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第40魔:養って

 もう12月かあ。

 すっかり出歩くのが辛い季節になってきた。

 だというのに何故か俺は、今日も一人映画館へ向かって歩いている。

 それもそのはず、今日からまた安校アンコウの劇場版アニメの新作が上映されるのだ。

 制作ペース早くない!?

 夏に上映された劇場版アニメは記録的なヒットを叩き出し、その流れを汲んでの今回の新作なので、沙魔美は余程待ち遠しいのか、ここ最近は「しんどい、無理。しんどい、無理」しか言葉を発していない。

 そんなにしんどくて無理なら観なきゃいいのにと思うのだが、それを言ったらまた「腐ってる人の言う『しんどい、無理』は『しんどい、無理』って意味じゃないから!!」とか、イミフなことを言われそうなので、何も言わないことにしている。

 ちなみに今回も劇場限定の特典が、バッチリ八週分ご用意されているらしい。

 つまりこの寒い時期に、俺はまた八回も映画館に参拝することになったわけだ。

 まあ、俺も安校のアニメは好きだから、別にいいんだけどさ。


 映画館まであと少しのところでスマホの時計を確認すると(ちなみに俺は腕時計を持っていない)、沙魔美との待ち合わせ時間までには、まだ一時間近くあった。

 ふむ、少し早く来すぎたな。

 どこかの喫茶店で時間を潰すか。

 おや?

 その時俺は、道の向かいにある交番の近くに、一人のランドセルを背負ったJS女子小学生が歩いているのが見えた。

 今日は日曜日なのに。

 それに何だか不安そうに辺りをキョロキョロ見渡しているし、ひょっとして親御さんとはぐれちゃった迷子かな?

 まあ、仮にそうだったとしても今のご時世、たとえ親切でJSに話し掛けたとしても事案扱いされかねないし、何より目の前に交番もある。

 あの子が本当に迷子なら、交番の前に立っているお巡りさんに助けを求めるだろう。

 そう思い俺はその場を離れようとしたのだが、その時ふと、JSと目が合った。

 するとそのJSは、一瞬でパアッと顔が明るくなり、俺のほうにテコテコと駆け寄ってきた。

 え!? 何何!?

 俺にJSの知り合いはいないぞ!?

 ……でもこの子、誰かに似てる気がする。


「探したよパパ! 今から私とデートしよ!」

「は?」


 そうだ。

 今気付いた。

 この子、に凄く似ている……。

 刺す様な視線を感じたので顔を上げると、お巡りさんが獲物を狩るハンターの眼で俺のほうを睨んでいた。

 ち、違うんですお巡りさん!!




「私の名前は多魔美たまみ、未来から来た、パパの娘だよ」

「何と」


 多魔美と名乗ったJSは、チョコレートパフェを美味しそうに頬張りながらそう名乗った。

 あの後ハンターの視線から逃げるように、適当に近くの喫茶店にJSと入り、こうして対面しているというのが現状だ。

 未来から来た俺の娘?

