「
宮殿の広い廊下を走りながら、
「三人だ。うち二人は、別の地方にいる。あとの一人は……」
そのとき、大きな武器を手に立ちはだかる者がいた。
「陛下を
フォルトゥナは目を怒らせて
「こいつだぜ」
鋼先も
「
じりじりと近付くフォルトゥナに、鋼先は訊く。
「なぜそこまでして
「約束だからです」
フォルトゥナは、
「こりゃ本気だな」
青ざめた鋼先を、李秀が後ろへ押し
「じゃあこっちも本気出す。いくよ、
「お、おう」
鋼先は、二人を止めようとした。しかし、李秀が彼から追魔剣を奪って言う。
「鋼先は見てて」
そう言うと、李秀は追魔剣を腰に差し、双戟を抜いてフォルトゥナに打ちかかった。素速い連続斬りだが、フォルトゥナは両大剣で確実に
「無駄です」
しかし李秀は、
「よし。やっぱり、あの二カ所だね」
と小さくつぶやき、いきなり自分の
「雷先、打ち合わせの通りにね。よろしく!」
「お、おう!」
応えた雷先は、双戟でフォルトゥナに
鋼先は、それを見てほほ笑んだ。
「あの二人、
武器を入れ替え、李秀と雷先は
フォルトゥナも
「はあっ!」
気合いを込めたフォルトゥナの強い一撃が、李秀を襲った。李秀は追魔剣で受けたが、
床に転がったまま、李秀は追魔剣をさすって言った。
「いてて。気を付けてよ、これ、壊れない保証は無いからね」
にやりと笑って跳ね起き、剣を繰り出す李秀に、フォルトゥナは顔をしかめた。今度は両大剣を振るわず、長い
「ああっ!」
「李秀、しっかりしろ」
雷先が、双戟を振り回す。しかし、慣れない武器で動きはぎこちなく、全て受け止められてしまう。
「雷先! もっと速くだよ!」
李秀は起き上がり、また剣を突き込む。フォルトゥナは李秀を避けながら、雷先に狙いを
「なあ李秀、そろそろじゃないか?」
李秀が
「うん、音が変わってきた。やってみて」
フォルトゥナが不思議に思っていると、雷先が双戟を大きく広げて打ち込んできた。フォルトゥナが両大剣を真横に掲げて受け止める。鈍く大きな音が二重に響き渡った。
「はい、そこで連打!」
李秀がびっと指を突き出して叫ぶ。雷先は、太鼓を打つように激しく双戟を振った。警鐘のように
「これは……まさか!」
「どう? 重い武器って、継ぎ目が弱いのよ」
そう言って、李秀は下から飛び込み、驚いているフォルトゥナの胸に追魔剣を刺した。
「あ、ああ! だめ!」
叫ぶフォルトゥナの身体が強く光り、魔星が抜け出た。
鋼先はさっと飛び出して
「気を失っている。このままにして行こう」
鋼先が優しく床に横たわらせると、しかしフォルトゥナは目を覚まして言った。
「待って。待ってください。もう闘いませんから、話を聞いて」
鋼先たちは顔を見合わせる。李秀と雷先が、鋼先に任せるという目をしたので、鋼先は言った。
「本当か。じゃあ来な」
部屋に戻ると、萍鶴が
鋼先が手で制した。
「もう収星した。だが、何かわけがあるらしい」
フォルトゥナは話し出す。
「――私はキリスト
「確か、東ローマ帝国とか」
鋼先の問いにフォルトゥナは頷く。
「仕事のなくなった私ですが、しかし、私は帰れずに残されました。――唐の皇帝が、私を気に入って
フォルトゥナは涙を浮かべて顔を伏せた。収星陣は、彼女の
フォルトゥナは続けた。
「でも私は、国に帰りたくなって逃げ出し、
「そうだったのか」
「すぐに脱走がばれて、私は見つかりました。が、そのとき天微星の力を知りました。夢中だった私は、棒を振るって商隊と
「それで」
鋼先が先を促すと、フォルトゥナは一呼吸置いて、ゆっくりと答える。
「もちろん、闘いました」
皆が、特に雷先と李秀が、身を乗り出して彼女を見た。
フォルトゥナは、少し苦笑する。
「必死でしたから、汚い手を使いました。棒を捨て、無抵抗の意を表し、安禄山に近付いたのです。
安禄山も、歩いて私に近付き、私の国の言葉で、
『傷を付けずに連れ帰れ、との命令だ。おとなしくしろ』
と言いました。私は頷いて静かに
高く、跳躍しました。
同時に、脇にいた兵士を蹴って角度を変え、安禄山を急襲したのです」
おおっ、と全員がどよめいた。
「武器も無しにか」と雷先。
「腕を犠牲にして、首を叩き折る覚悟でした」
フォルトゥナが冷や汗をかいて言う。
「鈍い音がして、私の
「でも?」と李秀。
「当たったはずなのですが、安禄山はちょっと顔をしかめただけで、効いていない様子でした。そして不敵に
「
李秀と魯乗が叫ぶ。
「回転の中で当身を食らったらしく、私は気を失いました。目がさめたときは、馬車に乗せられて、長安へ向かっていたのです」
話は一端終わり、フォルトゥナは茶をすすった。
収星陣は、唸りとため息をもらす。
「やはり強かったな、安禄山は。だが、その後なぜ、奴に協力する気になったんだ?」
鋼先が、ずっと思っていた疑問を口にした。
フォルトゥナは、少し悲しそうにほほ笑む。
「安禄山が、私の
「取り引きだな。だから安禄山に
