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第二回 賀鋼先の蘇生




 魔星を集めなければ、こうせんは生き返れない。


 今は、仮に生きている状態である。




 ◇




 話は流星の日に戻る。


 どうきょうせい竜虎山りゅうこざんこうなん地方(|長ちょうこうの南)にあり、河と岩山の美しい景勝区けいしょうくである。




 しゅうは長い旅をして、ようやくここにたどり着いた。


 昨日までは青空が広がっていたが、今日は朝から雪に降られてしまった。歩きづらくはあったが、大小の岩山が雪景色にかすんでそびえ立っているのを見て、李秀は顔をほころばせる。


「こんなすごい景色、ちょうあんにいたら観られなかったな。遠かったけど、来て良かった!」


 旅装の帽子を脱ぎ、雪交じりの寒い風を顔いっぱいに浴びて、李秀は大きく息をついた。


「やあやあ、観光だね。ようこそ竜虎山へ。どちらから来られたのかな?」


 不意に声をかけられて、李秀は振り向く。


 一人乗りの荷馬車が近づいて来ていた。乗り手の若者は鉄冠をつけていて、馬を止めて歩み寄ってくる。李秀は、自分が男装しているのを思い出し、慌てて帽子をかぶり直した。


「俺はらいせん、この土地の者だ。よければ案内しよう。あいにくの雪だから、乗って行きなよ」


 李秀は、声色で女と覚られないよう、低くつぶやくように告げる。


「いえ、自分は公務の者。お心遣いは無用」


 それを聞き、雷先は首を傾げる。


「公務? 見たところずいぶん若いけど、本当にお役人かい?」


 そしてじろじろと李秀を見た後、目付きをきつくして言った。


「最近は盗賊が増えていて、役人になりすますのもいるそうだ。竜虎山にも、よく泥棒が入る。お前、どうも怪しいぞ。下調べに来たな?」


「はぁあ?」


 見当違いのことを決めつけられて、李秀はびっくりした。しかし雷先は説明する暇も与えず、荷車から棒を取り出し、李秀に打ちかかる。


「出て行け! 二度と近づくな!」


 真っ白な景色の中に、あざやかなこくたんの棒が舞った。李秀は、仕方なく腰の後ろに手を回し、双戟を抜いて棒を弾き返す。雷先は、驚きながら指を突きつけた。


「やっぱり盗賊か。たいそうな武器を持ってるじゃないか。よし、本気で行くぞ!」


 李秀も頭に血が上り、半身になって構える。


「旅続きで、ちょうど腕がなまっていたところよ。来なさい!」


 二人は雪を蹴り散らしながら、それぞれの武器を振るって闘った。雷先は力強く、遠い距離から棒を突き、あるいは打ち下ろす。李秀はひらりとそれをかわしながら、雷先の首を狙い、即座に足下を斬り付け、高速に攻め続ける。


 結局、幾度も武器を打ち合わせたが、勝敗は決まらず、互いに疲れてぼうの石に座り込んだ。


 そのとき、李秀の懐から一通の手紙が落ちる。それを見て、李秀ははっとして言った。


「あっ、通行証。これを見せれば良かったんだ」


 政府が発行した、関所を通るための公文書で、しっかりと印鑑も押されている。雷先もそれをのぞき込み、びっくりして言った。


「なんだ、本当に役人だったのか。危うく怪我をさせるところだったぞ!」


 李秀が、むっとして言い返す。


「ふん、いきなり殴りかかってきたくせに。ああ、暑くなっちゃった」


 李秀は帽子を脱いで汗をふいた。そのとき、強く風が吹き、髪が解けて流れた。


「あれ? お前、お、女の子か?」


「しまった」


 李秀は慌てて帽子をかぶろうとしたが、あきらめて開き直った。


「そうよ。わけがあって、男装してたの。ねえ、勘違いのお詫びに、張天師さまのところに案内しなさいよ」


 雷先は、おたおたしながらうなずいた。


「ああ、案内しよう。俺は、上清宮の道士なんだ。待ってくれ、荷台を片付ける」


 二人は馬車で道を行き、やがて大本堂のどうかん上清宮じょうせいぐうに到着した。




 ◇




 上清宮には代々続くきょうしゅがおり、その姓を取って張天師ちょうてんしと呼ばれている。げんてんちょうこうよわい六十、ほうりきと武術に優れたじょうであった。


 張天師は、みやこちょうあんたいかんから来た使いに接見した。太史監とは、天文や暦をあつかう部署である。


 李秀と名乗ったそのれい(役職の名称)は、男装していたが、実際には少女だった。


 張天師は彼女から、竜虎山に保管してある星観せいかん(星占い)の記録を見せてほしいと依頼された。張天師は答える。


「当山の記録は部外秘ゆえ、理由をお聞かせいただきたい、李秀どの」


 李秀はうなずくと、厳しい表情で言った。


「突然の訪問で申し訳ありません。実は最近、太史監で記録を整理したところ、てんこうさつの百八星が、もう五十年ほど前から天体から姿を消していると判明しました。ご存知ですか?」