 そんな馬鹿なと普通の人なら一蹴するだろうが、生憎未来の俺の妻候補は、悪い意味で何でもアリの女だ。

 この子もその血を継いでいるのだとしたら、この子も魔女で、魔法を使って今の時代にやって来たというのも、有り得ない話じゃない。

 むしろ多魔美という名前といい、沙魔美にそっくりな容姿といい、少なくとも沙魔美の娘であることは、ほぼ間違いないだろう。

 何てこった。

 何だよこのセーラー〇ーンみたいな展開は……。

 まさかこの歳で、JSの娘が出来るとは思わなかった……。


「あの、多魔美……ちゃん? こんな自由に過去に来て、タイムパトロール的な人達に怒られたりはしないのかな?」

「私のことは多魔美でいいよ。パパにちゃん付けで呼ばれるのは、変な感じだから」

「ああ、そう……」

「それに一日くらいなら、タイムパトロールにも気付かれないよ。過去に来るのは今日が初めてじゃないし」

「そうなの!?」

「この時代に来たのは初めてだけどね。いろんな時代のパパと会いたいからさ、たまにこうしてピクニックに来てるんだ」

「タイムスリップのことをピクニックと呼ぶのはどうかと思うぞ……」

「この前なんか私と同い年のパパと会って来たんだよ。とっても可愛いくて、危うく監禁しちゃうところだったよ」

「それは本当に危うかったな……」


 ラブコメとかで、主人公とヒロインが実は子供の時に一度会ってましたなんてのがよくあるが、まさか自分の子供と子供の時に一度会ってましたなんてのは俺が初だろう。

 普通の人はタイムスリップなんてできないしね(真顔)。

 でも言われてみれば小学生の時に、一日だけとても可愛い女の子と遊んだ覚えがある。

 あれが多魔美だったのか……。

 まさかそれが自分の娘だとは当時の俺は夢にも思わないどころか、悪夢にすら思わなかっただろう。

 しかし今ので確信した。

 この子は沙魔美の娘だ。

 そして俺に対する異常な執着といい、俺の娘であるのも、ほぼ確定と言っていいだろう。

 良くも悪くも、いや、悪くも悪くも、母親からしっかり遺伝子を受け継いでしまっている。

 ジーザス。

 どうやら娘の教育は、暗礁に乗り上げているようだな未来の俺よ。


「ねえねえパパ、そういうわけだからさ、今から私とデートしてよ。もしくは監禁させてよ」

「パパはそんなすぐ監禁しようとする子に育てた覚えはありませんよ(実際覚えはない)。悪いことは言わないから、今すぐ未来に帰りなさい」

「えーヤダヤダ絶対監禁するー。パパをこのランドセルの中に監禁するまで私は絶対帰らないー」

「そのランドセル監禁用だったの!?」


 流石にその中には入れないよ!?

 てか、いつの間にか趣旨がデートから監禁に変わってんじゃん!

 ダメだ……。

 これ実質、沙魔美が二人いる様なもんだ。

 とても今の俺には手に負えない。

 まあ、未来の俺にも負えているとは到底思えないが。

 あ。

 そういえば沙魔美のことをすっかり失念していた。

 沙魔美には何て説明しようか……。


「お客様、コーヒーのお代わりいかがでしょうか?」

「ああ、くださ……」

「あ! ママ!」

「……沙魔美」


 何故かママがウェイトレスの格好で登場した。




「ママ! ズルい! 私もパパの隣りに座りたい!」

「フフフ、あなたには八十年早いわよ多魔美。パパの隣りはママの特等席なんだから」

「おい沙魔美、娘に張り合うなよ」


 沙魔美は一目で多魔美が俺達の娘だということを理解した。

 母親としてのシンパシーの様なものを感じたのかもしれない。

 ウェイトレスの格好をしていたのはただのノリらしく(ノリでするなよ)、今は私服に着替えて俺の隣に座っている。


「それにここのボックス席は狭いから、可哀想だけどもうこっちに多魔美が座るスペースはないわよ」

「いいもん。じゃあスペース増やすもん」

「え? 増やす?」


 どうやって? と俺が聞こうとしたその時、多魔美が指をフイッと振ると、この店のボックス席の長椅子が全て、倍くらいの長さに伸びた。

 うおっ!?

 やっぱりこんなに小さくとも、多魔美も魔女の一員らしい。

 多魔美はテーブルの下をくぐって、沙魔美とは反対側の俺の隣に座った。


「えへへー、パパだーい好き」


 多魔美が俺の腕を両手で掴んで、スリスリと頬擦りしてくる。

 か、可愛い。何て可愛いんだ。

 養いたい! 俺、この子を養いたいぞ!

 ……いや、未来では既に養ってるんだった。

 イカンイカン、可愛いものを見るとすぐに養おうとするのは、俺の悪い癖だ。

 うちには最高に手の掛かる猛獣が一匹いるんだから、これ以上のキャパはないというのに。


「あなたまた失礼なことを考えていたでしょう、堕理雄? まあしょうがないわね。自分の娘にヤキモチを焼くのも親の沽券に関わるし、今日だけは特別に、私と多魔美で堕理雄をシェアハウスしましょう」

「俺は家じゃないぞ」

「あ、でも困ったわね。そろそろ映画が始まる時間だわ」

「ああ、そうか」


 そういえば映画を観に来たんだった。


「それって安校の劇場版アニメでしょ? 私もそれ観たい!」

「え? 安校のアニメ知ってるのか?」

「ママがDVDボックスで全巻持ってるから、私も一緒によく観るもん。やっぱライバル校の部長×副部長のカプが、一番尊いよねー」

「まあ! 流石私の娘ね! よくわかってるじゃない!」


 沙魔美が俄然色めき立った。

 そんなとこまで遺伝しちゃってた!

 ガッデム。

 俺の娘はこの歳で既に腐ってるのか……。

 最早娘の教育は、暗礁に乗り上げているどころか、難破してそのまま船ごと異世界に転送されてしまっているらしい。

 『娘の教育が難破して、船ごと異世界に転送されてしまったんだが』近々刊行予定です。

 すいません噓です。


「実は今日が上映初日だって知ってたから、この時代にタイムスリップして来たんだ。やっぱり家でゆっくり観るのもいいけど、同士達と一緒に映画館で観るのもまた格別でしょ?」

「わかりすぎてしんどい。じゃあそうと決まったら、親子三人水入らずで、屈強なイケメン達がイチャイチャしてる様を鑑賞しに行きましょう!」

「オー!」

「……」


 もしかして未来の俺って毎日こんな生活なの?

 SANチェックはこまめにしたほうがよさそうだな……。




 その後俺達三人は、仲良く一緒に安校の劇場版アニメを観た。

 ライバル校の部長と副部長が、宝物のプレ〇テ2を暴走族から奪い返しに行くシーンでは、母子共々口元を両手で抑えながら号泣していたが、相変わらず俺にはどこが感動的なのかはサッパリわからなかった。

 てかこいつらプレ〇テ2好きすぎだろ!?


