翌朝、
「じゃあ、鋼先を頼む」
「わかった。気を付けてな」
四名を見送った魯乗は、薬草を煎じようと部屋へ戻った。
鋼先が起きていた。
「うん、今日はだいぶ良い。少し体を動かしたくなった」
「散歩がてら、
二人はそろって外へ出た。
歩きながら、鋼先は身体をさする。
「こんなに寝込むとはなあ。
魯乗はまじまじと鋼先を見たが、首を振り、
「いるとは思うが、どう影響しているかまでは分からんな。天魁星を出して聞いてみるしかない」
「やめてくれ、死んじまう。いいよ、乗っ取られてないだけマシだ。……それよりも、兄貴の方も面倒なことになったな。『
「な、なんじゃ。聞いておったのか、昨晩」
魯乗が気まずそうに言った。鋼先は笑って手を振る。
「魯乗はどう思う。当たるのか、その占い」
「曖昧すぎて判断できんよ。その魔星が現れたら気を付けるしかない」
「そうだな。……問題は、どっちなのかってことだ」
「うむ。
「そんなのはどうでもいい。兄貴が
「はあ、なんじゃと?」
そんな話をしながら、二人は
帰り道、鋼先は、誰かが医院を陰から見ているのに気付いた。
「魯乗、あれ」
「むう。女性じゃな。若い」
「ひょっとして、あれがそうじゃないのか」
「さて。陸萌亞は、地霊星に愛想を尽かしたのかと思っておったが」
しかし女性は、二人の気配に気付いてその場を離れる。鋼先たちは追おうとしたが、道が入り組んでいて見失ってしまった。
◇
老寅沢に着いた雷先たちは、教えられた屋敷を見つけ、周囲を捜した。
しかし陸萌亞らしき者の姿はない。
腹が減ったので、近くの食堂に入る。雷先と萍鶴は牛肉入りのうどんをすすり、李秀は大きな海老が三つ入った、塩味あんかけご飯の大盛りを平らげた。
そして、そのまま茶を飲んで待つ。
やがて夕方になると、着飾った女主人と
雷先は乗り込もうとしたが、
「待って。
「どういうことだ?」
不思議そうに訊いた雷先に、萍鶴はいきなり
「な……め、めまいが」
「
「え? なんて言えばいいのよ」
「旅の途中で具合が悪くなったから、医者を紹介してほしい、と言って」
「わかったわ」
「うう……萍鶴、けっこうきついぞ」
「ごめんなさいね、真に迫っていないと、ばれてしまうから」
やがて、まるまる太った宮苑凡が、駆け足でやってきた。後ろから侍女の女性も付いてくる。
「急にすみません、これが兄です」
二人を連れてきた李秀が、うまく芝居を合わせて言った。
「奥様、わたしが」
「おお、分かるのね」
侍女は、雷先の額に手を当てて言った。
「これはいけません。隣の町に、徐米芳という医者がいます。その人を訪ねてください」
「あなたが、陸萌亞ね」
侍女が、はっとした顔になる。
「雷先、お願い」
そう言って萍鶴は、雷先のうなじを手で
「よしきた」
雷先は素早く
「ど、どういうこと?」
光景に目を
侍女の身体から、
「急なことでびっくりしたが、うまくいったな。よし、地霊星医院へ戻ろう」
雷先が、そう言って笑った。
そのとき陸萌亞が、弱々しい声を出した。
「待って。徐先生のところへ行くなら、私も連れて行ってください」
李秀が、頷いて言った。
「正気に戻ったんだね。もちろんそのつもりだからいいよ、おいで」
「ありがとうございます。ちょうど、私も目的が達せましたから」
「えっ、目的?」
驚いた李秀たちに、陸萌亞は言った。
「地劣星が入ったとき、私は分かってしまいました。徐先生が病に冒されていて、もう長くないと。先生は知っていながら、黙っていたんです」
「それは、本当か」
雷先が訊くと、陸萌亞は頷いて続ける。
「私は、この土地で医者として先生の後を継ごうと決心しました。しかし、未熟な私には、まだ足りないものがありました」
「足りないもの?」
「薬の知識です。私は患者さんの噂で、『老寅沢の宮苑凡は物持ちで、貴重な薬学書を所有している』と聞きました」
「薬学書か、なるほど」
「はい。しかし、宮苑凡は気前が悪く、簡単には書物を貸してくれません。だから私は、彼女に取り入って、侍女にしてもらいました。そして、仕事の合間に、薬学書を書き写していたのです。先日、それがようやく終わりました」
「そういう事か……」
雷先たちは、納得して頷く。
そして、皆で地霊星医院へ帰った。
「勝手に出て行って、すみませんでした」
心から
「手間をかけさせて悪かった。では、私も行くとしよう」
徐米芳は、雷先の前に立って目を閉じた。
雷先は一礼して、追魔剣を刺す。
出てきた地霊星はほほ笑んで陸萌亞の頭をなでた後、朔月鏡に入って行った。
眠っている徐米芳の顔色を、陸萌亞はじっと見る。そして、
「私はこれから、この土地の医師として、責任を持って勤めていきます。まず第一に、徐先生です。――今回、私が写してきた薬学本の中に、徐先生の症状に効きそうな調合が載っていました。先生は、必ず助けて見せます。だから皆さん、安心してください」
そう言って、きちんと礼をして見せた。