「はいはいそこまでよー、和泉。アタシもいるって分かってるー?」
和泉の言葉を遮って、エミリアが俺たちの間に割って入ってくる。おいこら今和泉がすごく大切なことを言おうとしたんだぞ!? もう一生ないかもしんないんだぞ、そのどきどきイベント!!
「あっ、あははっ……ごめんちょっと忘れてた」
照れた笑みを浮かべる和泉に、エミリアが盛大にため息を吐き出す。
「まあ、和泉らしいと言えばそうなのかもしれないけどね。まっ、いっか。今日はすっごく楽しかったし?」
「いや、全然楽しくねえからな?」
こいつ何言ってんの? お前と駄女神のせいで俺と和泉がどんだけ振り回されたと――あれ? 誰かもう一人振り回されたやつがいたような気が……。
「そう言えば真宮くんは? さっきまでいたよね?」
和泉がエミリアに尋ねた言葉にはっとなる。そうだ。俺たちを先に進めるために自ら身を挺した俺の親友ポジションはどこ行ったよ。って言うかあいつ生きてるよね? さすがに大丈夫だよね?
「あぁ、彼ならそこにいるわよ。気が付いてないかもだけど、彼もこっち側だから」
エミリアの視線の先。そこから怖ず怖ずと申し訳なさそうに顔を出したのは先ほど木の棒を持って剣道三級とかほざいてた俺の親友ポジションである真宮肇くん。と、なぜかその両手に抱えられた見覚えのある黒猫ちゃん。なんでミーコがここにいんの?
「ご、ごめんね……?」
あははーっと照れたように笑いながら謝る肇。
「お前いつから知ってた……?」
「全部知ったのはさすがに捕まってからだよ? そしたらここに連れてこられてさ。捕まってるはずの氷川さんと、犯人のはずのパスティーネさんが一緒にお茶してたから。なんでだろーって疑問に思ってるときにミーコちゃんが来て全部教えてくれたんだ」
《悪かったわね、黙ってて》
くあっとミーコが退屈そうに欠伸をする。それからクシクシと顔をお掃除。
ふむ……。ここから導き出される答えは一つしかないわけで。
「お前らなんて大嫌いだっ!! ほんとヤだ!! 何も信じらんないんだけど!? 俺もう誰も信じらんないっ!!」
思わず膝から崩れ落ちた俺に、和泉が心配そうに寄り添ってくれる。
「元気出して? ねっ?」
「もう信じられるのは和泉だけだよぉ……」
「それはさすがに引く」
真顔で言われた。
「うわああああああああああああああああああん!」
なんで俺の周りには味方がいねえんだよ。何これ新手のいじめか何かか? 俺悪いことした?
「さて、茶番は置いておくとして解決編といこうじゃねえか、クソもやし」
まだうなだれたままでいる俺の元に、そう言いながらタレイアが近づいてくる。もう殴ってやろうと思う気力もない。
「さて、このエミリア・f・パスティーネみたいな超絶美少女がどーしてお前のクラスに留学してきたか分かるか?」
「あ……? それは世界がそれを望んだからじゃねえのかよ」
「違うんだなぁー。ってことで、エミリアちんに真実をお話してもらいましょうか」
にやにや笑いながら視線をじっと立っていたイタリアン娘に向ける。彼女は一度こくりと頷いてみせると、本当にしれっととんでもないことを言った。
「だってアタシ、トールのヒロイン候補だもん」
「は?」
「はい!?」
ひゃっほうやったぜ! なんてことにはあんな事があった今、今更ならないわけで。っつーかなんで肇が俺より驚いてるんだよ。お前事の顛末知ってんじゃねえのかよ。いや、それ以前にだな。
「お前主人公なんじゃ……」
「あーそれ嘘だから。どう? ちょっとは楽しめたでしょ?」
「お前の楽しいが人と同じだと思うな」
「しーらないっ」
そう言ってエミリアはにっこりと笑いながら俺に目線を合わせ、のぞき込んでくる。海のように透き通った青い瞳に、こんな状況だというのに思わずどぎまぎしてしまう。だってさっきと状況が違うもん。仕方ないよね。うん、そう言うことにしておきたい。
「ってことでよろしくね? ダーリン♪」
「お断りだお前みたいなやつ。後、ダーリンって呼ぶんじゃねえ」
「えーっ? ダーリン連れなーい」
連れてたまるか。エミリアはそんな俺の気持ちなんてお構いなしにぎゅっと俺の腕を掴んでくる。
「おい、離せ。離してください、お願いしますから」
「えー、なんでー?」
なんでーじゃねえよ。当たってるんだよ、そのふにゅっとしたお山がよぉ! っていうかこいつやっぱり結構あるなぁ……違う堪能してる場合じゃない。
「はぁなぁれぇろおおおおおお!」
「いーやっ♪」
全力で剥がしにかかるも、びくともしない。さっきも思ったけどこいつの細い身体のどこにこんな力があるんだよ。
「透流……?」
「やめろ、そんなハイライトが消えた目で俺を見るんじゃあない和泉。頼む本当に俺が悪かったから」
「さて、そろそろ飽きたからここらで勘弁してあげるね」
エミリアはそう言うと和泉にぱちんと一つ、綺麗にウィンクして離れてくれる。彼女が離れた腕が鈍く痺れていて感覚がない。待ってマジで動かないんだけど? これ折れてない? 大丈夫?
「いいなぁ……」
肇が心底うらやましそうに呟く。今すぐ変わってやろうか?
「あー……続けて大丈夫か?」
そんなやりとりを見ながら煙草を吹かしていたタレイアが、ようやく口を開く。
「もう好きにしてくれ……」
「てめえに言われなくてもそのつもりだ」
タレイアは煙草を灰皿に押つけると、首をゴキバキと鳴らす。相変わらず身体から聞こえては駄目な音量である。あのまま折れればいいのに。
「さて、今回の作戦はひとえにパスティーネファミリーの全面協力があってこそなわけよ。これはさっきも言ったな?」
「あ、あぁ……」
「さて問題です。どこからが作戦だったでしょーか?」
「どこからって……」
考える。少なくとも今日一日は確実にそうだろう。それにさっきタレイアがスカウトした後だと言うことになると……。