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第四章 人を思いやる心ってさ。大切じゃない?⑤

「エミリア・f・パスティーネ……」

「ご明察。やけに冴えてんじゃねえか」

「パスティーネさんが? なんで?」

「あーそのなんて言うか……うん。分かりやすく言うとだな。和泉にな、猫耳が生えたんだ」

「でも……それカチューシャでしょ? 透流が着けさせたっていう」

「いや、着けさせてないから。誤解だから」


 そう言えばエミリアがクラスに来たときそんなことを言ったんだった。そのせいで最近今まで以上にクラスの女子に避けられてる気がする。


「まあ、とりあえずだ。和泉が今ニット帽を被ってるのは猫耳を隠すためなんだが、それを買いに行った帰りにな、一度エミリアに見られてるんだわ」


 思い出すだけで胸の奥がひやりと冷えて、嫌な気持ちになる。あの日、あのことがなければ和泉の心はもっと穏やかだったはずだ。


「まあ、それについては何とも言えないんだけど、でもさ。パスティーネさんが犯人だとしても、どうして氷川さんをさらう必要があるわけ? 俺たちクラスメイトだよ?」

「そこだよ」

「どこ?」

「和泉とエミリアがクラスメイトってことだ。二人に面識がないならまだしも、どうしてさらう必要があるんだ? 家に呼ぶとかで済む話だろ? それにわざわざ俺宛に手紙を寄越す意味もわからな――主人公?」

「主人公がどうしたの?」

「それがな、エミリアも自分のことをこの世界の主人公なんだって……」


 屋上であったことを掻い摘んで話すと、肇は不思議そうにしていた顔をさらに不思議そうにしてこちらを見ている。そんな顔をしたいのは俺も同じだ。


「でもさ、主人公は透流なんでしょ」

「その通りだ。あたしが選んだのは他の誰でもなく、そこのアホだ」


 手紙から顔を上げてタレイアが言う。誰がアホだ。


「この世界の担当はあたしだ。そこは間違いねえ。それに、上がダブルブッキングみたいなマヌケをやるとも考えられないとなりゃ……なーんか臭うな」

「臭う?」

「あぁ、どっかの馬鹿があたしに喧嘩売ってきてるって可能性もなくはねえってことだよ。それなりのことはしてきてるからな」

「自覚はあんのな」


 ぎろりと睨まれる。今睨まれるとこなくない?


「で、でもさ。なんで和泉なんだよ。直接的に関係するのは俺じゃないのか?」

「それは手紙さえ読めれば、非常に分かりやすい答えだな」


 続けてタレイアが手紙の一部を指さす。いや、そんなことされても読めないんですが。


「エミリア・f・パスティーネ。イタリアンマフィアの娘だ」


 わっとどぅーゆーせい? 今なんと? イタリアンマフィア? 駄目だ。変な情報が多すぎて頭がついて行ってない。


「何それ怖い」

「いや、怖いじゃすまないと思うよ?」


 肇に真顔で言われてしまって、ぐうの音も出ない。


「おい、駄女神。エミリアの家がマフィアって言ったか?」

「そう言っただろうがよ。あたしは同じ事を話すのが嫌いって言わなかったか?」


 言ってたっけ? 覚えてねえや。どうでもいいし。


「それにしてもエミリアの家がマフィアねえ……」


 マフィアの娘が交換留学生って、フィクションの世界でもあんまり聞いたことがない気がする。気がするだけだけど。ただまあ、マフィアということは猫耳が生えた和泉を誘拐したのは、分からなくはない気がする。見せ物にするか何かしらの実験に回すのか……。想像したくはないが、勝手なイメージ、金になるならなんでもやりそうな印象がある。いや、つまりはそう言うことか。


