしかない。
沙魔美に助けを求めるか?
いや、ダメだ。
沙魔美はイベント中は、いつもスマホの電源を切っている(それは菓乃子も同様だろう)。
じゃあ警察に連絡するか?
でもそれだと間に合わないかもしれない。
…………俺がやるしかないか。
幸い相手は華奢な女性だ(思えば、ボンバー爆間という名前から、ムサいオッサン像を連想していたが、それこそが警察へのミスリードだったのかもしれない)。
俺一人でも組み敷ける気がする。
俺だって伊達に修羅場を潜ってない。
爆弾魔の一人くらい、なんくるないさー(ウチナーグチ)。
俺は物音を立てないように抜き足、差し足、忍び足で、まずは一階を探した。
……どうやら一階にはいないようだ。
続いて二階。
……二階にもいない。
そして三階に上がった時に、ドサッと何か重い物を地面に置く音がした。
……いた。
ボンバー爆間だ。
いや、正確には彼女がボンバー爆間だと決まったわけではないが、不審者であることは確かだ。
俺は物陰に隠れながら、ボンバー爆間(仮)の様子を窺った。
ドサッという音は、ボンバー(仮)が背負っていた登山リュックを降ろす音だった。
そしてボン(仮)は登山リュックの中から、直方体の重そうな機械を取り出した。
その機械の上部には、デジタル式の時計が設置されており、その時計には『05:00』と表示されていた。
……映画とかでよく見る、爆弾に備え付けられてる時計だ。
こりゃ、ほぼ確定かな。
あの時間が、午後の五時に爆発するというタイマーを表しているのか、それとも爆発までの残り時間が五分ということなのかは何とも言えないが、午後の五時なら普通『17:00』と表示するだろうから、残り時間と見るのが妥当だろう。
つまりあと五分でこのビルは爆破されるということか!?
いや、時計はまだ動いていない。
どこかしらの起爆スイッチを押してから、五分後に爆発する仕掛けなのだろうか?
「キャハハ。これで準備はオッケエ~。お前のキレイに散る様を、あーしに見せておくれよ『カツイエ』。『ナガヒデ』と『カズマス』も、それはそれはキレイな花火だったからねえ」
っ!
こいつ……爆弾に織田四天王の名前を付けてやがる。
こんなナリで歴女かよ。
てことは、最後の一つは『ミツヒデ』か……。
国家を転覆させるのに、ある意味相応しい名前とも言える。
もう(仮)は外してもよさそうだな。
間違いない。こいつが売れない芸人の、ボンバー爆間だ。
後はどうやって取り押さえるかだが……。
そもそも爆弾はアレ一つなのか?
普通この規模のビルを破壊するには、爆弾は複数必要なんじゃないのか?
それとも、アレ一つでこのビルを木端微塵にするくらいの威力があるんだろうか……?
いずれにしても、軽々に動くのは危険だ。
せめてあの爆弾の起爆スイッチがどうなっているのかを確かめてから動こう。
おや?
ボンバー爆間が、カツイエの前方に付いている、カバーみたいなものを外したぞ?
カバーを外すとそこには――
『起爆スイッチ』と手書きで書かれた、大きなボタンが現れた。
あれが起爆スイッチだー!!!
とてもわかりやすい!!!
てか、あんなザックリしたカバーで大丈夫だったの!?
あれじゃここに持ってくるまでに、どこかにぶつけてたら、間違って起爆しちゃってたんじゃないの!?
……まあ、国会議事堂を爆破しようなんて、異常者の思考はわかるはずもない。
とにかくあのボタンを押されたら終わりだ。
何とか隙を見て、後ろから――。
「ニャーン」
!!
その時、俺とは反対方向からシュナイダーが出てきて、屈託なく鳴いた。
やっぱりまだこのビルにいたのか!!
「おやぁ~ん? これはこれはカワイイ猫チャンだねえ。でもゴメンねえ。五分後にこのビルは
なっ!?
