「ふあ~あ、よく寝た」
今何時だろう?
時計のほうを見ると、俺はとてつもない違和感を覚えた。
そこには時計はないばかりか、そもそもここは俺の部屋ではなかった。
え? どゆこと?
だがまったく知らない場所でもない。
そう、ここは沙魔美の家の寝室だ。
俺昨日、沙魔美の家に泊まったんだっけ?
いや、そんなことはない。
確かに昨日は俺の家で、沙魔美と二人で寝たはずだ。
もしかして、沙魔美が魔法でこの家までワープさせたのか?
でもその割には沙魔美の姿が見当たらない。
いったい何が起きてるんだ?
おや?
そこで俺は、もう一つの違和感に気付いた。
何だか胸の辺りがとても重い。
まるでダンベルが二つ、胸にぶら下がっているかの様だ。
こ・れ・は……。
俺は恐る恐る、そのダンベルを触ってみた。
そのダンベルはとても柔らかく、且つ程よいハリがあり、俺にはとても馴染みがあるものだった。
むしろ昨日の夜も、何回も触った。
……沙魔美の胸だ。
何故沙魔美の胸が、俺に付いているのだろう?
いや、ここまでくれば、俺も状況が薄々わかった。
しかも昨日の夜は沙魔美と一緒に、今更ながらDVDで『君の〇は。』を観ていた。
沙魔美はいたく感動しており、
「こんな恋って素敵ね……」
と、感涙していた。
思えばあの時点で釘を刺しておくべきだった。
妙なことは考えるなよ、と。
そうすればこんな風に、俺と沙魔美の身体が
さてと、困ったな。
俺は別に沙魔美の人生を楽しみたいとは思ってないし、むしろ今のまま放っておいたら、沙魔美に俺の身体でどんな無茶をされるかわかったもんじゃない。
事態は急を要する。
こうなった以上、一刻も早く俺と沙魔美の身体を元サヤに戻さなくては。
……いや、元サヤは語弊があるか。
しかし、何だろう。
俺と沙魔美の身体が入れ替わったこと以外にも、言いようのない違和感があるな……。
いや、今はそれは置いておこう。
まずは身体を戻すのが先決だ。
あれ? 待てよ。
今の俺は沙魔美なんだ。
てことは、俺にも魔法が使えるんじゃないか?
じゃあ魔法で俺と沙魔美の身体を入れ替えれば、それで解決だ。
なーんだ、そんなことか。
よし、早速やってみよう。
俺はいつも沙魔美がやっているみたいに、指をフイッと振った。
が
何も起きなかった。
念のためもう一度やってみたが、やはり何も変化はない。
……ふむ。
これをどう考えるべきか。
単に俺が魔法の使い方をわかっていないだけか、それとも魔法は沙魔美の魂と結びついているのか。
後者だった場合は俺がどれだけ指を振っても、腱鞘炎の温床にしかならない。
ここはさっさと別の方法に切り替えた方が賢明だろう。
だがそうなったらもう、手は一つだけだ。
『直接沙魔美に会って、身体を戻させる』、これしかない。
そうと決まったら即行動だ。
今現在沙魔美が俺の家にいるとは限らないが、もしかしたらまだ寝ているかもしれない。
何にせよ、俺の家に行けば、手掛かりが掴めるかもしれないしな。
まずは俺の家に向かおう。
さてと、じゃあ着替えるか。
流石にネグリジェ姿じゃ出歩けないしな。
俺は慣れない胸の重さに若干前屈みになりながらも、クローゼットを開けた。
……ウオォウ。
そこに広がっている光景を見て、俺は早くもゲンナリした。
そこには無数の服が、ギッチリと掛けられていた。
どれだけ数があるのか見当もつかない。
しかもクローゼットは他にもあり、確か衣裳部屋も別にあると言っていた気がする。
あいつどんだけ服持ってるんだよ……。
俺なんて上下合わせてもニ十着に満たないくらいしか持ってないぞ。
まあ、アパレル業界に貢献しているという意味では、悪いことではないのかもしれないが。
とりあえず服は何でもいいや。
俺は適当に目に付いた黒いワンピースを手に取って、これに着替えることにした。
だがいざ着る段階になって、俺は致命的な欠点に気付いた。
沙魔美の身体が硬すぎて、背中のファスナーが一人で閉められないのだ。
あいつ本当に運動神経ねーな!
