こちらは
「
「もし、あんたらが官軍に負けたらどうするんだ、とな。合戦の前に縁起でもないから止めた」
一同は
「無理にでも収星させてもらえばよかったかな」
「こっちの都合だけ押しつけるのは良くない。兄貴が話をつけてくれただけで充分だ。助かったぜ」
「いや、皮肉だが、
鋼先が頷きながら、
「そうだな。まあ、奴のことは今はいい。分からないことが多すぎる」
と話題を打ち切る。雷先が、別の
「
「いや、
鋼先がそう言ったので、一同は亥衛山に向かうことに専念した。
飢えては食い、渇いては飲み、収星陣はそんな旅を数日続けて
そしてある宿に泊まったとき、こんな注意を受けた。
「亥衛山に行くなら、この先の森を抜けるのが近い。だが、最近その森に入った者が行方不明になる事件が起きている。昔から森を知っている地元民でも、入ると道を見失ってしまうそうだ。あんたらは通らない方がいい」
宿を
雷先が鋼先に言う。
「みんな森を怖れていた。やはり魔星と関係が?」
「可能性はあるな。一応森に踏み入って、
「怖くなった村人が、森を焼いてしまおうとしたけど、なぜかすぐに火が消えてしまったと聞いたわ。普通ではないわね」
「森そのものに、魔星が
「なに、厄介なのはいつものことだ。とにかく
森の入り口にたどり着いた鋼先たちは、通行者への注意書きが記された立て札を見た。
『ここは人呼んで
「さて、お邪魔しますよ」
鋼先が言うと、収星陣はなるべく
薄暗い中をゆっくり進んでいくと、突然、李秀が叫んだ。
「あっ、あれ見て!」
李秀の指さした先に、人間がひとり、宙吊りになっていた。しかも、そのまま移動して、こちらに向かってくる。
「みんな、下の方を見て」
萍鶴が静かな声で言う。皆が見ると、平べったくて大きい
「こいつ、速い。みんな下がって!」
李秀は
蠍は勢いよく尾を振る。ぶら下がっていた死体が投げられ、避けた李秀が転倒した。その拍子に朔月鏡が転がり落ちたので、鋼先が追って走り、素早く拾った。
李秀は気味悪さに驚いて、すぐに戻る。
「大丈夫か、李秀」
気遣う鋼先に李秀は頷いて
「気をつけて。こいつ、尾が二本もある」
鋼先は朔月鏡で蠍を映した。
蠍の像に浮かび上がった文字を見て、一同は頷き合う。
そのとき、樹の上からどさりと何かが落ちてきた。
しかも頭が二つあり、双方から細長い舌をチロチロ出している。
鋼先が素早く鏡に映す。「
魯乗が
「鋼先、さすがに
「よし。来た道を戻るぞ」
そう言って鋼先は手招きしたが、異変が起こった。
「どうしたんだ。おい、みんな、どこに行ったんだ」
鋼先の周りには、誰もいなくなっていた。
◇
「変よ。鋼先が急に消えちゃった」
李秀は蠍を戟で
萍鶴が筆を構えつつ言う。
「周りの樹が違っている。まるで、立ち位置をすり替えられたような感じがするわね」
「実際そのようじゃのう。……むぅ、大蛇は消えたが、
「森に入ると迷うってのは、こういうことだったのね。でも今は、この蠍をなんとかしなきゃ」
李秀が苦笑しながら
「そうじゃな。では、これはどうじゃ」
魯乗が、懐から金色の
攻撃された蠍は二本の尾を揺らし、李秀たちを
李秀は軽やかに跳躍し、尾の一本を切り飛ばした。しかし着地する前に、もう一本の毒針が彼女の
「あっ!」
全員が同時に叫んだ。李秀は素早く毒針を引き抜いたが、
「李秀、大丈夫か!」
「う……、あ……!」
魯乗の呼びかけに答えることもできず、李秀はもがいた。もう身体がほとんど動かない。
萍鶴が、素早く李秀に
「おい萍鶴、効いておらんぞ!」
「大丈夫。それより、その煉瓦をもう一度投げて」
魯乗が煉瓦を投げると、萍鶴はそれに合わせて飛墨を放った。「貫」の文字が現れ、煉瓦は勢いを増す。そして蠍の頭部をぶち抜いて貫通した。
蠍は動きを止め、地面に崩れる。煉瓦が魯乗の手に戻った。
「よし。おい李秀、しっかりしろ!」
魯乗が駆け寄ると、李秀は目を覚ましてどす黒い血を吐いた。そしてしばらく
「ああ、びっくりした。萍鶴、ありがとう」
李秀は汗を
「天哭星を収星しないと。でも、朔月鏡は」
「鋼先が持って行ってしまったのう。……そうじゃ萍鶴、飛墨で魔星を
普通の大きさになっていた蠍の死骸のそばに、
「うまく行ったみたいだよ、魯乗」
李秀が、萍鶴の横に並んで振り返る。魯乗は頷いたが、その瞬間、景色と共に彼の姿が消えた。
「今度は魯乗? どうなってるの」
李秀が周囲を見回すと、木の陰から一人の少年が現れた。おびえた顔をしている。李秀は、優しく笑って声をかけた。
「あなたも森に迷ったのね。危ないから、一緒においで」
少年は、にこりと笑った。
「ありがとう、お姉ちゃん」
三人はゆっくりと森を進む。そのうちに、少年が李秀の袖を引いて言った。
「静かで怖いね。ねえ、お歌を歌っていいかな。得意なんだ」
「あら、そうなの。聴かせて」
李秀がほほ笑むと、少年は軽く
「上手だけど、でも……少し」
と萍鶴は顔をしかめた。音がどんどん高く、鋭くなって来る。二人はとうとう耳を塞いだ。しかし、頭の中で鐘が鳴るように激しく響き、二人は立っていられなくなった。
少年は歌いながら笑い、
「この子、ひょっとして!」
李秀は叫んだ。声はかき消されて伝わらないが、萍鶴は表情から読み取って頷く。
「魔星だったのね。でも、もう動けない」
萍鶴はうつ伏せに倒れてしまった。李秀も目眩がひどくなり、うずくまる。そのとき、地面に落ちている小石を見つけた。
「これだ」
李秀は素早く小石を二つ拾って耳栓にすると、戟を振るって少年を打った。
少年の歌が止まり、ばたりと倒れた。
首を振りながら、萍鶴が言った。
「殺してしまったの?」
「まさか。あたしの戟はね、
少年の身体から、
李秀が、気を失っている少年を抱え上げる。
「この森、まだ魔星がいるのかな。あたしたちだけでもはぐれないようにしないとね」
そう言って振り向いたとき、萍鶴の姿は消えていた。