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第45魔:ジャーン!

 久しぶりの冒頭からの語り部役かあ。

 久しぶりすぎて、今までどうやって語り部してたか忘れちゃったよ。

 とりあえず沙魔美が何か素っ頓狂なことを言ったら、「え!?」とか、「は!?」とか言っとけばいいのかな?


「そんなので語り部が務まるなら、楽なお仕事ね。『誰にでもできる簡単なお仕事です』ってやつ?」

「沙魔美……」


 まあそう言うなよ。

 こっちも久しぶりで、リハビリ中なんだからさ。

 それよりも今日は、沙魔美に言っとかなきゃいけないことがあるんだ。


「沙魔美、前から言ってた通り、明日と明後日は泊まり込みで出掛けるから、予定は空けてくれてるよな?」

「あ、ごめんなさい。明日は菓乃子氏とデートだわ」

「ウオオイ!」

「冗談よ」

「ふんぬー」


 お前はブランクをまったく感じさせない平常運行だな。

 今回ばかりは羨ましいぜ。


「明日は八時には俺の家ここを出るからな。今日はもう寝るぞ」

「それはいいんだけど、いったいどこに行くの?」

「それは行くまでのお楽しみだって言っただろ。じゃ、おやすみ」

「ふーん。ま、いいけど。グーテナハト」

「何故ドイツ語!?」

「スヤァ、スヤヤァ」

「相変わらず、の〇太君並みの入眠速度だな……」




「んー、いい天気。絶好の監禁日和ね」

「監禁してたら外の天気は何でも一緒だろ。さあ行くぞ、最初に寄るところがあるんだ」

「え? どこどこ? 監禁ショップ?」

「何だその明らかに風営法に違反してる店は!? いいから付いてこいよ」

「114514?」

「お前はもう喋るな」


 現在午前九時。

 八時には家を出ると言ったのに、沙魔美が起きたのは八時だった……。

 寝付きは良いくせに、寝起きはすこぶる悪いやつだ。

 その割には原稿の締め切り前とかになると平気で三徹とかするんだから、いったいどういう身体の構造をしているのか、訳がわからない。

 八時に起きた沙魔美は焦る素振りもなくゆっくり優雅に支度をし、おまけにモーニングコーヒーも一杯飲んで、やっと家を出たのがこの時間(ちなみに俺の家のクローゼットは、ほとんど沙魔美の服に占領されている)。

