結局、次の日も和泉は体調が悪いとかで家に来ることはなかった。
それは事情を知っている俺からすれば仕方がないことだと脳内で処理することができるが、何も知らないタレイアは土曜日からずーっとぶーぶー文句を垂れている。
「和泉ちゃんのご飯食べたーい! ごーはん! ごーはん!」
「だーもう、うっせえな! 和泉は体調悪いから来ねえって言ってんだろうが!」
「えーやだやだ! あたしは和泉ちゃんのご飯がいー! てめえなんかのゲロマズメシより、和泉ちゃんの神うまご飯が食べたーい!」
「じゃあ自分で作れば良いだろうが」
「いや、あたし料理できねえから」
じゃあ文句言うなよ。っつーかきっぱり言いやがったなおい。
「はぁ……」
「んだよ、そのため息はよぉ。文句あっか? 女神だっておいしいご飯食べてえに決まってんだろうが。誰が好んでゲロマズメシなんか食いたいと思う。てめえぐらいだよ」
「俺だって思わねえよ!?」
こいつは俺をなんだと思っているんだろうか。っていうか元はと言えば和泉にあんなことがあったのはこいつのせいなんだよなあ。でも、そんなこと言えばこの駄女神のことだ。お前が主人公になることを受け入れないせいだとか何とかってわーぎゃーわめくんだろうなあ。迷惑以外の何ものでもねえ。
「っと、んじゃ行ってくるわ。ミーコ、そこの駄女神の見張りよろしく頼むぞ」
「そのまま事故って骨でも折ってこい」
「女神がんなこと言ってじゃねえよ。んじゃ行ってくるわ」
「さっさと行けカス。気が散る」
タレイアは新聞を睨みながら。ミーコは軽く顔を上げて。二者二様の送り方で俺を送り出す。
家を出ると、ちょうど和泉がチャイムを押そうとしていたところだった。土曜日に買ったばかりの黄色いニット帽は彼女によく似合っていた。
「おはよう透流」
「おう、おはよう」
こうして二人で登校するのは金曜日を含めて二度目だが、まるでいつもそうしていたかのような、不思議な安心感がある。誰かに見られたら後で殺されそうだけど。
「体調はもう良いのか?」
「まあ、うん。大丈夫……かな?」
疲れた笑みだと思った。化粧で隠されてはいるが、彼女の顔には疲労の色が色濃く表れている。土曜日にあったことと、これからの生活での不安。その両方から来るものなのだろう。
「それと昨日はごめんね。タレイアさん、大丈夫だった?」
「ん? あいつはいつも通りだから気にすんなよ」
うん。いつも通り、あいつはめんどくさい。
「あはは……」
こんな風にどこかぎこちない感じに笑う和泉を見るのはこれが初めて……じゃないな。あれ? 見覚えがある気がするんだけど全然思い出せない。確かこんな風に笑いながら……そうだ。泣いてたんだ。なんでかはもう覚えてないけど、泣きながら笑ってたんだ。それで俺……どうしたんだっけ?
「和泉ってさ。昔からよく泣いてたよな?」
「へっ? 突然どうしたの?」
「昔のこと思い出してただけなんだけどさ。俺の中にある和泉の幼い頃の記憶って、なんでか知らんが毎回泣いてるんだよ」
「確かに泣き虫だったけど……何?」
そんな冷たい目で俺を見るのはやめてくれ。なんか和泉にそんな目で見られたいとかほざいてたやつが隣のクラスにいた気がするからそいつにしてやれ。喜ぶと思うぞ。
「何でもねえよ。その、うん。昔を懐かしんでただけ」
「ジジくさい」
ほっとけ。
「でも、確かに懐かしいなあ。私、昔は本当に泣き虫だったから。って言っても今もあんまり変わってないんだけどね。テレビとか映画とかですぐ泣いちゃうし」
「そう言えば小学校の時、一緒に映画を観に行った時も隣で号泣してたもんな」
「なんでそう言うとこは覚えてて大切なところは忘れてるかなあ……」
「すんませんねえ」
「別にいーですよーだ」
そう言いながら舌をんべっと突き出す彼女は、以前と同じ――とまでは行かないまでも、先ほどよりかは元気を取り戻したように見える。
「透流ってさ。自分が思うよりずっと主人公に向いてると思うよ?」
隣ではいつになく真剣なまなざしの和泉がいて。一瞬返答に困ってしまう。それでも、俺の気持ちは昔から、こうして主人公だと告げられた今でさえ変わることはない。俺がなりたいものは、主人公なんかじゃない。
「俺がなりたいのは力矢さんみたいな主人公の親友ポジションであって、主人公じゃねえよ」
「あー懐かしいそれ。シューティングスタイル伊吹だっけ? あのアニメよく一緒に見てたよねー」
「えっ、覚えてんの?」
「そりゃあれだけ毎日毎日見てたらねえ」
そう言いながら、和泉は苦笑いを浮かべる。
「本当に昔から力矢ばっかりだったもんねぇ。私からすれば、むしろ透流が今も力矢が好きだったってことにびっくりかな?」
「そりゃあ憧れの人だしな。だから俺は主人公じゃなくて、親友ポジションになりたいんだよ」
「……そっか」
その声にどういった感情が込められているのか、俺には分からなかった。