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16 思いのままの謝罪を貴方に

 二人でいつものようにソファに座してすぐだった。


「で、謝りたい事ときたい事って……何?」


 テオファネスの問いかけにアルマは肩を竦めた。

「その……初日に私が貴方に言った暴言を」


 おどおどとアルマが言うと、彼は「はて?」と疑問符を浮かべたような顔になる。


 だが、すぐに何か思い出したのだろう。

 彼ははっと、何か思い出した顔をすると、アルマの方を見て軽く笑む、

「最低、触らないで、この人でなし……って? あれ?」

 そう、あっさりとした調子で答えた。


 あまりに的確だった。それを聞き、アルマは今にも泣きそうな顔になってしまう。

 こんな顔は見せたくも無い。そもそも傷付けた側が泣くなんて、お門違いに違わない。彼の方がきっと傷付いて嫌な思いをしたに違いないのだから。


「いくら怖かったし腹が立っていたとはいえ、酷い事を言ったってずっと思ってた。謝りたかったけど、どう切り出したら良いかずっと分からなかったの……」


 ごめんなさい。と、俯き素直に告げると、テオファネスはクスクスと笑み、アルマに顔を上げるように言う。


「いいんだ。あれは……そもそも俺が悪い。アルマが怒って普通だろ?」

「とは言っても、言って良い事と悪い事くらいあるでしょ……」

「それを言ったら同じ。俺は何も気にしてないよ」


 で、きたい事の方は? 促されて、アルマは戸惑いつつ彼を見上げた。


「……テオを部屋に閉じ込めてる事だよ。本当は外に出たいと思わないの? 私、自分の都合しか話さなさかったのに、テオは何から何まで受け入れてくれた」


そう答えるが、彼はおとがいに手を当てて、首を捻っている。


「私は別に、貴方を〝部屋から出すな〟とは言われてない。修道院は敷地も広いし……一般開放される日曜以外は近辺に人通りも無いの。だから、人目につかない配慮なんていくらでもできるはず。私、あなたを人として扱っていなかった。私の要求は最低だなって思ったの」


 その言葉に、彼は複雑な面持ちでアルマを射貫く。


「いや……それも別に。アルマはもう俺を見慣れただろうけど、事実、俺の姿を見たら誰だってギョッとすると思う。子どもだと泣かれてもおかしくない。それに俺だって好奇の目に晒されるのは気分良くないから、構わないんだが」


 こんな返答を言わせる自分が嫌だった。どうして自分はもっと上手な言葉選びが出来ないのか。そう思うとアルマは直ぐに酷い自己嫌悪にさいなまれる。


「ごめんなさい。私テオにそんな事を言わせたい訳じゃなくて……」

「だからいいよ。そこはアルマが謝る必要無いと思うが……」


 本当に気にしていないのか、あっさりと告げる彼の表情は何一つ変わらなかった。


「でも、私の言った制限って、テオを人と見なしていないみたいで何だか凄く……」


 最低だと思った。と、言い切る前に頭頂部に暖かい感触を覚えた。

 ぽふぽふと髪を撫でられている。それが分かると妙に照れが生じてしまう。いたたまれなくなって、勝手に唇がモゴモゴと動いてしまう。そんな彼はというと、口角を緩めて微笑んでいた。


「俺は自分の意思でアルマに従ってるだけ。だけど、アルマって本当に優しい子だな。そう言ってくれるだけで俺は嬉しい」


 そう言って、彼は更にアルマの頭を撫でると、後ろ髪をぽんぽんと撫でた。


「そ、そんな事は無いでしょ、ちょ……ちょっと子どもにするみたいに、頭ぽんぽんってしないで! と、いうか……貴方、マッサージで赤面してたのに自分から触るのは平気なわけ?」


