所変わって、こちらも森の中での出来事だった。
オーバンに渡された魔法使いに関する書類に一通り目を通し、自分の中で定めたラインを超えた魔法使いに目星をつけたウルラは、二つに分けた書類を見比べて溜め息を吐いた。
一つは幾重にも重なって山となっており、もう一つはたった十枚。
この僅か十枚が、ウルラの基準を通過した魔法使いたちだ。
さらにここから面談を行い、弟子候補が絞られていく。
(…一体、どれぐらいの魔法使いが残ってくれることやら)
そう憂鬱に思いつつもウルラが一人目の書類に召喚魔法を掛ければ、食卓の向かいの席に、身なりの良い格好をした青年の魔法使いが現れた。
だが、その青年はウルラを見るなり、すぐさま表情を凍らせた。
「…ひっ」
「こんにちは」
「し、鴟梟の魔女っ…!」
青年は恐怖に引き攣った顔のとおり、椅子から転げ落ちてしまった。
「た、助けてくれぇっ…」
「……」
「オレ、まだ死にたくねえよぉ!!」
そうして腰を抜かして床を這いずるようにして、少しでもウルラから距離を置こうとする青年を見て、やはりかと内心呆れたウルラは指を鳴らし、彼をこの場から元の場所へと送り返した。
「…無理なのよ、オーバン」
半ば諦めの色を見せながらウルラは独りごちる。
ウルラは自分が他の魔法使いにどう思われているか気付いていないほど愚鈍ではない。
自分が罪を犯した魔法使いの処刑を担っている以上、同胞たちから恐れられているのは分かりきっていることだ。
噂に尾鰭がついて、「狂魔でなくてもこの魔女にいつ処されてもおかしくはない」と言われているのも知っている。
無差別に魔法使いを殺す恐ろしい魔女であるという印象が先行している以上、いくらウルラが歩み寄ろうとしても、別の魔法使いたちからは敬遠される。
気軽に話せる相手といえば、それこそ旧知の付き合いであるオーバンくらいだ。
それくらいウルラの友人は少ないし、人当たりの良いオーバンのように人脈も築けていない。
だからこそ、イヴォンヌの存在はウルラにとって貴重だった。
狂魔の気配を感知するという特異な能力を持ったオーバンの指示に従ってオリリ村に赴いたウルラが出会ったのは、「鴟梟の魔女に憧れている」と真っ直ぐに告白してくれた少女だった。
情報をあまり得られない環境にいたからこそ、流言飛語に左右されずにウルラに向き合ってくれた、初めての弟子。
だからこそ、ウルラは内心拗ねていた。
そんな可愛い初弟子とのお出かけを取り上げた、オーバンに対して。
「ていっ」
先程自分に恐れをなした魔法使いの書類を飛べる形に折り曲げた後、ウルラはオーバンが原因で壁に空いてしまった大穴に向かってそれを飛ばした。
風に乗り、外に向かって真っ直ぐに飛び立った書類だったものは、やがて空に消え入るように塵となっていく。
おそらく、この作業をあと九回繰り返さなければならない。
そう考えると、さらに気が乗らなかった。
「…二人は楽しんでいるかしら?」
ウルラは食卓に頬杖をついて、恨めしそうに外の景色を眺めた。
***
そんなウルラの思いとは裏腹、イヴォンヌは必死に森の中をオーバンと共に駆けていた。
時折横薙ぎにしようと襲い来る木の枝や、地面から突き立てられる槍のように突き立てられる根に、猫の精霊の力を借りながらもイヴォンヌは辛うじて躱していく。
「ああ、もうっ!」
精霊の身体強化の魔法がなければただでは済まない攻撃の数々に、イヴォンヌの中で苛立ちが募っていく。
「気をつけろよー!エルフは最高位精霊、自然そのものだ。得意地理である森はその血を引くラウロの独壇場だぞ」
「わかってますよ、だから厄介すぎるんです!」
精霊は住む場所によってその能力の発揮が左右される。
イヴォンヌが契約している猫やリスも森が得意地理であるが、いかんせん相手は最高位精霊のエルフの血を継ぐラウロだ。
