「………………」
わー真っ白だー。すごーい。きれいだなー。
えー、では内容物を読み上げたいと思います。
日の光を浴びてきらきらと光る炊きあがったお米。
一面を覆うその白さはまるで雪国の雪原を思い起こさせる。
なるほど。角度を変えてみるとその美しさがよく分かりますね。
はい、と言うわけで気を取り直して二段目に行きたいと思います。
仕切り代わりのフタを、中身がこぼれないよう慎重に慎重に開いていく。
「…………………………」
内容物、空気。
現場からは以上です。
ここに来てもっとコメントに困るものが出てくるとは思わなかった。俺……和泉に嫌われてるのかなあ。だとしたらかなり手が込んでるよね。やばいなんか泣けてきた。
「透流どうし……はへっ!?」
何も言わない俺を不思議に思った和泉が、俺の手に持ったそれを見てそんな素っ頓狂な声をあげる。
「あ、あれっ!? 今朝確かに入れて……」
それからはっと何かに気が付いたかのように弁当箱から顔を上げて、俺を見た。
「もしかしてお父さんのと間違えたかも……」
「それはそれで問題があると思うぞ?」
和泉のお父さんの弁当っていつもこれなの? さすがに同情する。
「うちのお父さん、なんかお弁当のおかずの位置にこだわりがあるからーって自分で盛りつけるんだ」
「あぁ、なるほど……」
びっくりした。本当にびっくりした。仲良さそうな親子に見せかけて実はーとか考えちゃったよ。っつーかお弁当のおかずの位置にこだわりがあるってなんだよ。そんな人初めて聞いたわ。
「人間だからミスすることもあるって。だからそのー……ほら。今度また作ってくれよ。楽しみにしてるからさ。な?」
「ごめんね……」
目に見えてしょんぼりとしてしまう和泉。正直俺からすれば和泉に嫌われてないことが分かっただけで十分だ。まあ、洗脳が解けたら実はーってパターンもなきにしもあらずな訳ですが。
「まあ、この時間ならまだ購買もやってるし、ちょっくら買ってくるわ」
和泉の手作り弁当が食べられないのは残念だが、理由が理由だから仕方がない。また今度の機会に期待しよう。あるかは分からないけど。
「あー…………それならさっ。お弁当、半分こしない?」
「いや、それは悪い」
「ううん。ちょっと作りすぎたなーって思ってたからその……」
「まあ、そう言うことなら……」
そんな寂しそうな顔をされるとさすがに断れない。少しだけ持ち上げかけた腰をゆっくりと下ろすと、和泉の様子が少しだけ安心したものに変わった。
空気しか入っていなかった弁当箱に、おかずを気持ち少し多めに分けてくれる。彼女の作ったおかずは野菜中心ではあるものの、見た感じバランスが整っているように見える。
「サンキューな」
「ううん。今回は私が悪いから」
「別にこういうのもいいと思うけどな。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
二人して手を合わせてから食べ始める。まずは半分に切られた卵焼きを頬張る。独特の食感がある。これは何だろうと断面を見ると赤と白のものが見えた。なるほど、かにかまを入れて焼いてるのか。ピーマンの炒め物には、醤油を含ませたかつおぶしが一緒に混ぜ込まれており、ご飯がすすむ。
「うめえ」
素直に、そんな感想が口からこぼれた。
「ほんと!?」
「まじまじ。こんな美味い弁当初めて食ったわ」
おっポテトサラダに林檎が混ざってる。しゃくしゃくした食感と噛めば溢れてくる林檎の果汁がポテトサラダにマッチしてる。こりゃうんめえわ。
「お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいなあ。作ったかいがあるってもんだね」
目に見えるほど元気を取り戻した和泉の箸のスピードが、なんだか少し早くなったように見える。いや、実際先ほどより速いペースでおかずが消えてるし、あながち気のせいじゃないのかもしれない。
「それにしても気持ちが良いなー、ここ」
