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第二章 クラスメイトと遊ぶって都市伝説じゃないんですか?⑥

 肩で息をしながら、俺たちは改札を抜ける。電車は数分前に到着していたようで、難なく乗車できた。空いていた適当の席に二人並んで座り、ようやくそこで一息ついた。


 呼吸が落ち着いても、俺たちの間に会話はない。お互い、何を言えば良いのか分からなかった。和泉は肩を抱くようにしてうずくまり、俺は空っぽの両手を無意味に開いたり閉じたりしている。人がまばらに乗り込んできたなというタイミングで、電車がゆっくりと動き出す。

 電車の中は人が多く乗っているにも関わらず、どこか静かだ。みんな手にしたスマホを見たり、本を読んだり眠ったりと思い思いに過ごしている。正面に座る女性二人組が、スマホを見て何やらクスクス笑っている。一瞬もしかしてと考えてしまうが、耳を澄まして聞くに、どうやら今度の休みにどこへ行くかを話し合っているだけのようだった。


『せっかくだからさ、水族館行かない?』


 そんな和泉の楽しげな声が耳の奥で鳴った。数時間前の彼女とは打って変わって、隣の和泉は縮こまった姿勢でいる。

 それは結局、目的の駅に着くまでそのままだった。


「ほれ、降りるぞ」

「……うん」


 今朝とまるっきり反対だ。俺が先に立って、和泉がそれにつられるように立ち上がる。

 帰り道。

 電車と同じように、無言のままで俺たちは歩き続ける。

 何と声をかければいいのか、分からない。

 もし、力矢さんがこの場にいたら、何て和泉に声をかけるのだろうか。そんな考えても仕方がないことを、考える。誰より優しくて、人が困ってたら自分のことをほっぽり出してでも助けようとする彼なら。一体、どうするのだろう。


 ――心配すんなって! 困ったときは俺がいるからよ!


 物語で主人公の伊吹に言ったように、そう言うのだろうか。一見無責任に聞こえる言葉だが、彼の言葉にはそう思えるだけの力があった。だからこそ伊吹は勇気づけられ、前に進むことができたのだ。でも、俺には彼のような力がない。

 俺はただただ、無力だ。


「今日はありがとうね」


 彼女の家の前、門扉に手をかけながら和泉が弱々しく笑う。


「あぁ、うん。こちらこそ」

「それとごめん。今日はご飯作りに行けないや。本当にごめんね。明日はちゃんと作りに行くから」

「そんなこと気にすんなよ。俺の親が勝手に押しつけただけなんだから」

「それは……」

「まあ、今日はゆっくり休めよ。話はそれからだ」

「そう……だね……。うん、ありがとう透流」


 それじゃあ、と言って家に入ろうとする和泉の姿があまりにも疲れて見えたから。俺はとっさに彼女の腕を掴んでしまう。


「どうしたの?」


 困惑した表情で尋ねる和泉に、俺は何も言えない。当たり前だ。だって、何を言おうとしているのか考えていなかったんだから。それでも、なんとか鈍った頭をフル回転させて、言葉を選んでいく。


「あんなことになるなんて誰にも分からなかったから。だからその……なんだ。次から気をつけようぜ」

「透流は……」

「ん?」

「透流はやっぱり優しいね」

「そんなことねえよ」

「あるよ。透流は初めて会ったときからずっと、優しかったよ」


 少しだけ口元に笑みを浮かべるも、その笑顔はすぐに曇ってしまう。


「透流はさ、私がヒロインは……嫌?」

「なんだよ突然。嫌ではないし、むしろ嬉しいけどさ。でも、それは和泉が俺に対して抱いているものじゃないと思うぞ。それはタレイアに選ばれたからそう思ってしまってるだけであって、幻想以外の何物でもねえよ。言っちまえば勘違いみたいなもんだ。どうせ全部から解放されたらお前のその気持ちだって、どうしてあんなやつのヒロインなんかになろうとか思ったんだろうってなるさ」


「……そんなことないよ」


「ん?」

「……ううん、なんでもない。それじゃあ、今日はごめんね」


 尻すぼみになっていく声。家の中に消えていく背中は、どこか悲しげに見えた。


「なっさけねぇな俺……」


 完全に扉が閉まるのを見届けて、ぽつりと呟く。

 彼女が抱いているものは、タレイアが和泉に埋め込んだ思考なのだろう。確かに和泉みたいな可愛い女の子に好かれたら誰だって嬉しい。事実、俺はかなり嬉しい。


 でも、その思いがただの幻想なんだとしたら。それは俺にとっても、彼女にとってもやるせなさしか残らないものだ。だから、さっさとタレイアを納得させて、早くこんな悪夢から覚まさせてやらないと。それが、俺が彼女にできる、唯一のことだろうから。

 俺のせいで和泉が傷ついた。そんな罪悪感に、胸が押しつぶされそうだった。

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