その日も近くの宿まで移動し、男女に分かれて休む。
フォルトゥナは、浴室で
フォルトゥナはふと、李秀のことを思い出す。彼女の実母が
「……やっぱり、似ていたわ。李秀さんもあと何年かしたら、お母様みたいな
そんなことを思いながら湯から上がり、身体を
少しして、その戸を叩く音がする。
「どうぞ」
フォルトゥナが小さな声で言うと、戸が開き、静かに入って来た。
鋼先であった。
「すまないな、こそこそとこんなところで。じゃあ、また今夜も頼む」
そう言って、照れくさそうに笑う。
「良いのです。では……」
フォルトゥナは、ほほ笑んで
「萍鶴さん……!」
萍鶴は、眉をひそめてフォルトゥナに訊いた。
「あなたがいなかったから、ちょっと心配で。こんな時間に、どうしたの?」
そして、もう一人の気配を感じ、筆を出してフォルトゥナの向こう目がけて
「鋼先? あ、あなたたち……。そ、そう、ごめんなさいね」
振り向いて去ろうとする萍鶴に、鋼先は声をかける。
「ちょっと待ってくれ、誤解だ。
フォルトゥナも、追いすがって萍鶴の腕を取った。
「本当です。鋼先さんは、私の国の話を聞きたがっていたんです。もう竜虎山も近いから、考えをまとめたいと」
萍鶴は、袖で顔を
「でも、話なら
萍鶴が、フォルトゥナの少しはだけた胸を見ながらいぶかると、鋼先は首を振る。
「
「えっ?」
「俺たちは、何の疑問もなく、
「……それは、そうね。あ、でも」
萍鶴は
「はい。私の国のキリスト教は、基本的には
「そのことを、
萍鶴が不安げに言う。鋼先は首を振った。
「そうじゃないが、民族が違えば神も違う。そのことが、何か大きな手掛かりになりそうな気がするんだ」
萍鶴は、はっとして詫びた。
「そうだったの。変な
そして、戦力を持たない彼女は、
「いいえ、いざという時には、私はいつでも
萍鶴と鋼先は、彼女の
翌朝、朝食の後に、鋼先はその話をした。
「そうか、あたしたちには当たり前のことが、フォルトゥナには変に感じたこともあったでしょうね。
李秀が言うと、鋼先は首を振り、
「分からない。
と
魯乗の名を聞いて、李秀が急に
「そうだね。あたしも、魯乗にはちゃんと
少し話が
誰もが言葉には出さぬまま、魯乗のことを
「俺は、」
しばらくして
「どちらの神がどうとか、考えても仕方ないと思う。――
「そうだけど、本当に、それだけなのかな?」
李秀が
「いや、確かに兄貴の言うとおりかも知れないな。
長江を下る旅は続いた。途中で、
「この国の鏡を、故郷の母にも贈りたいんです。素材の色合いは、
と言って、朔月鏡を取り出し、見本に置いた。
そして三人で店内を見回り、適当な鏡を
「見て、あちこちに、魔星の名前が出てる」
店内には、四方の壁に、多くの鏡が掛けられていた。それぞれの鏡は別の鏡に映り込み、無数の合わせ鏡ができていて、
と現れていた。
「いったい、どれ。反射してるから分からないよ」
李秀が一つ一つを
「いいわ、全部の鏡に飛墨を打つから」
そして、鏡に対して、片っ端から筆を振りまくった。壺に浸しては墨を含ませて飛ばし、全ての鏡に「収星」と文字を現す。
「良くないんじゃないですか、萍鶴さん」
フォルトゥナが止めたがもう遅く、店の主人が怒り出した。
「何するんだ、売り物を汚さないでくれ!」
萍鶴は、すかさず主人にも飛墨を打つ。主人は「眠」の文字によりその場で眠ってしまった。
三人は待ったが、しかし、
「どうしてかしら。飛墨が効かないくらい、魔星が
首を
「鋼先を呼んでくる。
少しして、
「李秀から聞いた。
鋼先はずいと店に入ると、掛けられている全ての鏡を追魔剣で突き始めた。
しかし、やはりどの鏡にも剣は刺さらない。首を
「あとは、これだけだな」
朔月鏡を、コツンと追魔剣で突く。これにも刺さらないが、しかし、フォルトゥナが周囲の鏡を指さして、声を上げた。
「魔星の名前が、変わりましたよ。ほら、さっきまでは天機星だったのに」
皆が見ると、確かに、合わせ鏡に映っている文字が違う。
「
萍鶴が言う。李秀が鋼先の袖を引っ張った。
「朔月鏡を見て。映っているのは雷先なのに、天魁星の文字が浮かんでる。こっちは鏡文字じゃない、正しい向きだよ。これはどうしてなの?」
「ちょっと待てよ。……兄貴、追魔剣を、そこの壁に立ててくれ」
鋼先が指示したように、雷先は剣を立てかけた。鋼先は、追魔剣だけを朔月鏡に映す。
天魁星
と出た。次に、自分を映してみる。
天魁星
と出た。最後に雷先を映したが、文字は出ない。
「こ、これは……?」
全員、わけがわからなくなって頭を抱える。そのとき、
「う、ううむ。なんだ、こんなところで寝ちまったぞ」
店の主人が目を覚ました。フォルトゥナが
宿に戻り、鋼先たちはいろいろと考えを
食事の時間になり、宿の一階にある食堂に来た。山盛りにされた、巨大な野菜炒めが出される。
「ほら、見てみて。
李秀が楽しげに言った。自分の食べ進んだ
「食べ物で遊ぶな、
雷先が
「……
「おい、何を言ってるんだ?」
雷先が心配して訊く。鋼先は、ぐいと酒を飲み干して答えた。
「忘れていたぜ。朔月鏡は、
「ややこしくて、よく分からんな」
雷先が首を傾げる。鋼先は軽く笑って続けた。
「天機星は、望月鏡に
皆は一応納得したが、少しして、萍鶴が疑問を
「そうかもしれないけど……望月鏡に憑いているなら、張天師様が気付いていたのではないかしら?」
「ううん、そうか、どうなんだろう……」
鋼先が再び頭を抱えたとき、
「いや、
急に話に参加した男の顔を見て、鋼先はあっと驚いた。
「あ、あんたは、勝手に朔月鏡に飛び込んだ……!」
男は、
「うむ、あのときは失礼したな。私は
「えっ」