見上げた空は青く澄み渡っていて、風が心地よい。雲が緩やかに流れている様を見るだけでも心が洗われる気がする。最近色々あったからなあ。
「だねー。なんだかピクニックに来てるみたい」
「あーそれ分かるわ」
ただでさえ美味い弁当が、何割りか増しでおいしく感じられる。屋上の魔力ってすげえな。そりゃ色んなキャラクターが屋上に行きたくなるわけだ。かなり納得した。
「っつーか、いつから屋上って入れるようになったんだ? 前まで入るの禁止されてたよな?」
「ん? ずっと来れたでしょ?」
「いや、それはないはず。この前まで屋上に来るまでの階段の前にはでっかい鉄格子があったしな。それに、この金網だって真新しいだろ?」
「そう言われたらそんな気もするけど……」
和泉は自らのもたれている金網に視線を向け、うーんと首をひねる。
『それはこの世界が、そっちの方が都合が良いって判断しただけだ』
以前タレイアがそう言えばそんなこと言ってたような気がする。となると、屋上に行けるようになったことにも頷ける。なんだか探索ゲームみたいだな。
「本当にこの世界って物語になりつつあるんだな……」
ぽつりと呟いたその言葉に、和泉が先ほどとは反対方向に小首をかしげる。
「物語だよ? 透流が主人公の」
だから肇と言い和泉と言い、なんでそんなにあっさり事態を受け入れてるの?
「いや、俺は認めてねえってば」
「認めちゃえばいいのに」
和泉はご飯をつつきながら、そんな恐ろしいことを言ってのける。気のせいでなければどんどん周りがタレイアの思惑通りに固められていってるような気がする。かなり俺としてはマズい傾向だ。
「そうなると、パスティーネさんも透流に関係して来るのかなあ」
「え?」
「だっておかしくない? なんで土曜日に私が偶然ぶつかった美人留学生がうちのクラスに来たりするの?」
言いたいことは分かる。でも、確かに偶然にしてはできすぎているが、それでも確率的にないわけではない。だからと言ってそれもこれも憶測の域を出ないのだが。
まあ、でも今はそんなもしかしてを考えるよりも、今は和泉の料理を食べよう。美味しい料理は美味しく食べたいし。
こっ。
そんな音とともに、箸先に堅い感触。
はて? そう思いながら手元に視線を落とす。するとそこには先ほどまであった食材が消えてしまっている。どうやら色々考え事をしているうちに食べ終えてしまっていたようだ。なんだかもったいないことをした気分になる。言い換えるならそう、ゲームセンターで夢中になってたら財布がスッカラカンになってたのと同じ感じ。伝われこの空しさと後悔。でも、和泉が俺のために作ってくれたという、その事実が嬉しいんだ。俺はそう思いこむことにして、弁当箱を片付け始める。
「あれ? もう食べたの?」
「ん? あぁ、美味かったからな。気が付けばーって感じ」
美味しい料理って、なんでか食べるの早くなるよね。あれって俺だけなのかな?
「もうちょっといる?」
「いや、大丈夫だ。それに和泉は今日部活だろ? ちゃんと食っとかねえと良い演技できないんじゃないのか?」
「それは別に大丈夫だけど……あっ」
「ん?」
突然声を上げた和泉の顔が真っ赤に染まる。そちらへ視線を向けるが何もない空間が広がっているだけで顔が赤くなる原因になりそうなものは見当たらない。和泉は先ほどからあわあわとしているが何か見えるのだろうか。何だろう……裸のおっさんでもそこに立ってるのかな。自分で考えといてなんだけど、それだったらヤだなあ……。どうせなら美少女が良い。
「とととととと透流っ!」
「はい透流です」
びっくりしすぎて敬語になっちまったじゃねえか。その代わり声音はかなり落ち着いてるもんだから、和泉のあわあわ具合が悪化してしまう。もう何が何だか。
和泉は数回大きく深呼吸すると、いつになく真剣な瞳で俺を見る。この目はあれだ。学園祭とかで本気の演技をしているときのそれだ。彼女の大きくて黒い瞳に、間抜け面した俺が映っている。
「口開けて」