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第3話

 ウルラのツリーハウスの玄関を出ると、その傍にある転送陣がいつも光っている。

 これはウルラが各地へ移動しやすくするためにあるだけでなく、今回のオーバンの来訪のような、オルタスからの指示伝達を円滑に行うために設けられている。

 そんな転送陣をイヴォンヌは初めて使うのだが、まだやり方が分からないため、仕方なくオーバンの手を握って引率してもらった。

 眩く輝く光が身を包み、視界一面を白く染め上げたかと思うと、次に聞こえてきたのは人々の喧騒だった。


「わぁああっ…」


 先ほどまでいたところが人けのないシルヴァーナの静かな場所であったため、その賑やかさに包まれたイヴォンヌは、すぐにここがケントラムの中心街であると理解した。


「どうだ?中心街は。ワクワクするだろ?」

「はい!」


 得意気に言ってみせるオーバンに、イヴォンヌは目を輝かせながら頷く。

 ここで今後自分の相棒となる魔法具を探すんだと思うと、胸の高揚を抑えきれなかった。


「…お、そうだ、イヴォンヌ。あれやってみっか」

「あれって?」

「魔法学校の授業でまず初めにやるヤツ」


 オーバンがイヴォンヌに向かって指を立てて意地悪そうな表情を浮かべるので、イヴォンヌは思わず怪訝そうに顎を引いて身構えた。

 そんなイヴォンヌの様子を見たオーバンが、腰に手を当てて面白そうに笑う。


「ケントラムには一流の魔法具屋がいるが、中には詐欺紛いのただのガラクタを売りつけてくる輩もたくさんいる」

「そうなんですか?」

「ああ。だから授業の一貫で、そういったヤツらに騙されないように自分で魔法具を選んで、審美眼を鍛えるんだ」

「…その詐欺師たちをを取り締まろうとはしないんですか?」

「イタチごっこみてーなもんさ。昔からキリがねぇんだ」


 確かに、魔法具は非常に高価で金になると聞いたことはある。だから、有象無象がこのように活気のある売り場で良からぬことを企んでいてもおかしくはないだろう。

 であれば、魔法使いを鍛えるのに利用してやり、騙された魔法使いから情報を聞いて捕縛してやろうというオルタス側の魂胆が透けて見えた。


「それでどうだ、イヴォンヌ。やってみるか?」

「望むところです!」


 挑発的なオーバンの笑みを見て、イヴォンヌは自信満々に胸を張って叩いてみせた。


 ***


 結果は、惨敗。


「……」

「ふふ〜んっ」


 であった方が、オーバンとしては面白かっただろう。

 だが、イヴォンヌは育った村の宿屋で、ついこの間まで接客を行ってきたのだ。

 中には行商の客もいただけでなく、商品をまだ13のイヴォンヌに売りつけようとしてきた輩もいたので、それなりに人を見る目は養ってきたつもりだ。


「…オマエ、よく騙されなかったな〜」

「コツを押さえてましたから」

「コツ?」

「本当に良い商人は売りつけようとせず、むしろ待ちの姿勢でも売れていくものですし」


 バザールを人波に流されないようにオーバンにしがみつきながら歩いたイヴォンヌだったが、声を掛けてくる商人は全てスルーした。

 そして、来る人を拒みそうな奥まったところで待機している店主がいる店に狙いを定めて、クリスタルワンド、魔法衣、魔力を高めてくれるアクセサリーなど一式を選んだ。

 無論、会計は師匠であるウルラの言いつけ通り、オーバンに支払わせた。

 その時のオーバンの顔は感心しつつも、その高値から苦い表情を隠しきれていなかったので、イヴォンヌとしてはしてやったりだと内心優越感に浸っていた。


「やるじゃねぇか、イヴォンヌ。その賢さがあれば学校でも優秀だったろうに」

「それはこれから、師匠に学ぼうと思っていますので」

「全く。ウルラに頼もしい弟子ができて、俺も嬉しい限りだぜ」

「えへへ〜。ごちそうさまでした!」


 そう言ってイヴォンヌがオーバンに合掌すれば、彼はやれやれといった具合に肩を竦めてみせた。

 そんな矢先、遠くから「会長ぉ〜!」という泣きそうな声と共に、駆け寄ってくるメガネ姿の女性の姿があった。


「おう、どうしたキリエ」


 イヴォンヌとオーバンの前に辿り着くなり、キリエと呼ばれた女性は手を膝について荒げた息を整えた後、大柄なオーバンを焦ったように見上げた。


「大変なんですよ、ラウロが…!」

「ラウロが?」

「また、孤児院からいなくなったんです!」


 先刻、ウルラとオーバンの会話の中で出ていた少年の名前が再び出たことに、イヴォンヌはまたかと思いつつも、何やらただならぬ問題が起きているらしいと察する。