 妙に胸の奥がくすぐったい。恥ずかしさのあまり早口で言えば、彼は直ぐに手を引っ込める。


「そう悲しそうな顔をされると妙に幼く見えたせいかな。妹見てるみたいな気分になって。兄としての本能が働いたというか……」


 自分とそう歳も変わらぬ妹が居たとは聞いていたので、これには納得した。しかし、何だかこれはこれで恥ずかしい。

 アルマは目を細めて彼を睨んだ。


「それでも事実テオは人と何も変わらないでしょ。だから本当に申し訳無かったなって思うわけ。だから謝りたかったの……」

「だから、謝る必要無いから。これ以上は水掛け論になりそうだし、もう止めにしよう?」


 だからアルマは謝るの止めて。と彼は笑んだ後、仕切り直すように話を切り出した。


「そりゃさ、外に出たいといえば出たいとは思うけどな」


 やはりかと思った。アルマはすぐに謝罪を入れようとするが、次に彼が言葉を出した方が早かった。


「……俺さ、絵を描くのが好きなんだ」

 ぽつりと彼の告げた言葉にアルマは目をしばたたく。


「絵?」

「そう、絵」


 物凄い意外だと思った。アルマが目を丸くすると「そんなに意外か……」と彼は照れ臭そうに頬を掻き、話を続けた。


「日中に窓の外を眺めてて、自分の足で歩いて風景を見たいと思ったし、こんなに素晴らしい自然が溢れてる。外で絵が描けたら……とか、少しだけ想像してた。それに空気が澄んでいる所為か、夜は月や星が綺麗だって夜中に起きた時に外を眺めて感動した。でも、俺は匿って貰ってるから、そこまで望んじゃいけないの分かってるよ」


 ──だから、週に一度でも調整して外に出してくれたら嬉しいと思う。

 ……と、彼が言った瞬間に、アルマは本能的に彼の腕に抱きついていた。


「行こう、外……!」

「は、えぇ?」


 テオファネスは目を丸くして、素っ頓興な声を上げる。

 いきなり腕に抱きつかれ、突飛も無い事を言われて無理も無いだろう。しかし、アルマはそれでも必死だった。


「……週一度や二度の外出。院長先生に言うよ。あとね、今は皆寝静まってる時間帯。外に出ようがバレやしない。そもそも、私が消灯後に宿舎から抜け出して来た事自体だいぶマズイ事だよ。それも夜着だし。自慢じゃ無いけど私は誰より説教慣れしてるから……」


 ──今更もう何も怖くもない。星でも月でも見せてあげる!

アルマが言うと、彼は菫色に発光する瞳をこれでもかという程に丸く開いた。


 「テオ、外に出よう!」


 そう告げて数拍後。彼は額に手を当てて、やれやれと首を横に振るう。


「……アルマって大胆な程行動的で、後先をあまり考えないんだな」


 それはもう、呆れた調子で言われたのでアルマは頬を膨らませる。こちとら、目一杯気遣って提案した事だと言うのに。しかし、テオファネスの笑み方はやはりどこか優しかった。


「思えば、初日に寝坊して前見ないで俺にぶつかって来るし。くしゃくしゃに崩れた三つ編みとかさ。でもさ、そういうおてんばな部分、俺は好きだよ」 


 ──喜んで、共犯者になるよ。

 そう言うなり、彼はスッと立ち上がり、絡みついたアルマの手をやんわりと離して、そっと手を握りしめる。


「じゃあ俺の天使様──迷える機甲マキナを外へと導いてくれよ」


 祈るようなそぶりをしながら、彼は笑むが直ぐに顔をらす。

 きっと照れているだろうと分かった。何せ、彼の声が震えていたのだから。しかし〝俺の天使様〟と──その言葉にアルマも妙に気恥ずかしくなる。


「……分かった、任せなさい」


 アルマは羞恥で震えた声で答えるなり、彼の手を強く握り返した。


 ──それから数分後。

 夜着と患者衣姿の二人は、こっそりと修道院の外へと抜け出した。

暗闇の中で顔を見合わせて微笑み合う。間違いなく、とても悪い事をしているのにアルマは嬉しい笑いしか込み上げない。

 蟠りが解けて、ただひたすらに楽しくて、幸せ。そんな夜が始まった。

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