まあ、こんなに重い
どうする?
ファスナータイプじゃない服に代えるか?
いや、それを探すのも面倒だ。
よし。
俺は裁縫箱から丈夫そうな糸を取り出し、糸をファスナーの穴に通して、その糸を引っ張ることで何とかファスナーを閉めることに成功した。
まさか服を着るだけでこんなに苦労するとは……。
世の女性陣の苦労が少しはわかった気がするよ。
後は化粧か……。
いや、化粧はいいだろう。
俺には化粧の技術なんて毛程もないし、彼氏の俺が言うのも何だが、沙魔美はスッピンでも十二分に綺麗だ。
最悪後で沙魔美に文句を言われるかもしれないが、よく考えたら文句を言いたいのは俺のほうだし、このまま行こう。
俺はその辺に掛けてあったコートを羽織り、意気揚々と玄関に向かった。
が、ここでも俺は足止めを喰らった。
靴箱の中には、パッと見ハイヒールしか入っていなかったのだ。
そういえば俺は、沙魔美がハイヒール以外の靴を履いているのを見たことがない。
くまなく探せばハイヒール以外の靴も見付かるかもしれないが、例によって時間がない。
仕方がないので俺は比較的ヒールが低めの赤いハイヒールを履いて、今度こそ家から出たのだった。
まさか家から出るだけで二千文字以上使うとは思わなかった……。
さて、後は一直線に俺の家に向かうだけだ。
でも徒歩だと結構距離があるな……。
タクシーを使おうにも、財布を持ってきてないのでそれも無理だ。
しゃーない、地道に歩いて行くしかないか。
しかしハイヒールってのは物凄く歩きにくいな。
胸の重みも合わさって、一歩歩く度に前に倒れそうになる。
何故世の女性はこんなに歩きにくいものを履いてるんだ!?
異星人のピッセ辺りは、こういう地球の文化をどう思ってるんだろう?
今度聞いてみるか。
まあ、あいつは何も考えてなさそうだけど。
「オウ、魔女やんけ。今日は先輩と一緒やないんか?」
「え?」
後ろから聞き覚えのある声がしたので振り返ると、そこにはピッセが立っていた。
噂をすれば影とはこのことか……。
しかしどうしたものか。
今の俺は堕理雄だということを、ピッセには言うべきか?
いや、それだと余計事態がややこしくなりそうだ。
ここは沙魔美のフリをして、さっさと別れよう。
「え、ええ、今日は私一人なのよ、ピッセ」
「ピッセや! ……あれ? 合っとんのか。何や、らしくないのー。いつもなら『カマセ』って言ってきて、それにウチがツッコむのがお約束やろ。どっかチョーシ悪いんか?」
「い、いえいえいえ、そんなことないわよ! そろそろその流れも飽きてきたかなーと思って、今後はもうやめようかなって」
「え……そうなんか……」
ピッセがあからさまにガッカリしている。
何!? お前この遣り取り好きだったの!?
何だかんだ仲良いなお前ら!
マズいな。このままピッセと話していたら、次々ボロが出そうだ。
多少強引でも、ここは逃げよう。
「あ、そうだ! 私大事な用事があるんだったわ。じゃあ私はこれで……」
「え? オイ待てや魔女! この辺に美味いパンケーキ屋を見つけたんやが、何なら一緒に……」
「ごめんなさい私、小麦アレルギーだから!」
「は!? お前この間は一人で五人前くらい食っとったやろが! オイ!」
脱兎!
……危なかった。
危うくバレるところだった。
しかし沙魔美とピッセは、一緒にパンケーキを食べる程の仲だったのか……。
しかも五人前て……。
彼女の意外な一面を知ってしまって、とっても複雑な気分だぜ。
この分だと、仮に菓乃子と会ったらもっと酷いことになりそうだ。
そうなる前に早く俺の家に……。
「あれ? 沙魔美氏、今日は堕理雄君と一緒じゃないの?」
「ニャッポリート!」
「え? ニャッポ……何?」
「い、いえいえ何でもないのよ!」
「? 変なの」
噂をすれば影が仕事熱心すぎる!
