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第三章 屋上に憧れ持ってたけど屋上に入れなくて屋上が嫌いですって言ったやつ。俺だよ。⑥

「ほ?」


 今なんと言いました? 口を開けろ? パクチー食ってろの聞き間違いじゃなくて?

 和泉が自身の弁当箱から、エビフライを取り出すと、箸を使ってしっぽを丁寧に切り落とす。それからエビフライを俺の口まで持ってくると、相変わらず顔を真っ赤にさせて、何もできずにぼんやりとしたままの俺を睨む。


「いいから!」


 うん? これはもしかして……? いや、そんなはずはないぞ神田透流。いいか、落ち着いて現実を見るんだ。そう都合の良いことがあってたまるか。あれだ。きっと洗脳のせいだ。だいたいそうだと思う。だよね? なんか不安になってきた。

 おそるおそる口を開く。歯磨きしてくるから待ってとさえ言いたくなる。


「目、閉じて」


 言われた通り、俺は目を閉じる。ぎゅっと堅く。世界でまぶたを閉じるのが堅い選手権なるものがあればダントツで一位を取れるほど堅くつむる。俺のまぶたをこじ開けてみやがれ。俺が痛いって泣き叫ぶことになるぞ。


「あ、あーん」


 聞こえてきた、和泉の声が震えている。うわっ何これめっちゃ恥ずかしい。っつーか目閉じてる隙に俺殺されないよね? 大丈夫?


「アーン」


 どこからともなく聞こえてきた声。その声を合図に俺は口をぱくりと閉じる。もっしゃもっしゃと口を動かす。恐ろしいほどの無味。歯ごたえは皆無。先ほどから聞こえるのは俺の歯がかみ合うかちかちという音。

これはそうですねえ。いわゆる空気って食材ですかね。仙人とかが好んで食べてそうなやつ。後、最初に俺の弁当箱に入ってたやつ。いや、そんなことよりエビフライはどこ行ったんだよ。


「ジャポネーゼ手料理! ケッヴォーノ!」


 固く閉じられたまぶたをマッハで開くと、そこには幸せそうに口をもぐもぐさせているパスティーネがいた。


「何でお前が食うんだよ!」


 返せ俺のエビフライ。そして初めてのあーん。


「ナンデイオーマイガット? アナタ何言ッテルデスカ?」

「そんなこと言ってねえよ!?」


 何をどう間違ったらそうなる。どこぞの音声認識ソフトでももうちょいマシだぞ。


「アハハハハッ! ジョーダンデスヨ! イタリアンジョーク」

「あっはい……」


 なんと笑えないジョークだろう。


「パスティーネさん? なんで……」

「ワオ! 名前覚エテクレタデスカ!? エミリア感激デスネ!」

「ど、どうも……?」


 パスティーネの勢いに押されすぎて、和泉の顔が若干引き吊ってる。


「どうやってここに来た。教室であんなに囲まれてたのによ?」

「アー、アレデスカ? 人ノ目ヲ攪乱スル。コレ、忍者ノ初歩ッテ教エラレマシタ」

「誰にだよ」

「ソレハ教エラレマセン。教エタラ最後。ワタシハ打チ首獄門ニ処サレマス故」


 忍者の世界殺伐としすぎだろ。いや、それが普通なのか?


「ねえ、透流。打ち首獄門はまずいんじゃない……?」

「いや、絶対嘘だから」


 俺も一瞬信じかけたけどね。だって、あれだけの人数撒いてくるって忍者か何かかなって思うじゃん。


「コレ、アナタ作ッタ?」


 和泉の弁当箱を指さし、パスティーネが首をかしげる。この空間だけ切り取ったら美少女と美少女が話し合ってる最高に幸せ空間ができあがるわけだが。よく考えるとすごいなこの状況。俺もうすぐ死ぬのかな。願いが叶うなら、来世は美少女が飼ってる犬になりたい。