「や、やめろ!!」
「あん? ……誰アンタ?」
「あ……いや、その……」
ややややや、やっちまったー。
思わず何も考えずに飛び出してしまった……。
最悪だ。
せっかくここまで慎重にやってきたのに。
「警察? ……そうは見えないよね? ……あ! アンタさっきすれ違ったイケメンじゃん! え? 何々? もしかしてナンパ!? キャハハ! あーしもまだまだ捨てたもんじゃないじゃん! キャハハハ!」
「……すいませんが、ナンパではないです、ボンバー爆間さん」
こうなったらアドリブで、何とか爆破を止めるしかない。
「……へえ、最近の若者はニュース見ないって言うけど、アンタは違うみたいだね」
「ニュースを見ない若者でも、あなたのことはみんな知ってますよ。今や、日本で一番の有名人ですからね」
「え? マジでマジで? キャハハハ! いやあ、あーしも別にそんな目立つつもりはなかったんだけどさあ。お姉ちゃんが勝手に応募しちゃってさあ。ま、あーしは一人っ子だけど」
新人アイドルのオーディションかよ。
でも何となく、この人のパーソナリティがわかってきたぞ。
この人は典型的なかまってちゃんだ。
爆弾に名前を付けたり、爆破のことを『アート』って言ってみたり等のイタい言動から察するに、自己顕示欲が強い、陶酔型のDQNだ。
大方今回の犯行も、世間の注目を集めたくてやったに違いない。
一人で爆弾を作れる程の技術を持ってるんだから、所謂天才なんだろうが、それ故に変人扱いされて、性格がねじれてしまったってところか……。
この手のタイプは、パーソナリティを否定するようなことを言うと、途端に逆上する傾向がある。
とにかくこの人をあまり刺激しないように、今度こそ慎重に行動しないと……。
「……でも凄いですね、ボンバー爆間さん。お一人でこんなビルを破壊するくらいの爆弾を作れるなんて」
「え? え? マジでそう思う? アンタ中々見る目あんじゃん! イケメンだし、どーしてもって言うなら、あーしの彼氏にしてやってもイイよ」
「ア、アハハハハハ」
なんで上から目線なんだよ!
……イカンイカン。
落ち着け落ち着け。
取り乱したら負けだ。
こう見えて、厄介な女の相手は慣れてるんだ。
日頃の苦行の成果を、今発揮しないでどうする。
「……見たところ爆弾はそれ一つみたいですけど、それだけでこんな大きなビルを壊せるものなんですか?」
「アァン? あーしのカツイエを舐めてもらっちゃ困るよ。コイツはあーしが丹精込めて作った特注品だ。カツイエ一人でも、こんなチンケなビル一つワンパンだよ。ちなみに柴田勝家といえば、織田四天王最古参にして筆頭で、掛かれ柴田と謳われる程突撃の上手い軍指揮官として、後年は――」
「……」
出た。
DQN特有の、一方的に自分の好きなことだけを、滔々と語り出すやつ。
でも今ので、爆弾はあれ一つだけだということはわかった。
つまりこの人を取り押さえて、カツイエの起爆を阻止すれば、このビルは爆破されずに済む。
後はどうやって取り押さえるかだが……。
「――でね、本能寺の変の際は……って、人の話聞いてんの!?」
「え? ああ! 聞いてます聞いてます!」
「ケッ、アンタが聞きたいって言うから、しょーがなく語ってやってんだよ」
「……すいません」
言ってない。
でもここはグッと我慢だ。
「……で? アンタはあーしにホントは何の用なの?」
「え!? えっと……それは……」
何て言おう……。
正直に、「爆破を止めに来ました」とは言えないし。
……苦しいが、ここは……。
「……実は、さっきはああ言ったんですが、あなたを見掛けた時、とっても綺麗な人だなと思いまして……思わず後を付けてきてしまったんです。……すいません」
「……え? え? マジで? マジで? キャハ、キャハハハ、キャハハハハハハ! なーんだ、やっぱそーなんじゃーん! しょーがねーなー。前からそーじゃないかとは思ってたんだけど、やっぱあーしは、罪な女だったんだねえ」
「……」
違う意味でな。
「よしわかった! じゃー今日だけは特別だよ? ホレ」
「え?」
ボンバー爆間は、眼をつぶって、両手を広げた。
え? どういうこと?
