翌朝、
「鋼先! うまくいったんだな」
鋼先は、
「ああ。面倒をかけたな」
「
鋼先は一礼して言った。
「
「そうかそうか、よろしく頼む。危険だとは思うが、お前ならきっと大丈夫だろう」
張天師はそう言って、大げさに笑った。鋼先は少し首を
「いえ、私も
とほほ笑んだ。
本堂から、
「
張天師が、硬い笑顔で言う。
「いよいよ、旅の始まりですな。英貞童女様にお訊ねしますが、百七の魔星を集める段取りは、どうなさいますか」
すると、英貞童女が急に天を見つめた。
上空からゆっくりと、二人の女神が舞い降りてくる。桃色の衣が
「英貞童女様、お待たせしました。
二人が差し出したのは、一本の赤い
英貞童女が、それらを指さして言う。
「西王母娘娘と相談して、役に立ちそうな法具を用意してきました」
九天玄女が剣を取って説明する。
「こちらの
次いで六合慧女が鏡を取る。
「これは
張天師が覗き込んで言った。
「
だが英貞童女が首を振る。
「いえ。これは、魔星を移動させるのに使ってもらおうと思っています。追い出した魔星を手元に置きながら旅を続けるのは無理ですから、こちらに
「は? こちらに、管理? いや、聞き違いましたかな」
張天師が嫌そうな顔をする。
英貞童女が、
「荒くれ者の魔星を管理できる者は、天界にもおりません。ですが、西王母娘々が言われたのです。『竜虎山の張天師ならば
「なんと。
怒り出した張天師を、英貞童女が手でなだめた。
「勝手を言っているのは承知しております。百八星が揃いましたら、天界に連れ帰り、裁きを受けさせます。ですから、どうかお聞き届けください」
張天師は
「いけません。あちらは、例の条件を呑んでくれているのですから」
張天師は、はっとして足を止める。
「そうか。仕方ない、百八星が揃うまでだな」
英貞童女が、
「あなたは、
李秀は、
「はい、もちろん口外など致しません。それより、お願いがあるのですが」
「良いですよ、言ってみなさい」
「その旅に、私も加わって良いでしょうか。腕にはいささか覚えもありますし、それに」
「それに?」
「実は私も、魔星とは
「ほう。どんな縁です」
「今は、申し上げられません」
李秀はそう言うと、口をきつく結んだ。
英貞童女は少し考える顔をしたが、すぐにほほ笑んで言った。
「強そうなお嬢さんね。いいでしょう、彼らを
李秀は再度礼をすると、
「そういうことで、改めてよろしく、李秀です」
雷先が、李秀との勝負を思い出して言う。
「確かに、お前の腕前なら頼りになりそうだ」
率直に褒められて、李秀は照れた。
鋼先も、きちんと礼をして挨拶する。
「よろしく頼むよ。俺は武芸が得意じゃないんでな」
「任せて。もう男装もやめて、動きやすい服で行くわ」
李秀は、左右の大きい袖を振りながら笑った。
半日が過ぎ、三人が
「もう行くのか。長い旅になると思うが、まずどこへ向かう?」
そう訊いた応究に、雷先が笑顔で答える。
「はい、李秀が
鋼先も、嬉しそうに礼をして、
「ありがとうございます。応究さんの腕があれば、魔星の退治も怖くない」
しかし、応究は首を振る。
「すまない、私は
張天師が、困り顔で言った。
「道観なら、わしが持たせた手紙があるから、大丈夫だろう」
しかし、応究はほほ笑んで言う。
「良い機会ですから、各地の道観を周りたいと思います。私も竜虎山
「そこまで言うなら止めはせぬが、お前は何かとツキが悪いからな、用心しろ」
張天師は、不安そうに忠告した。
◇
そして、鋼先たちが出発した日の夕方。
早速彼らは
三人だけになった渡し船を、雷先が
鋼先と李秀は、水と風で冷えた身体を温めるため、
漕ぎながら、雷先が言った。
「さっきみたいな調子で、魔星と出会って行くのかな。案外早く収星も終わるかもしれないぞ。がんばろうな、鋼先」
鋼先を見ながら、李秀がため息をつく。
「あんなこと言ってるけど。あなたのお兄さん、ずいぶん
「ははっ」
鋼先は
「何の話だ?」
不思議がる雷先に、鋼先が説明した。
「張天師様は、『お前なら大丈夫』なんて、見え
「どういうことなんだ?」
「
李秀が腕組みする。雷先は、まだ信じられない表情だった。
「そんな……。いったい、何の目的があって?」
「なんとしても百八星を集めたい、ってことだろうな。それ以上は今は解らない」
「あたしが来たときは、
「女神さんたちとのやりとりも、
「なんてことだ。俺は……全然気がつかなかった」
船はゆっくりと河を下り続ける。
「ねえ、
鋼先は苦笑して、
「俺も
「どうしてなのかな」
「英貞さんが言うには、
「魔星ってのは
雷先が
「神だから万能ってわけじゃなさそうだな。人間みたいに死なない分、あきらめが悪いから、
李秀が肩をすくめてため息をつく。
「なんだか先行きが不安になってきたわね。大丈夫かな?」
「旅に出てみたかったことは本当だしな、そこは楽しんで行きたいね。ただ、これが何かの陰謀なら、使い捨てにされるつもりはないぜ。きっちりとお返しをしてやる」
そう言って、鋼先は挑戦的に笑った。
◇
同じ頃。
「あの賀兄弟。わしはよく知らないが、お前は
「はい。兄の雷先とは、武芸の練習場でよく会います。弟の鋼先も、時折顔を出していました」
「賀鋼先は、無事に百七星を集めきれると思うか?」
父の正直な問いに、応究は強く頷く。
「確かに武芸は
「そうか。さすがに命がかかっているからな。……それにしても」
張天師は、紙くずになった星観録をつまみ上げた。
「これが天魁星に巻き込まれて破損したのは、
応究が、紙くずを受け取りながら訊く。
「何か問題のある記録だったのですか?」
「百八星の消失に関しては、太史監と同じ記録だ。その星観録には、天界の機密に触れる記載も混ざっているのだ」
「それが
すると張天師は首を振り、
「朝廷が見ても信用しない内容だが、漏れたこと自体が天界に知られると、不味いのだ」
応究は頷く。
「しかし、百八星が逃げてから五十年経っていますが、どうして天界は今頃になって
その問いに、張天師は笑って首を振った。
「あれでも急いでいるのだ。天魁星は気を遣っていたようだが、おそらく英貞様に追われていてぶつかったのだろう。さすがに彼女の口からは言えまいな。とにかく、天界の神たちは
「それは、鋼先には
「うむ、恨みが生じてはまずい。見た目は美しい女神でも、戦神の側面も持っているのだ。古代の帝王・
「蚩尤……獣身に銅の頭、八つの足を持つなどと伝承される悪鬼ですね。
「そうだ。よいか応究、伝説を
「はい」
応究は恭しく礼をする。張天師は頷いた。
「天界が動いたということは、おそらく、あの秘密に気付いてしまったのだろう。放っておけば、こちらとの
「――分かりました。では、私はそろそろ出発の準備をします。父上、魔星の管理は、くれぐれもお気を付けて」
張天師は頷く。
「それは考えがある、心配するな。それよりも、『あの魔星』だけは、いち早く見つけたいものだが」
「私も、それを第一に考えます。ですが、そればかりは、
応究は拝礼をすると、荷物を肩に掛けて部屋を出る。
張天師はそれを見送ると、夜空に
そして、深くため息をついた。