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第二章 クラスメイトと遊ぶって都市伝説じゃないんですか?⑤

 食事を終え、俺たちはそのままサンシャインシティを後にする。夕方にさしかかっているということもあってか、来たときより人が多いような気がする。


「帽子、被らなくていいのか?」

「不思議と取れないし、今日はいいや。それに、取れないなら取れないで夏はこれ着けてればいいし」


 和泉はカチューシャをなでると、ぴょんと跳ねた。うん、大丈夫そうだ。今日一日ずっと見ているが、確かに取れそうには見えない。っていうかこんなことなら別に買わなくても良かったんじゃないかとさえ思ってしまう。


「今日は楽しいデートだったねー」


 ようやく駅が見えてきたところで、ふいに和泉が言った。


「買い物だろ?」

「それをデートって言うんじゃない?」

「いや、その理屈だといろいろな人たちがデートしてることになると思うぞ?」

「透流と真宮くんとか?」

「う、うん……」


 なんだろう、すっげえ認めたくない。

 でも、そういった会話でさえ楽しいのは紛れもない事実で。俺は和泉にばれないよう、本当に小さな、満足の息を吐き出した。

 俺たちは無言で信号を待ちながら車が走り去るのを眺め続ける。赤、銀、黒、オレンジにブラウンそして青。本当に色とりどりで、様々な形の車があるものだと、よく分からない関心さえしてしまうほど。それだけ休日の池袋がにぎわっていると言うことなのかもしれない。


 ふと、反対側によく目立つ金色の頭を見つけた。今時髪を染めれば金色にだってなるし、東京という大都市に外人がいたところで不思議ではない。それなのに、なぜだかよく目立つ。

 信号が青になり、俺たちは人混みに紛れて歩いていく。数歩進んだとき、ふいに和泉が俺の服の袖をひっぱった。


「んだよ」

「ねえ見て透流、すっごく綺麗な人」


 彼女が見ている先には、俺が先ほど見つけた金色の頭をした女性が歩いてきていた。

 思わず、息をのんだ。


 和泉が高嶺の花でありながらも、お近づきになりたいと思うような美人であるとするならば、その女性にはどこか、近づきがたい美しさがあった。

 確かに外人かつ金髪碧眼は何割り増しで綺麗に見えるというすり込まれた考えがあるのは認める。しかし、それを抜きにしてもなんていうかこう……語彙力を失うレベルで圧倒されてしまう美人。それにスタイルも遠目で分かるほど整っている。出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでるみたいな。言ってしまえばエロい身体つきってやつだが、そんなことを考えることすら失礼だとさえ思えてしまう。


「あんな人、本当にいるんだね……」

「あ、あぁ……」


 きっと周りの人間も同じことを考えているのだろう、辺りを見渡すと、みんな間の抜けた顔で彼女のことを見ている。

 横断歩道の間にある、中央分離帯。そこですれ違う瞬間、目があった気がした。しかし、それは俺と言うよりも、和泉を見ていたような――。


「きゃっ!」


 そんな悲鳴が聞こえて、視界の隅から和泉の姿が消える。


「ッァウ! スミマセン、ダイジョー……ブ?」


 なんだかこちらが驚くほどテンプレ的な片言の日本語だなと思いながら聞いていると、俺の隣に視線を向けた女性の目が、まん丸の状態で固まっている。

 あっ。

 視線が女性に惹き付けられていたせいで、完全に意識から抜け落ちていた。絶対に抜け落ちてはいけなかったのに。

 思考が鈍くなっていた。だから、気がつけなかった。本当ならもっと早く。ぶつかった瞬間に、俺が、気が付かなければいけなかったのに。


「これはっ………………」


 口の中がカラカラに乾いて、それ以上の言葉が出てこなくなった。頭の中にここに来るまでに考えていた様々なことが浮かんできて、思考を一緒にかすめ取っていく。

 粘りけのある汗が、吹き出してくる。止まらない。

 どうしよう。どうしてさっき無理矢理にでも帽子を被らせなかった? さらし者。実験場。


「何あれ……? 本物?」「えーさすがに偽物じゃない?」「でも、すごく本物っぽくない? それに動いてるし」「いや、現実的に考えてマジモンなんてねーから」


 遠くから、そんな声が、がさがさと聞こえてくる。そう。現実的に考えてありえない。でも、その実あり得てしまっている。

 他ならぬ、俺のせいで。

 和泉に視線を向けると、周りの声で彼女も自分の置かれている状況に気が付いたらしい。顔が蒼白になり、大きな目には涙がたまっている。彼女の頭の上にある猫の耳はおびえたようにへたって、小刻みに震えている。

 彼女もきっと、俺と同じことを、考えている。


「ちがっ……!」


 何が違うのだろうか。どういえば良いのだろうか。

 俺が守らなきゃいけないのに。俺のせいで巻き込んでしまったんだから。でも、どうしたらいい? そうじゃない。助けなきゃいけないんだ。

 だって、それは俺が俺が俺が俺俺俺俺は――――。


「ワーオ! ネコミミビショージョ! スゴイカチューシャ、デッス!」


「へ? カチュ?」


 一瞬状況が理解できなかった。ただ、分かるのは女性がしゃがみ込んで、和泉の耳を見ながら目をきらきらとさせているということ。


「ニホンノ作ル力、スゴイデスネ! アタシカンゲキ!」

「えっ、あっそうそう! すごいっしょ? これ俺が作ったんですよ。上手にできてるでしょ?」

「アナタ、作ッタ! エグイデス!」


 えぐいなんてどこで覚えたんだあんた。俺はそんなツッコミを飲み込み、嘘を並べていく。


「いやー、本当はこれから商品開発として企業に売り込もうと思ってたとこなんですよねー。こんなところで見せちゃうなんて失敗だったなー!」 


 できるだけ、声高に。もう、女性がこの言葉を理解しているかどうかなんてどうでもよかった。ただ、周りを騙さないと。和泉を助けないと。今はその一心だった。

 周りから少しでも和泉が隠れるように立ち位置を移動する。


 遠くで「ほら偽物じゃん」「偽物かよ」「だから言ったっしょ?」「でも、すげえ精巧に作られてるよなあ」みたいな落胆した会話が聞こえてくる。どうやら、ごまかせてはいるらしい。そのことに内心安堵しながらも、そわそわと辺りを見渡す。いつの間にか赤に変わっていた信号は、もうすぐ再び青になろうとしていた。人の流れが変わる前に移動しないと。


「エー……ソレワタシ、買エルッテコト?」

「そ、そうそう。商品になったら買える、おっけー?」

「オーッ、ワカリマーシタァ。楽シミ、シテマス」

「さ、さんきゅーナイスガール」

「グラッツェナイスガイ!」


 女性はまぶしいほど美しく俺に笑うと、そのまま尻餅をついた姿勢のままでいる和泉に手をさしのべた。


「立テマス?」

「あっ、はい……アリガト、ございます……」


 パニックになっているからだろう。女性以上に片言で礼を述べると、彼女に手を引かれるようにして和泉が立ち上がった。


「時間、ゴメンナサイ? マタ、オ? 会イデキタラ、イイ、デスネ?」

「ソ、ソウデスネ……」


 うん、俺も人のこと言えなかったわ。ただ、できることなら二度とお目にかかりたくないかな。申し訳ないけど。

 女性に手渡されたカチューシャを急いで和泉の頭に被せ、彼女の手を引きながら青に変わったばかりの信号を走って渡る。


「チャオ!」


 遠くで、そんな声が聞こえた。


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