……もしかして、ハグしろってこと?
…………えぇ。
いや、待てよ。
考えようによっては、これはチャンスだ。
ハグすると見せかけて、そのまま取り押さえれば、一件落着だ。
……よし、やってやる、やってやるぞ(島田並感)。
「じゃ、じゃあ、失礼して……」
俺はボンバー爆間に近付いて、ゆっくりと両手を掴もうとした。
「なーんちゃって」
「え」
バチチチ
「がっ!!」
突然身体中に雷が走ったような衝撃を感じ、俺は仰向けに倒れた。
こ、これは!?
……経験があるぞ(自慢にならない)。
スタンガンだ。
ダボダボのコートの袖に隠れて手が見えていなかったが、こいつスタンガンを隠し持ってやがった。
幸い前に喰らったやつよりは威力が弱かったのか、即気絶とはならなかったが、身体中が痺れて、指先一つ動かせない。
クソッ!
やっぱり俺の思惑はバレてたのか!
……そりゃそうだよな。
相手は日本中を揺るがす犯罪者だ。
一介の大学生の俺なんかに、どうこうなる相手じゃなかったんだ。
なんでいつも俺はこうなんだ……。
「ニャー!」
っ!
シュナイダーが心配そうに、俺のところに駆け寄ってきた。
そして「フー!」とボンバー爆間のことを威嚇した。
……シュナイダー。
「アァン? 何だよ、たかが獣の分際で、人間様に楯突こーってのかい?」
「シャー!」
「なっ!?」
シュナイダーがボンバー爆間に跳び掛かり、スタンガンを持つ右手に噛みついた。
「いででででで!! 何すんだよこのクソネコがああああ!!!」
ボンバー爆間はシュナイダーを思い切り地面に叩きつけた。
「ギャウッ!」
「シュナイダー!!」
シュナイダーはぐったりして動かなくなってしまった。
「シュナイダー!! シュナイダアアア!!!」
「アァン? 何だよコイツ、アンタの猫なの?」
「クソッ! 許さない! 絶対許さないぞお前ッ!!」
「キャハハハ、許さないったって、今のアンタに何ができんだよ? このスタンガンは、あーしが作った特別製だ。気絶はギリギリしない、マックスの電圧に調整してある。現に、指一本動かせねーだろ?」
「な!? ……なん……で」
「え? なんで気絶しない程度にしてるかって? キャハハ、そんなの、今のアンタみたいなヤツの顔を見るために決まってんじゃーん。キャハッ」
「……クッ」
この人間のクズが。
「キャハハハ…………さーって、じゃ、そろそろ始めよっか?」
「え? ……何を?」
「まあまあ、アンタはそのままジッとしてればいーからさ」
そう言うとボンバー爆間は、俺のズボンのベルトをカチャカチャと外し始めた。
「なっ!? 何をするんだ!? や、やめてくれ!」
「いーから、いーから、痛くしないから、さ」
ボンバー爆間はそのままズボンをずり下ろした。
「へえ、ボクサーパンツ派なんだね? トランクスは穿かないの?」
「やめろ……やめてくれ……」
「キャハハハハハ! イーねえ、メッチャそそるよその顔! じゃ、ご対面といきますか」
ボンバー爆間はボクサーパンツに手を掛けた。
クソ……沙魔美……。
「そこまでだぜ、お嬢ちゃん」
「っ! 誰だッ!! え?」
どこからともなくボンバー爆間の身体に縄が巻き付けられ、それは一瞬で亀甲縛りの形になった。
「なっ!? なんだこりゃ!? って、ウワワワワワワ!!」
そのままボンバー爆間は亀甲縛りで宙吊りにされた(どーでもいいけど、この小説の亀甲縛り率、異常じゃない?)。
プスッ
「がっ! …………スヤァ」
!?
