「……二人でニット帽を買いに行った日?」
和泉、それは俺の台詞だ。肇と言いなんでみんな俺の言うべき台詞を全部掻っさらって行くの? まあいいけどさ……。
「ご明察。さすが和泉ちゃんだ。どこぞの馬鹿とは頭の出来が違う」
「失礼極まりないなおい。一応俺もその結論には至ったからな?」
「あたしがあのとき渡したカチューシャ、エミリアにぶつかるまで取れなかったっしょ?」
無視か。
「え、えぇ……」
あのときのことを思い出したのか、和泉は苦い表情で頷く。後、和泉。お前も無視か。
「あの日、あたしはあらかじめエミリアに和泉ちゃんとぶつかるようにって指示してたんだわ。それから、そのタイミングでカチューシャが外れるようにもしてたってわーけ」
「そう言うこと~」
隣でエミリアがのんきにピースサインなんぞ送ってきている。
「おい、っつーことはあれか? お前たちは分かってて和泉を傷つけたってことか?」
瞬間、今までのことが思い出され、かっと頭に血が上る。お前らのせいで和泉が傷ついたんだぞ? それなのに何のんきに……。
「言い方は悪いがそうなるな。ただまあ、これにはちゃーんと続きがある」
「続きだぁ?」
こいつらは自分のやったことを理解しているのか? そんな怒りが、ふつふつと湧いてくる。当事者でない俺でさえそうなのだから、隣の和泉も怒っているはずだと思ったが、その予想は外れ、彼女はきょとんとした表情でこちらを見ている。あ、あれぇ?
「えっ? 怒ってないの?」
「なんで? 別に怒る事なんてなくない? あっ、透流は勘違いしてるだろうけど、私別に猫耳のことで落ち込んでたんじゃないよ?」
「へ?」
じゃあさっき見せた苦い表情はなんなの……?
「はぁーあ……これだからてめえは鈍感だっつーんだよ。後、あれの記憶があるの、あんたら二人含めてエミリアだけだぞ」
「は……い……?」
いやいやいや待ってくれ。あれだけの人が見てたんだぞ? それなのにどうしてそんなことがあり得る?
「おいおい冗談もいい加減にしろよ? さすがにそれぐらいの嘘は……」
「そのことについては私がお話しよう」
低く、渋い声が背後から聞こえた。驚いて振り返ると、見るからに高そうなスーツに身を包んだ、ダンディズムあふれる初老の男性が立っていた。あれ……この人どこかで……と思った瞬間、あごに大きな絆創膏がぺったりと貼り付けられているのが見えた。うん、俺この人知ってるわ。
「アダム・メイアさんじゃないですか! さっきタレイアにぶん殴られてたアダム・メイアさんじゃないですか!」
「う、うむ……間違ってはない」
気まずそうにアダムなんとかさんが咳払いする。あれだけ綺麗にアッパーカット決められてたもんね。そりゃ恥ずかしいよね。大の字で伸びてたもんね。で、この綺麗に伸びてた執事風ディーラーさんがどんなお話をしてくれるんだろうか。
「えっ、パパそんなダサい偽名使ったの? まじあり得ないんだけど」
「パパだぁ!?」
思わず叫んでしまった。えっアダム何とかさんってエミリアのお父さんなの? 言われてみたら確かに目とか似てるような気がするけど……。でも、この人すっごい日本人に見えるんですけど。
「改めまして、こんにちは。神田透流くん。話は娘から伺っているよ。今回は娘の悪ふざけに巻き込んでしまって申し訳ない」
いや、悪ふざけとかそう言うレベルじゃないんだが? 銃で撃たれたし。当たってないけど。
「さて、単刀直入に言うと、和泉ちゃんの頭に生えているものについてだが……、私たちの力でそれにまつわる記憶を全て消させてもらったよ」
「…………消した?」
「うむ」
エミリアの親父さんがこくりと頷く。
「いやいやいや待ってくださいよ。あれだけの人がいたんですよ? それに写真で撮られてる可能性も……」
「そこを含め、全て消させてもらったよ」
にっこりとダンディな笑顔を浮かべながらこのじいさんは何を言ってるんだろう。
「私もね、最初そう思ったんだけど、本当になくなってるらしいんだー。科学の力って凄いよねー」
目をきらきらさせて言う。和泉はもっと人を疑うってことを知るべきだと思う。
「信じられない、という顔をしているね。しかし、これは紛れもない事実だ。あの日あのときあそこにいた人たちはみんな、君たちのことなんて綺麗さっぱり忘れているし、思い出すこともなく過ごしているよ」
何それ怖い。
「我がパスティーネファミリーの家訓は、楽しいことは全力で取り組む。もしそこで不味いことが起きれば全力でもみ消す。私たちはそうやって生き残ってきた」
親父さんの目が、鋭く光る。あっこれガチのやつだわ。
「で、でも理屈が分からないんですが……」
「神田透流くん。好奇心旺盛なのは素晴らしいことだが、世の中には知ってはならないことは山ほどある。覚えておきたまえ」
闇を見た気がする。
俺が壊れたおもちゃのように何度も首をがくがく振っていると、ようやくにっこりと笑みを浮かべる。
「だから、君も氷川和泉さんも安心して過ごすと良い」
その言葉に、力が抜ける。なんだよ、あんだけ心配したのが嘘みたいだ。でも、これでようやく安心できるということか。まあ、一〇〇パーセント信用できるのかと聞かれれば、首を縦には振れないが。
「あぁそうだ、申し遅れたね。私はパスティーネファミリー頭首、キョウイチ・パスティーネだ。以後お見知りおきを」
「ん? キョウイチ? アダム何とかじゃなくてですか?」
「それは偽名だよ神田透流くん。後、アダム何とかではなく、アダム・メイアだ」
どうやらあの名前にはこだわりがあるらしい。うんうん、かっこいいもんねアダム・メイア。中学二年生が好きそうな名前だよね。アダム・メイア。
キョウイチさんはそんな考えを見抜いたのか、ぎろりと俺を睨む。ダンディな分、すっごい怖い。
「そう、お察しの通り私は日本人。いわゆる婿養子というものだね」
「ってことは……?」
エミリアの顔を見ると、心底嫌そうな顔をしてキョウイチさんを見ている。
「そう、エミリアはイタリア人と日本人、そのどちらの血も入っていることになる」
「えぇ、そうよ。私は生粋のイタリア人じゃないわよ。それに生まれてからこの方ずっと日本に住んでたからイタリア語なんて簡単な言葉以外話せないし」