「アイツ、また抜け出したのか〜…凝りねぇな、ほんと」

「もう私どもでは手に負えません…!何とかしていただけないでしょうか」


 汗だくで懇願してくるキリエにオーバンは頭を掻いたが、やがて彼女を安心させるようにして「わかった」と頷いた。


「元はといえば俺がそっちに無理言って預けたんだもんな。責任は取るさ」

「ありがとうございます…!」


 そんなオーバンの様子にキリエは両手を組んで感謝の意を伝えると、オーバンが今度はイヴォンヌを見下ろしてきた。


「ちーっと厄介なことになっちまった。付き合ってくれるか?」

「あたしで良ければ構わないですよ」


 話を聞いている限りだと、人探しになるらしい。

 それならば人手は多い方がいいだろう。

 イヴォンヌは特に抵抗もなく頷いたが、後に後悔する羽目になった。


 ***


 ケントラムの中心街にある転送陣を再び使ってオーバンと共に赴いたのは、中心街が一望できる丘の上に設けられた孤児院だった。

 オーバンが資金を援助しているこの孤児院には多くの子供たちが集まっており、賑わっているように見える。

 だが、通された食堂でひたすら泣きじゃくる少女―イヴォンヌより少しばかり年上だろうか―に寄り添うようにして宥めているグループに、キリエは二人を案内した。


「おう、どうした」


 オーバンが身を屈めて泣き続ける少女に尋ねると、少女は「うわあああん!」と声を上げてオーバンに抱き着いた。

 …なんとなく、イヴォンヌには彼女が狙ってやっているように見えてしまった。


「ラウロに話しかけたら、『殺す』って言われてフォークで脅されて…!」

「あ〜…」

「あたし、ラウロと仲良くなろうと思っただけなのにっ…!」


 そんな少女の頭をあやすようにオーバンは撫でると、キリエに向かって振り返った。


「ラウロの女嫌いは相変わらずか?」

「ええ…職員ですら寄せ付けません…困ったものです」


 どうやら、ラウロという少年は一癖あるらしいとイヴォンヌは悟る。

 特に女性に対して嫌悪感を持っていることから、自分が探し手として立候補した、もしくはオーバンが連れてきたのは良くなかったかもしれないと思えてきた。


「イヴォンヌ。さっき買ってやった魔法具に今すぐ着替えてくれ」

「え?」


 オーバンからの急な要請にイヴォンヌは瞳を瞬かせる。


「ラウロは一筋縄じゃいかねぇ。魔法を使って捕まえるぞ」

「え、そんな獣みたいに…」

「んいや、獣よりも厄介だぞ」


 そうしてキリエにイヴォンヌを着替えの場所に案内するよう指示したオーバンに従い、イヴォンヌはキリエの後ろを歩いていた。

 なんだろう、ラウロという少年は。魔法使いなのだろうか。

 だが、それだったらもう少し補足の説明があっても良さそうなものなのに。

 そう頭の中でラウロの正体について考えながら、案内された部屋で先ほど買ってもらったばかりの魔法具を身に着けると、ピリリとした緊張感が身体を走った。


「…ん?」


 先程まで感じなかった気配を、窓の外から感じる。

 魔法具を身に纏ってから、何かが自分を導くように北西の方角から感じる。


「イヴォンヌ、着替えたかー?」


 窓辺に歩み寄ろうとしたところで、扉の外からオーバンがノックしてきたので、はっとして扉のもとに駆け寄って開ける。


「お、その黄色とオレンジの魔法衣、よく似合ってるじゃねーか」

「ありがとうございます。…あの、オーバンさん」

「ん?」

「…北西の方角から、何かただならぬ空気を感じるんですけど」


 今も尚感じているありのままを伝えると、オーバンがにかっと歯を見せて笑った。


「気付いたか」

「…はい。でも、これって…」

「それがラウロの気配だ。いくぞ」


 またも詳細な説明はなかった。

 だが、身に感じる針で突き刺してくるような空気は、魔力そのものだ。

 ウルラやオーバンのような、これまでに会ってきた魔法使いが持つ柔らかな魔力の気配でないことに、イヴォンヌの中でさらなる緊張が生まれる。

 そうして孤児院の裏にある森の中へオーバンと共に足を踏み入れれば、一気にその針がナイフのような鋭さに変わるのをイヴォンヌは感じた。

 しばらく歩いたところで、森の中でも開けた場所に辿り着いた。


「よう、ラウロ。やっぱここに居たか」


 木漏れ日が照らす花や草が生い茂る中に、目的の彼はいた。

 腕を頭の後ろで組んで寝そべってはいるものの、二人に敵意を向けていて、境界線を引いてきているのが見て取れた。その線を超えようものなら攻撃も辞さないという意図をひしひしと感じ、イヴォンヌは思わず唾を飲み込む。