 張天師は、さっと顔色が曇る。


「まあ、一応は知っていたが。特に問題は起きていないし、こちらからは報告していなかったな」


「当方の記録と、しょうごうさせていただきたいと思いまして」


 李秀は鋭く返す。張天師の眼が、宙に泳いだ。


「さて、その件まで記録していたかな。お待ちいただきたい、今、写しをとらせよう」


 写し、という言葉に、李秀はしんを顔に出して言う。


「できればげんぽんはいけんしたいのですが」


「……わ、わかった」


 張天師はため息をついてしょうだくする。そして、雑務係ざつむかかりの道士を倉庫に向かわせた。




 ◇




 雪が、竜虎山の一帯を白く包んでいる。


 雑務係の兄弟は、積雪で歩きにくい中、大きな記録帳を持って張天師の下へ急ぐ。


 夕暮れも終わり、薄暗くなっていた。梅の花が香っているが、それを楽しむゆとりはない。


 凍えながら丘を下り、林を抜けたところで、らいせんが空を指さした。


「おい、流れ星だ。大きいぞ」


「本当だ。星観の記録に載りそうなくらいだな」


 ほほ笑んで答えたこうせんだったが、表情を険しくした。


「空は雲でいっぱいだ。どうして星なんか見える?」


 そう言ったとき、光をまとった何者かが、ごうおんと共に落ちてきた。


「危ない!」


 鋼先は、とっに兄を突き飛ばす。同時に、光が激突した。


 鋼先は全身が砕け散り、息絶えた。




 ◇




「何事だ。落雷でもあったか」


 流星の落ちた音に、張天師も驚いた。


 李秀をともなって外へ出てみると、道士やにんそくたちがぞろぞろ出てきている。


 息子の姿を見かけて、張天師は声をかけた。


おうきゅうどうした、事故か」


「わかりません。とりあえず、皆を落ち着かせます」


 息子のちょうおうきゅうにその場を任せて、張天師は音のした方へ歩いた。


 丘のふもとから煙が立っている。小さい火事が起きていた。張天師と李秀が急ぎ足で近づくと、雪景色の中に人影が見える。


 くっきょうしょうであった。腕に人をかかえている。


「あちらは、ここの方ですか?」


 李秀に問われて、張天師は首を振った。


 二人が駆け寄ると、武将が言った。


「この若者、命を落としました。私がかろうじてこんぱくは拾っておきましたが」


 張天師は、その若者を見て驚く。


「これは、倉庫へ使いに出した者だ」


 そのとき張応究が、雷先と共に走ってきた。


「父上、大変です。賀雷先の弟が、流星と衝突したそうです」


 張天師はそれに応えて


「うむ、ここにいるぞ。なにやら妙なことになったようだ」


 そして、今一度武将を見た。


「で、殿でんは?」


 張天師がいぶかしみながら訊ねる。応究、李秀、雷先も、武将に注目した。


 武将は、鋼先を抱えたまま、ぐっと胸を張る。


「私は、てんかいせい。天罡地煞百八星をべている者です」


 そして、もくれいびを示した。


「なに。あの、天界にいた百八星か?」


 張天師は、驚いて目をみはる。しかし、鋼先が心配なので質問は後にし、まねきして本堂の上清宮へいざなった。




 張天師は、鋼先をもつだんに寝かせる。


 目をそむけたくなるほど、遺体は激しく損傷していた。


「おい、天魁星と言ったな。こちらはちょうど、お前達の話をしていたところだ。なぜ、あの者にぶつかったりした」


 張天師がにらみつけると、天魁星はうやうやしく礼をした。


「申し訳ござらぬ。いやな予感がした故、必死で飛んでおりました」


「それだけなのか」


「はあ、それだけでござる」


 天魁星はまた礼をする。張天師はいらいらして、卓を叩いた。


 李秀は、竜虎山のせいかんろくを見ていた。といっても、天魁星との衝突でぼろぼろになり、解読は不可能な状態である。そして、自分で持ってきた太史監の星観録を指して言った。


