ピロン
俺のスマホから、トークアプリの通知音がした。
見れば沙魔美からで、こう書かれていた。
『堕理雄を監禁したい! 私は次の四限は宇宙科学の講義があるから、それが終わったら二人で遊びに行きましょ。堕理雄を監禁したい!』
ふむ。
文章の始めと終わりを、いつも『堕理雄を監禁したい!』にするのはやめてほしいが、『拝啓~敬具』みたいなものだと思って、気にしないことにしよう。
文章の後にも、どこで買ったのか、魔女が大きな鍋をグルグルかき混ぜているスタンプが貼られている。
俺は今日はもう履修している講義はないので、本屋にでも行って時間を潰すかな。
本屋に向かっていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「すいません。
「えっ?」
振り返ると、仕立てが良いスーツを着てメガネを掛けた、エリートサラリーマン風の男が、いやらしい笑みを浮かべて立っていた。
「……どちら様でしょうか」
「いえいえ、怪しいものではありませんよ」
そう言って男は、懐から何かを取り出し、俺の腹部に押し当てた。
バチチチ
「がっ!!」
身体中に雷が走ったような衝撃を感じ、俺は目の前が真っ暗になった。
「オイ、そろそろ起きろや、オラ!」
バキッ
「うっ」
顔を殴られた痛みで目が覚めた。
辺りを見渡すと、どこかの広い廃倉庫のようだ。
二十人前後のガラの悪い男達に取り囲まれており、俺は椅子に縛り付けられている。
俺を殴った男の少し後ろで、先程のスーツを着た男が椅子に座っていた。
オイオイ、何だよこの昭和のVシネマみたいな展開は。
スーツの男が言った。
「手荒な真似をして悪かったね、普津沢君。俺の名前は
屋久澤と名乗った男が、いやらしくニヤッと笑うと、全て金歯に差し替えられた歯が見えた。
「……ヤクザの組長が、一介の大学生の俺に何の用ですか」
「ヤクザと言われるのは心外だね。一応表向きは健全な建設会社なんだよ」
「……表向きは、でしょう?」
「テメェ! 社長にナメた口きいてんじゃねえ!」
バキッ
「オイ、乱暴はよせ。普津沢君は俺達の大事なビジネスパートナーなんだぞ」
「すいません、社長」
俺は頬の痛みに耐えながら考えた。
ビジネスパートナー?
どういうことだ?
「何のことだかわからないって顔をしてるね。学生の君には実感はないかもしれないが、世の中はまだまだ不景気でね。オジサン達も表の仕事だけじゃ、なかなか食べていけないんだよ」
「……」
俺は無言で続きを促した。
「だからオジサン達は、新しいビジネスに手を広げることにした。それがこれだ」
屋久澤は手のひらサイズの、透明な袋に入った白い粉を、ヒラヒラと振った。
「――! ……それは所謂、ヤバい薬ですよね」
「そうだね。これを君みたいな学生に売り捌いて、一山当てようと思ってるんだが、一つ問題があってね」
「……何ですか」
「この辺りのシマは、昔から
「……だから?」
「そいつらを君の彼女に、ツブしてもらいたいと思ってね」
「……! それをどこで……」
「こいつらから聞いたんだ」
屋久澤が顎で指したほうを見ると、ガリガリに痩せ細って、目の下に大きなクマができている三人の男が立っていた。
そういうことか。
人相が変わり過ぎていて気付かなかったが、先日沙魔美がお灸を据えた三人組だ。
「こいつらは一応うちの社員でね。君の彼女の話を聞いて、こいつは使えると思って、君に声を掛けたんだ。君の彼女は、君の言うことなら何でも聞いてくれるんだろう? 彼女が見事桜紋会をやっつけてくれたら、相応の分け前は払うと約束するよ」
「……お断りします」
舐めるなよ。
こちとら毎日、意思を持った核ミサイルと寝食を共にしてるんだ。
人間からの脅しなんて、屁でもない。
「……ホウ、何故だい?」
「そもそもあいつは、俺の言うことなんか全然聞きませんよ。それなら俺はこんなに苦労してません。それに、俺は自分の彼女を売るくらいなら、死んだほうがマシです」
「……なるほど、君の覚悟はよくわかった。でも、いつまでそれが続くかな?」
そう言うと屋久澤は、ピストルを取り出し、俺の右モモ辺りをパンッと撃った――。
「があっ!!」
「こっちが優しくしてたら、付け上がってんじゃねーぞ若造が。結局はお前も口だけで、本当は命が惜しいんだろ? 悪いことは言わねーから、素直に言うこと聞いとけや」
「……絶対に嫌だね。汚ねー歯見せんじゃねーよ、糞ヤクザが」
「……なるほど。お前がマジもんのバカだってことはよくわかったよ。お前の女に言うことを聞かせる方法は、別の手を考えるわ。お前はあの世で精々後悔してな」