 まあ、こんなこともあろうかと、あらかじめ出発時間を一時間早めに伝えておいたので、結果オーライだ。

 『沙魔美は絶対に俺の思い通りには動かない』。

 このことを常に念頭に置いておくのが、沙魔美と付き合うコツだ。


「え? ここは……レンタカーショップ?」

「ああ、今日は少し遠出するからな」

「へえ……そろそろ行き先を聞いてもいい?」

「そうだな、そろそろいいか。……那須だ」

「那須」

「ああ」


 俺達は今日、栃木県の那須に旅行するのだ。




 俺の母方のばあちゃんの実家が栃木なので、那須には子供の頃に何度か家族旅行したことがあった。

 空気も美味しいし温泉も入れるしで、俺はとても好きな場所だ。

 何より千葉県は平地なので、近くに山が見えるというだけでテンションが上がる。

 そういうわけで、那須には前から是非沙魔美と行ってみたいと思っていたのだ。

 那須というと避暑地のイメージだが、冬だって見所は沢山ある。

 何より温泉に入るなら、やっぱ冬のほうが気持ち良いしな。

 沙魔美は那須には行ったことはないそうだが、俄然興味が湧いたらしく、レンタカーの助手席に座りながら、早速魔法で各種旅行雑誌等を取り寄せて那須について調べている。

 まあ、今日ぐらいは多少の魔法の使用は許してやろう。


 高速道路に乗って途中休憩を挟みつつも北上し、那須に着いた頃にはお昼になっていた。


「わあー綺麗ー!! そびえ立つ山々が雪を被っているわ! 今夜はあの雪でかまくらを作って、そこに堕理雄を監禁してあげましょうか?」

「凍死しちゃうよ。何ならスキーとかスノボもできるけど、どうする?」

「私が運動苦手なの知ってて言ってるの?」

「……言ってみただけだよ」


 ちなみに沙魔美は自分の周りにだけ加熱魔法を使っているので、真冬の雪山だというのにワンピース一枚という出で立ちだ。

 流石にこの格好は周りの人から不審がられそうだが、最悪「神経がバカなんです」と言って押し通すことにしよう。


「あなたまた失礼なことを考えていたでしょう、堕理雄?」

「……さあな。それはそうと、先ずは腹ごしらえしようぜ。何か食べたいものはあるか?」

「あ! 私パンが食べたい! さっき調べたんだけど、確かこの辺りに、有名なパン屋さんがあるのよね?」

「ああ、あれか」


 那須高原のメインロードから少し車で走ったところに、有名なベーカリーカフェがある。

 俺も子供の頃に一度だけ行ったことがあるが、景色も良いし、パンもとても美味しい。

 ここからなら然程離れてないし、ランチはそこにするか。

 俺は雪道に気を付けながら、安全運転でそのベーカリーカフェに車を走らせた。




「んん~、ビュリフォー。パンの味も景観も、ベリベリビュリフォーだよー」

「だからその喋り方はやめろよ沙魔美! メシが不味くなる」


 俺達は一番人気のブルーベリーパンと紅茶を注文して、それをテラス席で食べた。

 焼きたてのブルーベリーパンはフワッフワでベリーの酸味が程よく効いており、紅茶にとても合う。

 綺麗な景色を見ながら食べるランチは、何とも贅沢な気持ちにさせてくれた。

 沙魔美も好みの同人誌を見付けた時みたいな顔をしているので、それはつまりとても幸せだということだろう。

 喜んでもらえて何よりだ。


「さて、腹もいっぱいになったことだし、次の目的地なんだけど、アルパカは好きか、沙魔美?」

「え!? アルパカちゃん!? 大好きよ私! そういえば那須はアルパカの牧場もあるのよね。是非行ってみたいわ!」

「よし、じゃあ行くか」

「イグゥ!」

「やめろ! お前が言うと全部卑猥に聞こえる」


 俺達は一路、アルパカの牧場へと向かった。




「アッブアアア!! ガワイイワアアア!!!」

「オイ沙魔美! 興奮しすぎだぞ! みんなこっち見てるだろ!」


 まさか沙魔美がアルパカを見て、こんなにテンションが上がるとは思っていなかった。


「だってこんなに何十匹ものアルパカちゃんが、大きな柵の中に大人しく監禁されてるのよ。これで興奮するなってほうが無理よ!」

「嫌な言い方をするな! 別にアルパカちゃん達は監禁されてるわけじゃねえ!」

「でも私、アルパカちゃんて初めて見たけど、とっても愛くるしいフォルムをしてるわよね」

「そうだな。首が長いし、体毛はモフモフしてるしな」

「あと歯が下にしか付いてないのが可愛いわ。餌をあげたら、下の歯だけで器用にモシャモシャって食べた時は、危うく私の監禁スイッチが押されるところだったわ」

「そんなや〇気スイッチみたいなものが存在していたのか……」


 できればそのスイッチは、一生押さないでもらいたいものだが……。


「ここの売店ではアルパカちゃんの毛で作ったキーホルダーとかも売ってるのね! 後で買うわ私! そしてそのキーホルダーで、キーをホルダーするわ!」

「ホルダーは動詞じゃないぞ」


 まあ、こんなに楽しそうな沙魔美を見るのは久しぶりだから、好きにさせてやるか。


「さてと、そろそろ予約してる宿に向かうぞ。本日のメインイベント、温泉だ」

「温・泉!! 流石堕理雄、エロい展開を期待しているのね」

「してねーよ!」


 ……いや、してないよ?

 ……ホントだよ?




