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11 〝最前線を歩んだ者〟の世界予測

 細々と食べるかと思いきや、彼の食事は存外雄々しかった。

 パンを千切らずそのまま食らいつき、スープで掻っ込めば、あれよあれよという間に平らげてしまう。それはもう見ていて、こちらまで気分が良くなる程の食べっぷりだ。


 もう昼下がりの頃合いだ。口ではあぁ言っても、気遣っていた節はうかがえる。アルマはやれやれといった調子でテオファネスをいちべつし、彼の隣に腰掛けた。


「テオファネスさん、本当はすごくお腹が減ってたんですね……」


 思ったままを言うと、彼はほんのり目の縁を赤く染めて恥ずかしそうに頷いた。


「明日はもう少し早く持ってきます。あと、量は出来るだけ増やします。やっぱり全然食べれるでしょう?」


 間違いなくこれだけでは足りぬだろうと思う。

 それを指摘して言えば、彼は頬を更に赤く染めた。


「な、なんか、ごめん……」


 またも震えた声で言われたので、こちらが追い詰めている気分にもなってくる。

 アルマは一つため息をついた後「それで……」と先程の話の続きを自ら切り出した。


「謝罪の件は別にどうだって良いですよ」


「どうでもいいって……」


彼は眉をひそめるが、アルマは構わず続けた。


「ただ、約束して欲しい事があります。私以外にもエーデルヴァイスが居る事は知ってますよね。下は十二歳……と、未だ幼い子も居ます。貴方の存在は夕方の礼拝で全て知らされると思いますが、他の皆を脅かす事は許せません」


 ただでは済まさない。と、釘を刺せば、彼は黙ったまま頷いた。


「それに、ここは身寄りも無い孤児たちが暮らす孤児院です。人間的らしい貴方にこんな事を言いたくないですが、子供たちを脅かすような真似は許しません。貴方は決して誰にも近付かぬようにしてください」


 この部屋から出ぬように、私以外との関わりは無いように。と、きっぱりと告げると、彼は頷くが……「だけど」と、小声で切り出した。


「どうして、謝罪をどうでも良いなんて言うんだ?」


 そう聞き返されて、アルマは心底面倒臭そうに目を細めた。


「だってテオファネスさんの事情がどうあれ、国を守る兵隊さんに変わりないじゃないですか。アルギュロスもシュタールも同盟国。男性を、ましてや国を守り戦う男性に……」


 アルマが全てを告げきる前だった。


「どうして、そうなるんだよ」


 先程までのおどおどとした態度が嘘のよう。テオファネスは、強く言葉を切り出した。


「国が違えど、男女以前に人という括りは変わらないと思うが。許すも許さないも自由に判断すれば良いだろ。兵士だからって……こんな身体の時点で俺はそんな大した存在でも無い」


 あまりに毅然とした言い方にアルマは呆気に取られて目をしばたたく。

 アルマが怯えたと勘違いしたのか、彼は一言詫びると、今度はゆったりと切り出した。


「土地信仰が強い所為かヴィーゼンは戦火知らずと聞いてる。だからアルマさんたちはきっと知らないだろうけど……三帝国は多分負けるよ。想定より戦が長引き過ぎた所為で劣勢だ。相手は六カ国以上。烏合の軍勢に叶う筈も無い」


 そう言い切ると彼は深い吐息をつく。

 しかし、その言葉に心の奥が凍てつくような心地になった。〝負ける〟だなんて兵士が言うなどありえないだろう。


 無敵の三帝国──この言葉は、大戦が始まって以来、何度も聞いた。間違いなく、兵士が吐けば、上官に悲惨な暴行を受けてもおかしな話でもないだろう。


「何でそんな事を……貴方が言って良い事じゃないと思いますが」


「そもそも、俺はこの大戦の始まるより前にアルギュロスに吸収された小国……スピラス出身だ。国を奪われただけでなく、人権まで奪われて、家畜同様。挙げ句の果てにこんな身体になった。国が滅びようが人と言えなくなったって、それでも母国の誇りは棄てられない」


 スピラス。初めて聞く国名だ。

 果たしてそれが地図上でどこに位置したかは分からぬが……。アルマがぽつりと地名を復唱すると彼は頷き、静かに切り出した。


「南西にあった王政国だよ。霊峰信仰のあるヴィーゼンと少し似てるかも。神話と寄り添い千年も続いた国だった」


 ──鉄鉱石や石炭など。資源が豊富だった事からアルギュロスに目を付けられ、奇襲を受け、国はひと月も経たずに滅びたと彼は語る。


 しかし、千年も続いた国だ。生き残った民はなかなか降伏はせず、アルギュロスに反逆を続けた。その結果、スピラス人はアルギュロスで迫害指定され、見つけ次第捕縛されたと……。


「そう……だから、俺は戦場に立ちたくもなかったし、兵士になんて好きでなりたくもなかった。だから、この大戦の勝敗なんて俺からしたら心底どうだって良いんだよ」


 ──刃向かわなかったのは、死ぬのが怖いから。仕方ないと思ったから。あれ以上に痛い目に遭いたくないから。機甲化試験で命を散らした同郷の人たちが浮かばれないから。


 極めて穏やかな口調のまま彼は続けるが、その瞳には深い影を落としている。


 やがてスゥ……と彼の背から煙のように黒々とした影が揺らめき、アルマは身構え唇を固く引き結ぶ。


 その様子に見かねたのだろう。テオファネスはピタリと話を止め、申し訳無さそうな顔でアルマを見下ろした。すると影はスゥ……と薄まり、やがて見えなくなる。


「ごめん。気分良い話じゃないな」

「あの、そうじゃなくて……貴方の影が」


 少し声を震わせて言うアルマにテオファネスは眉を寄せた。

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