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第五十三回 占星術師フォルトゥナ




こうせん、あと残っている魔星は?」


 宮殿の広い廊下を走りながら、李秀りしゅうが訊いた。鋼先は顔をしかめる。


「三人だ。うち二人は、別の地方にいる。あとの一人は……」


 そのとき、大きな武器を手に立ちはだかる者がいた。


「陛下をしゅうせいしましたね。許しません」


 フォルトゥナは目を怒らせて両大剣りょうだいけんを構える。


「こいつだぜ」


 鋼先もついけんを構えながら、冷や汗をぬぐった。


 へいかく百威ひゃくい魯乗ろじょうを守ってたいしている。三人でフォルトゥナに勝てるか、鋼先は自信が無かった。


こうせん、あなたの剣を寄越しなさい。私の魔星を陛下に使ってもらいます。ゆうこうていには、どうしても天下をって欲しいのです」


 じりじりと近付くフォルトゥナに、鋼先は訊く。


「なぜそこまでしてあんろくざんたんする?」


「約束だからです」


 フォルトゥナは、豪快ごうかい斬撃ざんげきを繰り出した。鋼先はけたが、その一撃で床材ゆかざいたがやしたようにげる。


「こりゃ本気だな」


 青ざめた鋼先を、李秀が後ろへ押し退けた。


「じゃあこっちも本気出す。いくよ、らいせん


「お、おう」


 鋼先は、二人を止めようとした。しかし、李秀が彼から追魔剣を奪って言う。


「鋼先は見てて」


 そう言うと、李秀は追魔剣を腰に差し、双戟を抜いてフォルトゥナに打ちかかった。素速い連続斬りだが、フォルトゥナは両大剣で確実にはじく。


「無駄です」


 しかし李秀は、


「よし。やっぱり、あの二カ所だね」


 と小さくつぶやき、いきなり自分の双戟そうげきを、雷先に投げて渡した。


「雷先、打ち合わせの通りにね。よろしく!」


「お、おう!」


 応えた雷先は、双戟でフォルトゥナにいどみ掛かる。


 鋼先は、それを見てほほ笑んだ。


「あの二人、対策たいさくっていたか。ここは任せよう」


 武器を入れ替え、李秀と雷先はかんに攻め立てた。特に雷先は、双戟を力いっぱい振り回し、両大剣の二カ所の鍔元つばもとを打ち付ける。


 フォルトゥナもおくすることなく、二人を相手に、右に左に武器をふるう。


「はあっ!」


 気合いを込めたフォルトゥナの強い一撃が、李秀を襲った。李秀は追魔剣で受けたが、しょうげきで吹っ飛ぶ。


 床に転がったまま、李秀は追魔剣をさすって言った。


「いてて。気を付けてよ、これ、壊れない保証は無いからね」


 にやりと笑って跳ね起き、剣を繰り出す李秀に、フォルトゥナは顔をしかめた。今度は両大剣を振るわず、長いあしで李秀を後ろ回しにり飛ばす。


「ああっ!」


「李秀、しっかりしろ」


 雷先が、双戟を振り回す。しかし、慣れない武器で動きはぎこちなく、全て受け止められてしまう。


「雷先! もっと速くだよ!」


 李秀は起き上がり、また剣を突き込む。フォルトゥナは李秀を避けながら、雷先に狙いをしぼって来た。フォルトゥナの攻撃は重い上に速く、雷先はただひたすら受ける。しばらく受け続けた後、雷先が


「なあ李秀、そろそろじゃないか?」


 李秀がうなずく。


「うん、音が変わってきた。やってみて」


 フォルトゥナが不思議に思っていると、雷先が双戟を大きく広げて打ち込んできた。フォルトゥナが両大剣を真横に掲げて受け止める。鈍く大きな音が二重に響き渡った。


「はい、そこで連打!」


 李秀がびっと指を突き出して叫ぶ。雷先は、太鼓を打つように激しく双戟を振った。警鐘のようにたけだけしく金属音が鳴る。すると次の瞬間、両大剣の二つの刀身が、鍔からぽろりと抜け落ちてしまった。


