しかし、宴会の
「まずい、
そう言って、郭子儀は地図を広げ、
「安禄山が
鋼先が
「俺たちも燕軍の
郭子儀は手紙を目で追いながら
「哥舒翰将軍に、
「なんてこった。味方が足を引っ張ってどうする!」
「雷先君の言うとおりだ」
「
それを聞いて、鋼先がすっと立ち上がった。
「じゃあ、黙らせに行くか。
しかし、郭子儀は少し
「急いでもらうのは助かる。だが、先に潼関へ行ってくれないか。ちょっと気になることがある」
「気になること?」
「哥舒翰将軍は
鋼先が頷く。
「確かにそうだ。では潼関に
「
郭子儀は、
出発に際して、郭子儀はもうひとつ頼み事をした。
「私の
「
「彼は今、家族を連れてくるために別行動を取っているのだが、なかなかやって来ない。もし出会うことがあったら、急ぐよう伝えてほしい」
「了解した。その辺は
百威が先行して飛び、様子を見ながら戻るということを繰り返していたが、昼を過ぎた頃、何かを見つけたようだった。
百威が導く方角に向かうと、やがて
すると、ひげだらけの丸い顔をした武将が、にこやかに礼をして言った。
「おお、
僕固懐恩は、食事の用意をさせ、収星陣の馬に水と
魯乗だけは、様子見も兼ねて姿を現し、僕固懐恩と話をしていた。家族を連れて軍に戻るはずなのに、何か
「では、
魯乗が確認すると、僕固懐恩は困った顔で頷いた。
「不思議な事を言うのです。不安な予感がする、と。……このわしが、いずれ疑われて討伐を受けるから、唐には関わらずに逃げようと言うのです。普段はおとなしかった娘ですが、最近馬に乗り、武器の扱いを憶えました。この国のために役立ってくれるのかと喜んだのですが、わしの部下をそのように説き、全体が
僕固懐恩は、満面に汗をかいて悩んでいる。魯乗は、思うところがあって提案した。
「娘御は十六歳だそうですな。まあ、まだ世間を知らんのでしょう。わしから話してみますから、お任せいただきたい」
魯乗は自信たっぷりに言った。
◇
僕固懐恩の娘・
そして、それに対面して、李秀が同じく馬に
しかし、その表情は混乱に満ちていた。
「な、何でこうなってるの……?」
――話は少し戻る。
魯乗から、郭子儀に合流するよう説得を受けた麗華は、かえって逆上した。
「ボクは嫌です! 戦いが怖いんじゃない、国が混乱していくのに我慢ができないんです!」
だからどうしてもこの国を離れると言って聞かず、とうとう魯乗に殴りかかった。
彼女にしつこく追い回され、「こんな事で消されてしまっては
麗華は、まだ幼さの残る顔で、
「李秀さん、悪く思わないでほしい。ボクはあなたを倒し、家族とこの地から離れる。父上も、それでいいですね」
僕固懐恩が、嫌そうな顔で頷く。
「ううぬ、仕方ない。勝ったらだぞ。――李秀どの、すまんが頼みます。まだ嫁入り前なので、
「都合のいい注文しないで!」
押しつけられた李秀は、
その時、フォルトゥナが紙片に何か書き付けをし、百威に持たせた。百威はぱっと飛び、李秀に届ける。
「あっ、何か好い対応策かな。たすかる!」
李秀が喜んで紙片を開いた。
『確認が遅れてすみません。麗華さんに、
読んだ李秀の、涙が倍増した。
「ねえ……あたし、
その時、麗華が馬腹を蹴って進んできた。
「李秀さん! 来ないのであれば、ボクから行きます!」
馬の突進と共に、狼牙棒が勢いよく突き出された。李秀は馬上でのけ反ってこれを
麗華は、棒を引かず、そのまま李秀の腹に打ち下ろした。
「うっ!」
李秀は双戟を交差させてこれを防いだが、狼牙棒の重さに耐えられず、打撃を受けた。麗華は一本取ったので
「郭子儀将軍のお弟子と戦えるなんて、光栄です。どうぞ、そちらもご遠慮なく!」
李秀は身震いした。
「えげつない武器ね。直撃だったら、おなか破られてたわ」
「はあっ!」
麗華は、またも突進して来た。同じように狼牙棒を
双戟で払いながら、李秀は直感する。
(駆け引きがない。力と速さで
麗華は実戦の経験が浅い、と判断した李秀は、次々に打ち出される狼牙棒を払いながら、彼女の周囲を駆け回った。郭子儀に鍛えられた李秀は、騎馬での戦いも慣れている。麗華の攻撃は、全く当たらなくなった。
「仕方ない、ごめんなさい!」
「うわわっ!」
落馬しそうになった李秀は、必死に
「もらった!」
麗華は、李秀の背中に狼牙棒を打ち込む。
しかし、李秀はぱっと
「えっ?」
驚く麗華。狼牙棒は空振りしている。李秀は、勢い余った麗華の脇に狙い定め、馬から蹴り落とした。
「あああっ!」
麗華は落馬したが、すぐに立ち上がって狼牙棒を取った。
「ま、まだです!」
李秀も馬を下り、双戟を手にして、一気に駆け抜ける。
「やあっ!」
激しい金属音が響き、狼牙棒が、中空を舞う。舞いながら、二つに斬れて、どすんと落下した。
李秀が、
麗華は、がっくりと膝を折ってうなだれた。
「ま、参りました。ボクの負けです」
◇
ようやく事が終わったので、鋼先は僕固懐恩に、魔星の話をした。彼は驚いたものの、娘の様子が変化したのはそのせいだったのかと合点し、収星を依頼する。
すっかりおとなしくなった麗華に
「天猛星。この娘が不安がっていたことに、何か心当たりはあるか?」
鋼先は、
「はっ。私は、野営の火に誘われるようにここに迷い込んだところ、この娘に
「漠然と、か。はっきりしてはいないのか」
「はい。だからこそ、不安は
天猛星はそうして収星を受け入れ、朔月鏡に入っていく。麗華も、魔星が抜けた途端に力を失い、自分がしていたことを忘れてしまっていた。
結局、気にはなったのだが、潼関へ急がなくてはならないため、鋼先たちは野営を
◇
――後の話になるが、鉄勒族首長である僕固懐恩は、ウイグル族の
後に唐はウイグルの助力で国を回復させるが、その後の政治は混乱し、
安史の乱のとき、僕固懐恩は郭子儀に従って多くの手柄を立てた。援軍のウイグルを率いて、燕の最終皇帝である
しかし、乱が終わると、彼も
僕固懐恩は、唐の
「この戦いで、我が一門からは四十六名もの戦死者が出ました。それだけでなく、援軍を得るために娘をウイグルに差し出しましたし、敵から敗走してきた息子を、軍律のために、私が自ら斬ったりもしたのですぞ。――ここまで苦しい戦いを続けて、ようやく乱を
これを聞いた裴遵慶は、ひたすらなぐさめて唐への
そして
ウイグルの王に嫁いだ僕固懐恩の娘は、「婆墨光親麗華毘伽可敦」という名をもらい、ウイグルの皇后に納まっていたが、父の死から三年後に