「ねえ見て、
「
「あら、伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンは好みじゃなかった? じゃあ、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンの方がよかったかしら?」
「何だよ伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンって!? それただのサラ毛のオッサンじゃないか!」
「どうも、私が伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンです」
「沙魔美! 俺はまだ召喚していいなんて言ってないぞ! 本当にただのサラ毛のオッサンが出てきたじゃないか!」
どうしてこうなった。
話は二ヶ月程前に遡る。
大学二年生になり、ある程度大学にも慣れてきた俺は、ある日、廊下を一人で歩いていた。
すると、目の前を歩いていた女の子がハンカチを落とした。
俺はハンカチを拾い、女の子に声を掛けた。
「すいません、ハンカチ落としましたよ」
「えっ!? 落としたハンカチを拾ってくれるなんて、なんて優しい人なんでしょう! 好き!」
「は?」
こうしてこの日から俺は、
沙魔美は俺と会うたびに、「好き」しか言わず、どこで調べたのか、俺の履修している講義全てに出席して、常に俺の隣の席をキープしていた。
講義中も、五分おきに耳元で囁くように「好き」と言ってくるし、ノートに何かを書いて俺に見せてくるので、横目でチラッと覗くと、案の定そこには「好き」と書かれていた。
一度だけ、二人で寿司を食べに行った時は、間違って「寿司」と言っていた。
幸か不幸か、沙魔美は絶世の美女で、胸もとても大きかったので、冴えないただの大学生の俺は、遂には籠絡され、
「こんな俺でよければ、よろしくお願いします」
と言い、沙魔美との付き合いが始まった。
それが地獄の始まりだった。
沙魔美は俺と付き合うにあたって、こう言った。
「でも私、魔女なんだけどいい?」
「ん? 魔女?」
魔性の女とかって意味かな?
確かにそんな感じだけど。
「そんなの俺は気にしないよ。俺はありのままの君が好きだよ」
「嬉しい! じゃあ早速今からハネムーンで、世界一周旅行に行きましょ!」
「え?」
沙魔美は指をフイッと振った。
すると目の前に突然、自由の女神が現れた。
正確に言うと、俺と沙魔美が、魔法で自由の女神の目の前にワープしたのだ。
その後も俺達は、12時間で世界196ヶ国を周り、宣言通り世界一周旅行を達成した。
ああ、魔女ってのはそのまんまの意味だったのね(白目)。
それ以来、俺は沙魔美にむやみに魔法を使わないよう、事あるごとに注意した。
沙魔美はその場では、
「わかったわ。もうむやみに魔法は使わないわ」
と、殊勝に言うのだが、一分後には、
「見て、堕理雄! 大学のトイレを、異空間の監禁部屋に繋げたの! これで講義が終わったら、すぐに堕理雄を監禁できるわね!」
と、嬉しそうに言っていた。
正直俺としては、沙魔美の魔女という性質よりも、この事あるごとに俺を監禁しようとする悪癖のほうが厄介だった。
その上沙魔美は病的に嫉妬深く、俺が食堂のオバチャンに「いつもありがとね」と言われただけで、オバチャンのことを伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンで焼き殺そうとしたので、止めるのに必死だった。
何故神は、こんな厄介なスキルを持つ人間に、こんな厄介なパーソナリティを与えてしまったのだろう。
というわけで、平凡だった俺の人生は、急転直下で波乱万丈な大嵐の海に投げ出されたわけだが、それでも俺は沙魔美が好きだし、この気持ちだけは、沙魔美の魔法のせいじゃないと自信がある。
とはいえ、俺が一歩沙魔美の舵取りを間違えば一日で地球が滅びかねないので、俺は毎日ハラハラしながら、何とか大学生活を送っている。