「これは……まさか!」


「どう? 重い武器って、継ぎ目が弱いのよ」


 そう言って、李秀は下から飛び込み、驚いているフォルトゥナの胸に追魔剣を刺した。


「あ、ああ! だめ!」


 叫ぶフォルトゥナの身体が強く光り、魔星が抜け出た。


 鋼先はさっと飛び出しててんせい朔月鏡さくげつきょうに入れると、倒れかけたフォルトゥナの身体を抱きとめる。


「気を失っている。このままにして行こう」


 鋼先が優しく床に横たわらせると、しかしフォルトゥナは目を覚まして言った。


「待って。待ってください。もう闘いませんから、話を聞いて」


 鋼先たちは顔を見合わせる。李秀と雷先が、鋼先に任せるという目をしたので、鋼先は言った。


「本当か。じゃあ来な」




 部屋に戻ると、萍鶴がしゅったつの準備をしていた。フォルトゥナの姿を見て、驚く。


 鋼先が手で制した。


「もう収星した。だが、何かわけがあるらしい」


 収星陣しゅうせいじんは、フォルトゥナを囲んで座る。魯乗はまた萍鶴の飛墨ひぼくを踏んで、少し体力を戻していた。


 フォルトゥナは話し出す。


「――私はキリスト教司祭きょうしさい伯父おじと共に、きょうのためとうを訪れました。私の仕事は伯父のせいけん通訳でした。事前にこの国の言葉と文字を勉強し、いろいろな土地を訪れて活動する準備をしていたのです。しかし、肝腎の伯父がふうに慣れずやまいかかり、国へ帰ってしまいました」


「確か、東ローマ帝国とか」


 鋼先の問いにフォルトゥナは頷く。


「仕事のなくなった私ですが、しかし、私は帰れずに残されました。――唐の皇帝が、私を気に入ってしたいと言うのです」


 フォルトゥナは涙を浮かべて顔を伏せた。収星陣は、彼女の容姿ようしならば無理もない、と視線で会話する。


 フォルトゥナは続けた。


「でも私は、国に帰りたくなって逃げ出し、しょうたいの馬車に乗り込みました。そのぶっの中に天微星がいて、私に憑依ひょういしたのです」


「そうだったのか」


「すぐに脱走がばれて、私は見つかりました。が、そのとき天微星の力を知りました。夢中だった私は、棒を振るって商隊とおっの全員を打ちのめし、馬を奪って逃げたのです。しかし、別の追手が来ていました。それが安禄山でした。馬を射られ、私は転げ落ちました」


「それで」


 鋼先が先を促すと、フォルトゥナは一呼吸置いて、ゆっくりと答える。


「もちろん、闘いました」


 皆が、特に雷先と李秀が、身を乗り出して彼女を見た。


 フォルトゥナは、少し苦笑する。


「必死でしたから、汚い手を使いました。棒を捨て、無抵抗の意を表し、安禄山に近付いたのです。


 安禄山も、歩いて私に近付き、私の国の言葉で、


『傷を付けずに連れ帰れ、との命令だ。おとなしくしろ』


 と言いました。私は頷いて静かにひざまずき、そして、


 高く、跳躍しました。


 同時に、脇にいた兵士を蹴って角度を変え、安禄山を急襲したのです」


 おおっ、と全員がどよめいた。


「武器も無しにか」と雷先。


「腕を犠牲にして、首を叩き折る覚悟でした」


 フォルトゥナが冷や汗をかいて言う。


「鈍い音がして、私の手刀しゆとうは、寸分違すんぶんたがわず安禄山の首に食い込みました。でも」


「でも?」と李秀。


「当たったはずなのですが、安禄山はちょっと顔をしかめただけで、効いていない様子でした。そして不敵にわらい、頭を傾けて、私の手刀を挟み込みました。そのまま、高速で身体を回転させ、私を振り回したのです」


こくせん!」


 李秀と魯乗が叫ぶ。


「回転の中で当身を食らったらしく、私は気を失いました。目がさめたときは、馬車に乗せられて、長安へ向かっていたのです」


 話は一端終わり、フォルトゥナは茶をすすった。


 収星陣は、唸りとため息をもらす。


「やはり強かったな、安禄山は。だが、その後なぜ、奴に協力する気になったんだ?」


 鋼先が、ずっと思っていた疑問を口にした。


 フォルトゥナは、少し悲しそうにほほ笑む。


「安禄山が、私のきようぐうを聞き、言ったのです。『お前の力を貸してくれるなら、かくまってやる。いずれ機を見て、国に帰してやろう』と」


「取り引きだな。だから安禄山につかえていたのか」


「はい。東ローマ帝国へ行くには、長いりく延延旅えんえんたびしなければならず、多くのひとと旅費がります。私は、安禄山が唐を支配し、西の彼方かなたへ自由に行き来できるまで、じょりょくする約束だったのです」


