「大丈夫か? 顔色悪いぞ」
次の日、朝食を作りに来た和泉の顔は見るからに不調そうに見えた。普段見ているタレイアの顔には相変わらず目の下に濃いクマがあるせいで、和泉が一瞬健康なのではないかと錯覚してしまいそうになる。それでも、彼女の顔に浮かんだ疲労の色は昨日より確実に濃い。
「ちょっと眠れなかっただけだから。気にしないで」
「気にするなって言われても……」
「いいからいいから。それにタレイアさんだって待ってるんだし」
待ってる人は無下にできないよと、和泉は曖昧な笑みを浮かべる。そう言えば、和泉は昔からそうだった。自分が必要とされているなら、自分のことなんて二の次で誰かを助けようとする。何度痛い目にあっても、彼女はやめようとはしなかった。それは彼女の良いところではあるけれど、それでも彼女の身が滅んでしまうと意味がないことだ。
だから、俺はそのことを伝えようとしただけなのに。和泉の身体が心配だったから。それだけだったのに。
「なあ、無理すんなって。そんな気負うようなことでもないだろ? 俺の親のわがままなんだから――」
「私って透流の何なのかな……?」
俺の言葉を遮って放たれた彼女の言葉に、思考回路が止まる。俯いているせいで彼女の表情は分からない。けれど、和泉の声ははっきりと分かるほどに震えていた。
「透流が主人公になりたがらないのって私のせいだよね。私が透流のヒロインに向いてないからだよね。私に魅力がないせいだよね。この前だって、私のせいで……」
「お、おい和泉?」
「私……何が足りないのかな。私にもっとどんなことがあればヒロインに向いてるのかな。私分かんないよ! いっぱい考えたけど、失敗ばっかりで……どうすればいいかなんて、もう分かんないよ……!! ねえ透流。私は、」
そこで言葉を句切ると和泉ようやく顔をあげて俺を見た。大粒の透明な涙が彼女の目にたまっていて、それは今にもこぼれ落ちてしまいそうだった。
「私は、ヒロインに向いてないのかな……?」
「………………いや、」
そんなことないと続けようとした俺の顔を見るやいなや、和泉の顔からサッと血の気が引いていく。
「そのっ……ごめん今日、学校、休むね……ごめん」
なんとか絞り出したのであろうその声は、ひどく、掠れて聞こえた。
「あっおい、いず……み……」
そのまま飛び出すように和泉は家から出て行ってしまう。彼女を引き留めるために伸ばした手は、虚しく空を切る。追いかけなければいけないのだろうが、足に何かが絡みついているかのように動かなかった。
「んだよ朝から痴話喧嘩か?」
騒ぎを聞きつけたのであろうタレイアが、欠伸をかみ殺しながらやってくる。
「そんなんじゃねえよ」
「あっそ。とりあえず腹減ったから朝飯ぃー」
「……作ってやるからさっさとリビング行ってろ」
いつも通りのタレイアに、少しだけ救われたような気持ちになる。それでも、目の前にある扉は固く閉ざされていて。もう、彼女を追いかけることはできそうになかった。