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第二章 クラスメイトと遊ぶって都市伝説じゃないんですか?④

「透流?」


 肇は友人であることを差し引いても本当に良いやつだ。友達になれてよかったと心から思える。


「ねえ」


 主人公が肇で、ヒロインは和泉。そうなれば俺も主人公の親友ポジションに居座って二人の恋路をだな――ん? そうなると全部がうまくはまるんじゃねえか? 俺天才か? うん、天才だな俺。そうと決まればさっそく……。


「ねえってば。透流聞いてる?」

「えっあっ悪い聞いてなかった」


 肩を叩かれてようやく呼ばれていたことに気がついた。あれ? 俺今すごく天才的なこと考えてたような……? でも、今はこっちが先か。

 和泉は彼女の髪色に似た、ワンポイントのついた黒色のニット帽と黄色のシンプルなニット帽を俺に差し出した。


「どっちが良いと思う?」

「和泉の髪色で考えるなら黒の方じゃないか? まあ、この猫の刺繍が先生によっては引っかかるかもしれんが――」

「そうじゃなくて、私は透流がいいなあと思う方を聞いてるの。ねえ、どっちがいい?」

「なんで俺? 買うのは和泉だろ?」

「いいから」


 うーん、意味がわからん。でも俺がいいなあと思う方なら。


「こっちかなあ……」


 そう言って俺が指さしたのは黄色のそれ。その瞬間、和泉の顔がぱっと輝いた。


「やっぱり! 透流なら黄色を選んでくれると思ってたんだー」

「なんだそれ」

「いいのいいのっ! それじゃあ、買ってくるから外で待ってて!」

「へいへい。んじゃ外のベンチで待ってるからな」

「はーい!」


 全くもって状況を理解できないまま俺は店を出る。適当なベンチに座りながら、必死に彼女が好きな色を思い出そうとする。確か赤系統が好きとか言ってた気がするんだけどなあ。今日も黄色のものは何一つ身につけてないし。

 上機嫌でこちらに歩いてくる和泉は白のタンクトップの上に青色のチェック柄のシャツ。下はショートデニムパンツ。それから茶色のショートブーツ。うん、やっぱり黄色のものは見られない。まあ、赤系統もないんだけどね。


「お待たせ~」

「待つってほど待ってない。飯食いに行こうぜ。腹減った」


 ベンチから立ち上がり、もう一つ上のフロアにあるレストランゾーンを目指す。後ろでは振り返らなくても分かってしまうほど和泉が嬉しそうにしている。


「和泉って黄色好きだっけか?」

「好きっていうか思い出があるの」

「思い出? いつの?」

「んー、こっちに引っ越してきたときぐらいかな?」

「ってことは小二ぐらいか?」

「それくらいかな。そのときまだ私は七歳だったけど」


 和泉が隣の家に引っ越してきたのは、小学二年の夏休みが終わる少し前くらい。父親同士が高校時代の親友だったとかなんとかってことで、家族ぐるみの付き合いが始まったのだった。

 和泉には最初、俺ぐらいしか知り合いがいなかったということもあり、ずっと俺の後ろを着いて歩いてたんだったか。まあでも、それからしばらくして名前は忘れてしまったが女友達ができて仲良くしていたから、その友達との思い出だろう。


「まっ、透流が覚えてないならしょうがないか……。そんなことよりご飯食べに行こっか。私トンカツが食べたいかも」

「お、おう……? っつーかトンカツて……俺は別に良いけどまたがっつりしたもん食うなあ。女子ってダイエットとかで大変なんじゃないのか?」

「最近ちょっと痩せたからいいのー」

「さいですか」


 いいのかそれで。そんな疑問をトンカツのことを考えてあふれてきた唾と一緒に飲み込み、俺たちはとんかつをメインにしている店へ足を運ぶ。少し金額は高めだが、ごはんとかキャベツがおかわり自由だし、たらふく食えると考えれば問題ないだろ。

 適当な席につき、それぞれ注文をすませる。店舗内をうろうろしているうちに、いつの間にか昼のピークをすぎていたようで客の姿はまばらだった。そのこともあってか、料理も十分と待たずに運ばれてくる。


「「いただきます」」


 意図せずに合ったその声に、俺たちは笑ってしまう。


「なんで被せてくんだよ」

「昔からそうだったからじゃない?」

「そう言えばそうか」


 二人で一緒にいただきます。二人で一緒にごちそうさま。

 忙しい和泉の両親に変わって、料理を作っていたのが俺の母親だった。中学にあがる頃には二人とも思春期で、一緒にいるのがなんだか気恥ずかしくて、気が付けば一緒に食べなくなっていた。それに、和泉が演劇部に入ったことも大きいだろう。かなり本格的な部活だったらしく、帰ってくるのはいつも最終下校ぎりぎりと遅かった。帰宅部の俺とは大違いだ。


 高校に入ってからもそんな生活は変わらなくて。ずっと演劇を続けていた和泉と俺のすれ違いは時間をかけて大きくなっていった。それが突然終わったのはどこかの馬鹿が、俺を主人公に選んでしまったからで。


「なあ、和泉は俺のヒロインになれって言われたときどう思った?」

「突然どうしたの?」

「なんとなく気になっただけかな」

「うーん……今は秘密かなあ?」

「なんだよそれ」

「なんとなく言いたくないだけー」

「そうですか……じゃあよ、」

「……聞かないんだ」


 ぼそりと、和泉が何か言う。しかし、その言葉は口の中で呟かれたせいで上手く聞き取ることができない。


「ん?」

「なんでもなーい。で、透流は何か聞きたいことがあったんじゃないの?」

「あ、あぁ。和泉はさ、最近まで俺のこと避けただろ?」

「まー………………うん?」


 あっなんか心に来る。それは覚えてるのね。でも、そうだと分かった以上、俺には聞かなければならないことがある。この空気を壊してしまうとしても、だ。俺のことを最低だと思われたとしても、洗脳が少しでも解ける方が優先だろう。


「じゃあ、どうして和泉は俺と今こうしてるんだ? それこそが洗脳ってことの証明じゃないのか?」

「あー、透流は多分って言うか絶対勘違いしてると思う……」

「えっ、どういうこと?」


 その言葉に、和泉がうーんと考え込む。それからようやく顔を上げると、どこかあきれたような苦い笑みを浮かべた。


「まっ、そこはほら。思春期的なヤツってことで」

「いや、分かんねえから」

「それは透流が乙女心ってやつを分かってないからだと思うなー……いただきっ!」


 和泉はそう言うと、俺の皿からカツを一切れさらっていく。


「あっ、おい! それ俺のだろ!」

「乙女心が分かってない透流が悪い」

「ったく……」


 そう言われてしまうとこちらとしては何も言い返すことができない。乙女心が分かっていないのは事実だし。だから、綺麗に食べる和泉を黙って見ることしかできなくなる。


「和泉って本当に綺麗に食べるよな」

「残さず食べるってこと? そうでもないよ。たまに残しちゃうし」

「いや、それもそうだけど、食器の持ち方とかって言えば分かるか?」

「まぁ透流のお母さんに厳しく教え込まれたし? だから透流だって綺麗じゃん」


「そうかぁ? 意識したことないからわかんねえや」

「それは私も同じだよ。まあ、昔は食事の時だけ透流のお母さんが怖かったけど、今は感謝してるかな?」

「あーそれ分かる。俺も持てるようになるまでは、ずっと食事の時間が嫌だったわ。泣きながら食ってたぐらいだし」

「えぇ……。それは引くんだけど……」


 なんでだよ。


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