「離せよぉー、なー。はぁーなぁーせぇーよぉーう」
俺と肇に両腕を捕まれているタレイアを引っ張りながら俺の家へと向かう。肇はどこか楽しそうにしているが、俺からしたらたまったもんじゃない。最近どこかの駄女神のせいで、若干やつれてきた気がする。気がするだけで終わって欲しい。
「ったく勝ったって言ってもどうせインチキだろうに……」
ポケットの中でタレイアが勝ち取ったという賞金(の残り数百円)がちゃりちゃりと鳴る。少しでも俺の家の生活費には代わりがない。っつーかよくこれで次の店とか言ってたなこいつ。
「賭け事でインチキだぁ? そんなことしてみろ。あたしのクビが文字通り飛ぶわ。ヘルメス様そこらへんきびぃから」
「それって旅の神ってやつだっけか?」
「あぁ、そう言えばそっちも担当してたっけか。あたしは賭け事関係でしか関わったことねえから分かんねえわ」
「さいですか……。で、そのヘルメスって神様がいなかったらするのか?」
「何当たり前のこと言ってんだ? 全力でするに決まってんだろうがボケナス。そこらへんのいかさま師だとかくそったれなインチキ元締めなんかけっちょんけっちょんのぼっこんぼっこんにしてやるわ」
あーこいつクビになんねえかなあ。そうすれば俺も主人公じゃなくなるし。あわよくばそこで肇を主人公にすり替えてしまいたい。そして、俺がその親友ポジションに取って代わりたい。
「あっそう言えばてめえ宛に手紙が届いてたぞ」
ずるずると引きずられながら、タレイアが思いついたようにそんなことを言った。そんな嘘で騙されるわけねえだろ。逃げようったってそうはいかねえ。
「はいはい。家帰ったら詳しく聞いてやるから」
「いや、嘘とかじゃねえから。まあ、信じねえっつーんならあたしは別にそれでも構わねえけどよ」
「そうかそうか」
タレイアの言葉には耳を貸さず、ただ黙々と歩みを進める。
「ねえ、透流。一応確認してみたら?」
「そうだそうだ言ったれ肇っち」
「いやあのなあ……。まあ、いいけど」
これでこいつが嘘吐いてたら肇も目を覚ましてくれるだろう。本当ならそれはそれでいいし。俺にデメリットはない。持っていたタレイアの腕を放すと、彼女は大きく伸びをする。その瞬間タレイアの腰辺りからボキゴキバキッと、聞いたこともないような大音量が聞こえてくる。一回整骨院とか整体に行くべきではないだろうか。
「あぁー、よーやく解放された。なんか似たような宇宙人の絵だか写真だかがあった気がするが、あんな気分だった」
「いいから手紙を出せ手紙を」
タレイアはわざとらしく肩をぽきぽきと鳴らすと、ぱんぱんと手を叩いた。いつも通りどこからともなく封筒が一通現れると、ゆっくりとタレイアの手元に落ちてくる。
「差出人書かれてねえから、誰からかは分かんねえ」
「なんだそれ」
封筒には【神田透流様】と達筆な字で俺の名前が書かれていて、俺宛で間違いないようだ。
くるりと裏返して見ると、確かにタレイアの言うとおり、何も書かれていなかった。ただ、かなりこったデザインの封筒のせいで見るからに怪しい。
うわぁこれ開けたくないなあ。なんかめちゃくちゃフラグな気がする。内容はよく分かんないけど、すっげえめんどくさいやつな気がする。
「何うだうだしてんだよ。封筒なんてびりーってしてそこらの山羊に食わせりゃ終わりだろうがよ」
「それ読めないやつな」
っつーかこんな町中に山羊なんかいねえよ。俺はため息を一つ吐き出し、ゆっくりと封を切る。中を取り出すと紙が数枚入っているだけで他には何も入ってはいないようだ。
「んだこれ」
紙を開くと、思わずそんな言葉がもれた。そこには見知ったような知らないようなといった感じの文字列が並んでいる。
「英語じゃないよな? これ」
「うん、イタリア語だね」
あっやっぱり英語じゃないのね。肇が同意見で安心した。いやー、文字列だけ見たらアルファベットの羅列だから一瞬英語かと思っ……ん? イタリア語がなんだって?
「えっ肇ってイタリア語読めたの?」
「いや、文字列を読むぐらいはできるでしょ。だって読み方はローマ字とほとんど一緒なんだし」
「あー確かにぃ……。いや、そうじゃなくてだな、どうしてこれがイタリア語だって分かったのかーって話であってだな……あん? どうしたよ」
無言で指された、紙の上部を見る。そこには真っ赤な文字で『これはイタリア語です』と日本語で書かれている。
なんとまあ親切なことで。
「よく気が付いたなお前……」
「いや、普通こんだけ目立つ色だし、真っ先に目が行くと思うんだけど……」
正論過ぎて何も言い返せない。
「とりあえずイタリア語ってことは分かっても内容が分からないんじゃ意味ねえよなあこれ」
「だね。イタリア語ができるならやっぱり……」
おそらく肇が思い浮かべている人物と、俺の頭の中に浮かんでいる人物は同じだろう。肇がどこぞの芸能人を思い浮かべていなければの話だが。
「よこせ馬鹿ども。あたしが読む」
タレイアはそう言いながら俺の手から手紙をふんだくる。
「えっ、イタリア語読めんの?」
「あたしをなんだと思ってんだてめえは。文芸の女神を司る一柱よ? 言語なんざよゆーよ、よゆー」
手紙から目を上げず、タレイアはふんふんと手紙を読んでいく。なめらかに彼女の視線が紙面を滑っていく様子を見ていると、余裕だと言うだけあるように見える。まあ、理解してるかどうかは別問題になるんだけどさ。
「ほーん、面白くなってきたなこりゃあ」
そう言って、にたぁとタレイアが楽しそうな笑みを浮かべる。うわぁこれ絶対面白くないやつだ。透流知ってるよ。
「内容を聞く前に聞きたいんだけど、それって俺にとって面白いこと? それともお前にとって面白いこと」
「そりゃあ、あたしに決まってんだろうが」
ですよねー。手紙開く前のこれ絶対フラグだって予想は当たってたってわけだ。でもまあ、さすがにそんなぶっ飛んだ内容はねえだろ。タレイアもなんやかんやで落ち着いてるし。
「で、内容は?」
「てめえのヒロインがさらわれたってよ」
「ほーんそっかぁー誘拐なんて本当にあるんだなあ……………………おい待て今なんて言った?」
突然すぎて色々理解できなかった。最近疲れてるから聞き間違った可能性だってある。そうであって欲しい。
「だから、てめえのヒロイン、氷川和泉がさらわれたって言ってんだよ」
「氷川さんがさらわれた……?」
待って肇。その台詞を言うのは俺じゃないの? 立場的に。いや、今はそんなことはどうでもいい。
「いやいやいや。さらわれたって誰にだよ? っつーかなんで和泉がさらわれる必要があ――」
そこで思い出したのは、今はニット帽に隠されているそれのこと。そしてそれを見たイタリア人なんて、一人しか思い当たらない。