精霊にも序列があるので、ラウロの方が有利である。
「…ラウロは、シルヴァーナのエルフと魔法使いとの間に生まれたハーフだ」
逃げるラウロを追う道すがら、オーバンがイヴォンヌにラウロが孤児院に入るに至った経緯を語りだした。
「エルフは他種族との交わりを禁じてる。だから、ハーフエルフはエルフにとっては禁忌の存在。そうですよね?」
「ああ。だから、ラウロの家族は常冬の国であるニクシアへ追放された」
ニクシア。それはシルヴァーナから見て北に位置する、雪降り止まぬ山国だ。
過酷な環境であるが故に、人々はそこでの暮らしを敬遠している。
――一部の種族を除いては。
「ラウロの家族を、狂魔が襲った」
「…!」
「ニクシアに暮らす魔女がな」
魔族と契約し、多大な魔力を得た狂魔にとってはニクシアの環境はオルタスの追っ手、つまりウルラから身を隠すのに都合が良い。それだけでなく、狂魔同士の喰らい合いもざらにあるという、身の毛もよだつような話もある。
そんな土地に高魔力を有した一家が放り出されたらどうなるかなんて、末端の魔法使いであるイヴォンヌでさえ想像に容易いことだ。
そうして、狂魔によって捕らえられたラウロの両親は、より強い魔族との契約の儀式の生贄となったのだという。
一方のラウロは、その狂魔に玩具として、ウルラが助けに来るまで弄ばれ続けられていたそうだ。
その壮絶な彼の過去に、イヴォンヌは絶句する。
それと同時、女という存在をあんなにも毛嫌いしている理由にも納得がいった。
「助け出した時も、ラウロは感情も魔力も暴走していて、ウルラですら抑え込むのに苦労したみてぇだぜ」
「師匠ですら?」
「ああ。だから、俺の元に連れて来たときは、拘束魔法で取り押さえて防御壁で囲ってたな」
狂魔以外の者には穏やかに接するウルラにしては珍しい対応だ。それだけラウロの心身の状態がウルラ自身に危機感を覚えさせたのだろう。
ウルラがラウロを抑え、オーバンの元に帰って来た時の様子は、さながら手負いの獣を囲う檻のようだったと、オーバンは語る。
「オルタスの議決で、ラウロに人の生活に慣れてもらうために孤児院に入れたんだが…このとおりだ。他人との間に線を引いて、馴染もうとすらしねぇ」
それはそうだろう、とイヴォンヌは思う。
一度抱いてしまったトラウマはそう簡単に拭えるものではないし、ましてや女性不信となるようなことをされたのなら、その負の感情が薄れるまでにかなりの時間を要する。
「…ラウロの事情は分かりました」
イヴォンヌは変わらず致命傷になる場所を狙ってくるラウロの遠隔攻撃を避けつつ、オーバンに頷いた。
「でも、だからと言って、あたしが気に入らないのには変わりませんから!」
そう言って、イヴォンヌは脚に魔力を込めた。おい!と制止をかけるオーバンに構わず、イヴォンヌは一気に前方に跳躍する。
そうすれば、遥か遠くにあったラウロの背が見えて、ぐんぐんとその姿が大きくなっていった。
「…は?」
振り返ったラウロが目を丸くしたのも束の間、その腹に弾丸のように飛んできたイヴォンヌの頭がめり込んだ。
その衝撃にラウロの身体がくの字に折れて吹き飛ぶ。
さすがのラウロもただ顎を殴られた時のようにはいかず、そのまま地面に叩きつけられて動かなくなった。
一方のイヴォンヌは宙で一回転してみせると、痛む頭を耐えながら腰に手を当てて鼻を鳴らした。
「どんなもんよ!」
「…すっげー力技」
その強引さに、後ろから追いついたあのオーバンでさえ引いていた。
***
イヴォンヌの渾身の頭突きを急所に受けて、ラウロはしばらくの間気を失っていた。
そんなラウロをイヴォンヌは腕を組んで見下ろしていると、仰向けになって倒れていたラウロの指先がぴくりと動いた。
「…う」
