顔ぶれに圧倒された
「これは、
「
「人界には
しかし、彼の
「
そう言って、西王母は手を差し
鋼先は、顔をしかめて首を
「待ってくれ。……いえ、お待ち下さい。天機星は、
西王母はきょとんとして、
「賀鋼先、お前たちには苦労をかけた。すぐにも魔星を封じて頂こう。魔星たちは今、この
「ですが、張天師様」
「賀鋼先! 西王母娘々は天界の
張天師の目が、鋼先の発言を禁止していた。鋼先は仕方なく
残った天機星と托塔天王が、西王母に
◇
鋼先たちが去って、西王母は
「まさか、彼らが上清宮に入っていたとは。張天師どの、連絡はなかったのですか?」
厳しい
「ありませんでした。理由は分かりませぬ。息子の
「天機星のことでも、
「それは……はて」
張天師は答えない。すると、天機星が進み出て言った。
「申し上げます。私は、二つの鏡の間に封じられ、
西王母は、
「そんな……。それなら、もっと早くあなたを
西王母の顔が、
西王母は気を取り直し、天機星の耳に口を近付け、質問をした。天機星は首を振り、知らないという意を示す。西王母は、安堵と苦労の入り
「良かった。あなたが知らないならば、他の魔星も知らないことでしょう。……ならば、もう天界に戻っても良いのですけど」
そこまで言って、西王母は誰かの視線に
そのとき、
「張天師さまー」
伝達の者が、魔星たちが集まったと報告してきた。張天師は
西王母は、
「……張天師どの、それでは、百八星を封じましょう。本当に、天界ではなく、この上清宮に封じるということで宜しいですね?」
張天師は、跪いたまま礼をした。
「結構でございます。……例のお約束を、果たして頂ければ」
「……わかりました」
西王母の声は、病人のように疲れていた。
◇
休んでいろと言ったはずなのに、鋼先たちには一つ仕事を出された。これまでに収星した記録を、表にまとめて提出しろという。
しかし、
「すぐにできるわ。みんな、ひとりずつ、紙を持って立ってて」
鋼先たちは紙を持ち、横一列に並ぶ。萍鶴は旅の日記を見返しながら
鋼先が感心する。
「大したもんだな」
「
萍鶴は少し
「よし、表はできた。――しかし、この術ともお別れだな。
萍鶴は、頷きかけて、筆を胸に寄せた。そして
それを見ていた李秀が、笑顔になって言った。
「ねえ、雷先の部屋も見せてよ。フォルトゥナと
そして強引に雷先らを追い出し、最後に萍鶴に片目をつぶって見せ、自分も出て行った。
鋼先が訊く。
「どうする、萍鶴?」
「ご、ごめんなさい。……ちょっと、不安になって」
「だろうな。俺もだ。だから、本人に訊いてみようぜ」
鋼先は、断り無く筆に
地文星は、萍鶴に向き直り、
「
それを聞いた萍鶴は、あからさまに顔を歪めて問う。
「……ひとつだけ答えて。あの時、あんな
地文星は、ため息をついてまた礼をした。
「そうだね、そのことを話そう。……元々は、ただ墨を飛ばしてそのまま字になる能力を顕すだけのつもりでいた。さっき作った収星表のようにね。しかし、秘術に対する
沈痛な顔になった地文星を見て、萍鶴は驚きの声を上げる。
「……じゃああの時の、私の気持ちが……!」
そう言って、術が発現したときのことを思い出した。錯乱した中で、目の前の敵をどうにかしなければいけなかった焦りが、術に反映したのだ。
「そんな……。わ、私が、もっとしっかりしていれば……!」
結局、飛墨顕字象は自分が生み出したものでもあった、ということに思い至り、萍鶴はがくがくと震え出す。
それを見て、鋼先は手を差し伸べかけた。しかし、地文星が無言で首を振って制する。
そして、萍鶴の肩に手を置いた。
「君でなくとも、私の術はこうなっていた。あの場の皆が期待していた結果だからね。だから、君は悪くない。再び自分を責めることはしないでくれ。
それよりも、大事なのは今なんだ。さっきも言ったが、君は正しく術を使って来られた。哀しみを乗り越えて強くなったから、それができたんだよ」
「え、ええ……」
萍鶴は、受け入れながらも、涙を流して
少し時間を置くと、地文星はそっと近寄り、耳元で何かを
「……本当に、そんなことが?」
萍鶴が驚く。
「ああ、可能だ。だが、限界はすぐに来る、気を付けろ」
そう言うと、ぱっと離れて、笑顔になった。
「それにしても、この二年間、たいへんな旅だったね。私も輝影の中からいつも見ていたよ。たいへんだったが、その分楽しかった。いくらかは役に立てたかと思っている。さて、雷先たちにも
そう言って、地文星は部屋を出て行った。
それを見送りながら、鋼先が、何事もなかったかのようにほほ笑む。