「どんな助力をして来たんだ?」


 フォルトゥナは、胸に下げている小さな円形の金属板を指す。それは星座表せいざひょうであった。


「私は本国では占星術せんせいじゅつを学んでいました。十二宮じゅうにきゅうの星座、こちらの国で言う二十八宿にじゅうはっすくの動きを見て、運勢を探るのです」


「確かに、初めて会った日、占星術師と言っていたな。安禄山が洛陽らくようを取れたのも、あんたの占いのおかげか」


「そういうことになっています」


 フォルトゥナは、星座表を指ではじいて苦笑した。


 鋼先がいぶかしむ。


「違うのか」


「どこの国でも、せいしゃは占いをごうく利用するものです。自分の行っていることは天命てんめいであると、周囲を説得するために。また、自分の進めたいように軍を動かすために」


「つまり、でっちあげか」


「そうです。うまくいかなかった時には、占い師のせいにできますしね」


「何だよ、あんたすげえ人だなって思ったのに」


 鋼先があからさまにがっかりしたので、雷先たちがたしなめる。フォルトゥナは、それを見て思わず笑った。


「私も最初はことわったのです。しかし安禄山は、お前のようなこくじんげんなら説得力があると言うので」


「そうだったのか。――で、どうするんだこれから。どうしたい?」


 鋼先が訊ねると、フォルトゥナは返答に詰まって青ざめ、ついに泣き出した。


 李秀が鋼先をしかりつける。


「困らせるんじゃないわよ! 帰りたいのに帰れないのよ、分かるでしょう!」


 鋼先があわてて手を振る。


「帰らせてやろう、と言うつもりだったんだよ。落ち着け」


「えっ? どうやって?」


 驚いた李秀と同時に、フォルトゥナも含め全員が鋼先を見た。


英貞えいていさんたちなら、距離を問わずに移動できるはずだ。ちょっと送るくらい頼めるだろう」


 フォルトゥナは、驚いて皆を見渡す。


「い、いいのですか。私は、さっきまで」


 鋼先はその先を言わせずに笑う。


「そんなことを引きずる俺たちじゃない。とにかく、帰れる話が決まるまで、しばらく一緒だ。よろしくな」


「は、はい」


 フォルトゥナが返事をすると、李秀がほほ笑んで寄って来た。


「よかったね、フォルトゥナ。きっと帰れるよ。あ、あんた歳いくつ?」


「はい、二十ですけど」


「ふうん、鋼先の一個上かぁ」


 萍鶴も来て、訊ねる。


「あなたの名前、とても良い響きね。何か意味でも?」


 それを聞いて、フォルトゥナは喜ぶ。


「フォルトゥナとは、運命の女神の名前なのです。私の国では、神や天使から取った名前が多くあります」


 李秀が興味深く訊いた。


「フォルトゥナっていうのは、姓なの?」


 フォルトゥナは軽く首を振る。


「私たちの国では、姓を持つのは身分の高い人に限られます。だから私も、フォルトゥナという名前があるだけなんです。この国の人たちがうらやましく思います」


 女性陣が楽しそうにしているのを見た鋼先は、ほほ笑んで頷き、そして言った。


「さて、そろそろ逃げなきゃまずい。フォルトゥナ、良いみちはないか?」


「あっ、はい、知っています。案内します」




 こうして収星陣は部屋を抜け出し、洛陽を脱すべく急ぐ。そして道観どうかんを見つけて宿を頼んだ。


 男女に分かれて部屋を借り、それぞれ眠りに就く。


 だが、男性側の部屋では、起きている者が二人いた。


「鋼先、なぜフォルトゥナを仲間にした? 彼女が強かったのは魔星のせいで、今は普通の人間じゃぞ」


「巻き込むつもりはない。ただ、ちょっと興味が出たんだ」


 寝台で、鋼先はあくびをした。雷先はすでにぐっすり眠っている。


「興味? おい鋼先、そりゃ彼女はじんじゃがのう」


 とがめようとする魯乗を、鋼先は笑って制する。


「そこじゃない。彼女は異国から来た。俺たちの知らないことを、いろいろ聞けるんじゃないかと思ってな」


「何を聞くというんじゃ」