縄が投げられた方向から、今度は吹き矢の様なものが飛んできて、ボンバー爆間の首筋に刺さった。
ボンバー爆間は瞬く間に眠ってしまった。
「お取込み中、邪魔して悪かったな普津沢」
「……伊田目さん」
そこには忍者のコスプレをした、伊田目さんが立っていた。
「いやいや、これ、コスプレじゃねーから。本物の忍者だから、俺」
「は? 本物?」
「ああ、前にスパシーバ以外に本職があるって言っただろ? それがこれだよ」
「……忍者が本職ってことですか」
「そ。俺のもう一つの名前はな、『二十代目
「は、服部半蔵!?」
って、日本一有名な忍者の服部半蔵!?
「でも、二代目以降の半蔵は、忍者じゃなかったって歴史の授業で教わりましたけど……」
「よく知ってるな。確かにそうだ。
「表?」
「ああ、二代目以降の半蔵はな、表と裏の二人に別れたんだよ。表の半蔵は武士として、裏の半蔵は今まで通り忍者として、な」
「……なんで」
「これからは忍者よりも武士の時代が来ると予見した初代半蔵は、二代目以降は武士として自分の名を継がせたんだ。ただ一方で、いつの世も忍者の存在は影で必要になるとも思っていた。だから裏でもう一つ、忍者としての服部半蔵を代々受け継いでいかせることにしたんだ」
「……そんな」
歴史の裏で、そんなことが……。
「俺はその二十代目ってわけだ。ま、今の俺は公務員だけどな」
「公務員!?」
「そうさ、そもそも服部半蔵は、代々幕府、つまり今でいう政府に仕えてたんだ。だから今の俺達は政府お抱えの、公式には存在しない架空の政府機関、その名も『Imaginary Governmental Agency』、通称、『
「IGA……」
「IGAは、このねーちゃんみてえな凶悪犯とかを取り締まる、秘密警察ってとこだな。俺はそこの局長をやってる」
「……」
なるほど。
正直、まだ頭の整理が追いついていないが、少なくとも伊田目さんがお客さんの顔を見ただけで、食べたい料理を当てたり、異様に顔が広かったりする理由はわかった気がする。
忍者として影からずっと日本を支え続けてきた身なら、魔法を使わずとも大抵のことはできてしまうのだろう。
「ちょっと待ってろ。今痺れてを解いてやる」
伊田目さんが俺のみぞおち辺りを指で強く押すと、一瞬だけ激痛が走った後、すっかり痺れがなくなった。
「痛ッ! ……ありがとうございました、伊田目さん。助かりました」
「オウ、普津沢も災難だったな。でもお陰で一級賞金首をお縄にできた。こっちこそ助かったぜ」
「あ! そうだ! シュナイダーが!」
「ん? シュナイダーってのはこの猫か?」
「あれ!?」
いつの間にか伊田目さんが、シュナイダーを抱きかかえていた。
「心配すんな。気絶してるだけだ。命に別条はねーよ」
「そうですか……よかった。ところで、伊田目さんはなんでこの場所がわかったんですか?」
「お前のお陰だよ、普津沢」
「え? 俺の?」
「ああ、何日か前、この廃ビルに住んでる猫に、餌をやってからバイトに来てるって言ってただろ? そんで今日、いつもの時間になってもお前が来ないから、何かあったんじゃないかと思ってな。その時、大田区と練馬区と肘川を結んだ三角形の中心が、国会議事堂だって閃いたんだ。だから急いでここに駆けつけたってわけだ」
「……なるほど」
世間話の一つも、しとくもんだ。
「そういうわけだから、お前何気にお手柄だぜ? 俺から上の連中に言えば、国から感謝状とかもらえちゃうかもよ?」
「え!? そんな、いいですいいです! ……あまり目立ちたくないし」
「カッカッカ、相変わらず欲がねーなー。ま、お前らしいけどよ。オイ! いるか? イチ」
「お呼びでしょうか、首領」
「!」
突然くのいちの格好をした美女が、影の中から現れた……ように見えた。
伊田目さんの部下の方かな?
