万年雪を乗せてそびえる霊峰に肥沃な牧草地──それを背景に、麗らかな陽光は湖面にキラキラと反射していた。
水鳥の鳴き声に混じって響き渡る声は幾数人の子供達の溌(はつ)剌(らつ)とした笑い声──昼前、アルマはエーデルヴァイスの同僚数名と、十歳にも満たぬ幼い孤児達と散歩に出掛けていた。
今、エーデルヴァイスの乙女たちが纏う服は白の正装でない。
愛らしい小花模様のチロリアンテープをあしらったワンピース状の民族衣装──トラハット。お隣、シュタールでは〝お嬢さん〟とも称されるディアンドルと同一だ。
この装束は自前のもの。私服であり外出用の遊び着で、当たり前のように皆それぞれ違う色や柄を着用している。
アルマの纏うものは濃紺を基調としたもので、水色の小花柄の布地で切り替えられたもの。対して隣に腰掛けたアデリナの纏うものは、森を思わせる深い緑に臙脂色のダマスク柄の切り替え……とやや大人びた印象である。
しかし、こんなにも晴れやかな初夏晴れというのに、アルマは面持ちは曇っており水辺ではしゃぐ子供達を見る目さえ
「ちょ、ちょっと……アルマどうしたのよ?」
いつもならば子供達に混じって大騒ぎしている筈。それが、こうも大人しい事を不審に思ったのだろう。アデリナに怖々と聞かれて目を細めたまま、彼女に目をやったと同時だった。
「本当よ。どうしたのよ……? 体調でも悪いの?」
心底心配とでもいった声が背後から響き、今度はそちらに目をやるとゲルダの姿があった。
ゲルダの陰に隠れるようにエーファの姿があり、彼女は何の感情も読み取れぬ琥珀の瞳でアルマをジッと見下ろしている。
「どうしたの本当に……」
お腹でも痛いの? と、ゲルダに
「院長先生から少しは聞いてるでしょ。ちょっとね……新参の孤児の事でね」
「あぁ……えっと、封鎖された三階に閉じ込めた相当なワケアリの。火曜のアルマが直々に当てられるって相当な
流石に成人男性だ特殊兵士──
夕方に詳しく話をすると院長も言ったので、先に言っても問題無いだろうか。
気怠げに目を細めたアルマは、アデリナとゲルダの顔を交互に見る。エーファにおいては恐らく聞いた所で無反応に違いない。それでも一応、彼女を
「……孤児なんかじゃない、成人男性。それもシュタールの兵士。特殊な人」
事実を述べて一拍後。案の定二人は素っ頓きょうな声を上げる。
「ちょ、ちょっと待ってどういう事なの……?」
薄紅の瞳を大きく瞠ったアデリナは前のめりになってアルマに問いかけた。
「私にも分からないよ。その人、軍の指令で処分される筈だったらしいけど、それを掻い潜る為みたい。で、この大戦が終わるまで孤児として匿って欲しいんだって。依頼者が女の軍人さんでね。母親がここの修道女だったそうで深い関わりがあったみたい。院長先生も情があって断るに断れなかったみたいで……」
ため息交じりに言えば、ゲルダは額に手を当てて首を横に振り乱す。
「そうだと言っても軍に反逆するなんてマズイでしょう。それを隠蔽を助けるなんてバレたらもっとマズイじゃない……」
──でも、あの良心の塊みたいな院長先生の事ならやりかねない。そう付け添えて、ゲルダは大袈裟な程に深いため息を溢した。
「……ここは修道院。宗教建造物でつまりは
「院長先生も依頼者の女軍人さんも似たような事を言ってたよ。院長先生が判断を下して受け入れちゃったものは仕方ないと思う。だけど……ワケアリ孤児でやってきた当の本人が」
ふんわりと浮かぶのは、恐ろしい程に整ったテオファネスの
──凶悪な影を心に飼い、どこか脆そうで危うい。相手を分析する……それが
何度考えても、絶対に誰も近付けたくないと思えてしまう。否、できる事ならこの修道院でなく、どこか別の場所に行って欲しいとも思う。
「それでもね、火曜の私が当てられたには相応の理由があるの。多分、夕方に院長先生が詳しく話すとは思う。相手は相当なワケアリだから、あの子たちを守る為にもなるべく、この件は干渉しないで欲しいかも」
浅瀬で水をかけてふざけ合う子供たちを眺めつつ仕切り直すように言えば、二人は腑に落ちない顔を見合わせて頷いた。
「でもアルマ……何でも一人で背負うとか無理はしたら駄目よ」
頼りなさい。と、付け添えて。心配気なゲルダに同調するように、アデリナは何度も頷いていた。エーファに関しては、一応は聞いているだろうが……依然として感情の全く読み取れぬ顔でジッと遠くを見つめていた。