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第十回 業を継ぐもの




 翌朝、らいせんたちは予定通りろういんたくへ向けて出発した。こうせんはまだ起きあがれず、魯乗ろじょうも看病を続けることになった。


「じゃあ、鋼先を頼む」


「わかった。気を付けてな」


 四名を見送った魯乗は、薬草を煎じようと部屋へ戻った。


 鋼先が起きていた。


「うん、今日はだいぶ良い。少し体を動かしたくなった」


「散歩がてら、れいせい医院でも行くか」


 二人はそろって外へ出た。


 歩きながら、鋼先は身体をさする。


「こんなに寝込むとはなあ。てんかいせいは、本当に俺の中にいるのかな? 以前と変わった気がしないんだが」


 魯乗はまじまじと鋼先を見たが、首を振り、


「いるとは思うが、どう影響しているかまでは分からんな。天魁星を出して聞いてみるしかない」


「やめてくれ、死んじまう。いいよ、乗っ取られてないだけマシだ。……それよりも、兄貴の方も面倒なことになったな。『あんの魔星』か」


「な、なんじゃ。聞いておったのか、昨晩」


 魯乗が気まずそうに言った。鋼先は笑って手を振る。


「魯乗はどう思う。当たるのか、その占い」


「曖昧すぎて判断できんよ。その魔星が現れたら気を付けるしかない」


「そうだな。……問題は、どっちなのかってことだ」


「うむ。てんこうせいなのか、あるいはさつせいか」


「そんなのはどうでもいい。兄貴がれたのは、きゅうてんさんなのかりくごうさんなのかってことだ」


「はあ、なんじゃと?」


 そんな話をしながら、二人はじょべいほうの医院へやってきた。診察ついでに、中間報告をする。


 りくほうの居所が分かって、徐米芳も安心したようだった。鋼先の回復も順調だというので、礼を言って医院を後にする。


 帰り道、鋼先は、誰かが医院を陰から見ているのに気付いた。


「魯乗、あれ」


「むう。女性じゃな。若い」


「ひょっとして、あれがそうじゃないのか」


「さて。陸萌亞は、地霊星に愛想を尽かしたのかと思っておったが」


 しかし女性は、二人の気配に気付いてその場を離れる。鋼先たちは追おうとしたが、道が入り組んでいて見失ってしまった。




 ◇




 老寅沢に着いた雷先たちは、教えられた屋敷を見つけ、周囲を捜した。


 しかし陸萌亞らしき者の姿はない。


 腹が減ったので、近くの食堂に入る。雷先と萍鶴は牛肉入りのうどんをすすり、李秀は大きな海老が三つ入った、塩味あんかけご飯の大盛りを平らげた。


 そして、そのまま茶を飲んで待つ。


 やがて夕方になると、着飾った女主人とじょらしき女性が、屋敷の中に入っていくのが見えた。


 雷先は乗り込もうとしたが、へいかくが止める。


「待って。れつせいが、戦わずに逃げることもあるわ。ここは、芝居を打ちましょう」


「どういうことだ?」


 不思議そうに訊いた雷先に、萍鶴はいきなりぼくを打った。彼のうなじに「高熱」と現れたとたん、雷先は突然体がだるくなって倒れてしまった。


「な……め、めまいが」


李秀りしゅう、お願い。宮苑凡きゅうえんぼんを呼んで」


「え? なんて言えばいいのよ」


「旅の途中で具合が悪くなったから、医者を紹介してほしい、と言って」


「わかったわ」


「うう……萍鶴、けっこうきついぞ」


「ごめんなさいね、真に迫っていないと、ばれてしまうから」


 やがて、まるまる太った宮苑凡が、駆け足でやってきた。後ろから侍女の女性も付いてくる。


「急にすみません、これが兄です」


 二人を連れてきた李秀が、うまく芝居を合わせて言った。


「奥様、わたしが」


「おお、分かるのね」


 侍女は、雷先の額に手を当てて言った。


「これはいけません。隣の町に、徐米芳という医者がいます。その人を訪ねてください」


 うなずいた萍鶴が、小さい声で訊いた。


「あなたが、陸萌亞ね」


 侍女が、はっとした顔になる。


「雷先、お願い」


 そう言って萍鶴は、雷先のうなじを手でぬぐう。「高熱」の文字が消え、雷先の調子が戻った。


「よしきた」


 雷先は素早くついけんを抜き、侍女のももを突いた。切っ先が吸い込まれ、侍女の身体が強く光る。


「ど、どういうこと?」


 光景に目をく宮苑凡だったが、百威ひゃくいに飛びかかられ、驚いてその場から逃げた。


 侍女の身体から、じんしょうが出る。護心鏡ごしんきょうに地劣星の名が見えた。李秀は朔月鏡さくげつきょうを出し、これをしゅうせいした。


「急なことでびっくりしたが、うまくいったな。よし、地霊星医院へ戻ろう」


 雷先が、そう言って笑った。


 そのとき陸萌亞が、弱々しい声を出した。


「待って。徐先生のところへ行くなら、私も連れて行ってください」


 李秀が、頷いて言った。


「正気に戻ったんだね。もちろんそのつもりだからいいよ、おいで」


「ありがとうございます。ちょうど、私も目的が達せましたから」


「えっ、目的?」


 驚いた李秀たちに、陸萌亞は言った。


「地劣星が入ったとき、私は分かってしまいました。徐先生が病に冒されていて、もう長くないと。先生は知っていながら、黙っていたんです」


「それは、本当か」


 雷先が訊くと、陸萌亞は頷いて続ける。


「私は、この土地で医者として先生の後を継ごうと決心しました。しかし、未熟な私には、まだ足りないものがありました」


「足りないもの?」


「薬の知識です。私は患者さんの噂で、『老寅沢の宮苑凡は物持ちで、貴重な薬学書を所有している』と聞きました」


「薬学書か、なるほど」


「はい。しかし、宮苑凡は気前が悪く、簡単には書物を貸してくれません。だから私は、彼女に取り入って、侍女にしてもらいました。そして、仕事の合間に、薬学書を書き写していたのです。先日、それがようやく終わりました」


「そういう事か……」


 雷先たちは、納得して頷く。


 そして、皆で地霊星医院へ帰った。




「勝手に出て行って、すみませんでした」


 心からびる陸萌亞に、徐米芳は、ほほ笑んで頷いた。弟子の思いやりを知って、涙を浮かべている。


「手間をかけさせて悪かった。では、私も行くとしよう」


 徐米芳は、雷先の前に立って目を閉じた。


 雷先は一礼して、追魔剣を刺す。


 出てきた地霊星はほほ笑んで陸萌亞の頭をなでた後、朔月鏡に入って行った。


 眠っている徐米芳の顔色を、陸萌亞はじっと見る。そして、


「私はこれから、この土地の医師として、責任を持って勤めていきます。まず第一に、徐先生です。――今回、私が写してきた薬学本の中に、徐先生の症状に効きそうな調合が載っていました。先生は、必ず助けて見せます。だから皆さん、安心してください」


 そう言って、きちんと礼をして見せた。

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