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第三章 屋上に憧れ持ってたけど屋上に入れなくて屋上が嫌いですって言ったやつ。俺だよ。④

 転校生って高校生になっても囲まれるもんなのな。まあ、パスティーネの場合は転校生ってより留学生だけどさ。そんなことを休み時間になる度に思わされる。


「それにしてもすごい人気だねえ」

「そうだなー」


 俺と肇の視線の先。そこには大勢の人に囲まれた噂の留学生がいる。彼女の席は俺たちの席のちょうど反対側。つまり、廊下側の最後列に座るパスティーネの元に人がわらわらと集まっていた。他のクラス、学年からも人が押しかけているせいでおちおち廊下にも出られない。黒山の人だかりって言うよりも、あそこまで行くともはやただの壁だ。


「せめてもの救いは移動教室が今日はないってことぐらいか?」

「だね」


 肇はそう言って大きな欠伸を一つ。最初こそ今の光景を楽しんで見ていたが、さすがに見飽きたのは、どうやらこいつも同じらしい。


「んじゃ、俺は今から購買でパンでも買ってくるけど、透流はどうする? 今親御さんいないんでしょ?」

「あーそうだな。俺はいいや。どこぞの駄女神がいるから少しでも節約しないとだし」

「あータレイア様のこと? それは確かに節約した方がいいかもね」

「様付けしなくていいだろ、あんなやつに」

「一応女神でしょ?」

「一応な」


 あれで女神が務まるんなら、和泉だとかなり上位の女神になれる気がする。


「あははっ。それじゃあ、また後でね」

「あいよ」


 人混みをかき分けながら出て行く肇を見送ってから、カバンの中に入れていたマンガを取り出す。そう言えばこの作品、アニメ一期の最終回で二期制作決定って言われてたけどいつ放映すんだろ。もうかなり待ってるんだけど。

 ページをぺらりとめくった瞬間、ポケットの中に入れていたスマホがぶるりと震えた。肇だろうかと思い画面をのぞき込むと、そこには和泉からのチャットが届いていた。周囲を見渡しても和泉の姿は見られない。いつも彼女が一緒にご飯を食べているメンバーの中にもいない。


 何かあったのだろうかと訝しみながらチャットを開くと、『屋上で待ってる』という簡素なメッセージが届いていた。屋上? どういうことだろうか。この学校は屋上への出入りは禁止されているはずなんだけど。

 肇がそうしていたのと同じように俺も外に出ようと奮闘するが、なかなか出られない。渋谷とかそこらへんのハロウィンイベントでももう少しましだと思うほどの密度。まあ、俺ハロウィンイベントとか行ったことないんですけどね。ソシャゲとかのハロウィンイベントで忙しいし。


 そんなことを考えながらなんとか人混みを抜け出す。多分リアルに五分ぐらいかかってる。どんだけこの狭い廊下にいんだよ。初詣の神社か。まあ、年末年始は以下略。

 階段をあがって一つ上の階へ。四階建て校舎の最上階。三年生のフロアはパスティーネを見に行ってる生徒が多いからか、いつもより人が少ないように見える。


「さて、屋上つっても行けるわけが…………行けるねえ」


 いつもなら、まるでそこだけ刑務所のように鉄格子がかかった場所。金曜日まで確かにあったはずのものが綺麗さっぱり消えてしまっている。

いやなんでだよ。これはおかしいだろ。事前連絡も何にもなかったのに何で行けるようになってんのさ。


「とりあえず行くしかないよなあ……」


 和泉がいるし。

 おそるおそる階段を踏みながら目的の場所へと向かう。確かにラノベとかアニメとかにはよく屋上でーみたいなシーンがあったし、中学の時は行けるのかなあってわくわくもしたよ? でも、なんだろう。いざ行けるとなったらなったで、本当にいいの? 本当に大丈夫? って物怖じしてしまうわけで。

 少しどきどきしながら屋上への扉を開く。空気圧の関係で、ふわっと風が吹いて俺の髪の毛を乱す。


 思ってた以上にがらんどうな空間。あるのは何かの花を植えている、大きくて簡素な植木鉢がちらほら程度。生徒の数も思っているよりかは多くない。

 太陽光に目を細めながら、目当ての人物を捜す。黄色いニット帽はよく目立っていて、すぐに見つけることができた。和泉は緑色の真新しいフェンスにもたれながら、ぼんやりと俺を待っていた。


「悪い、遅くなった」

「あっ、ううん。こっちこそ突然ごめんね」


 立ち上がろうとする和泉を制し、少しだけ距離をあけて隣に座る。密着して座るのはさすがに……ねえ?

 無言のままでいる俺たちの間を涼やかな風が通りすぎていく。グラウンドからはもう食べ終えたのだろうか、男子生徒たちの賑やかな声がそれに乗って聞こえてくる。


「それで、用件ってのはパスティーネのことか?」


 このままでは無言で昼休みが終わってしまいそうだと判断し、ここに来た目的を口にする。


「それもなんだけどその……」


 和泉はそう言うと、意を決したように足下に置かれていた何かを俺に差し出した。


「あ、あのさお弁当作ったんだけどさ! お昼ってもう食べちゃったかな!?」


 おべんとう……だと……? マジで? 女子の手作り弁当って都市伝説じゃないの?

 手料理はここ何日かで食べたが、お弁当となるとちょっと意味合いがね。変わってくると思うんですよ。えぇ。それにしても和泉と屋上でお弁当か。女子の手作りというだけで心が躍るというのに、それが和泉レベルの美少女からいただけるとなるとですね。えぇ。心がダンスパーティーですよ。えぇ。


「どうしたの? 気持ち悪い笑い方して……」

「あっいや腹減ったなーって思っただけだ。気にすんな。っつーかまだ何も食ってねえから腹の中がフィーバータイムだっただけだ」

「えっフィ? えっ?」


 そんなに気持ち悪い笑い方をしてたのだろうか。ただ、顔が結構ガチで引いているところを見ると、そうだったのだろう。ちょっと傷ついた。


「んじゃあ、はい。これが透流の分ね」

「サンキュー」


 手に持ったお弁当箱がずっしりと重い。ほう。いったい何が入ってるのだろうか。期待が高まる。

 和泉がそうするように、俺も彼女が手渡してくれた弁当箱の包みを開く。シンプルな黒い二段になった弁当箱。サイズや色合い的に彼女の父親のものだろうか。

 さて一段目には何が入ってるのだろうか。とわくわくしながらフタを開ける。かぽっと気持ちのいい音が鼓膜を揺らす。


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