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第4魔:上がってもいいのよ?

「ねえねえ、病野さん。これから暇?」

「えっ! わ、私!?」

「他に誰がいるのよ」

「そうそう、病野さんて苗字、珍しいしね」

「よかったら、今から私達と遊ばない?」

「えっ!? えーっと」


 へえ、珍しい。

 沙魔美が大学で、女の子から声を掛けられるなんてな。

 確かあの三人は、同じゼミのひがしさんと、みなみさんと、西にしさんだったかな。

 沙魔美はあんな性格だから、大学内で俺以外に親しい人間は、俺の知る限り一人もいない。

 あの三人が、何故自ら紛争地帯に足を踏み入れてくれたのかは謎だが、これをキッカケにして、沙魔美にも友達ができたら、俺の負担も減って万々歳だ。


「で、でも私……これから堕理雄を監禁しなきゃいけなくて……」

「えっ……監禁?」

「イヤイヤイヤ! 換気ね! ちょっと部屋を換気しなきゃって言ったんだよな沙魔美!? 今日は換気は俺がやっとくから、お前は東さん達と遊んでこいよ! なっ!」

「えっ、でも……まあ、監禁はいつでもできるし……うん、今日はお呼ばれしようかしら!」

「そうしろ! そうしろ! 東さん、沙魔美をよろしくね」

「はーい。彼氏さんの許可も出たことだし、今日は女子会しよ!」

「うん! あ、堕理雄、私がいないからって、浮気なんかしたら、関東地方ごとカッ消すわよ」

「ハハハ、浮気なんてするわけないじゃないか。俺が愛してるのは、お前だけだよ(棒)」


 そんな勇気あるわけないだろ。

 それに、もし俺が本当に浮気なんかしたら、沙魔美は関東地方どころか地球ごと消しかねない。

 改めて、一介の大学生である俺の双肩に、全人類の未来が伸し掛かっているという事実に、ゲンナリした。


「そう、ならいいわ。じゃあみんな、行きましょ! あっ、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン、見る?」

「えっ? 伝説の、何?」

「あー南さん! こいつ天然だから、よく変なこと言うけど、気にしなくていいから! 沙魔美も、三人の前で絶対に手品は見せるなよ!」

「え、病野さん手品できるの? 見たい見たーい」

「イヤイヤ、西さん! マジでこいつの手品は見る価値ないってゆーか、見たら死ぬってゆーか。とにかく人様にお見せできるもんじゃないから、勘弁してよ、ね! 沙魔美も、約束できるよな!?」

「う、うん」

「……ふーん。ま、いっか。じゃ、行こっか、病野さん」

「ええ!」


 ふう、危なかった。

 後は沙魔美がまた、ウッカリ魔法を使っちゃわないかだけが心配だが、まあ、あれだけ言えば大丈夫だろう。大丈夫だと信じたい。

 さて、放課後に沙魔美と一緒じゃないのなんて、久しぶりだ。

 この貴重なひとときの自由を、有意義に使わないとな。

 これから何をしようか。


 ……俺、一人の時、何してたっけ?




 イカンな。

 沙魔美と付き合ってからは、沙魔美を生活の全ての中心にせざるを得ず、一人の時間というものがほとんどなかったので、いざ一人になってもやることが思いつかない。

 俺は定年後のサラリーマンか。

 結局、古本屋で適当な文庫本を買ってきて、こうして公園でそれを読むという、無味乾燥な時間の使い方をしてしまった。

 まあ、意外と本が面白かったので、よしとしよう。

 まさか、ふわふわパンケーキを使った密室トリックだったとは、恐れ入った。

 気が付けばもう、日も沈みかけている。

 そろそろ帰るか。


「どうも、私が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンです」

「うわぁ、ビックリした!? こんなとこで何してんだよ、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサン」

「マスターがピンチです。すぐに大学のサークル棟まで、来ていただけますか」

「えっ? 沙魔美が?」


 東さん達がじゃなくて?




「お、もう聴牌テンパったよ。リーチ。わかってると思うけど、これに振り込んだら、またトんじゃうよ、病野さん」

「う、う~……これかしら?」

「ハイそれローン! 裏一で8000点。また病野さんのトビで終わりだね」

「そんな~。あっ! 堕理雄!」

「……何をやってるんだ沙魔美」

「え、えーっと、えーっと……」

「見ればわかるでしょ彼氏さん。麻雀マージャンよ。今、いいところなんだから邪魔しないでもらえるかしら」

「……まさか、お金を賭けてやってるんじゃないよね?」

「いや、ちょっとぐらいは賭けないと面白くないじゃない。まあ、大分病野さんもヒートアップしてきちゃったみたいで、今は病野さん、20万くらい負けちゃってるけどね」

「なっ!? 20万だって!? 沙魔美、本当なのか!?」

「ご、ごめんなさい堕理雄……でも、やればやるほど負けが大きくなっちゃって。取り戻すにはレートを上げるしかなくて……気が付いたらこんなことに……」

「大丈夫よ、病野さん。病野さんの実家ってお金持ちなんでしょ? 20万くらい何とでもなるわよ」


 そういうことか。

 こいつらは麻雀サークルの部員だったんだ。

 それでこの麻雀サークルの部室で、こうやってよくカモを料理してるんだな。

 どこで聞きつけたのか、沙魔美の実家が金持ちだって知って、今回は沙魔美が狙われたわけだ。

 しかもこいつらは、イカサマまで使ってやがる。

 麻雀は四人でやるゲームだが、卓の下で見えないように、お互いのハイを交換していた。

 これじゃ沙魔美は敵うわけがない。

 だが、一つだけ腑に落ちない。

 沙魔美がその気になれば、麻雀なんて魔法でいくらでも勝てただろうに。

 なんで沙魔美は、魔法を使わなかったんだ?