今の俺なら会いたい人の噂をすれば、誰とでも会えそうだ!
「そうだ。沙魔美氏に勧められた『玉虫色のミルキーホワイト』ってB漫画読んだけど、とっても面白かったよ!」
「あ、そう、それはよかったわ……」
玉虫色なのか、ミルキーホワイトなのかどっちだよ!?
何だよその名探偵コ〇ンの映画みたいなタイトルは!?
「特にミルキーホワイトがボブスレー選手を目指したキッカケが、幼い頃に交わした玉虫色との約束を果たすためだってわかるシーンなんて、何回読んでも泣いちゃったよ!」
「ああー、わかる。うんうん、わかるわー(棒)」
ボブスレー選手の話だった!?
そして玉虫色とミルキーホワイトって人の名前だったのね!?
つまり『玉虫色のミルキーホワイト』って、『俺の彼女』みたいな意味なのか。
あーそーゆーことね完全に理解した(わかってない)。
「ごめんなさい菓乃子氏! 私大事な用事を思い出したから失礼するわ!」
「え!? 沙魔美氏がB漫画の萌え語りよりも他のことを優先するなんて、あなた本当に沙魔美氏!? この間だって、一人でB漫画五人前くらい食べてたじゃない! ちょっと!」
脱兎!
……危なかった。
今回はマジでバレるところだった。
てかB漫画五人前食べたって何!?
菓乃子もBのことになると、意外とボケキャラになるということがわかったよ。
そうこう言ってる内に、俺の家に着いたな。
まったく、今度という今度は、絶対沙魔美を許さないぞ。
たっぷりと説教してやる!
だが、いざ俺の家のドアの前に立った時に、俺は気付いた。
俺の家の合鍵を持ってきていないということに……。
ジーザス。
しょうがない、とりあえずチャイムを鳴らしてみて、誰も出なかったらその時考えよう。
俺は自分の家のチャイムを自分で鳴らすという、何ともマヌケな行為をした。
ピンポーン
「はーい。どちら様でしょうか」
え!?
この声は……。
俺はドアを開けて出てきた人物を見て絶句した。
そこには
「なん……で……」
「あ、やっと来たのね。思ってたより遅かったじゃない。さては途中でカマセや菓乃子氏辺りに足止めされてたわね。あ! それよりもあなたスッピンじゃない! 恥ずかしいから化粧くらいしなさいよ!」
「いや……なんで沙魔美がここに……? じゃあこの身体は誰の……?」
「沙魔美、誰か来たのか? え!? 沙魔美が二人!?」
「なっ!?」
俺が出て来た。
ファファファファッ!?!?
どういうことなのコレ!?!?
俺の目の前に沙魔美と俺がいて、じゃあ俺は何者なの!?
「何てことないわよ。あなたは私が魔法で作った分身よ。私の身体に、堕理雄の魂を入れたね。どう? 『君の〇は。』っぽかったでしょ?」
「そんな……」
そういうことか……。
最初に感じた、身体が入れ替わったこと以外の違和感の正体がわかった。
昨日俺と沙魔美は俺の家で一緒に寝たのに、起きたら沙魔美の身体だけが沙魔美の家に寝てたのは矛盾してるからな。
身体の入れ替わりっていう超常的なことに気を取られてたが、よく考えれば俺が沙魔美の作った分身だってこともわかったか……。
いや、わかるわけねーだろ!?
何だよこの、劣化版の世にも奇〇な物語みたいな話は!?
「おい沙魔美! お前そんなことしてたのか! 大丈夫だったか分身の俺!? 酷いことされなかったか!?」
「あ、うん」
自分自身から心配されるという、極めて珍しい光景に、俺は何と言っていいかわからなかった。
「よし! じゃあ始めましょっか」
「「は? 何を?」」
「
「「え?」」
……今日も俺の彼女は、元気に変わらずド変態です。
デレレレレッ、デレレレレ~、デレレレレッレ、デレレレレ~(例のテーマソング)