屋久澤は銃口を俺の眉間に押し付けた。
さよなら沙魔美。
俺なんかのことはさっさと忘れて、もっと良い人を見つけろよ。
「どうも、私が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンです」
「なっ、何だテメェは!? どっから入ってきやがった!?」
いつの間にか屋久澤の隣に立っていた、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンはサラサラの髪の毛をニョキニョキと伸ばし、屋久澤からピストルを絡め取った。
「ッ! テメェさては、こいつの仲間か! オイお前ら、こいつをブッ殺せ!!」
手下が全員一斉に、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンに向かって、ピストルをブッ放した。
だが伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンはサラ毛を更に伸ばし、それで全身を繭のように覆い、銃弾を全て防いだ。
「くっ、このバケモンが! ん? 何だこの飛行機みてーな音は?」
キーーーン
ゴバシャーン
「うわあああ!!!」
天井を突き破って、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが倉庫に降り立った。
背中には沙魔美が乗っている。
「堕理雄!!」
「……沙魔美」
「よくも私の堕理雄を……。やっておしまい! 伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴン!」
「グワーッ」
伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンが灼熱の炎を吹き出し、辺りを焼き払った。
「ぐあああ!」
「ひえー!」
「あ、熱い! アツゥイ!」
沙魔美は伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンの背から降り、屋久澤と俺のところに、ゆっくりと歩いてきた。
「ヒッ! 寄るな、バケモノ!」
沙魔美が右手を振ると、右手の爪が五本とも一メートルくらいの長さに伸びた。
その爪で近くの鉄骨の柱を撫でると、柱は豆腐みたいにスパスパッと切れて、崩れ落ちた。
「た、助け……」
沙魔美は右手を掲げて、屋久澤に振り下ろした。
「ヒィ~!!」
「やめろ! 殺すな、沙魔美!!」
「!」
すんでのところで沙魔美の爪は止まった。
「……堕理雄……あなたは本当に、優しいんだから」
「沙魔美……」
沙魔美は爪を元に戻すと、右手で思い切り屋久澤にビンタした。
「グベエッ」
屋久澤は五メートル程吹っ飛び、壁に激突した。
ご自慢の金歯は、全て抜け落ちていた。
「バ、バケモンだー!!」
「に、逃げろー!!」
「オイ、待ってくれー!!」
手下達は一斉に、蜘蛛の子を散らしたみたいに逃げ出した。
「アラ、私は殺しはしないだけで、許すとは言ってないわよ」
沙魔美が指をフイッと振ると、屋久澤を含め、手下達は全員パッと消えてしまった。
「――! 沙魔美、あいつらをどうしたんだ?」
「全員、魔界の更生施設に転送してやったわ。そこで伝説の鬼教官コノハゲーチーガーウーダーローに一年間ミッチリ精神を鍛え直してもらったら、一年後にはみんな真人間になって帰って来るでしょ」
「……そうか」
あいつらには気の毒だが、自業自得だからしょうがないか。
沙魔美は俺の縄を解くと、俺の顔辺りを抱きしめた。
俺の顔に、思いっ切り沙魔美の胸が当たっている。
「堕理雄……可哀想な堕理雄……。この傷は魔法で治してもいいわよね?」
「……ああ、頼む。流石にこれはちょっとキツい」
沙魔美が指をフイッと振ると、俺の傷は服の破れ諸共、綺麗に元通りになった。
「ありがとう沙魔美、助かったよ。でもよく俺がピンチで、この場所にいるってわかったな? 魔法で調べたのか?」
「いいえ、そんなの魔法を使うまでもないわ」
「?」
「女の勘よ」
「……なるほどな」
それは最強の魔法だ。
「でも堕理雄。私のおかげで助かったんだから、今日は伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンの体内に造った監禁室に、堕理雄を監禁して、朝までアレコレしてもいいわよね?」
「……」
そもそも沙魔美がキッカケで、俺はこんな目にあったのだが……。
まあ、それは言いっこなしか。
「精々お手柔らかに頼むよ」
「それは約束できないわね」