「本当にここがその……エミリアの家なのか?」
「なんだ? あたしが信じられないってか? ちゃんと書いてるじゃねえか、パスティーネって」
「読めねえよ!! 紅茶でティーってか? っつーかなんでそこ英語なんだよ。そこもせめてイタリア語で統一しろよおおおおおおおおおおおおおっ!」
「ギャンギャン吠えんな馬鹿犬。気づかれたらどうする」
そうだったな。俺たちは和泉を助けに来たんだったと深呼吸をして心を落ち着ける。元はと言えば笑えるほどでかい木製の門扉に、かなり達筆な文字でそんな表札が書かれていたのが悪い。吸ってー、吐いてー。吸ってー、吐いてー。
「よし、これからどうす――」
「え?」
声の方を見ると、肇が扉に手を触れていた。それに呼応するように、ぎぎっと音を立てて扉が開かれていく。
瞬間、盛大に流れ出す警告音。開いた張本人は状況が全く分かってない顔でこちらを見ている。
「こういうのって普通正面突破じゃないの?」
「んなわけないでショォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!?」
「えっ違うの!?」
ほんと何してくれてんのこの子。タレイアなんて頭抱えて唸ってるよ。こいつのこんな様子初めて見たよ。
「んー……じゃあどうするの?」
「お前はもっと考えながら動こうな!? さて、どうしようか」
「どうしようかもクソもねえよ。てめえらのせいで正面突破しか道がなくなっちまっただろうがよぉ!」
「待て待て待て待て俺は悪くねえだろ!?」
「んなもん同罪に決まってんだろうがボケ! あぁもういいからさっさと行け!」
タレイアに尻を蹴られながら転がり込むように門をくぐる。
正面にはおっきな屋敷と、そこに続くように作られた一本道。両脇には草木が植えてあって先が見えない。町中に突如として現れた林に迷い込んだ気分だ。
そんなことを考えていると、シュッと風を切る音が耳元で聞こえた。切れた髪が数本目の前を舞う。それから、パンッと背後で小気味の良い音。
恐る恐る背後を振り返ると、そこには一本の矢が、しっかりと木製の門扉に刺さっていた。肇と俺は興味津々でその矢の近くまで歩いていき、まじまじと観察する。
「矢だねえ」
「矢だなあ」
すごいなあ、銃器とかが発達した現代で、最初にお目にかかる武器が矢とは思わなかったや。
続けてもう一本。先ほど刺さった矢に上書きするように突き刺さる。最初の矢が綺麗に裂かれる。
「「わーお」」
なるほど。お前らなんぞいつでも殺せるぞ。覚悟しろということか。ならやることは一つだな。肇を見ると同じ事を考えていたようで、俺たちはお互いの意見を確かめるようにうんと小さく頷く。
「逃げるぞ」
「正面突破だね」
聞き間違いかな?
「ごめん、もう一回言ってもらって良い?」
「だから、正面突破だねって」
すっごい自信に溢れた顔で、そんなことをおっしゃるのは俺の親友ポジションであり、リアルに親友である真宮肇という男である。
「なんでお前の頭にはそれしかねえのぉ!?」
俺が叫んだと同時に、もう一本、先ほど刺さった二本に、重なるように突き刺さる。
「とりあえずいったん逃げるぞ肇! 駄女神もぉ……ってあれ?」
あいつどこ行きやがった? あたりをきょろきょろすると、草むらの陰でじっとこちらを見る一つの陰。
「何見てんだよ。バレるだろうがおい。やめろってこっち見んなって」
「ここにいまーす! 一人ここにいまーす!」
「裏切りとは良い度胸してんじゃねえか! 八つ裂きにしてやろうか、あぁん!?」
「うるせえてめえも巻き添えじゃい!」
俺たちはそんなことをわめき立てながらその場を後にする。
「うひぃいいいいい矢が飛んでくるうううううううううう蜂の巣になるうぅううぅうぅうぅぅぅうぅぅう」
飛んでくる矢を避けながら、タレイアが少し楽しそうにそんなことを喚く。蜂の巣になっちまえばいいのにって言葉はぐっと飲み込む。言ったら最後どんな暴言が飛んでくるか分かんねえし。
「って言うかどこに逃げ込むのさ? 正面突破しか道なくない?」
「あぁそうだな。じゃあこうしよう。お前とタレイアが正面突破。俺は裏口を探す。以上、解散!」