「和泉を……金にするつもり、ってことか?」

「ご明察ってとこだな」


 タレイアが苦虫を噛みつぶしたよな顔をする。こんな自体はタレイア自身も想定していなかったようで、彼女の顔に僅かながらの焦りが見える。


「マフィアってことはさ。そのっ……」


 肇がそこまで言って、言いにくそうに口ごもってしまう。普段色々はっきり言うだけに、彼がこのような態度を取るのは珍しい。


「んだよ。そんなに言いにくいことでもあるのか?」

「怒らない?」

「逆になぜ怒ると思った?」

「いや、怒らないなら良いんだけど……。とりあえず、一つの可能性として聞いてね」


 そうは言ってもまだ迷っている様子に、早く言えよと少しだけ苛立ちながらも彼の言葉を待つ。やがて確認するようにうんと一度深く頷く。


「殺されるって可能性はないかな?」

「なんだって?」


 殺される? 何言ってんだこいつは。さすがに殺されるなんて……。


「そんなことあるわけない、とか考えてんだろ」


 タレイアがいつになく真剣な目で俺を見る。


「いや、だってさ。この世界は物語になりつつあるんだろ? お前がそう言ってたじゃねえか。だったら本当に死ぬなんて……」

「お前は底なしの馬鹿野郎だな」

「どう言う事だよ?」


 やれやれとでも言いたそうにタレイアは頭を押さえる。


「お前、あたしがいつからこの世界が現実じゃないって言った?」

「えっ、いや、だって物語に都合がいいように世界が変わるって……」

「てめえの脳みそは腐ってんのか? それは飽くまでも世界がそうってだけで、ここに生きているお前たちにとって、この世界は紛れもない現実に決まってんだろうが。それがこの世界は物語だから死ぬことはねえだ? んなわけねえだろ。物語の世界だろうがなんだろうが、死ぬときは死ぬ。ギャグがメインの世界なら死ににくくなるってだけで、死なねえわけじゃねえ。それにお前が主人公のこの物語は、残念ながらギャグがメインじゃねえんだよ」


 脳と胸が、冷や水を浴びせられたかのようにさっと冷たくなる。何か言おうにも、頭が真っ白になって、言葉が何も出てこない。


「この世界の主人公は誰だ?」

「俺の……せいなのか?」


 俺が主人公になったせいで、和泉がヒロインに選ばれた。そのせいで和泉ばかりが苦しい思いをしている。

 もし俺がもっと主人公なんかじゃないと強く否定していたら、彼女は自分がヒロインには向いていないんだと悩む必要もなかったはずなのに。そして、さらわれることだってなかったはずだ。


 可愛い女の子といちゃこらできたことが嬉しくて。こんな生活が続くのも悪くないなんて思ったから。

 そんな調子でだらだらとこんな日常を続けていたから。

 和泉は、悩んで傷ついて、そして、命が危険にさらされることとなった。


「少しでもそう思うなら、主人公なりの働きをしやがれ。それに、他の誰かが勝手に選んだ主人公がいるってだけであたしには気に食わねえんだ」


 タレイアが、送られてきた手紙の束から一枚抜き取って差し出す。そこには簡素な地図が書かれていて、赤い丸が打たれている。おそらくこれが目的地。もはや喧嘩を売って来ている意外に考えられない。


 俺は、主人公になんてなりたくない。でも、それ以上に、俺は主人公になんて向いてないんだ。

 だから、和泉をもし助けられたら、今度こそはっきりと断ろう。俺のせいで誰かが傷つくなんてもう耐えられないから。


「俺は主人公になんてなれねえし、なりたくねえ。俺がなりたいのは力矢さんみたいな、かっこいい主人公の親友ポジションだ。そこに代わりはねえよ。でもな」


 タレイアの手から、紙を奪う。その様子に彼女は一瞬おっとした顔をしたかと思うと、にたぁと楽しそうな笑みを浮かべた。


「困ってる女の子がいたら助けねえといけねえんだよ。それが幼馴染みとなれば、なおさらな」

「そうか……」


 タレイアはそう言うと、ふぅと悩ましげに息を吐き出した。それから彼女は俺の隣で心配そうにしている肇の肩に手を置いた。


「ってことで肇っち。てめえもだ」

「えっ俺も!?」

「当たりめえだろうが。主人公をサポートしてこその親友ポジションだからな」

「え、えぇ……」

「なんだ不満か?」

「いやそう言う訳じゃないんですけど……。俺なんかがついて行っても役に立たないと思うんですが……」

「肇」


 渋ってる肇に声をかける。すると彼は助けを求めるように俺を見た。


「巻き込んで悪いとは思う。でも、どうか和泉を助けるために力を貸してくれ」


 頼むと、深々と頭を下げる。もし、ここで断られたら、俺はきっとそれ以上彼を誘うようなことはしなかっただろう。

 でも、肇は少しうなった後、分かったよと諦めたように言った。


「乗りかかった船だしね。俺は透流の親友ポジションなんでしょ? だったらついて行くって。それに、俺はそんなの差し引いても透流のことを親友だって思ってるからさ」

「肇……。ありがとう、本当にありがとな」

「いいよ恥ずかしい」

「はいはい、そこまでだ。時間は無限じゃねえ。それに、助けるって決まればやるしかねえよなあ」


 タレイアの言葉に俺と肇はゆっくりと。でも、しっかりと頷く。


「敵はエミリア・f・パスティーネ。氷川和泉奪還編と行こうじゃねえか。なあ?」


 正直……奪還編って響きはちょっとかっこいいなって思った。

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