 いぶかる魯乗に、鋼先は笑うだけで答えず、話を切り替えた。


「そうだ、それよりも魯乗、朔月鏡のことだが」


 魯乗が頷く。


「おお、りくごうどののことじゃな。『西せいおう』と映し出されたとか」


「ああ、何故なぜだろう。……でも、あんたと初めて会ったとき、こうえんとは映らなかったな。あれはどうしてだ?」


 そう言われて、魯乗は考え込んだ。しばらくして、せつを言う。


「確か、あの鏡は天界のせきさんしょうして名を映すんじゃろ。わしは人界じんかいに降りるとき、戸籍から一時的に抜けた。元々そういう規則なんじゃよ、所属をいつわると罰を受けるんじゃ。だから鏡には映らなかった。百八星は、勝手に降りてきたから映ってるんじゃ。


――とにかく六合どのの場合は、おうさまの戸籍に入っておるんじゃないのかな」


「なんだ。そう言うことなら、問題ない」


「とはいえ、わしも王母様以外には初めて会ったので、確信はない。英貞どのと九天どのは個人名で映ったのだし、六合どのはまだ見習いなのかも知れぬな。気になるなら、やはり直接訊く方が良いじゃろう」


「それはそうだが、六合さんと話したら兄貴がくし、めんどくさいからやめとくぜ」


 そう言って、鋼先は笑った。




 ◇




 竜虎山りゅうこざんに、一人の男がやって来た。


張天師ちょうてんしどのはおいでかな。ご挨拶あいさつがしたい」


 受付の道士が、取次ぎのために名前を訊く。


「天界の者で、托塔天王たくとうてんおうと申す」


 報せを聞いた張天師が急いでやって来ると、托塔天王はうやうやしく礼をして言った。


「挨拶が遅れて申し訳ない。たびは大変なご迷惑をお掛けした。百八星に、人界行きをすすめたのは私なのです。奴らが退屈していたので、軽い世間話せけんばなしのつもりでした」


 そして、持ってきた礼物れいもつを渡す。金銀や絹織物きぬおりものなど高価なものばかりで、張天師はすっかりきょうしゅくする。


「そこまでせずとも。収星は順調に進んでおりますし、魔星たちもここでおとなしくしていますから、お気になさらぬよう」


 しかし托塔天王は首を振り、


おんに、たいへんな苦労をかけてしまったそうで。そのおびでもあります。また、英貞童女えいていどうじょがこの件を監督していると思いますが、あれは私の娘でして」


 と、恭しく礼をした。


 張天師もそこまでは知らなかったので、托塔天王の詫びたい気持ちが分かってきた。彼の気が済むならと思い、礼物を受け取っておくに運ばせる。


「お気持ち、ありがたくいただきました。さてどうですか、せっかくいらしたのですから、当地をご覧になって来ては」


 托塔天王は笑って、


「お許しいただけるなら、そうしたいと思っておりました。百八星にも会いたかったので、ちょっと行って参ります」


 そう言って上清宮じょうせいぐうを見て回っていると、門番として二人の魔星が立っている小屋を見つけた。


「ここは何だ。お前たちはなぜ番をしている?」


 托塔天王が訊ねると、てんまんせいてん退たいせいが答えた。


「ここには、望月鏡ぼうげつきょうが置かれています。朔月鏡から兄弟が送られて来たときに説明をするため、日替ひがわりで番をしています」


「そうか。ちょっと中を見て良いかな」


 托塔天王は、門を開けて入る。暗い部屋の卓にぽつんと、円形の鏡が置かれていた。そのとき、望月鏡から書簡しょかんが出て来たので、托塔天王は思わず開けて読んでみる。


「なるほど、手紙を送るのにも使われているのか。……ほう、大秦だいしんから来た者を帰郷ききょうさせてもらえるよう、西王母に頼んで欲しい、と書かれているな」


 そう言いつつ望月鏡に触れ、のぞき込む。彼のぞうに、托塔天王の文字が重なり浮かんだ。托塔天王はしばらく鏡を見て、急に笑い出す。


「……そう言うことか。よし、賀鋼先に会いに行こう。


 神を殺す方法が、分かるかも知れんな」

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