そうしてラウロは目を一度ぎゅっと力を入れて瞑ったあと、ゆっくりとその瞼を持ち上げた。
そして、その黄昏のような瞳が、不機嫌な表情をして見下ろすイヴォンヌを捉えた。
「気が付いたみたいね」
「……」
ラウロは大の字になったまま動かなかった。
無理もない。今、イヴォンヌとラウロは、オーバンによって作られた魔力封印の陣の中にいる。
この陣により、中にいる二人は、魔法はおろか魔力すら使えない状態だ。
魔力が封じられると、体中に倦怠感が重く伸し掛かってきて、正直立っているのがやっとなくらいだ。
イヴォンヌでさえそのように感じるのだから、傷を負ったラウロはなおさら重石を乗せられたような感覚を味わっていることだろう。
魔力量が豊富なハーフエルフを封じることができるのは、ウルラに比肩するほどの実力の持ち主であるオーバンだからこそできる業だ。
白と紫が混じり合うその光の陣の意味に気付いたラウロは、大きく息を吸うと、それを深く吐き出した。
「…殺せよ」
「なんでそうなるのよ」
「魔女に好き勝手されるのは、もう御免だ」
イヴォンヌはまたラウロの物言いにカチンと来るが、ラウロの過去をオーバンに聞いた手前、声を荒げるのを抑えた。
短いラウロの言葉に、自分の中では想像できないほどの惨い仕打ちを受けてきただろうことが、ひしひしと伝わってきたからだ。
「あたしを狂魔と一緒にしないでくれる?」
「…はっ、そうだな」
ラウロはイヴォンヌを嘲るように一笑すると、その身をようやく起こした。
「頭突きなんて、魔法使いはおろか、狂魔ですらしねーよ」
「仕方ないでしょ。他にあなたを止める方法を思いつかなかったんだから」
ラウロの揶揄を受けてもなお恥じらわず、堂々としてみせるイヴォンヌに虚を突かれたのか、ラウロはそのつぶらな瞳をさらに丸くすると、やがて呆れたように口からはぁ~と息を吐いた。
「…石頭」
「うるさい」
ぼそりと罵ってきたラウロにイヴォンヌは鼻を鳴らすと、陣の外から見守っていたオーバンが「おーい」と声を掛けてきた。
「そろそろ日が暮れるぞ〜。イヴォンヌ、ラウロに話したいことは話せたか?」
「まだでーす」
オーバンの促しに対して、イヴォンヌは首を横に振った。
魔女を嫌うラウロの傍にわざわざ近づいたのは、イヴォンヌにも理由があったからだ。
「…はい」
身を屈めて、まだ座り込んだ状態のラウロに手を差し出せば、ラウロは胡乱げに目を細めてその手とイヴォンヌを交互に見比べた。
「…正気か?」
イヴォンヌの意図を汲み取ったラウロが、顔を苦々しく歪めた。
「やめろ。鳥肌が立つ」
「でもあなた、ずっとこのままでいいの?」
拒絶の意を露骨に示してくるラウロに負けず、イヴォンヌが真っ直ぐに尋ねる。
「生きている以上、ずっと独りで居続けるのは無理よ。…あたしたちは、弱いんだから」
この世は持つ者と持たざる者に分かれて生を受ける仕組みになっている。
魔力を有した数少ない人の子として生まれたイヴォンヌでさえも、昨晩突如として自分を狙ってきた狂魔の前には手も足も出なかったのだ。
もしもあの場にウルラがいなかったら、オリリ村ごとイヴォンヌは魔族にその命を捧げられていたことだろう。
それは、イヴォンヌよりも力を有しているラウロもそうだ。
ラウロの力があってしても、狂魔には敵わなかった。
「だから、協力し合わなきゃ、この世界では生きていけないのよ。…だから」
人に頼るという術を覚えなさい。
そうはっきりとラウロに向かってイヴォンヌが告げれば、ラウロは不満を言いたげに一瞬口を開いたが、やがて閉じてイヴォンヌから視線を逸らした。
「…魔女のくせに、もっともらしいことを言う」
「言っちゃいけない?」
「そうは言ってない」
だが、とラウロは続ける。
「お前に分かるか?目の前で生きながらにして優しかった母が皮を剥がされていくのを檻から見なければならなかった気持ちが」
