「今回も実験的に、いつもは一人称視点で書かれているこの小説を、三人称視点で書いてみようと思うわ」
「作者は勇気と無謀を履き違えてないか?」
そう言うと堕理雄は、やれやれといった具合にため息を一つ零した。
「うおお……普段一人称視点なのが急に三人称視点になると、違和感が半端ないな」
そう言う堕理雄の胸の中は、早くも不安感で満たされていた。
「……」
堕理雄は何を言っていいのかわからず、口を噤んだ。
「いや、あの……」
堕理雄は「いや、あの……」と言った。
「ちょっと待って! これ完全に失敗じゃない!? さっきから地の文、俺の行動を追ってるだけじゃん!」
うるさいな、文句ばっか言うなよ。
これだからゆとりは。
「地の文が話し掛けてきちゃったよ!? こんなのもう地の文じゃないよ!」
何だとテメー!
そんなに言うならお前が地の文やってみろよ!
「逆ギレかよ!? 『お前がやってみろ』とか、一番言ったらカッコ悪いやつだ!」
あんまり俺のことをバカにするなよ。
地の文の俺が『堕理雄は死んだ』って言えば、それが事実になるんだからな。
「ついに脅してきやがった! まさか地の文に脅される日が来るとは、誰が予想しただろうか!」
「ちょっと、地の文の分際で私の堕理雄に手を出したら、どうなるかわかってるでしょうね?」
ヒッ。
ごめんなさい……チョーシ乗ってました。
だから命だけはご勘弁を……。
「地の文弱いな! さっきまでの威勢はどうしたんだよ! 何かこれ、お昼の番組とかでよくある、スタジオと天の声の会話みたいになってない!?」
「なるほど、『地の文』に対する『天の声』というわけね。なかなかエスプリが効いてるじゃない」
「そんなつもりで言ったんじゃねーよ! 恥ずかしいからそういうこと言わないで!」
だってしょーがねーだろ!
こっちは今日が地の文デビュー初日なんだよ!
まだ右も左もわかんねーんだよ!
「地の文にデビューとかあるの!? むしろそれならベテランの地の文を連れて来いよ!」
お呼びでしょうかお客様。
うちの新人が何か粗相をいたしましたか?
「本当にベテラン来ちゃった! いや、地の文が二人とか、ややこしすぎるんで帰ってもらえますか……」
そうっすよ先輩!
ここは俺に任せてくれるって言ってたじゃないっすか!
それを言うなら俺も言ったはずだぞ。
一人で抱えきれなくなったら、すぐに俺を呼べと。
それは、そうっすけど……。
「あの……地の文同士で会話しないでもらえますか? もう何が起きてるか、収集つかないんで……」
何だと!
先輩のことを悪く言うと、俺が許さねーぞ!
お前こそ、そのすぐにカッとなる癖をいい加減直せ。
お前は冷静になって事に当たれば、できるやつなんだからな。
先輩……。
「ねえねえ堕理雄、ちょっとこの二人、Bのオーラを感じない?」
「それはお前だけだ。お前はついに地の文にまでそういうのを感じるようになっちゃったのか? いよいよ末期だぞそれ」
「次のイベントでは、新人地の文×ベテラン地の文で、本を出そうかしら」
「ジャンルがマニアックすぎるだろ!? ついに日本は、地の文まで擬人化するようになったのか!?」
おお、やっとるかね二人共。
あ、支店長、お疲れ様っす!
お疲れ様です支店長。
どうかされましたか?
「支店長まで来ちゃった! ついに地の文のほうが人数多くなっちゃったよ! てか支店長って何!?」
うむ、それなんだがね、ベテラン地の文君、例の話は考えてくれたかね?
……俺の本社勤務の話ですか。
え!? 先輩! 本社勤務の話って何ですか!?
俺聞いてないっすよ!
……すまん。
いつかはお前にも言わなきゃと思っていたんだが。
前々からベテラン地の文君には、本社から引き抜きの話が出ていてね。
後はベテラン地の文君が首を縦に振ってさえくれれば、早ければ来月からベテラン地の文君は本社に栄転だ。
……そんな。
「何だこの安っぽいトレンディドラマみたいな展開は!? 俺もう帰っていいかな!?」
「待って堕理雄! 私、この二人の恋模様に俄然興味が湧いてきたわ。もう少し成り行きを見守りましょう」
「ええ……」
なんでですか先輩!
先輩は俺が一人前になるまで、ずっと側で見守ってくれるって言ってたじゃないっすか!
……そうだな。
「だが、そうは言いつつも、本社で働くことを夢見ていたベテラン地の文の気持ちを知っている新人地の文は、応援したい気持ちと、離れたくないという相反する気持ちがないまぜになって、今にも胸がはち切れそうだった」
「お前が心理描写担当するのかよ!? これもうわかんねぇな」
……支店長、せっかくですが、俺はそのお話は辞退します。
っ! ……先輩。
ホウ、理由を聞かせてもらえるかな?
俺はこいつの教育係です。
こいつが一人前になったと俺が思えるまでは、この職場を離れるわけにはいきません。
せ、先輩……。
本当にいいのかね?
ここでこの話を断れば、二度と本社では働けなくなるかもしれんよ?
……それでも構いません。
先輩ッ!
「アアー!! これどうなっちゃうのこの二人!? しんどい! 私もうしんどいわ!!」
「そうか……じゃあもうこいつらのことは放っておいて、森へ帰ろう」
「フザけたこと抜かしてんじゃないわよ! エタ監されたいの!?」
「エタ監って何!? 語感がメッチャ怖い!(※エタ監の意味は35話を参照)」
待ってください支店長!
……先輩、俺のことは気にせず本社に行ってください。
なっ!?
何を言ってるんだお前は!
さっきも言っただろう、俺はお前の教育係だ。
お前が一人前になるまでは……。
俺はもう一人前っす!
バカなことを言うな!
お前はまだ、今日デビューしたての、ドジでのろまなカメじゃないか!
でも俺の心の中には、今まで先輩に教わったことが、全部詰まってます!
っ!
見てくださいっす、これ。
何だこのボロボロのノートは……。
こ、これは!
それは先輩に教わったことを、一字一句漏らさず書き記したノートっす。
……それでもう、五冊目になるっす。
こんなにボロボロになるまで読み込んで……。
お前ってやつは……。
だから俺はもう大丈夫っす!
先輩は自分の夢を叶えてくださいっす!
……新人地の文。
でもこれで永遠のお別れってわけじゃないっすよ!
俺もここで頑張って働いて、何年経ってでも、絶対俺も本社に行きます!
それまで、待っててくださいっす!
……フッ、言うようになったじゃないか。
もうドジでのろまなカメとは呼べないな。
……決心はついたようだね。
支店長……。
はい、まだまだ若輩の身ではありますが、精一杯精進させていただきます。
先輩……。
……待っているぞ。
……ハイッす!
「エンダアアアアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「うるせーな!! 近所迷惑だろ!! 俺はもう帰る」
「待ってください教官! 今夜は私に個人レッスン(意味深)をつけてくれるって言ってたじゃなですか!?」
「誰が教官だ」
スチュ〇ーデス物語なんて、平成生まれは絶対わかんないだろと、堕理雄は思ったっす。
「お前が締めるのかよ」