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第二章 クラスメイトと遊ぶって都市伝説じゃないんですか?①

 天罰とは。


 大まかに言えば、主に天が悪事を犯した者に対し、下す罰のことをさすらしい。

 どうやら俺は自称神の駄女神の怒りを買ってしまったらしく、天罰を受けることとなった。その結果、もうこれを見ているのか読んでいるのかは分からないけれど、とりあえずこの物語に触れている皆さんはお分かりだろうが、事実確認のために一応下された天罰をお話ししたい。


 和泉に猫耳が生えました。


 俺にじゃないんかい。いや、俺に生えても需要ないけどさあ。

 下した本人(本神?)曰く。


「男に下す天罰とか呪いなんて、戦闘モンかホラー以外お呼びじゃねえから」


 差別かよ。まあ確かに、男に天罰が下って熱い展開はファンタジー作品とかそこらへんで、勇者が何かしらの強大な敵を倒すさいに受けたもの、たとえば時間制限制みたいなのの方が面白いのには同意する。事実俺も好き。特に昔受けた呪いのせいで力が半減しながら戦うとか大好きだし。それでもなぜ俺じゃなくて和泉なのか。


「天界の野郎どもだって、ただのスケベよ? そりゃエンターテインメント的に美少女にあれやこれやがあった方が食いつき良いに決まってるっしょ。っつーかそれの何が不満なのよ。てめえだって猫耳美少女好きっしょ? あたしは大好き」


 お前の趣味は聞いてねえ。確かに俺も好きだけどね、猫耳美少女。それに和泉めちゃくちゃ似合うもん。ただ、それはそれ。これはこれなわけでして。


「んだよ。てめえは戦闘モンの世界の方が良いわけ? してやろうか? それぐらいならスロで負けるより余裕よ?」


 嫌だよ。って言うか仮に主人公補正あったとしても生き残る自信なんてないから。いや、主人公なんて認めてないけどさ。


「ねえねえ。すっごい眉間にしわ寄ってるけど大丈夫……?」

「ん? あ、あぁ考え事してただけだから。大丈夫」

「そう?」


 隣に座る和泉が、まだ納得のいっていない顔で俺を見ている。


「あの駄女神が腹立つなあって考えてただけだよ」

「確かに口は悪いよね。でも、根はいい人だと思うよ?」

「そうかあ?」

「わかんないけど……」


 そこはそうだと言い切った方がいいのではないだろうか。まあ、あの様子見てる限り難しいか。

 ふうと息を吐き出し、窓の外に視線を向ける。ゆっくりと停車した電車に人がちらほらと乗り込んでくる。電車に揺られることはや五分。目的地の池袋までは残り二分ほどだろうか。

 ちらりと和泉を見ると、スマホをいじって何やらしていた。おおかた友人か誰かにメッセージでも送っているのだろう。女子高生も大変だなあなどとのんきに考えるも、頭にちらつくのは彼女の頭に生えたそれのこと。今はタレイア特性のカチューシャとやらで押さえつけているが、外れはしないかとさっきからずっとどきどきしている。これが恋だろうか。いや、絶対に違う。


 確かに和泉と出掛けるというシチュエーションには間違いなくどきどきしてる。昔は一緒に泥だらけになるまで遊ぶような仲だったが、中学高校に進むにつれ関係は次第に疎遠になっていった。そう言った意味ではタレイアにも感謝らしいものはしているが、それは飽くまでもあいつの洗脳によるものでしかない。どうせならなあとぼやいたところで結果は変わらないのだから、今は流れに身を任せるしかないのかもしれない。

 今回出掛ける原因となったものに視線を向け、もし、今外れたらどうなるだろうと考えてみる。車内にわき起こる悲鳴と、興味の目。ただ存在するだけならまだしも、ぴこぴこと動くのだから洒落にならない。写真を撮られてネットに拡散。それがきっかけでどこかの国に命を狙われて……。やめよう、考えただけで気持ちが沈みそうだ。


 やがて、車内アナウンスが目的地を告げ、一度大きく揺れた後、静かに停止した。一瞬、近くなったタイミングで彼女の髪からふわりと甘い香りが漂って来たような気がして、俺は急いで顔をそらす。急に女の子と出掛けてるんだと意識してしまう。なんかそわそわしてきた。


「さっ、降りるよ」

「あいよ」


 和泉が立ち上がったのを確認して、俺も椅子からよいしょと腰を上げる。ホームにはあきれるほど人があふれていて、そう言えば今日は土曜日だったことを思い出す。人混みにうんざりしながら改札を抜けると、車道を挟んだ向こう岸にトンキ・ホーテが見える。


「そう言えば買うのはニット帽だっけか」


 今日買う予定のものを思い出して尋ねる。

 二人して出掛けるようになった経緯は、ほんの数時間前にさかのぼる――


 今朝、起きてリビングへ行くと、エプロン姿で朝食作り終えた和泉がいて、「おはよー」だなんて。何て言うか新妻感がすごい。ただ、頭上に生えた耳の存在感がすごい。

 そして、そのとなりでは珈琲を片手に何やら赤ペンで印をつけた新聞とにらめっこしているタレイアがいて、空っぽになったマグカップを和泉に差し出して「おかわり」なんてほざいてやがる。お前は亭主関白の夫か。ん? 二人が夫婦となると、俺は子どもか何かになるのだろうか。この駄女神が親なのは嫌だなあ。いやそんなことより、二人とも馴染みすぎじゃない? ここ俺の家よ?