「……」
「その隣で拘束された父親が泣きながら狂魔に跨られて好き勝手されるだけでなく、ひたすらに身を切り刻まれなきゃいけない様子を、ただ見ていることしかできなかったオレの気持ちが」
静かだが、瞳の奥で憎悪をくゆらせながら尋ねてくるラウロに対して、イヴォンヌは正直に首を横に振った。
「気持ちを想像することはできるけど、それが正解かどうかは分からないから、答えはノーよ」
「…だろうな」
「…でも、これだけは言える」
イヴォンヌのはっきりとした口調に、ラウロが再びイヴォンヌを見上げれば、草原のような雄大さを宿した、ひどく輝かしい瞳とかち合った。
「あたしが証明してあげる。魔女がすべて悪い存在じゃないって!」
あまりにも真っ直ぐな宣言に、ラウロが伏せていた睫毛を跳ね上げさせた。
まさか自分が殺そうとした相手が、こんなにも真正面から向き合ってくるとは思わなかったのだろう。
(…へぇ)
その様子を腕を組み、ただ見ていたオーバンは、内心感心していた。
イヴォンヌの気持ちが、冷え切ったラウロの壁をじんわりと溶かしたのかもしれないと。
「…はっ。まだろくに魔法を使えない石頭が。随分と豪語するじゃねぇか」
「それはこれから修行して、一流になってくから」
「石頭には無理な気がするがな」
「さっきから石頭石頭うるさいわよ!」
ラウロにしては珍しく、女の子であるイヴォンヌと会話を続けている。
これはなかなか、収穫があったかもしれない。
オーバンが思わず口から安堵の笑みを溢した、その時だった。
「…わかったよ。負けは負けだからな」
お前の生き様を、見させてもらおうか。
そう観念したように呟いたラウロがイヴォンヌの手を握った。
その瞬間、魔力制御の陣の上にいた二人を中心に、目が焼けるほどの白い光が辺りを覆うように瞬いた。
「…え?」
「は?」
その光はすぐに消え止んだ。だが、何が起きたか分からないと言ったように声を漏らすイヴォンヌとラウロを見て、今まで黙って見ていたオーバンも顔を引き攣らせつつ、とうとう口を開いた。
「…オマエら、やっちまったな〜…」
***
その後、三人は孤児院に寄った後、ウルラのツリーハウスに戻ってきていた。
イヴォンヌは憮然とした状態で。
ラウロは甚だ嫌そうな表情で。
そして、オーバンは。
「だっははははは!!」
ひたすら腹を抱えて笑っていた。
イヴォンヌとオーバンだけでなく、ラウロも来たことに驚いていたウルラだったが、事情をオーバンに聞いた後、今はオーバンと同様、ひたすら笑いを堪らえようと口に手を当てて小刻みに肩を震わせている。
「師匠、笑い事じゃないですって!」
瞳に涙を浮かべたイヴォンヌが、ラウロを指差しながら抗議する。
「ラウロと『契約』を結んでしまっただなんて…!あたし、まだ認めてませんから!」
「…それを言いたいのはオレの方なんだが」
魔法使いは精霊と「対話」し、「契約」を結ぶことで、その精霊が有する魔法を行使することができる。
つまり、先程のイヴォンヌとラウロのやり取りの中にそれが自然と含まれており、二人は意図しないまま契約を結んでしまったのだ。
「本当にないんですか?契約を解除する方法!」
オーバンから一度説明を受けたものの、まだ信じられないといったイヴォンヌがウルラに尋ねたが、ウルラは軽く咳払いして感情を整えた後、口を開いた。
「残念だけれど、今回の場合は無いわ」
「えぇぇっ…」
一縷の望みをウルラにかけていたイヴォンヌだったが、はっきりと断言されたことで腕を落としがっくりと項垂れる。
「さっき説明しただろうが。通常、契約内容は精霊が決めるし、魔法使いの方がそれを承諾することで、はじめて魔法が使えるようになるって」
