話は
旅を続け、時節は六月の上旬。
彼らは、その地で噂になっている山賊の話を知った。
「
と、鋼先が報告した。彼ら
「その秦典枢に、魔星が
「どう接触する気? 相手は山賊でしょう」
「別に策は要らない、正面から行く。魔星を封印させてくれ、ってな」
あっさりと言った鋼先に、一同はあきれた顔をする。
「正直なのは結構だが、こんな大勢で行ったら警戒されるぞ」
「ああ、そうだな。だから、行くのは一人でいい」
「そうか、一人なら、万一捕まっても助けにいけるしな!」
納得した雷先の肩を、鋼先が叩いた。
「そういうことだ。じゃあ頼むぜ、兄貴」
八公山一帯はなだらかな山の連なりで、平野も多い。秦典枢のいる
「頭領、
手下の報せを聞いて、秦典枢は言った。
「きちんと確認して、本物の道士なら通せ」
手下は了解して戻っていく。間もなくして、その道士が入ってきた。
「
雷先は
秦典枢は静かに礼を返し、自分の対面に席を勧めた。そして言う。
「最近は流れ者が身を隠すために道士や
「まず、これをご覧いただきたい」
そう言って雷先は、秦典枢に
秦典枢は、鏡面を覗き込む。
「なんだこれは。俺の顔に重なって、
「やはり。実はそれは」
と、雷先は、魔星の説明を始めた。そして
「あんたなら、その魔星とやらを追っ払ってくれるのか?」
秦典枢は、少し青ざめていた。
理解してもらえたと分かり、雷先も少し笑顔になる。
「この剣が、魔星を追い出します。木剣ですから傷付くことはありません」
「謝礼はいくらだ?」
「そんなつもりは。商売ではありませんので」
「そうか、とにかく頼む。ついでに、俺の
「承知しました」
秦典枢は、彼の腹心である四人を紹介した。
一人は
一人は
一人は
最後の一人は
四人は秦典枢の古い仲間で、共に八公山で彼を
雷先は彼らを朔月鏡で映す。すると、丁子稔には
秦典枢たちは低いどよめきの声を上げ、互いの顔を見る。軍師の柴光が、汗を
「どうにも奇怪ですが、
と言ったので、秦典枢も頷いた。
「賀雷先、それじゃあやってくれ」
雷先はすんなり進んだのに安心し、つい口が
「はい、早速。これで
それを聞いて、秦典枢の顔つきが変わる。
「おい、どういうことだ、それは」
「魔星に憑かれると、特異な力を発揮する場合があります。それが消えるということです」
雷先は空気に気付かず、にこやかに答えた。
「じゃあ、俺たちが魔星の力で強くなっていたとしたら?」
「それは、やはり、
雷先は口を押さえたが、もう遅い。
「この山には千に近い手下がいる。俺はそいつらを食わせて行かなくちゃならねえからな」
秦典枢が目配せをする。雷先は、両脇から丁子稔と甘豊武に押さえ付けられた。尋常ではない
一方で鋼先たちは、八公山に近い場所の茶屋に陣取り、雷先の帰りを待っていた。
「大丈夫かな。やっぱり心配だよ、正面から行くなんて」
李秀が憂色を示すが、鋼先は涼しい顔をして言う。
「今回は、真面目な交渉の方が無難だ。兄貴には適任だよ」
「そうじゃな。余計なことでも言わんかぎり、成し
「余計なことを……言ってしまったら?」
萍鶴が
「言ったらしいな。
◇
雷先は、練兵場の外れにある刑場に連れて来られた。
縄をかけられ、丁子稔によって首切り台に頭をのせられる。
正面で見ている秦典枢が、
「すまないが、俺たちが魔物憑きだなんて手下に知られちゃまずいんでね。あんたの口を封じさせてもらう」
「おい、待ってくれ。口外したりする気はない」
「悪いね、不安は残したくないんだ」
そのとき、見張りの手下が飛び込んできた。
「頭領、大変です。変な奴がやってきて、星を出せとわめいて暴れています。もう何人も倒されました」
秦典枢が顔をしかめる。
「こいつの仲間か。山賊相手に、いい度胸だな」
「鋼先か、助かった。早く来てくれ」
だが、鋼先ではなかった。
坊主頭の
「秦典枢だな。お前たちからは、魔星の匂いがする」
「道士の仲間が坊主か。どういう集まりだ、お前ら」
秦典枢があきれたように言う。雷先は、慌てて否定した。
「違う、こいつは仲間じゃない。畜生、何でこんなときに!」
「
呉文榮は、鋭く手刀を振るった。とっさに秦典枢をかばった盧恩がはじき飛ぶ。秦典枢は下がり、処刑用の首斬り刀を取って呉文榮に撃ちかかる。呉文榮はそれを見ても怯まず、素手で
「重い刀を、よく扱えるな。それも魔星の力か」
呉文榮は不敵に笑う。秦典枢は、さすがに息が上がっていた。
雷先は、丁子稔に
「頼む、縄を解いてくれ。このままじゃあんたの頭領がやられるぞ。奴は俺が何とかする」
丁子稔は、しかし首を振る。
「どうせそれも芝居だろう。観念しろ!」
そう言って、斧を取って振り下ろした。
「無念!」
雷先の首筋に刃が迫った。しかし、直前で止まる。丁子稔は、呉文榮の様子を見てから雷先の縄を切った。
「芝居ではないな。あいつ、お前を全く見ていない」
丁子稔が軽く笑って言った。雷先は、そばにあった棒を取って頷く。
「分かってくれたか。後は任せろ」
雷先は呉文榮と秦典枢の間に割って入った。
