「起きて堕理雄! 今日は今からネズミーランドに行くわよ!」
「んん?」
時計を見ればまだ九時だ。
昨日の夜は遅くまで沙魔美とイチャイチャしていたので、とても眠い。
今日は土曜日だし、昼までは寝ていようと思ったのだが、こうなったら沙魔美は聞かないので、渋々出掛ける準備をした。
そう言えば、沙魔美とネズミーランドに行くのは初めてだな。
千葉県に住んでいる以上、ネズミーランドは身近な施設だが、少なくとも大学生になってからは一度も行っていない。
沙魔美となら、久しぶりに行ってみるのも悪くないか。
でも、なんで急にそんなことを言い出したんだろう?
土曜日のネズミーランドは、当然ながらメチャ混みだった。
正直人混みはあまり好きではないのだが、沙魔美がとても楽しそうにしているので、よしとしよう。
「沙魔美、はしゃぎすぎてうっかり魔法を使うなよ」
「でも堕理雄、ここは夢の国なんだから、ちょっとぐらいの魔法は、良いスパイスになると思わない?」
「思わねーよ。良い話風にして誤魔化してもダメだぞ」
「フフフ、堕理雄は本当に、監禁し甲斐のある男ね」
「どういうことだってばよ……」
意外にも沙魔美は、最初は白雪姫のアトラクションに行きたいと言った。
アトラクションの中ではマイナーなほうだと思うのだが?
「白雪姫の魔女は、私のご先祖様だから、挨拶しておこうと思って」
「あ、そう……」
イマイチ冗談なのか、マジなのか判断がつかないので、深くは突っ込まないことにした。
沙魔美と付き合っていくコツは、あまり物事を真正面から受け止めないことだ。
だが、いざ俺達の番が近付いて来た時だった。
すぐ後ろにいた女子高生の二人組と同じ乗り物に乗りそうだったのだが、沙魔美が魔法で、女子高生とその後ろにいた屈強な二人組のイケメン欧米人との位置を入れ替えた。
「オイ、沙魔美! 何してんだよ!」
「大丈夫よ堕理雄。空間認識をズラす魔法も掛けたから、みんな元から今の位置にいたと思い込んでるわ」
「そういうことじゃないだろ! むやみに魔法は使うなよ!」
「アラ、じゃあ堕理雄は未来ある女子高生二人が、私の嫉妬の炎(物理)で消し炭になる様を、目の前で見たかったのかしら?」
「いや……それは見たくないけど……」
ダメだな。
どうにも沙魔美は、俺が他の女の人と接触することに関してだけは、なんとしても我慢できないらしい。
こんなことで俺は、将来ちゃんとした企業に就職できるのだろうか?
男しかいない職場を探すしかないのかな。そんな職場は、むさ苦しくて嫌だなあ。
そう思いながら、ふと後ろの屈強な欧米人を見ると、俺はあることに気付いた。
二人は手を、恋人繋ぎにしていた。
ああ、そういうお二人でしたか。
別に俺は、こういった方々に対して偏見はない。
恋愛は自由だと思うし、他人がアレコレ言っていいことじゃないしな。
ただ、その二人を見ている沙魔美を見て、俺はギョッとした。
沙魔美は口元を両手で抑え、二人をとてもウットリした顔で見ながら、「
「さ、沙魔美……お前もしかして……」
「えっ!? ななななな何のこと!? わ、私は別に腐ってなんかないわよ! ただちょっと、屈強なイケメン二人が、仲良さそうにしてるのを見て、ホッコリしていただけよ!」
「ああ……そう」
それ完全に腐ってるじゃん。
別に俺は腐ってる人達に対しても偏見はないけど、自分の彼女が腐っていたという事実には、多少は面食らった。
今度から、沙魔美のことは、
沙魔美はアトラクションに乗っている時もそっちのけで、欧米人カップルを見てニヤニヤしていた。
ご先祖様が泣いてるぞ、沙魔美よ。
俺達はその後も、黄色いクマがハニーをハントするやつとか、スペースをマウンテンするやつとか、ビッグなサンダーをマウンテンするやつとかに乗って、大いに楽しんだ。
なんだかんだ言って、いざ来てみると楽しいものだな。
一息ついて、シンデレラの城を見ながら沙魔美は言った。
「あの城の中に、堕理雄を監禁できたら、きっと素敵でしょうね……」
「全然素敵じゃねーよ。夢の国を汚すのはやめろ沙魔美」
「フフ、そんなこと言って、本当は満更でもないくせに。素直じゃないわね堕理雄は」
「……」
イカンイカン。
沙魔美の言うことは、真正面から受け止めないことだと、自分で言ったばかりじゃないか。
夜のパレードが始まったので、手を恋人繋ぎにしながら二人で眺める。
が、パレードの列の中に、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが混じっていて、俺は吹き出した。
「沙魔美ッ!」
「シッ、見て堕理雄。みんな幻想的なパレードに目を奪われてるわ。邪魔をするのは、野暮ってものじゃない?」
「だから良い話風にしても、俺は誤魔化されないぞ」
とはいえ、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンは、パレードに違和感なく溶け込んでおり、周りの人も誰も気付いていないようだ。
確かにこれに口を出すのは野暮か。
癪だが、今回だけは大目に見てやることにしよう。
その後、夜空を彩る綺麗な花火を見ながら、沙魔美は言った。
「またいつか、この花火を見ながら、堕理雄を監禁……堕理雄と将来について語り合いたいわね」
「オイ、今また監禁って言っただろ」
「フフフ、ねえ堕理雄、今日はこれで終わりじゃないのよ」
「えっ? どういうことだ?」
沙魔美はニヤッと妖艶な笑みを浮かべると、指をフイッと振った。
すると俺達は、一瞬でどこかのホテルの一室にワープした。
「なっ!? どこだここは!?」
「ネズミーランドの近くにある、同系列のホテルよ。屋上に空間を造って、スイートルームをこしらえたのよ」
外を見ると、先程の花火が横に見えた。
「沙魔美……何度言ったらわかるん――」
「今日だけは特別! だって堕理雄、あなたの誕生日ですもの」
「えっ」
「お誕生日おめでとう、堕理雄」
……そうか。
すっかり忘れてた。
俺、今日で二十歳になったんだ。
だから、お祝いにネズミーランドに来たかったのか。
「……ありがとう沙魔美。でも、だからって私的なことに魔法を使っちゃダメだぞ」
「フフ、相変わらず堕理雄はカタいわね。そんなところが好きなんだけど。ハイこれ、誕生日プレゼントよ」
沙魔美は綺麗にラッピングされた袋を手渡してきた。
「ああ、ありがとう。開けていいか?」
「もちろん」
袋を開けると、中から南京錠をモチーフにしたチェーンネックレスが出てきた。
沙魔美らしい。
これで俺は、常に沙魔美に監禁されてるようなものか。
「大事にするよ」
「うん。ねえ堕理雄、実はもう一つプレゼントがあるのよ」
「……何だ?」
嫌な予感がするな。
「ジャーン! 今からこれを着てあげるわね」
「なっ、沙魔美……それは……」
沙魔美はセーラー服を取り出して、俺の目の前に掲げた。
「私の高校の時の制服。捨てずに取っておいてよかったわ」
「……」
忘れられない誕生日になりそうだ。