「まあ素敵! 露天風呂付のお部屋なのね! 流石堕理雄、エロい!!」

「いや、だから……まあいいや」


 まったく下心がないと言ったら、嘘になるしな。

 沙魔美と二人で温泉に入りたいから、わざわざ露天風呂付の部屋で手頃な値段の宿を、苦労して探したのだ。


「よし! そういうことなら早速、ひとっ風呂浴びましょう!」

「え? 今から? まだ夕方だぞ」

「明るいうちに入って、夜になったらまた入るのよ! せっかくの浴び放題なんですもの! 浴びて浴びて、浴びまくるわよ!」

「浴び放題て……」


 まあいいか。

 俺も運転して少し疲れてるしな。

 寒い中入る温泉は、格別だろう。

 沙魔美が先に入っていていいというので、俺は軽く身体を洗ってから一人で温泉に浸かった。


「くっふう~。沁みるな~」


 やっぱ温泉はイイ。

 ジジ臭いと言われそうだが、それでも俺は温泉が好きだ。

 普段何かと問題が多い彼女のせいで身体中に鬱積した疲れが、解きほぐされていくのを感じる。

 遠くに見える雪のベールを被った山も壮観で、ロケーションもバッチグー(死語)だ。


「んん~、ビュリフォー。景色も、ベリベリビュリフォーだよー」

「すっかりその口調気に入ったなお前。ピッセの前では言うなよ」

「わかってるわよ」


 まあ、ピッセは別に気にしなそうだけどな。

 それよりも、いつの間にか身体を洗い終えた沙魔美が、俺の横で温泉に浸かっていた。

 フフォオ……。

 沙魔美の裸はもちろん何度も見ているが、こうして湯船に浸かっている様は、さながら絵画のワンシーンのようだ。

 沙魔美は普段は下ろしている髪を結い上げており、艶めかしいうなじを覗かせている。

 目元は優しく緩んでいて、頬は温泉の熱でうっすらと桃色に染まっていた。

 窪んだ鎖骨には少しだけお湯が溜まっており、それは砂漠で旅人を労うささやかなオアシスの様だった。

 水面をたゆたうたわわな双丘は柔らかく、且つ程好いハリがあり、それは桃源郷に実っている二房の桃を連想させた。

 双丘を支えているウエストは、くびれているが女性らしい丸みも残しており、そのフォルムは新雪に描かれた一筋のシュプールの様だった。

 母なる海を体現したかの様な豊満な臀部は、ツンと上を向いていて、雄大さと荒々しさが見事に融合していた。

 カモシカの様なほっそりした長い脚は、かと言って筋張ってはおらず、適度な弾力が芸術的なまでの質感を実現させていた。

 ……うむ。

 悔しいが、俺の彼女は容姿はベリベリビュリフォーだ。


「それはどうもありがとう。光栄だわ」

「え!? お前また、俺の心を読んだのか!?」

「誰でもわかるわよ。そんな鼻血を出しながら、イイ顔でウンウン頷いてたら」

「なっ!? こ、これは……ちょっと温泉でのぼせちゃったかな。ハハハ……」

「フフフ、そういうことにしておきましょ」

「じゃ、じゃあ、のぼせちゃったから俺はそろそろ上がるわ。沙魔美はゆっくり入ってろよ」

「アラ、せっかくの温泉なのに、エロシーンはカットなの?」

「……まだ明るいし、そういうのは夜な」

「チェッ」

「……」


 ふう。

 危なかった。

 まだ心臓がドキドキしている。

 やっぱ温泉と美女の裸という組み合わせは凶悪だな。

 危うく酸性の温泉が、アルカリ性に変わってしまうところだった(何それ?)。




「はわあ~。どの料理も美味し~。特にこの、とちぎ和牛の網焼きは絶品だわ!」

「お前は本当に、美味そうに食うな」

「もちろん堕理雄のエリンギも、後で美味しく食べてあげるわよ」

「下ネタはやめろ」


 ここの宿は部屋に直接食事をサーブしてくれるのがウリの一つなので、俺と沙魔美は二人きりでゆっくり、窓から見える景色を楽しみながらディナーを堪能した。


「はー、お腹いっぱい。満足満足。じゃ、私はまた温泉入ってくるから」

「また!? さっき入ったばかりなのに!?」