「あなたたち百八星は、今は下界に降りてきているということね。だから星観の記録に載っていないんだ」


 張天師は、いきいて手を振る。


「さっさと天界へ帰れ! この件を西王母娘娘せいおうぼじょうじょう(天界を統べる女神。娘娘は尊称)に申し上げて、しょばつを受けさせてやる」


 そのとき、応究が外を見た。


「父上、誰か来ます。大勢です」


 一同いちどうが表へ出てみると、ごうな紅い衣装をまとった女性を中心に、横一列に並んだ団体が歩いてくる。はたさしものまでかかげ、かなりものものしい。


「何でしょう。どこかの貴婦人ですか」


 雷先が言うと、張天師が眉をひそめていった。


「……まさか、今ここに来るとは」


「お知り合いですか」


「知り合いなどと恐れ多い。西王母娘々の使者、えいていどうじょ様だ」


 一行は全員女性だった。


 二人の先導係せんどうがかりが張天師に一礼して左右によけると、英貞童女が歩み寄ってきた。しょうは童女だが、顔つきは立派な管理職である。


「張天師どの、ご機嫌よう。こちらに、天魁星というせいしんが来てはおりませぬか」


 張天師はかしこまって拝礼し


「はい。天より飛来し、当山の者に衝突して死なせたので、恐れながらきつもんしておりました」


 英貞童女は目を丸くして


「そんなことを。いつ頃ですか」


「つい先ほどです。残念でなりません」


 張天師は嘆息したが、英貞童女は鋼先の胸元に乗った淡い光を見て、首を振る。


「いえ、魂魄がまだ、そこにありますね。こちらで何とかいたします。きゅうてんげんじょりくごうけいじょじゅつしきの準備を」


 英貞童女はそう言って、配下に指示を出した。


 九天玄女が言う。


「畏まりました。では、私が進めます。六合、手伝ってください」


「はい、姉さん」


 張天師たちが見守っていると、九天玄女は本堂に入り、ひょうたんを取り出して鋼先の体に水をかけ、自分の着ていた衣をかぶせた。


 次に六合慧女からを受け取り、鋼先の体に置いていく。


 そして印を結んで呪文をとなえると、大きく息をついた。


「何をなされたのですか」


 張天師が聞くと、九天玄女はえりを整えながら答えた。


「肉体を薬水で修復しました。とりあえず時間は稼げます」


「生き返る、ということですか」


 しかし英貞童女は首を振る。


「完全には無理です。魂魄が一度出てしまったので、肉体に定着しません。はんこんたんという秘薬があれば叶うそうですが、それをさがすのに、日を要します。その間、誰かが彼の中に入り、魂魄をつなぎ止めなければなりません」


「そんなことが可能なのですか」


 張天師が疑わしく言うと、九天玄女は答えて


「かなり特殊な術式で、天界でも数名しか使えません。魂魄で魂魄を繋ぐのです。ただし、人間同士では片方が肉体を失うことになるので、天界の者が入るべきですね」


 すると、急に天魁星が進み出て言う。


「鋼先どのの怪我は、それがしのしつ。どうか、それがしをお使いいただきたい」


「なんと」


 張天師たちは、不安げに顔を見合わせた。そして英貞童女を見ると、彼女は苦笑して言う。


「お気は進まぬと思いますが、今はこうするしかないでしょう。天魁星は、荒っぽいところはありますが、とくじつで、責任感もあります。任せて大丈夫だと思います」


 と礼をした。


 張天師はあわてて手を振り、


「もったいないことを。承知しました。いずれ反魂丹とやらを用意していただけるのなら、それで結構でございます」


 と同意する。


 そのとき李秀が、困った顔で場を割った。


「あの、いいですか。百八星は、散ってはまた集まる性質がある、と太史監の記録にあります。天魁星がこの人に入ったら、ひょっとして……」


 英貞童女が、頷いて言う。


「残りの百七星が、鋼先に引き寄せられることになるでしょう。彼らはこっそり天界を抜け出していました。ぼうなので、勝手に人界に下りてはならないと決められていましたのに」


 英貞童女の視線を受けて、天魁星がきょうしゅくの礼をする。


 そして英貞童女は、調ちょうを事務的に改めて言った。


「鋼先には気の毒なのですが、彼に、百七星を集めてもらうことになります。おそらく、百七星は人界の何かにひょうして生活しているので、それを探す旅に出ることに」


 とうとつな話になり、張天師はがくぜんとして言った。


「それは……。何の罪もないのに、ご無体なことを」


 張天師がゆうしょくを示していると、雷先が進み出て言った。


「天師様。弟も、自分の命が助かるなら、何でもやると思います。危険はあるでしょうが、旅には私も付き添いますので」


「そうか。そう言うなら……」


 と、張天師は申し出を受け入れる。


 話がまとまったのを見て、英貞童女が言った。


「では皆さん、外に出ていてください。天魁星を鋼先とゆうごうさせますが、強い光が起こるそうです。目を痛めるといけません」


 張天師たちが本堂の外に出て扉を閉めると、すきから青白い光が何度も点滅した。それは雪面に反射して、目を刺すような明るさが散る。


 しばらくして扉が開き、英貞童女と六合慧女が出てきた。


「難しい術なので朝までかかるそうです。皆様は、もうお休みください」


 そう言われて、一同はそれぞれ帰って行く。


 ◇




 しかし、少し経ってから、張応究が本堂へ戻り、きょうしゅして声をかけた。


天師張暠てんしちょうこうが長男、張応究と申します。英貞童女様に、お願いがあって参りました」


 少しして、英貞童女と六合慧女が現れる。


「何でしょう。まだ、術式は終わっていないのですけど」


「申し訳ございません。……例の百七星探しのことで、お願いがあるのです」


うかがいましょう」


「ありがとうございます。では」


 そして応究は、いくつか話をした後、再び礼をして本堂を離れていった。

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