「堕理雄……ごめんなさい、私……」

「……!」


 ……俺のせいか。

 俺が絶対に魔法は使うなと言ったから、沙魔美は必死にそれを守ったんだ。

 なんてこった。

 彼氏失格だな、これじゃ。


「……沙魔美」

「……堕理雄」

「代われ、後は俺がやる」

「えっ?」

「ちょ、ちょっと彼氏さん! それはナシでしょ!? 私達は病野さんと勝負してんだからさ!」

「次の勝負で俺が一位トップを取れなかったら、俺が君達に50万ずつ払うよ。その代わり俺がトップを取ったら、沙魔美の負け分はチャラにしてくれ。それならいいだろ?」

「だ、堕理雄!?」

「へえ~、よっぽど自信があるんだね。よし、そういうことならいいよ。でも負けても吠え面かかないでね」

「私達、屋久澤建設っていう、怖いお兄さん達がいる会社の社員と知り合いだから、どんな手を使っても取り立てるからね」

「……了解」


 その会社は、先日沙魔美が潰したのだが、ここでは言わぬが花だろう。


「それじゃあ勝負開始だね。彼氏さんが親か。……ん? 何やってんの? 早く切りなよ」

「最後に一つだけいいかな?」

「何? やっぱナシってのは聞かないよ」

「君達はこんなことして楽しいのかい? イカサマまで使って、素人からたかって」

「えっ? 堕理雄、イカサマって?」

「ちょっと! 言い掛かりはやめてよね! 私達がいつイカサマしたってのよ! それに、仮にイカサマしてたとしても、バレなきゃお咎めはナシってのが、勝負の世界の常識でしょ」

「そうか、じゃあもう俺から言うことは何もないよ。自摸ツモ天和テンホー四暗刻スーアンコウ。ダブル役満ヤクマン。32000オールでゲーム終了だね」

「「「はっ?」」」

「っ!? 堕理雄ッ!!」


 天和というのは、最初に牌を配られた時点で、既に上がっている状態を言い、その確率約33万分の1。毎日麻雀を打ち続けていても、死ぬまでに一回、出るかどうかぐらいのレアなヤクだ。

 四暗刻というのは、同じ図柄の牌3つを1セットとし、それを4セット作るという役で、これも天和程ではないが、相当レア。

 二つとも役満と呼ばれる最高級の役で、ダブル役満は、野球で言うなら、二打席連続満塁ホームランを打つようなものだ。その点数は実に96000点。三人から32000点ずつ貰える。

 麻雀の点数は、一人25000点持ちの状態から始まるから、一撃で全員の持ち点はマイナスでトビ。

 これにて俺のトップでゲーム終了。

 お疲れ様でした。


「さ、帰るぞ沙魔美」

「え、ええ……」

「待ちなさいよ! こんなのイカサマに決まってるじゃない!! 無効よ、無効!!!」

「イカサマしてても、バレなきゃお咎めナシって言ったのは君達じゃないか。それとも証拠でもあるのかい?」

「ク……クッソがああああ!!!」

「ちなみに沙魔美は、今回君達に手加減してたんだよ」

「……はっ?」

「沙魔美が特技の手品を使えば、何人で見張っていたとしても、全局天和を出すことができる。君達には到底敵う相手じゃないから、二度と無闇な喧嘩は売らないほうが身のためだよ。じゃあね」

「……」


 俺と沙魔美は、麻雀サークルの部室をあとにした。

 辺りはすっかり暗くなっていた。


「……堕理雄、助けに来てくれてありがとう。惚れ直したわ」

「そいつはどうも。俺も魔法を絶対使うなって言って悪かったよ。次もし今日みたいなことがあったら、そん時は遠慮なく使っていい。ああいう輩は懲らしめてやれ」

「わかったわ。でも、堕理雄があんなに麻雀が強いなんて知らなかったわ。本当にイカサマはしてなかったの?」

「してたに決まってるだろ。じゃなきゃ天和なんてあんな簡単に出るかよ。燕返しって技で、自分の手牌と、あらかじめ積み込んでおいた牌山とを、気付かれないように一瞬ですり替えるんだよ」

「……そんなことが可能なの?」

「一流マジシャン並みのテクニックがあればな」

「……」


 俺の親父は、麻雀狂いのどうしようもない親父だった。

 俺が高校生の時に、麻雀の武者修行だとかぬかして、俺とお袋を捨てて出ていった。

 俺は今でも親父のことは許してないが、親父に子供の時から教え込まれた、麻雀の知識とイカサマのテクニックが、こんなところで役に立つとはな。

 つくづく人生ってのは皮肉なもんだ。


「まだまだ私、堕理雄について知らないこといっぱいあるのね。これからもじっくり、監禁しながら堕理雄のことを知っていきたいわ」

「監禁しなけりゃ教えてやるよ」

「フフフ……あ、そうだわ堕理雄!」

「……何だよ」


 沙魔美は、凄く良いことを思いついたという様な、ドヤ顔で言った。


「今夜は、私から役マンを上がってもいいのよ?」

「……」


 いやそれ全然上手くねーからな。

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