「えっそうなの?」
「文句ある?」
「あっいえ文句なんてそんな……あはは」
ぎろりと睨まれた。静かな分タレイアより怖い。
「あーもうそれは隠そうとしたんだけどなあ、まあ、別にいいけど」
「さ、さいですか」
うーん、これはクラスのみんなが聞いたらびっくりしそうだなあ。事実一名が本気で驚いた顔してるし。いい加減に戻って来い肇。
「そそそそそう言えば和泉さんや」
「ん?」
エミリアの視線から逃げるようにできるだけ自然と話題を変える。自分でも驚くほど自然にチェンジできてびっくりだね。
「どうしてそのー、猫耳がバレたってのが意図的だったのに怒らなかったんだ?」
「えっ、透流まだ分からないの?」
まさかの肇から言葉の刃物が飛んでくる。いやなんでお前が分かってんだよ。いや、待てよ? となると分からないのって俺だけか? 嘘だろ……嘘だと言ってくれ頼む。
「あー、うん、透流は鈍感だもんね……仕方ない、かな? あはは……」
すごく悲しそうな目で言われた。罪悪感が凄すぎて今すぐ塵になってしまいたいレベル。でもさ、分からないものは分からないじゃん?
「私、ずっと迷惑ばっかりかけてさ。自分のことなのにそれも透流に庇ってもらっちゃって。そう考えたらなんだか本当に私ってヒロイン失格なんだなあって。しかもお弁当のこととかあったじゃない? そうなったらもう失敗ばっかりの自分が本当に情けなくなって……。そんなとき、タレイアさんからエミリアさんがヒロイン候補だって教えられてさ。私じゃ敵いっこないじゃん。透流が取られちゃうって考えたらすっごく悔しくて。でも、何も分からなくてさ。それで透流にひどいこと言っちゃって。もう駄目だーって完全に自信がなくなったとき、エミリアさんが相談聞いてあげるからうちにおいでって言ってくれたんだ」
「………………」
もし、彼女が巻き込まれていなかったら、ここまで悩んでいなかったのだろう。いつもの和泉みたく、笑って過ごしていたはずなのに。それに、偶然エミリアが留学してきたとしたら、きっと二人は俺なんかを抜きに仲良くなっていたことだろう。そう思うと、なんだかなあ……申し訳ないとかそういうレベルじゃないんだけど。
何も言わない俺の態度に、話題を間違えたと思ったのか和泉があたふたとしたながら言葉を付け加える。
「そ、それと頭のことはばれたら不味いなーって思ってたけど、タレイアさんが何かあっても頭については大丈夫だからーって、買い物に行く前に教えてもらってたから。だから、本当に私は気にしてないよ?」
「そうか…………おい待て今なんて?」
「え? だから本当に気にしてないって……」
「それの一つ前。タレイアに頭については大丈夫って言われた。それも買い物に行く前にって言ったか?」
「う、うん?」
困惑している和泉をよそに、いつの間にか椅子に座ってミーコを撫でていたタレイアに詰め寄る。
「おい」
「んだよ、そんな変な顔して。怖い顔のつもりか? やめとけ皺が増えるだけだぞ」
「おいこら。てめえ最初から分かってたな?」
「何言ってんの? さっき全部が計画だってそう言ったっしょ? じゃねえとこんなことしねえって。頭使ってくんない?」
さも当然のように言われる。いや、確かにそうだよね。って納得できるかボケ。でもな、重要なのはそんなことじゃなくて。
「よくも俺と和泉を騙しやがったな!? お前だけは殺すッ!! 絶対に殺してやるッッッ!!」
「だから人の家で騒がないでってば」
ゆるく言われながら再びエミリアにがっちりと羽交い締めにされる。もうお山になんか動揺せんぞ。
「どの口がそれを言う!?」
「きゃーこわーい」
そんな俺を鼻で笑いながら、タレイアが欠伸混じりに言う。ちくしょうこの駄女神ぜってー許さねえ。
「まあ、そんな顔すんなって。ドッキリって分かって怒るやつを見るほど退屈なことはねえっしょ?」
「誰のせいだと思ってる!?」
「んー誰だろうねー? あたしわかんにゃー《あなたのせいですよ、タレイア》あぁ?」
タレイアの膝からぴょんとミーコが飛び降りる。ん? 今タレイアを呼び捨てにした……? あの様付けしてて呼んでいたミーコが? いや、それよりいつもと声が違って低いというかまず性別そのものが違うような気が……。
「おいおい、ミーコちゃーん? ずいぶん上から目線になったじゃなぁーい? だいたい誰のおかげでぇ………………あれ? もしかしてアポローン様だったりします?」
アポローン? なんかで聞いたことがあるようなないような……。
《ご明察ですよ、この穀潰し》
「はいいいいいいいい!! あたしが穀潰しですううううううううう!!」
土下座する勢いでタレイアがミーコの前にひざまずく。って言うか上司口悪いな。なんなの神様ってそんなに性格歪んでるのばっかりなの?
《いい加減に仕事をしろと言えばぎりぎりまで何もせず、挙げ句の果てにろくな調査もせずにくじ引きで主人公を決める始末。あるまじき行為だと分かっているのですか?》
柔らかな口調だが、そこに含められている怒りは尋常じゃないほど怖い。
っつーか。
「おい、やっぱりくじ引きなんじゃねえか」
「うっせえぞカスッ!! 今お前のお守りしてやる余裕はねえ!!」
《うるさいのはお前です、タレイア》
「そうですううううううううう!! あたしがうるさいんですううううううううう!!」
頭を強く地面に擦りつけながらタレイアが叫ぶ。本人が言うとおり、うるさいこと極まりない。
《神田透流くん、氷川和泉さん、真宮肇さん、エミリア・f・パスティーネさん。今回の件では大変ご迷惑をおかけしました》
そう言いながら、ミーコが器用に頭をぺこりと下げる。それに釣られるように、俺含め先ほど名前を呼ばれた面々が頭を下げる。首元あたりにエミリアの髪が当たってぞわわってした。そろそろ離して欲しい。
《ご挨拶が遅くなった非礼をお詫びいたします。わたくし、先ほどもそこの馬鹿が言っておりましたが、オリュンポス十二神の一柱であり、タレイアの上司。名をアポローンと申します。アポロンの方が馴染みがありますかね? まあ、それはともかく、この度は皆様にお話があり、神田透流くんの飼い猫である、ミーコちゃんを拠り所とさせていただいております》
「は、はあ……」
なんだろう……すっごく丁寧な対応をされている気がする。さっきは性格歪んでるとか思ってごめんなさい。っつーか今思い出したけどアポローンってゼウスの息子じゃなかったっけ? うん、ゲームで得た知識。っつーかそうなるとこの神様、めっちゃ凄い神様じゃねえか。そりゃあのタレイアがへこへこするわけだ。
「で、そのタレちゃんの上司さんが突然どうしたの?」
エミリアが俺の後ろから首を出し、尋ねる。うわぁ耳元で喋るなよぞわってした。っつーかすごいなこいつ。怖いものなしかよ。