「思い返してみれば、あいつも旅の仲間だったんだよな。初めて会ったのに、別れるとなると寂しいぜ。なんか、不思議な気分だな」
それを聞いた萍鶴も、少しほほ笑んだ。
「そうね。彼は私たちをずっと見ていてくれたのね。……あんな風に言ってもらえると、なんだか
鋼先が笑顔のまま、ずいと顔を寄せる。
「なあ萍鶴。……記憶、戻ってたんだろう?」
「あっ」
萍鶴は驚いて眼を
「
萍鶴は、眼を閉じて首を振る。
「ごめんなさい、黙っていて。それに、以前にあなたと出会って助けてもらったことも、ちゃんとお礼を言えてなくて」
鋼先は、まだ王鶴雪だった頃の彼女を思い出して笑った。
「……また逢いたいと、思ってた。あの酒場で見つけたときは、すごく嬉しかったよ。でも、憶えてなかったから、その話をすることはあきらめてた」
鋼先の笑顔を見て、萍鶴は顔を赤らめて、たどたどしく言う。
「……わ、わたしも、あいたかった。ぐうぜんじゃなくて、あなたを、さがしたかった!」
思わず大声になる萍鶴に、鋼先は頷く。
「経過はともあれ、こうして逢えて良かった。……お前に取っては、新しい人生になっちまったようだがな」
心配そうな目になる鋼先に、萍鶴は首を振った。
「過ぎてしまったことは、もう取り戻せない。だから、未来のことに、目を向けたいの。
鋼先、私、……これが終わったら、あなたと」
そこまで言って、萍鶴は急に言葉を
「まだ、終わった話をするのはいけない。地文星は筆に戻さなくていいわ。張天師様の言うとおりにしましょう」
「そうか。大丈夫かな」
鋼先がいぶかると、萍鶴はゆっくり首を振る。
「最後に、何かが起こる。――鋼先、あなたが本当に生き返るまで、この旅は終わりじゃない」
萍鶴の、
「ああ、まったくだな」
◇
上清宮は、とても広い
彼らの
倉庫になっていた古い
「当初とは予定が変わり、百八星はこの
「えっ」
代わりに
「ですが、ご安心なさい。この殿は天界の一部として
雷先が、張天師に向けて言った。
「本当にそれでよろしいのですか、張天師様?」
すると張天師は、
「
「賀鋼先を甦らせるとき、応究が相談に行ったのもその
西王母も、補足して言った。
「それに、百八星はこの戦乱にも大きく関与していますから、すぐに天界に戻すというわけにはいかなくなったのです。皆には、その点も理解をいただければ幸いです」
張天師は、目を閉じて頷いた。西王母が、反対意見を封じるかのように、周囲をにらみ回す。
「ちょっと待ってください」
大きな声で空気を
「
「鋼先、やめろ。こんなところで
雷先が彼の腕をつかんで制止したが、鋼先は振りほどいて続ける。
「何度も死にそうになってきた俺たちを、用が済んだら邪魔にするのは
そう言うや、鋼先は、追魔剣を振りかぶって自分の胸を突いた。
「あっ!」
「どういうことだ?」
張天師が言った。鋼先が剣を戻して答える。
「天魁星は、俺に半分、そしてこの追魔剣にもう半分、入っている。反発し合って刺さらないんだ。うまく考えたもんだな」
すると、英貞童女が言った。
「それが天界の秘密だと言うのですか?」
「いや、これは
そう言った瞬間、西王母が、
「
「半分は神だぜ。
「なっ!」
西王母は、怒りで蒼白になり、膝から
「東ローマの話を聞いて、考えた。あちらでは、こことは違う神が
「民族の違い
張天師が困った顔で言う。しかし、鋼先は笑って首を振る。
「それ以前の問題だ。――神も天界も、そもそも人間が創り上げた
鋼先が、射貫くような目で西王母を見た。同時に、鋭く指を突きつける。
「ああっ! うううっ、あ、ああああああっ!」
西王母がそれを受けて、激しく叫んだ。そしてがくりと膝を折り、気を失う。
張天師が、深いため息をついて、首を振った。
「賀鋼先よ。そんなことは、我々は知っていた。知らぬのは、天界の
そう言って、張天師は
鋼先が、頷いて答えた。
「そうでしょうね。ですがそいつらには、均衡など知る
それを聞いて、英貞童女が目を
「賀鋼先、収星の
英貞童女にせっつかれて、張天師は、じっと鋼先を見た。
「賀鋼先よ、口が過ぎたな」
「……はい」
鋼先が目を伏せると、しかし張天師は、
「とは言え、わしも正直、あの
「は、はい!」
本音を聞いて、鋼先も同じ笑顔になる。
しかしそのとき、張天師がものすごい勢いで、前方に吹っ飛んだ。
皆が驚いて見ていると、何者かが
西王母が、気配で目を覚まし、震えた手を伸ばす。
「あなたの……言うとおりにして来ましたよ……。もう、やめて。天界を、どうかこのままで。お願いです」
「いやだね」
影は、にたりと
鋼先が、信じられない表情で、影の名を口にする。
「どういうことだ、九天さん」
しかし