「お前は、
「呉文榮、こうやって魔星を集めていたのか。物騒な奴だ」
会話が合わないまま、二人は打ち合った。呉文榮は素手のまま、雷先の棒に立ち向かう。その戦いを見ている秦典枢に丁子捻が近づき、芝居ではなさそうだ、と教えた。秦典枢は頷き、軍師の柴光に指示を出す。
雷先は呉文榮の怪力を警戒し、確実に技を当てに行った。足元を狙って
「くっ、
距離を取ろうと大きく後退した呉文榮だったが、盧恩が飛びかかってその巨体を
「おのれっ!」
「さっきの礼だぜ」
そう言って盧恩は呉文榮を抱えて後ろへ投げ飛ばす。地響きを立てて転がる呉文榮を、柴光が指さして言った。
「今です、
手下が素早く網を投げつけ、呉文榮を絡み取った。柴光はさらに指示を出し、槍を持った手下で呉文榮を囲ませた。
「頭領、次のご指示を」
柴光は秦典枢を見た。秦典枢はにっこりと笑って雷先に近付き、
「雷先、お前がいてくれて良かった。礼を言うよ。こいつの
雷先も笑う。
「とりあえず、そのままでいてくれ」
そう言って、朔月鏡で呉文榮を映した。
五つもの魔星の名を見て、雷先は後ずさる。
「こいつ、こんなに魔星を。道理で大胆なわけだ」
そしてすぐさま追魔剣を突き立てた。立て続けに現れる
秦典枢が、驚いた目で言う。
「今のが魔星か? 俺よりでかいじゃねえか。あんなのがどうして俺の中に入ってるんだ、気味が悪い」
丁子捻たちも頷いていたそのとき、
「頭領、また人が来ています。賀道士のお仲間と言ってますが」
手下が来て報告した。秦典枢は雷先を見て頷き、寨の本営に戻って迎える、と告げた。
収星陣は、秦典枢から豪華な酒食を振る舞われた。
秦典枢たちと共に食事をしながら、これまでの話を聞く。
「なるほど、とにかく誤解が解けて良かった。兄貴に行ってもらって正解だったな」
一部始終を聞いて、鋼先は笑った。
「それで、呉文榮はどうしたの?」
李秀が訊くと、柴光が
「気を失ってしまったので、牢に入れています。今後どうするかはあなたたちに
鋼先が頷いて、
「良かった。奴には聞きたいことがたくさんある。何で魔星を集めてるのか、気になるからな」
秦典枢も頷いて、
「光る神将が出てきたときは驚いたぜ。しかも四人もな」
「ちょっと待ってくれ、五人じゃなかったか?」
雷先が、慌てて秦典枢に聞いた。あのとき朔月鏡には、魔星の名前が五つ出ていた。しかし夢中だったので、収星したときに数えていなかった。
「いえ、四人でしたよ。私も見ていました」
柴光が言う。そのとき、
「頭領、坊主に逃げられました!
「なんだと? すぐに追え!」
秦典枢が立ち上がって部屋を出た。雷先は、朔月鏡を裏返して見る。すると、収星済みの魔星は名前が白く変化しているのに、天速星だけはそうなっていなかった。
「どういうことだ。俺はしっかりと追魔剣を刺したのに」
魯乗が、首を
「
「なんだって。あの野郎、自力で魔星を残したってのか」
鋼先がぞっとして皆と顔を見合わせたとき、秦典枢が血相を変えて戻ってきた。
「雷先、すまない」
「いや、無理はしないでくれ。あいつには関わらない方がいい」
雷先がそう言うと、秦典枢は激しく首を振った。
「それどころじゃないんだ。官軍の軍勢が現れて、いつのまにかここの一帯が囲まれている。お前たちを巻き込みたくない、早く逃げてくれ」
「なんだって?」
鋼先が窓の外を見る。確かに、遠くに軍隊らしき
「収星してもらいたかったが、今は一刻を争う。八公山の北をまっすぐ行くと、
「あんたたちはどうする」
鋼先が訊くと、
「奴らに
と秦典枢は胸を叩く。
「そうか。でも、……いや、わかった。すぐに出るよ」
鋼先はそう言って立ち上がり、皆を
◇
秦典枢の放った
「官軍の兵力は二千、うち五百が馬軍。
「誰かと思ったら、あいつか。
秦典枢は、
「頭領の幼なじみでしたね、欧陽信は。戦い
柴光が気遣ったが、秦典枢は大笑いした。
「あの野郎、俺を討って手柄にするつもりだな。昔から上に取り入ることばかり考えてた奴だ」
「なるほど、遠慮はいりませんか」
「欧陽信は根回しが得意だ。俺を降伏させようと策を巡らせるだろう。その前に叩いてやる」
やがて官軍が八公山に布陣し、招討使欧陽信が
「秦典枢、久しぶりだな。お前のために一席設けた。兵を戦わせる前に、食事でもどうだ」
だがそのとき、甘豊武の率いる歩兵軍が現れた。
欧陽信は驚いて叫ぶ。
「あいさつもできんのか、この山賊め!」
甘豊武は苦笑しながら、
「何が一席だ。そんな手に引っかかるか」
そう言って、右手を挙げる。彼の配下が、
「準備ができ次第、撃て! 岩が尽きるまで止めるな」
甘豊武が命じると、梃子に
「攻城兵器の投石機を、小型にしたものか。だが近すぎて当たらんようだな」
「いいや。俺の計算は正確だ」
甘豊武が笑うと、官軍の後方から轟音と悲鳴が聞こえた。
すぐに伝令が走ってきて報告する。
「
「なんだと!」
欧陽信が叫んだ。そのとき、丁子稔が騎馬隊で突っ込んできた。
「
欧陽信は、ほうほうの
甘豊武と丁子稔は、大笑いしながら引き上げた。