「俺達は
「御意」
「……」
メッチャテンプレのくのいちって感じだけど、あまりそういうことは言わないほうがいいかな?
全然俺のほうを見ようともしないし。
「じゃ、行くか普津沢。もう開店時間すぎちまってるし。……ああ、一応俺が忍者だってことは、秘密にしてくれよな」
「それはもちろんですけど……なんで伊田目さんは、スパシーバを経営してるんです? それじゃ忍者の仕事に専念できないんじゃ……」
「それは大丈夫だ。所詮俺はお飾りの局長だからな。優秀な部下がいるから、俺なんていなくても一緒だよ」
「そんなことはございません。首領がいらっしゃるからこその、我々でございます」
「お前は本当にカタいなイチ。そんなんだから、彼氏できねーんだぞ」
「グッ」
「……」
気まずーい。
「それにな普津沢、俺は料理を作るのが好きなんだ」
「……料理を」
「忍者として国を影から支えるのにも生き甲斐を感じちゃいるがよ、料理は食べたお客さんの喜ぶ顔が直接見れるだろ? 俺はそれが堪らなく好きなんだ」
「……伊田目さん」
伊田目さんらしいな。
確かに伊田目さんの作る料理は、日本どころか、世界クラスに美味しいしな。
「ちなみに未来延ちゃんは、伊田目さんが忍者だってことは知ってるんですか?」
「ああ、本当はずっと秘密にしておくつもりだったんだが、あいつが十歳の時に、コッソリ俺の任務に付いて来やがったことがあってよ。そん時にバレちまった。まったく、誰に似たんだか」
「はははは」
血は争えないか。
未来延ちゃんの、異様なバイタリティの正体もわかったよ。
「じゃあ、将来は未来延ちゃんも、服部半蔵の名前を継ぐんですかね?」
「いや、継がねーんじゃねーかな。俺も別に継いでほしいと思ってねーし。あいつも俺と一緒で、料理のほうが好きだからよ。あいつ、何かにつけて自分は、『イタリアンレストランの娘』だって言うだろ? あれは忍者の仕事より、料理人の仕事のほうが好きだってアピールなんだよ」
「……そういうことですか」
未来延ちゃんのくのいち姿も、ちょっと見てみたい気もするけど。
「ほんじゃ、そろそろ本当に行くぞ普津沢。今日もお客が、俺の料理を待ってるからよ」
「はい」
その割には、しょっちゅう臨時休業してますけどね。
やっぱり相当気分屋なんだろうな。
「この猫……シュナイダーだっけ? こいつはうちの店の裏庭で飼ってやるからよ」
「えっ!? 本当ですか!?」
歓喜!!
これでバイトの度にシュナイダーに会えるやん!
それってメッチャ、素敵やん?(誰?)