「いやいやいやいや解散! じゃないよ。なんで透流が裏口なのさ。普通みんなで一緒にじゃないの!?」
「馬鹿野郎! 俺はまだ死にたくねえし、タレイアは女神だから死なねえだろ。知らんけど。つまり犠牲になるのはお前一人だ肇ェ! なんかあったらそこの駄女神を盾にしたらいけるさ! 知らんけど!!」
「ええええええええ!? 俺も死ぬのは嫌だよ!」
「じゃあ正面突破だとか言うのやめて一緒に別の案考え――おわっと!」
スパーンッと、俺たちの目の前に矢が強烈に突き刺さる。そして先ほどの正確なそれとは違い、今度は何本もの矢が同時に俺たちに降りかかる。ここは戦国時代の戦場か何かなのだろうか。
とりあえず近くにあった大きな岩陰に隠れ、息を整える。最近はさぼりがちだったが、少し前までランニングをしていたおかげだろうか。そこまで息は切れてはいない。だが、肇はと言うと今の時点ですでに満身創痍になっている。
「ええい、このままじゃにっちもさっちも行かねえなあおい。おい、クソども。とりあえず肇っちの言うとおり正面突破。幸いなことに今、相手の獲物は銃じゃねえ。軌道さえ読めればまだチャンスはある」
「あるわけねだろ何言ってんの!?」
軌道読めとかどこの達人だよ。俺たちを誰だと思ってやがる。こちとらごくごく普通の高校生だぞ。
「文句言ってんじゃねえ。やるかやられるかの二択だ。選べ」
「ふっざけんな! ほとんど死ぬ一択だからなその二択!?」
「あーもうわがままだなてめえはよぉ。ならこれを使うしかねえじゃねえか。よしクソ。投げろ」
ピンッと軽い音がして、楕円形の何かを手渡される。ずっしりとした重さに、金属の冷たさ。なるほど。俺も実物を見るのも持つのも初めての代物。それの名前は手榴弾。ハンドグレネードだっけか? とりあえずまあ、うん。
「なんてもん渡してくんの!?」
全力でそれを屋敷方向へ投げると、着弾と同時に爆発音が辺りに響く。自分の安全が第一。人とかそこらへんもいなかったし大丈夫でしょ。多分。
一瞬の静寂。しかし、次の瞬間に訪れたのは先ほどの矢とは違う恐怖。ズガガガガガガガガッと連続した発砲音が聞こえたかと思うと、岩の近くに生えていた木が一本、ゆっくりと目の前に力なく倒れてくる。
「下手くそぉ! さっきより武器のレベルあがってるじゃねえか!」
「うるせえ! 元はと言えばお前があんなもん手渡してくるせいだろうが!」
「言い争いしてる場合じゃないでしょぉ!? 機関銃なんか来るなら矢の時点で近づいてた方が生存率高かったよ!」
「あーもう分かった分かった。あたしが行く。てめえらは後ろから着いてこい」
「よし分かった!」
「分かったじゃなくない!? タレイア様が犠牲になるんだよ!?」
「戦いに犠牲は付きものだ。諦めろ、肇」
「てめえ後で覚えてろよ?」
タレイアはそれだけ言い残すとどこからともなく両手に拳銃を二丁発現させて、屋敷に向かって走っていく。その様だけ言うと確かにかっこいいが、実際すっごいとろい。もうびっくりするレベルで。これスロー再生? って聞きたくなるレベル。ごめんそれは言い過ぎた。でも、マジでそれぐらい遅い。
しかし、弾は当たることはおろか、一つもかすることなくタレイアの側を抜けていく。そのせいで俺と肇はタイミングを図れず、出て行くことができない。
屋敷と岩との距離がちょうど半分くらいになったとき、くるりとタレイアが振り返った。
「何してんだよ、てめえらはよぉ!」
「行けるわけねえだろ!?」
状況を見ろ状況を。お前は女神パワーだかなんだか知らんがそれで守られているけど、俺たちが行ったら蜂の巣になること間違いなし。そんな場所に飛び込んでいく方が馬鹿だ。
「だーもう! 役に立たねえ主人公だなてめえはよぉ!」
「だから認めてねえからな!?」
大急ぎで引き返してきたタレイアは、今度こそ俺と肇を背中に、先ほどと同じように屋敷に向けて突入していく。相変わらず銃弾はタレイアを避けるように飛んできて、俺の周りに突き刺さっていく。
どうしよう。最初からこうすればよかったんじゃないだろうか以外の感想が出てこないんだけど。
「やっぱり正面突破が正解だったんじゃない?」
隣で肇がそんなことを呟いた気がした。聞かなかったことにした。