「あー面白かった。やっぱ本当に良いものは、時代を経ても色褪せないね」

「まったくその通りだわ。私達が生まれる前に作られたアニメでも、名作と呼ばれるものは、今観ても変わらず面白いもの」


 ふむ。

 それはそうかもしれないな。

 結局物語というのは、どれだけ人間というものを深く描けるかにかかっていると誰かが言っていた。

 文明がどんなに発達しようとも、人々の営みに根源的な変化がない以上、たとえ何百年前に創られた物語であろうとも、物事の核心を突いたストーリーは、今も変わらず俺達の心を揺さぶる。

 まあ、とはいえ、俺が安校のアニメで泣くことは生涯ないだろうが……。


「あ、もうこんな時間だ。暗くなる前に帰らないと、未来のママに怒られるんだった。本当はパパを監禁したかったんだけど、それはこの次の楽しみに取っておくね」

「取っておくな。いいかい多魔美、今後は未来のママの言うことは聞いちゃダメだよ。パパの言うことだけを聞いておきなさい」

「アハハハ! 未来のパパと同じこと言ってる! でも結局いつも、パパはママに籠絡されて、夜は仲良くプロレスごっこしてるよね」

「ウオオオイ多魔美! プロレスごっこ中は絶対に寝室に入っちゃダメだからな!?」


 てか『籠絡』なんて、随分難しい言葉を知ってるな。

 話し方もJSの割には大人びてるし、俺に似ず、頭の良い子なのかもしれないな。

 親バカと言われればそれまでだが。


「またいつでもいらっしゃい多魔美。次来た時はママと一緒に、パパをシェア監禁しましょう」

「シェア監禁って何!? 頼むからこれ以上教育に悪いことを教えないでくれ!」

「アハハ! じゃーねーパパママー!」


 多魔美が指をフイッと振ると、多魔美は煙の様に姿を消した。

 パパとママか……。

 実を言うと、俺は将来沙魔美と無事に結婚できるか不安だった。

 お互いがお互いを嫌いになることはなくとも、何かと俺達はトラブルに巻き込まれ易い体質だし、何より何かの拍子に沙魔美が地球を滅ぼしてしまう確率も、決して低くはないと思っていた。

 だけど今日、俺達の実の娘がこうして会いに来てくれたことで、少なくとも俺達が無事に結婚して、元気な子供が生まれてくれることは確定したわけだ。

 俺としては、ホッと一安心したような、これでもう逃げ道がなくなったんだなとガッカリしたような、何とも言えない複雑な気持ちだった。


「安心するのはまだ早いわよ堕理雄」

「え?」


 沙魔美がまた俺の心を読んだかの様な発言をした。


「私達が未来で結婚して多魔美が生まれるのは、あくまで現時点での『予定』に過ぎないわ」

「予定……」

「ええ、未来というのは常に可変的なものなの。バタフライエフェクト宜しく、ほんの些細なことが原因で、あの子が生まれてこない未来に運命の舵が変わってしまうことは、十二分に有り得るのよ」

「……そうなのか」

「例えるなら未来は同人作家の作業スケジュール表みたいなものよ。予定はあくまで予定。ちなみに私はただの一度も、スケジュール表通りに作業が終わったことはないわ(ドヤッ)」

「そんな不名誉なことをドヤ顔で言われてもな……」

「……つまり私が何を言いたいかというとね」

「……うん」

「内定している幸せな未来に胡坐をかかずに、毎日を大切に生きましょうってことよ」

「……なるほどな」


 それは確かに沙魔美の言う通りだ。

 仮に未来からやって来た人に、あなたは将来こうなるんですよと言われたとしても、別にそれに対して、悲観的になる必要も、楽観的になる余裕もないのだ。

 予定はあくまで予定。

 結局未来を形作るのは、俺達の日々の積み重ね以外の何物でもないのだから。


「……でも、多魔美はとっても可愛いかったわね」

「……そりゃ、俺達の子だからな」

「……多魔美に早く会いたいわね」

「……そうだな」

「よし決めた! 今から堕理雄の家で、多魔美を作りましょう!」

「言うと思ったよ。せめて俺が大学を卒業して、就職するまでは待て」

「えー、そんなカタいこと言わなくてもいーじゃない。何なら私のママに、みんなまとめて養ってもらいましょーよ」

「絶対ダメだそんなの! 俺をどっかのクズオと一緒にしないでくれ!」

「え? 呼びやしたか堕理雄さん」

「えっ!? クズオ! なんでここに!?」


 見れば人間形態のクズオが、また新しい女の人と一緒に俺達の後ろに立っていた。


「いやー、この子が安校の劇場版アニメが観たいって言うから、一緒に観に来たんでやすよ。あ! 堕理雄さん、マスター、このことはくれぐれも、伝説のOLブルゾンサンジュウゴオクウィズビーチエミにはご内密にお願いしやす!」

「「……」」


 こいつの未来が真っ暗なのだけは、絶対揺るぎないな。

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