 三人揃って静かに朝食を摂っていると、ふと思い出したかのうようにタレイアが顔を上げた。


「ニット帽でも被った方がいいんじゃね? そのままじゃ和泉ちゃん不便っしょ?」


 いや、その原因作ったのお前な。


「うーん、私はあんまり不便だとは思いませんが……。両親はかわいいなあ以外何も言って来ませんでしたし」


 えっ、和泉の親御さんそれでいいの? 愛娘に耳が生えたんだよ? かわいいなあで済ませちゃ駄目じゃない?


「いや、それは和泉ちゃんの親がそうなだけであって、世間一般は違うと思う」


 まさかお前の口から正論を聞くとは思わなかったよ。っつーかなんでお前がどん引きしてんだよ。元々言えばお前のせいじゃねえか。


「うーん、そうなると買いに行かないとですね……。私、ニット帽なんて持ってませんし……」


 確かに和泉がニット帽を被ってるのは見たことないなぁ。あっ、この味噌汁美味い。


「んじゃ、買いに行けばいいんじゃね? こいつと」


 彼女が指さした先を目線でたどっていく。するとそこには俺の身体があって……。


「はぁ!?」


 あやうく味噌汁吹き出しかけたじゃねえか。


「反応鈍いなあおい。そんなんじゃ主人公なんて務まんねえぞ? っつーかこの提案はてめえが言わなきゃ駄目なことじゃない? そんなんでいいの? 主人公くん」

「いや、主人公になんてならないからな?」

「じゃあ何よ。和泉ちゃんと買い物に行くのが嫌なわけ?」

「嫌じゃないけどさあ……」


 どこか悲しげな表情をしている和泉を見て、それから少し視線を上げる。耳がぺたりと寂しげに倒れていて、それが彼女の心情を表しているように見えた。


「あぁ、猫耳生えてる美少女と歩くのはそういうプレイに見えるからヤだって?」

「そう言うことじゃねえよ!? 俺なんかが一緒に行っても良いのか? みたいな疑問はあるけど、そうじゃなくて単純に猫耳生えてたら和泉が変に見られるだろって話!!」

「だから、そう言うプレイですーって顔でどうどうと歩けばいいじゃん。なんなら首輪もつけるか? 出すぞ?」

「なんで持ってんだよ!!」

「と、透流がそう言う趣味なら別に私は……」


 和泉がめちゃくちゃ顔を引きつらせながら言う。やめてそんな目で俺を見ないで。言ったのは俺じゃなくて和泉の隣にいる自称女神の悪魔だ。俺は悪くない。


「落ち着いてくれ。俺にそんな趣味はない」


 その言葉に安心したのか、和泉の表情がやわらかくなる。昔からすごく素直な子なんだから、そうやって困らせるのはやめなさい。


「とか言って~! 本当は見たいくせにぃ~!」

「えっ……?」


 和泉の表情が再び引きつる。


「話進まねえから和泉で遊ぶのやめろ。で、買いに行くにしても、和泉の耳が隠せねえと意味ねえだろ。俺が一人で買って来ても良いけど、服とかのセンスねえよ?」

「そのだっせえジャージ見てたら分かる」

「うるせえ」


 部屋着ぐらいシンプルでいいだろ。


「まあ、てめえのセンスがゴミ以下なのは置いておくとして、どうせなら二人で買いに行けばいいじゃねえか」

「いや、だからぁ……」


 俺の言葉を遮るように、タレイアがパンパンと高らかに手を叩く。すると、初めて俺に見せたときと同じく、どこからともなく空色のカチューシャが現れた。


「タレイア様特注のカチューシャよ。とりあえずこれつけて行ってこい」


 うわぁ……全然安心できねえ。こいつの特注ってだけでもうね。信用の「し」もねえや。


「疑ってるだろ」

「そりゃなあ」


 けっ、と吐き捨てると、それ以上何も言ってこず、ただ黙ってカチューシャを和泉に放り投げた。


「ちーっと痛いかもしんないけど、とりあえずニット帽買うまでだと思って我慢してくれや」

「は、はい!」


 和泉はおそるおそる猫耳を倒すようにカチューシャを着けると、不安げに俺を見る。


「まあ、見えなくはなったな……」

「んじゃ、さっさと着替えて行ってこい。買うのはニット帽つったが、どうせならデートしながら良さげなの選んでこいよ、くけけっ」


 笑い方が女神ってよりも悪魔のそれだ。


「デートってお前……」


 なあ、と俺が和泉に同意を求めようと顔を向けるが、そこにはゆでだこのように顔を真っ赤にした和泉がいて、そう言えば駄女神に洗脳されたままだったと俺は一人ため息をついた。

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