「夜になったらまた入るって言ってたでしょ? せっかくの露天風呂付部屋なんですもの。温泉が干上がるまで入ってやるわ!」

「お前が言うと洒落にならないな……」


 その後も沙魔美は宣言通り、温泉に入っては少しの間休憩し、また温泉に入りをひたすら繰り返し、いつの間にか時刻は夜の十二時近くになっていた。

 俺も沙魔美に付き合って何度か温泉に入ったが、その度に鼻血をスプラッシュしそうになったので、すぐに出た。


 俺と沙魔美は窓際の椅子に座って、一緒に満天の星空を眺めた。


「……堕理雄、今日は本当にありがとうね。とっても楽しかったわ」

「そりゃどうも、喜んでもらえて何よりだよ」

「でも、なんで急に旅行しようなんて言い出したの?」

「そんなの……言わなくてもわかるだろ?」

「……まあ、ね」


 俺はスマホの時間を確認した。

 間もなく十二時になろうとしていた。


「五……四……三……二……一…………メリークリスマス、沙魔美」

「メリークリスマス、堕理雄」

「そしてお誕生日おめでとう」

「……ありがとう」


 日付が変わって今日、12月25日は沙魔美の誕生日だ。

 沙魔美もついに二十歳。

 心は永遠の十四歳だが、法律上は大人の仲間入りだ。

 世界一有名な神様と、世界一凶悪な魔女が同じ誕生日だというのは何とも言えない皮肉だが、誕生日は誰にでも平等に訪れる。

 そこには神様も魔女も、区別はないのだろう。

 イタリアンレストランが一年で一番忙しい日にスパシーバを休むのは気が引けたが、その分年末年始のシフトを増やすことで了承してもらえた。

 流石に沙魔美と付き合って最初の誕生日だ。

 俺なりに、精一杯祝ってやりたかったのだ。

 沙魔美の様子を見る限り、まずまず誕生会は成功といったところだろう。

 そうだ。

 大事なのはここからだった。

 俺は冷蔵庫から箱を取り出し、沙魔美の前に置いた。


「? 何、これ?」

「開けてみろよ」

「うん……わあ、クリスマスケーキね!」

「宿の人に無理を言って作ってもらったんだ。今日はもう遅い時間だから、明日一緒に食べよう」

「何言ってるの! こういうのは早めに食べた方が美味しいのよ! 私は今から食べるわ」

「え、マジで? もうこんな時間だぞ?」

「私が食べたいと思った瞬間が、それすなわちベストイートタイムよ」

「何だその名言ぽく聞こえるだけの、ただの持論は……」


 まあ沙魔美のために用意したものだし、好きにすればいいが。


「でもその前にこれを渡しておくよ。はい、誕生日プレゼント」


 俺はラッピングされた小さな袋を、沙魔美に渡した。


「ありがとう! 開けてもいい?」

「ああ、大したものじゃないけどな」

「あなたがくれたものなら、何でも大したものよ…………あ、ピアス!」

「沙魔美の趣味に合えばいいけど」

「とっても素敵! 鍵がモチーフになってるのね」

「まあ、な」

「フフフ、本当にありがとう。これはつまり、堕理雄の心の鍵を開けられるのは、私だけってことよね?」

「……そこまで深い意味はないけどな」


 単に俺の誕生日に沙魔美からもらったのが、南京錠をモチーフにしたチェーンネックレスだったから、それと対になるお返しといったところだ。

 皮肉にも、錠前と鍵というのは、俺と沙魔美の関係性を端的に表しているとも言えるので、我ながら良いプレゼントだったかもしれない。


「……私こんなに幸せな誕生日初めてよ。……私今日のこと、一生忘れないわ」

「そんな大袈裟な」

「そうだわ! 私からも堕理雄にクリスマスプレゼントがあるのよ!」

「え? 何?」

「ジャーン!」


 沙魔美が立ち上がって浴衣を豪快に脱ぐと、全裸の沙魔美が巨大なリボンでラッピングされていた。


「それはね、わ・た・し」

「……」


 まあ、確かにこれが、俺には一番のクリスマスプレゼントだな。

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