――カンッ。
エミリアががくりと膝を着き、ぽとりと、もう一発も弾が込められていなかった銃が床に落ちる。
「悪いなエミリア。この世界の主人公はな、俺なんだよ」
うなだれているエミリアの脇を抜け、和泉の元へと歩いて行く。エミリアの様子を見て全てを察したのか、男が静かに和泉から手を離した。
和泉が俺の元へ走ってくる。って言ってもそんなに距離はないけど。
「恐い思いさせてごめんな。でも、もう大丈……おわっ!」
いつの間にかほどけていた靴紐を、思いっきり踏んづけてしまう。かっこわるいなあとか考えながら、咄嗟に体勢を立て直そうと無意識に手を伸ばした瞬間。ふわっと何やら柔らかい感触があってぇ――。
あーこれは…………。
ゆっくりと視線を上げる。するとそこには顔を真っ赤に染めた和泉がいて、今俺が掴んでいるものが、彼女の胸だと再確認する。
やらかした。
「最ッッッッッッッッッッッ低ェ!!!!!!!!!!!!!!!!」
バコンッと、今まで受けたこともない衝撃が頬を襲い、俺の身体が思いっきり吹っ飛んでいく。地面をごろごろと勢い良く転がりながら、俺の身体はそのまま開けっ放しになっていたふすまから外に飛び出してしまう。
「くぴゃっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
反対側の壁にぶつかったとき、あまりの衝撃に口からひしゃげた蛙のような声がもれた。えっ何今のビンタ? えっ?
「ほんっっっっと最低! 馬鹿ド変態キモい大嫌いっ!!」
俺の所まで走って来た和泉が、怒りで目に涙を浮かべながら、そんな罵倒を投げつけていく。
おかしい、命張って助けに来たはずなのに、どうして俺はこんな目にあっているんだろうか。そんなことをぐわんぐわんする頭で考える。いや、確かに事故とは言え胸を揉んでしまったのは謝るべきことだとは思う。でも、ここまでされる筋合いはないはずだ。
「それに助けに来たも何も、私はエミリアさんに相談に乗ってもらってただけなんだから!!」
「…………へ?」
相……談……?
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!! 騙されてやーんの! ばーかばーか!」
とりあえず現状を把握しようとパニックを起こしてすっかり固まってしまっている脳をフル稼働していると、聞き覚えのある声が背中越しに聞こえてくる。
おかしい。この声の主はさっき光になって消えたはずで……。
「おい、こっち見ろもやし。こっち見ろってば。その間抜け面をみぃーせぇーろぉーよぉー」
間違いねえ。このうざい言い方はやつだ。まだ起き上がれない身体をゆっくりと回転させてそちらを見ると、そこにはにたにたと大っ変腹が立つ笑みを浮かべたタレイアが俺を見下ろしていた。
「お前……死んだんじゃ……」
「あ? 女神が死ぬと思うか? しかもあれぐらいで? 常識的に考えてくんない?」
「…………………………」
「いやーそれにしても迫真の演技だったっしょ? あたし女優の才能あんじゃねえかな。っしゃあたし主演で映画作るか。あの演技力に加えてこの美貌とくりゃあ大ヒット間違いなしじゃね? それにしても最後の最後まで気が付かないとは思わなかったわー。あんだけツッコミ所あってなんで不思議に思わないかなぁ? 馬鹿なの?」
「まさかタレちゃんのシナリオがここまで上手くいくなんてねー。アタシもびっくり」
そう言いながらハイタッチするエミリア&タレイア両氏。
「シナリオ?」
困惑の表情を浮かべて俺と二人を見比べながら和泉が尋ねる。よかった、和泉もこっち側だった。違う全然良くねえ。
「あんまりにもそこのダボが主人公を拒否するもんだから、このあたし直々に、一人前の主人公になれるようプロデュースしてやったわけよ。しかも、パスティーネファミリーさんが全力バックアップと来た。そりゃ乗っかるしかねえわな」
ふむ、簡単に状況確認をしよう。
和泉はエミリアに何かしらの相談をしに来ただけ。そして、それをおもしろおかしく言い換え、俺をこの家に突入させた張本人がいるわけで。
さらに言えばパスティーネファミリー全面協力と来た。つまり、俺に届けられた手紙もこいつらの計画通りだったってわけか。
あんまり認めたくないが、俺はこいつらにまんまと嵌められたってことね。納得。
「って納得なんかできるかあああああああああっ!! ブッッッッッ殺してやる!!」
俺の心配とか色々を返せ。今すぐ返せ。いやもう返さなくていい。代わりに一発殴らせろ。
跳ね起きて腕を振り上げた瞬間、誰かにがっしりと脇の下からしっかりと捕まれる。背中にふにゅっとした柔らかい感触と、何かの香水だろうか、フレグランスな香りが俺の鼻孔から脳に侵入してきて意識を奪おうとするが、鉄の意志で振り切る。今はそれどころじゃねえ。
「誰だ俺の邪魔すんのは!? 今すぐこいつを殺さないと俺の気が済まねえんだよ!!」
「はいはい、そこでストーップ。人の家で騒がないの」
エミリアが先ほどのことなどなかったかのように言う。おい待て、それはさっきまで色々どんぱちしてきたやつの台詞じゃねえだろ。