「…なんだ、また来たのか。オーバン」


 ラウロと呼ばれた少年はその身を起こし、眉根を寄せ、眦を吊り上げながらこちらを睨みつけてきた。

 その少年の容姿を見て、イヴォンヌは睫毛を跳ね上げさせる。

 深い灰色の髪に、夕焼けを思わせるような輝かしい陽の色の瞳。そして、申し訳程度に尖った耳は。


「――ハーフエルフ?」


 精霊図鑑で見た、伝承上の存在の特徴そのものだった。

 だが、思わず口からその単語を溢してしまったイヴォンヌに、ラウロがぴくりと頬を動かす。


「…っと、あぶねぇ!!」

「きゃぁ?!」


 オーバンに押し倒されるような形でイヴォンヌは地面に倒れたが、そのすぐ後ろの樹にザクザクザクッといった音が響いたため、イヴォンヌは恐る恐る振り返った。

 見れば、樹にいくつもの木片が刺さっていた。

 位置的に、ちょうどイヴォンヌの頭を狙っていたものだろう。

 …殺されかけた。このラウロという少年に。


「ちょっと!いきなり何するのよ!」


 堪らず反感を抱いたイヴォンヌが指を差して抗議すれば、ラウロはハッと嘲るようにして息を吐いた。


「お前が魔女なのが悪い」

「何よそれ!狂魔じゃあるまいに!」


 イヴォンヌの言葉に、ラウロの表情がさらに険しくなった。

 それを見たオーバンが苦笑いする。


「なはは〜…イヴォンヌ」

「何ですか!」

「オマエ、ことごとくラウロの地雷踏み抜いていくな〜」


 は?と頭の中にクエスチョンマークが浮かんだのも束の間、またも大量の尖った木片が飛んできた。

 イヴォンヌがぎょっとしたのも束の間、オーバンが前方に手を翳して防御壁の呪文を唱えたことで、それは全て防がれた。


「邪魔をするな、オーバン。その魔女は狩る」

「オイオイ、女の子は大事に扱わなきゃいけねーぞ?」

「知るか。そいつはオレの逆鱗に触れた」


 オーバンの言葉に対して「いやあなたも初対面で殴ってきましたよね」という考えが頭を過ったが、それよりも優先されたのは、ラウロの魔女に対する嫌悪感への疑問だった。


「なんでそんなに魔女を嫌うのよ。あたし別にあなたに悪いことしてないでしょ」

「…魔女は存在自体が悪なんだよ」


 そう忌々しそうに言ってのけるラウロに、さすがのイヴォンヌもカチンときた。


「意っ味わかんない!さっきも魔法使いじゃない女の子を脅したそうじゃない。やってること、最低だってわかってる?」

「オレは女が嫌いだ。近づいてくるヤツ全員悪魔にしか思えねぇんだよ」

「はぁ?!」

「さっきの女だって、隙あらば触ろうとしてきた。だから自己防衛したまでだ」


 仲良くなりたかった、と言っていた先程の少女の言葉を思い出す。

 ラウロの言う通り、確かに何かしらの意図があったのかもしれないが、それは彼に対する興味と好意から来るものであるだろう。

 それを総じて悪意と捉えるラウロにも、何かしらの事情はあるのだということは分かる。分かるのだが。


「…あなた」