「えっ、まあ一応……?」


 もっと自信持って良いんだぞ和泉。なんで自分で作ったはずなのにちょっと疑問系なんだよ。


「オッホウ!」


パスティーネはそんな奇声を上げたかと思うと、がしっと和泉の手を握った。その表情は真剣そのもので、なんというか某劇団の男役を思い出させるものがある。


「ワタシノタメニ、毎朝オ味噌汁ヲ、作ッテクダサイマセンカ?」

「はひっ!?」

「は?」


 驚きすぎて変な声出た。まさかのプロポーズ。和泉に至っては突然のこと過ぎて顔が真顔になっている。どうしよう、これヒロインがしちゃいけない顔だ。


「ハンパネエ真顔デスネ……」

「いや、お前が引いたら駄目だろ」


 お前のせいだよお前の。


「アッ変態サン。イツカラココニ?」

「最初からずっといたからな!?」


 なんなら会話もしたぞ。タレイアといい、パステーネといい俺の周りにいる女性はどうしてこうも俺に厳しいのか。


「ジョークデースヨ! ソンナコトモ見抜ケナイナンテ、雑魚モイイトコデスネ」

「いや、ちゃんと見抜けてたから。っつーか真顔で言うのやめてくんない? なんて言うかその……心がつらい」


 隣には思考が完全停止して真顔になったままの和泉と、なぜか真顔になってるパスティーネ。二人の美少女がすぐ近くで真顔になってるんだけど、何この現状。


「あっ、あの! 結婚の前にお付き合いが大事だと思うんです!」


 そしてこの子は何を言ってるの? ようやく思考が追いついたんだろうけど、まだ頭がパニックになってしまっているせいで、言ってることがとんちんかんになってしまっている。


「ナルホド……一理アリマスネ……」


 そしてこっちはこっちで真剣に考え事をし始める始末。どうしようツッコミが追いつかない。


「マッ、ゴチャゴチャ考エテモ意味ナイシ、ワタシハ教室ニ戻リマスゾ!」


 チャオ、とパスティーネは和泉の弁当箱からからあげを一つ掻っさらって行く。そのまま走って扉に向かったかと思うと、突然何かを思い出したかのようにUターンして戻って来る。


「ワタシノコトハ、パスティーネジャナクテ、エミリア、ト呼ンデクレクダサイネ! アナタハ?」

「は、はあ……私は和泉、です……」

「イズミ! 覚エマシタ!」

「どうも……?」


 和泉の様子を見届けるとパスティーネはにっこりと笑う。


「ソコノ変態サンモ、ドウゾ」

「変態さんじゃねえ。神田透流っつー名前があんだよ」

「トール、ネ。シィ! エミリア覚エマシタ!」


 嬉しそうに言った後、何故か俺を見て、エミリアがにやりとした笑みを浮かべた。


「ネエ、トール。コノ世界ノ主人公、アナタダケト思ウ、オー間違イデスヨ?」

「は?」


 それから、うふふっと含み笑い。


「アタシモ、トールと同ジ、主人公デスカラ」


「主人公……? お前も……?」

「ソーイウコトデ! チャオ!」

「あっちょっ! 待てエミリア!!」


 俺の制止も聞かず、エミリアは手をブンブン振りながら今度こそ本当に屋上を後にする。


「何だったんだ今の……」

「嵐みたいだったね」

「そう、だな……」


 彼女の言葉にこくりと頷く。嵐よりもひどい気がするけど。それにしても、一体どういうことだろうか。俺以外に主人公がいるなんざあの駄女神から聞かされていない。でも、エミリアは確かに自分も、俺と同じ主人公なんだと言っていた。

 確かにあの駄女神のことだから、伝え忘れているってこともあり得るだろう。だが、あいつははっきりとこの世界の担当はあいつ自身で、群像劇は好きではないから主人公は一人だけだと言っていたはずだ。となると、どこかでダブルブッキングしたってことか? 天界ってのはそんなに緩くて良い場所なのだろうか。うーん、こればっかりは直接聞くまで分からないか……。


「あ、あのさ透流」

「ん?」

「パスティ――じゃないエミリアさん、お味噌汁に使う味噌は赤白合わせのどれが良いのか言ってなかったよね。私が決めちゃっても良いのかな?」


 なんでまだその話題を引きずってんだよ。もっと気にする話題あったでしょうが。

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