魔星を集めなければ、
今は、仮に生きている状態である。
◇
話は流星の日に戻る。
昨日までは青空が広がっていたが、今日は朝から雪に降られてしまった。歩きづらくはあったが、大小の岩山が雪景色にかすんでそびえ立っているのを見て、李秀は顔をほころばせる。
「こんなすごい景色、
旅装の帽子を脱ぎ、雪交じりの寒い風を顔いっぱいに浴びて、李秀は大きく息をついた。
「やあやあ、観光だね。ようこそ竜虎山へ。どちらから来られたのかな?」
不意に声をかけられて、李秀は振り向く。
一人乗りの荷馬車が近づいて来ていた。乗り手の若者は鉄冠をつけていて、馬を止めて歩み寄ってくる。李秀は、自分が男装しているのを思い出し、慌てて帽子をかぶり直した。
「俺は
李秀は、声色で女と覚られないよう、低くつぶやくように告げる。
「いえ、自分は公務の者。お心遣いは無用」
それを聞き、雷先は首を傾げる。
「公務? 見たところずいぶん若いけど、本当にお役人かい?」
そしてじろじろと李秀を見た後、目付きをきつくして言った。
「最近は盗賊が増えていて、役人になりすますのもいるそうだ。竜虎山にも、よく泥棒が入る。お前、どうも怪しいぞ。下調べに来たな?」
「はぁあ?」
見当違いのことを決めつけられて、李秀はびっくりした。しかし雷先は説明する暇も与えず、荷車から棒を取り出し、李秀に打ちかかる。
「出て行け! 二度と近づくな!」
真っ白な景色の中に、あざやかな
「やっぱり盗賊か。たいそうな武器を持ってるじゃないか。よし、本気で行くぞ!」
李秀も頭に血が上り、半身になって構える。
「旅続きで、ちょうど腕が
二人は雪を蹴り散らしながら、それぞれの武器を振るって闘った。雷先は力強く、遠い距離から棒を突き、あるいは打ち下ろす。李秀はひらりとそれを
結局、幾度も武器を打ち合わせたが、勝敗は決まらず、互いに疲れて
そのとき、李秀の懐から一通の手紙が落ちる。それを見て、李秀ははっとして言った。
「あっ、通行証。これを見せれば良かったんだ」
政府が発行した、関所を通るための公文書で、しっかりと印鑑も押されている。雷先もそれをのぞき込み、びっくりして言った。
「なんだ、本当に役人だったのか。危うく怪我をさせるところだったぞ!」
李秀が、むっとして言い返す。
「ふん、いきなり殴りかかってきたくせに。ああ、暑くなっちゃった」
李秀は帽子を脱いで汗をふいた。そのとき、強く風が吹き、髪が解けて流れた。
「あれ? お前、お、女の子か?」
「しまった」
李秀は慌てて帽子をかぶろうとしたが、あきらめて開き直った。
「そうよ。わけがあって、男装してたの。ねえ、勘違いのお詫びに、張天師さまのところに案内しなさいよ」
雷先は、おたおたしながら
「ああ、案内しよう。俺は、上清宮の道士なんだ。待ってくれ、荷台を片付ける」
二人は馬車で道を行き、やがて大本堂の
◇
上清宮には代々続く
張天師は、
李秀と名乗ったその
張天師は彼女から、竜虎山に保管してある
「当山の記録は部外秘ゆえ、理由をお聞かせいただきたい、李秀どの」
李秀は
「突然の訪問で申し訳ありません。実は最近、太史監で記録を整理したところ、
張天師は、さっと顔色が曇る。
「まあ、一応は知っていたが。特に問題は起きていないし、こちらからは報告していなかったな」
「当方の記録と、
李秀は鋭く返す。張天師の眼が、宙に泳いだ。
「さて、その件まで記録していたかな。お待ちいただきたい、今、写しをとらせよう」
写し、という言葉に、李秀は
「できれば
「……わ、わかった」
張天師はため息をついて
◇
雪が、竜虎山の一帯を白く包んでいる。
雑務係の
夕暮れも終わり、薄暗くなっていた。梅の花が香っているが、それを楽しむゆとりはない。
凍えながら丘を下り、林を抜けたところで、
「おい、流れ星だ。大きいぞ」
「本当だ。星観の記録に載りそうなくらいだな」
ほほ笑んで答えた
「空は雲でいっぱいだ。どうして星なんか見える?」
そう言ったとき、光をまとった何者かが、
「危ない!」
鋼先は、
鋼先は全身が砕け散り、息絶えた。
◇
「何事だ。落雷でもあったか」
流星の落ちた音に、張天師も驚いた。
李秀を
息子の姿を見かけて、張天師は声をかけた。
「
「わかりません。とりあえず、皆を落ち着かせます」
息子の
丘の
「あちらは、ここの方ですか?」
李秀に問われて、張天師は首を振った。
二人が駆け寄ると、武将が言った。
「この若者、命を落としました。私がかろうじて
張天師は、その若者を見て驚く。
「これは、倉庫へ使いに出した者だ」
そのとき張応究が、雷先と共に走ってきた。
「父上、大変です。賀雷先の弟が、流星と衝突したそうです」