こうして冒頭のシーンに繋がるのだが、俺が何とか説得して伝説の魔獣アブソリュートヘルフレイムドラゴンと、伝説の神獣アーティスティックモイスチャーオジサンを戻させると、何事もなかったかのように沙魔美は言った。
「ねえ堕理雄、今日の講義が終わったら、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
「ん、ああ、いいよ」
沙魔美はショッピングが大好きだ。
この点は、普通の女子大生と大差ない。
ただ、沙魔美なら何でも好きなものを、魔法で出せると思うのだが、
「買い物をすること自体が楽しいのに、それを魔法で済ませちゃうなんて、もったいないじゃない」
とのことだった。
女心はよくわからんな。
沙魔美はいつも通りに、両手いっぱいの服やら靴やらを買い込んだ。
「いつも荷物を持ってくれてありがとう堕理雄。でも、荷物くらい私が魔法で浮かせてもいいのよ?」
「いや、むやみに魔法は使うなっていつも言ってるだろ。それに、これくらい彼氏なんだから普通だよ」
「フフ、やっぱり堕理雄好き。後で監禁してもいいわよね?」
「いいわけねーだろ」
その帰り道、人気のない公園を通り過ぎようとしたら、前方から明らかにガラの悪い三人組の男が歩いてきた。
「おっ、そこの彼氏~。随分マブい彼女連れてんじゃ~ん」
マブいって……。
いつの時代だよ。
「こんなやつらのことなんて、ほっといて行きましょ堕理雄」
「あ、ああ」
「アァン! ちょっとくらい顔が良いからって、チョーシこいてんじゃねーぞこのアマがぁ!」
「キャッ、痛い! 放してよ!」
「ッ! 俺の彼女に汚ねー手で触んな、この糞野郎!!」
「――! 堕理雄……」
「アァ! んだテメェ!」
バキッ
「ぐあっ」
俺は顔面を殴られて、地面に倒れ込んでしまった。
「ッ! 堕理雄ッ!! よくも私の堕理雄を……」
「……よせ……沙魔美」
「何だぁ、ネーチャンが俺達の相手してくれんのかぁ」
「そうよ、地獄で後悔なさい」
沙魔美が指をフイッと振ると、三人組は大きな球状の闇に飲み込まれた。
「な、何だこりゃあ!? うわ! やめてくれ! ぐあああ!!!」
「ぎえええ!!!」
「ぎゃひいいい!!!」
「……これはどんな魔法なんだ?」
「延々と全身を串刺しにされ続ける幻覚を見せてるだけよ。明日の朝には解けるようにしてあるから、一晩じっくり反省してもらいましょ」
「……やりすぎだよ、まったく」
「……堕理雄」
「ん?」
沙魔美は泣きそうな顔で、俺の殴られた頬に手を添えた。
「ごめんなさい、私のために……。今魔法で傷を治すから」
「いや、いいよ。何度も言ってるだろ。むやみに魔法は使うなよ」
「でも……」
「それにこの傷は、俺の彼女を守ろうとして負った傷だ。男にとっちゃ勲章だよ」
「堕理雄……好き」
「……俺もだよ」
「……ねえ堕理雄」
「何だ?」
「今日は堕理雄の家に泊まりに行ってもいい?」
「……まあ、いいけど」
それから俺達は、大荷物を抱えながら、俺が一人暮らしをしている狭いアパートに帰ってきた。
簡単に夕食を済ませ、風呂に入り、明日も一限目から講義があるので早めに寝ることにした。
ちなみに俺の部屋のベッドは元々はシングルサイズだったのだが、沙魔美が魔法でクイーンサイズにしたので、部屋のほとんどをベッドが占有してしまっている。
まあ、沙魔美はクイーンというよりは、ウィッチなのだが。
俺と沙魔美はウィッチサイズ、もといクイーンサイズのベッドで、並んで横になった。
すると、沙魔美が俺のほうを見て言った。
「堕理雄、本当に今日はありがとね。かっこよかったわよ」
「そいつはどうも」
「……ねえ堕理雄」
「ん?」
沙魔美は潤んだ瞳で俺を見つめながら、俺の手を握ってきた。
「……いいでしょ?」
「……まあ、いいけど」
「じゃあ、堕理雄に絶倫になる魔法掛けてもいい?」
「それは勘弁してくれ。あれ喰らうと、次の日魔法の反動で動けなくなるんだよ」
それは魔法の反動じゃないだろ、というツッコミは、ナシの方向で。