「ありがとうございます伊田目さん! 俺、これからは今まで以上にバイト頑張ります!」
「ああ、それはいいんだが、その格好でホールに出るのは勘弁してくれよ」
「え? ……あ!」
そういえば、俺ずっとパンツを晒したままだった……。
どうりでイチさんが、俺のほうを見ないわけだ。
「ありがとうございました。……ふう、今のお客さんで一区切りついたかな」
「そうやな。もうすぐ閉店時間やしな」
「ピッセちゃん、そろそろキッチンの掃除始めてもらってもいいですか?」
「了解や、お嬢」
「ああピッセ、今日は俺がやるよ」
「え? どないしたんや先輩? 好感度上げて、ウチのこと攻略しようとしとんのか?」
「安心しろ、それはない」
そもそもお前は、初対面で既に攻略済みのスーパーチョロインだっただろ。
まあ、この小説はチョロインばっかだが……。
俺はキッチンに行く前に、ちょっとだけ裏庭を見に行った。
そこには即席で造ったとは思えない、伊田目さん謹製のシュナイダー用の小屋があり、その中で毛布にくるまったシュナイダーが、スヤスヤと寝息を立てていた。
天使……っ!。
圧倒的天使っ……!(福本漫画並感)
「お前本当に猫が好きなんだな」
「! 伊田目さん」
いつの間にか俺の後ろに、伊田目さんが立っていた。
「ボンバー爆間の仕掛けた爆弾は、もう回収されたんでしょうか?」
「ああ、さっきイチから連絡があった。無事に爆弾は解体されたそうだ」
「そうですか……よかった」
ボンバー爆間の件は俺と伊田目さんだけの秘密なので、未来延ちゃんとピッセに会話を聞かれないように、キッチンの掃除を代わったのだ。
未来延ちゃん辺りは、薄々感付いてそうだが……。
「ちなみにボンバー爆間が自供したそうなんだが、ボンバー爆間は別に、国会議事堂を爆破するつもりはなかったらしい」
「え、そうだったんですか!?」
「そもそも一個人が犯行予告をした上で、最高峰の警備体制が敷かれてる国会議事堂を爆破するなんて、ほぼ不可能だしな。何てことねー、江東区にある、『パレス・コッカイギジドー』って廃墟のマンションを爆破するつもりだったんだと」
「はあああ!? しかも江東区って……」
千代田区ですらないのかよ……。
「でもちゃんと計算してみると、確かに事件現場の三角形の中心は、千代田区じゃなく、隣の江東区だったんだよな。嘘はついてなかったわけだ」
「はあ……」
「結局、ボンバー爆間も死傷者を出す程の勇気は、端からなかったんだろう。ただ単に、世の中に自分のことを認めてもらいたかっただけなんだろうよ」
「……随分迷惑な話ですけどね」
あれほどの技術を持っていた人だ。
もっと他のことにその技術を使えていれば、みんなから称賛される人物にもなれただろうに。
それができない事情が、何かあったのかもしれないが……。
カランコロンカラーン
「堕理雄ー? 堕理雄はいるー?」
ゲッ。
沙魔美の声だ。
「すいません伊田目さん、ちょっとホール行ってきていいですか? キッチンの掃除は後でやりますんで」
「オウいいぞ。しっぽりしてこい」
「しっぽりって……」
俺がホールに行くと、沙魔美と菓乃子が両手にいっぱい紙袋(恐らく
「あ、堕理雄君、いたんだ」
「堕理雄! 聞いてよ! 今日イベントに、諸星先生が漫画を掲載してる、バラローズって雑誌の編集長が来てて、よかったら今度、読み切りで漫画描いてみませんかって、私に言ってくれたの! 私ついに、商業誌デビューよ!」
「そうか……それは凄いな、おめでとう」
「? 堕理雄?」
沙魔美の顔を見た途端、ついさっき命の危険に晒されて、二度と沙魔美に会えなくなりかけたことが頭によぎり、沙魔美のことが堪らなく愛おしくなった。
ガバッ
「えっ」
いつの間にか俺は、沙魔美を抱き締めていた。
「堕理雄!? ど、どうしたの急に!?」
「ごめん……何も聞かずに、今はこうさせてくれ」
「……堕理雄」
菓乃子とピッセがポカン顔になっているのが目に入ったが、今だけは気にしないことにした。
パシャ、パシャ
ん? この音は……カメラのシャッター音……?
確か前も、こんなことが……。
後ろを向くと、未来延ちゃんがホクホク顔で、俺と沙魔美をスマホのカメラで撮っていた。
「ご馳走様です! 普津沢さん、この写真、『彼氏にデート中にハグされたなう。に使っていいよ』シリーズで、SNSにアップしてもいいですか?」
「……」
デート中に人前でハグするなんて、どんなバカップルだよ(おまいう)。