「?」

「ものすごく、ムカつくわ」


 イヴォンヌはそう言うなり、足元に猫の精霊を出現させて憑依させた。

「おい、イヴォンヌ?」と少し焦ったような声を出すオーバンから離れ、一直線にラウロの元へ近づく。


「っ?!」


 いきなり自分の間合いに入ってきたイヴォンヌに驚きを隠せなかったラウロの顎に向かって、イヴォンヌは拳を突き上げた。

 入った。

 身体強化魔法が加わったイヴォンヌの拳が顎にめり込んだラウロの身体は一瞬宙を浮いたが、彼はすぐに地面に着地して体勢を整えた。手応えはあったが、強い。これはオーバンが厄介だと言っていたのも頷ける。

 ラウロが口の端から出てきた血を拭いつつ、ぎろりとイヴォンヌを睨みつけてきた。


「…いきなり殴ってくるヤツがあるか」

「いるわよ。ここに二人」


 そう腕を組んで見下ろせば、後ろでオーバンが「相当根に持ってんな〜」と眉尻を下げて笑ったのが聞こえてきた。


「そういうあなたこそ、いきなりあたしを殺そうとしてきたじゃない」

「……」

「おあいこよ、おあいこ。というか、殺意がないだけあたしの方がまだ…」


 呆れの姿勢をイヴォンヌが取っていた、その時だった。


「っ!」

「おっと、あぶねぇ」


 瞬間、イヴォンヌの足元から、今度は鋭利な石礫いしつぶてが顔面めがけて襲いかかってきたが、イヴォンヌの前に庇うようにして立ったオーバンが片腕に炎を纏わせ、それを薙ぎ払った。


「邪魔をするな、オーバン。その暴力魔女は殺す」

「そういうわけにはいかねぇな。ウルラにせっかくできた弟子なんだ。失うわけにはいかねーよ」

「…ウルラだと?」


 その魔女の名前が出た途端、あまり動かなかったラウロの表情が少しばかり驚きの色をみせた。


「おう。イヴォンヌはオマエを助けてくれたウルラの弟子だぞ〜」


 ウルラにより救われたということは、きっとラウロも狂魔に襲われたことがあるのだろう。

 そう考えれば、オーバンが先程言っていた地雷というのも、イヴォンヌはなんとなく分かった気がした。

 けれど、こんなにも女嫌いなのは、どうしてだろうか。

 その疑問だけは未だに拭えない。


「今後長い付き合いになると思ったから、顔合わせのつもりでここに連れてきたんだが、お互いにいきなりご挨拶じゃねぇか」

「……」

「ほら、ラウロ。いい加減孤児院に戻るぞ」

「嫌だね」


 諭すようにオーバンが告げたが、ラウロは二人に向かって背を向けたかと思うと跳躍し、光の差さない森の奥深くへとその姿を消してしまった。


「あ、ちょっと…!」

「追うぞ、イヴォンヌ」


 ラウロの消えた方角へと駆け出すオーバンに倣って、イヴォンヌもその背を追う。

 この木漏れ日が溢れている広間から一歩踏み出せば、侵入を拒む陰が身に纏わりついてきて、まるでラウロの心のようだとも思った。

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