張天師はそれに応えて
「うむ、ここにいるぞ。なにやら妙なことになったようだ」
そして、今一度武将を見た。
「で、
張天師がいぶかしみながら訊ねる。応究、李秀、雷先も、武将に注目した。
武将は、鋼先を抱えたまま、ぐっと胸を張る。
「私は、
そして、
「なに。あの、天界にいた百八星か?」
張天師は、驚いて目を
張天師は、鋼先を
目を
「おい、天魁星と言ったな。こちらはちょうど、お前達の話をしていたところだ。なぜ、あの者にぶつかったりした」
張天師がにらみつけると、天魁星は
「申し訳ござらぬ。いやな予感がした故、必死で飛んでおりました」
「それだけなのか」
「はあ、それだけでござる」
天魁星はまた礼をする。張天師はいらいらして、卓を叩いた。
李秀は、竜虎山の
「あなたたち百八星は、今は下界に降りてきているということね。だから星観の記録に載っていないんだ」
張天師は、
「さっさと天界へ帰れ! この件を
そのとき、応究が外を見た。
「父上、誰か来ます。大勢です」
「何でしょう。どこかの貴婦人ですか」
雷先が言うと、張天師が眉をひそめていった。
「……まさか、今ここに来るとは」
「お知り合いですか」
「知り合いなどと恐れ多い。西王母娘々の使者、
一行は全員女性だった。
二人の
「張天師どの、ご機嫌よう。こちらに、天魁星という
張天師は
「はい。天より飛来し、当山の者に衝突して死なせたので、恐れながら
英貞童女は目を丸くして
「そんなことを。いつ頃ですか」
「つい先ほどです。残念でなりません」
張天師は嘆息したが、英貞童女は鋼先の胸元に乗った淡い光を見て、首を振る。
「いえ、魂魄がまだ、そこにありますね。こちらで何とかいたします。
英貞童女はそう言って、配下に指示を出した。
九天玄女が言う。
「畏まりました。では、私が進めます。六合、手伝ってください」
「はい、姉さん」
張天師たちが見守っていると、九天玄女は本堂に入り、
次に六合慧女から
そして印を結んで呪文を
「何をなされたのですか」
張天師が聞くと、九天玄女は
「肉体を薬水で修復しました。とりあえず時間は稼げます」
「生き返る、ということですか」
しかし英貞童女は首を振る。
「完全には無理です。魂魄が一度出てしまったので、肉体に定着しません。
「そんなことが可能なのですか」
張天師が疑わしく言うと、九天玄女は答えて
「かなり特殊な術式で、天界でも数名しか使えません。魂魄で魂魄を繋ぐのです。ただし、人間同士では片方が肉体を失うことになるので、天界の者が入るべきですね」
すると、急に天魁星が進み出て言う。
「鋼先どのの怪我は、それがしの
「なんと」
張天師たちは、不安げに顔を見合わせた。そして英貞童女を見ると、彼女は苦笑して言う。
「お気は進まぬと思いますが、今はこうするしかないでしょう。天魁星は、荒っぽいところはありますが、
と礼をした。
張天師は
「もったいないことを。承知しました。いずれ反魂丹とやらを用意していただけるのなら、それで結構でございます」
と同意する。
そのとき李秀が、困った顔で場を割った。
「あの、いいですか。百八星は、散ってはまた集まる性質がある、と太史監の記録にあります。天魁星がこの人に入ったら、ひょっとして……」
英貞童女が、頷いて言う。
「残りの百七星が、鋼先に引き寄せられることになるでしょう。彼らはこっそり天界を抜け出していました。
英貞童女の視線を受けて、天魁星が
そして英貞童女は、
「鋼先には気の毒なのですが、彼に、百七星を集めてもらうことになります。おそらく、百七星は人界の何かに
「それは……。何の罪もないのに、ご無体なことを」
張天師が
「天師様。弟も、自分の命が助かるなら、何でもやると思います。危険はあるでしょうが、旅には私も付き添いますので」
「そうか。そう言うなら……」
と、張天師は申し出を受け入れる。
話がまとまったのを見て、英貞童女が言った。
「では皆さん、外に出ていてください。天魁星を鋼先と
張天師たちが本堂の外に出て扉を閉めると、
しばらくして扉が開き、英貞童女と六合慧女が出てきた。
「難しい術なので朝までかかるそうです。皆様は、もうお休みください」
そう言われて、一同はそれぞれ帰って行く。
◇
しかし、少し経ってから、張応究が本堂へ戻り、
「
少しして、英貞童女と六合慧女が現れる。
「何でしょう。まだ、術式は終わっていないのですけど」
「申し訳ございません。……例の百七星探しのことで、お願いがあるのです」
「
「ありがとうございます。では」
そして応究は、いくつか話をした後、再び礼をして本堂を離れていった。