「契約した精霊はその魔法使いと一蓮托生になるから、保険として契約内容に解除条件を入れているものなのよ。だから基本的には主導権は精霊の方にあるの。でも、今回はイヴォンヌが対話を主導して『契約』を持ちかけて、ラウロが特に解除の条件を提示しなかったから…」
しかも、解除条件がない契約のために、イヴォンヌが死ぬまで行使され続けるものを。
「…つまり、この魔女を手っ取り早く殺せば、オレは自由なんだな?」
「ちょっと!」
物騒なことを言って手の平の上に尖った木片を浮かばせるラウロをイヴォンヌが睨めば、オーバンは首を横に振った。
「なはは…それがそうもいかないんだな〜。ラウロ」
「なんでだよ」
「契約した精霊は、魔法使いに一切手を出せないんだ」
オーバンがそう説明したが、ラウロは納得いかないと言った具合にその木片をイヴォンヌの顔目掛けて飛ばしてきた。
だが、それらはすべてイヴォンヌに当たる前に突如として現れた透明な壁によって吸い込まれるようにして消失していった。
「…!」
「契約した精霊の魔力は、魔法使いのものになる。だから、ラウロ。オマエの今の魔力の所有権はイヴォンヌにある。自傷行為はできねーんだぞー」
「…チッ」
忌々しそうに舌打ちするラウロに対して、でも、と言葉を繋げたのはウルラだった。
「荒療治になるけれど、ラウロの女嫌いを克服するには丁度いいかもね」
「どこかだよ、ふざけるな」
「そうですよ、師匠!こんなヤツとこれから四六時中一緒にいなきゃいけないなんて…!」
「あら、もうすでに意気投合してるじゃない」
「「してない!」」
だが重なった言葉にイヴォンヌとラウロは顔を見合わせた後、すぐさま互いにそっぽを向いた。
「…何も悪いことばかりではないわ、二人とも」
そんな二人に向かって、ウルラは神妙な顔付きで告げてきた。
「狂魔に対抗するための魔力量増加の修行だけれど、イヴォンヌはエルフの血を引くラウロと契約することで、飛躍的な魔力を得ることができたわ」
「…へ」
「短縮できたと言っても過言ではないの。…あとは対話を重ね、絆を深め合えれば、その力は発揮されるわ」
そんなウルラの言葉に対して、ラウロが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「…魔女と絆を深め合うだなんて、吐き気がする」
「あたしだって、あなたみたいなのを契約精霊として認めたくないわよ」
「だったら今すぐ自害しろ。オレのために」
「嫌よ。あたしはあたしのために生きるんだから」
ぎゃあぎゃあと言い合いを続けるイヴォンヌとラウロのやり取りをウルラとオーバンがはにかんで見守っていると、ウルラの脇に立っていたオーバンが椅子に座っているウルラを見下ろしてきた。
「オマエの方はどうだったんだ、ウルラ」
「…ほぼ、全滅よ」
尋ねられたウルラは深く溜め息を吐いた後、一枚の紙をオーバンに手渡してきた。
「…コイツは」
「唯一、検討を示してくれた魔法使いよ。…ただ、オーバンに対して条件があるって」
ウルラが伝えれば、オーバンはその魔法使いの書類を難しい表情で見たまま頭を掻いた。
「実力は申し分ねぇんだが…とんでもないヤツ残しやがったな」
「そう言うなら、書類の山に入れないでちょうだい」
「はは、わりぃわりぃ」
軽く頬を膨らませて抗議するウルラに軽く謝罪した後、オーバンは再びウルラから手渡された書類に目を落として軽く息を吐いた。
「オーバンに会わせろって言うから、明日会ってくれないかしら」
「いいぞ。他でもないオマエからの頼みだ。…その代わり」
「?」
「今日ここに泊まってもいいか?」
「いいわよ。いつもの部屋、使って」
「ん、さんきゅ」
そこに記されていた魔法使いの名は、セネクス・ラケルタ。
オルタスの中で問題児扱いされている、一癖ある魔法使いだった。