「はい。東ローマ帝国へ行くには、長い
「どんな助力をして来たんだ?」
フォルトゥナは、胸に下げている小さな円形の金属板を指す。それは
「私は本国では
「確かに、初めて会った日、占星術師と言っていたな。安禄山が
「そういうことになっています」
フォルトゥナは、星座表を指で
鋼先がいぶかしむ。
「違うのか」
「どこの国でも、
「つまり、でっちあげか」
「そうです。うまくいかなかった時には、占い師のせいにできますしね」
「何だよ、あんたすげえ人だなって思ったのに」
鋼先があからさまにがっかりしたので、雷先たちが
「私も最初は
「そうだったのか。――で、どうするんだこれから。どうしたい?」
鋼先が訊ねると、フォルトゥナは返答に詰まって青ざめ、ついに泣き出した。
李秀が鋼先を
「困らせるんじゃないわよ! 帰りたいのに帰れないのよ、分かるでしょう!」
鋼先が
「帰らせてやろう、と言うつもりだったんだよ。落ち着け」
「えっ? どうやって?」
驚いた李秀と同時に、フォルトゥナも含め全員が鋼先を見た。
「
フォルトゥナは、驚いて皆を見渡す。
「い、いいのですか。私は、さっきまで」
鋼先はその先を言わせずに笑う。
「そんなことを引きずる俺たちじゃない。とにかく、帰れる話が決まるまで、しばらく一緒だ。よろしくな」
「は、はい」
フォルトゥナが返事をすると、李秀がほほ笑んで寄って来た。
「よかったね、フォルトゥナ。きっと帰れるよ。あ、あんた歳いくつ?」
「はい、二十ですけど」
「ふうん、鋼先の一個上かぁ」
萍鶴も来て、訊ねる。
「あなたの名前、とても良い響きね。何か意味でも?」
それを聞いて、フォルトゥナは喜ぶ。
「フォルトゥナとは、運命の女神の名前なのです。私の国では、神や天使から取った名前が多くあります」
李秀が興味深く訊いた。
「フォルトゥナっていうのは、姓なの?」
フォルトゥナは軽く首を振る。
「私たちの国では、姓を持つのは身分の高い人に限られます。だから私も、フォルトゥナという名前があるだけなんです。この国の人たちが
女性陣が楽しそうにしているのを見た鋼先は、ほほ笑んで頷き、そして言った。
「さて、そろそろ逃げなきゃまずい。フォルトゥナ、良い
「あっ、はい、知っています。案内します」
こうして収星陣は部屋を抜け出し、洛陽を脱すべく急ぐ。そして
男女に分かれて部屋を借り、それぞれ眠りに就く。
だが、男性側の部屋では、起きている者が二人いた。
「鋼先、なぜフォルトゥナを仲間にした? 彼女が強かったのは魔星のせいで、今は普通の人間じゃぞ」
「巻き込むつもりはない。ただ、ちょっと興味が出たんだ」
寝台で、鋼先はあくびをした。雷先はすでにぐっすり眠っている。
「興味? おい鋼先、そりゃ彼女は
「そこじゃない。彼女は異国から来た。俺たちの知らないことを、いろいろ聞けるんじゃないかと思ってな」
「何を聞くというんじゃ」
いぶかる魯乗に、鋼先は笑うだけで答えず、話を切り替えた。
「そうだ、それよりも魯乗、朔月鏡のことだが」
魯乗が頷く。
「おお、
「ああ、
そう言われて、魯乗は考え込んだ。しばらくして、
「確か、あの鏡は天界の
――とにかく六合どのの場合は、
「なんだ。そう言うことなら、問題ない」
「とはいえ、わしも王母様以外には初めて会ったので、確信はない。英貞どのと九天どのは個人名で映ったのだし、六合どのはまだ見習いなのかも知れぬな。気になるなら、やはり直接訊く方が良いじゃろう」
「それはそうだが、六合さんと話したら兄貴が
そう言って、鋼先は笑った。
◇
「
受付の道士が、取次ぎのために名前を訊く。
「天界の者で、
報せを聞いた張天師が急いでやって来ると、托塔天王は
「挨拶が遅れて申し訳ない。
そして、持ってきた
「そこまでせずとも。収星は順調に進んでおりますし、魔星たちもここでおとなしくしていますから、お気になさらぬよう」
しかし托塔天王は首を振り、
「
と、恭しく礼をした。
張天師もそこまでは知らなかったので、托塔天王の詫びたい気持ちが分かってきた。彼の気が済むならと思い、礼物を受け取って
「お気持ち、ありがたくいただきました。さてどうですか、せっかくいらしたのですから、当地をご覧になって来ては」
托塔天王は笑って、
「お許しいただけるなら、そうしたいと思っておりました。百八星にも会いたかったので、ちょっと行って参ります」
そう言って
「ここは何だ。お前たちはなぜ番をしている?」
托塔天王が訊ねると、
「ここには、
「そうか。ちょっと中を見て良いかな」
托塔天王は、門を開けて入る。暗い部屋の卓にぽつんと、円形の鏡が置かれていた。そのとき、望月鏡から
「なるほど、手紙を送るのにも使われているのか。……ほう、
そう言いつつ望月鏡に触れ、のぞき込む。彼の
「……そう言うことか。よし、賀鋼先に会いに行こう。
神を殺す方法が、分かるかも知れんな」