誰だ笑顔で謝ったら許してくれるとかほざいたやつ。俺だよ。
「で、だ。なんで逃げた?」
「いや、それはですねその……」
正面には鬼もとい自称美女のギャンブル狂女神が腕を組んで、正座をしている俺たちを見下ろしている。そう俺たちだ。俺の隣には肇が座っていて、さっきから恨みがましい目で俺を睨んでいる。これが家の中で本当によかったと思う。じゃないともっと色んな視線が飛んできただろうし。肇だけでも心がつらいのにそうなったら……うん。
「なんで俺まで……」
ですよねー。俺も逆の立場だったら間違いなくそう思ってた。いやもうマジですまん。
「まあ、いい。てめえには後で天罰を下すとしてだ……。ようやく親友キャラの登場かよ。何ページかかってんだボケ」
「おい、今天罰って言ったか?」
「親友ポジション……?」
「そっ、真宮肇くん、君はそこにいるゴミカスの親友として物語を担ってもらうことになった」
「待って、天罰って? あのっ、ゴミの部分には触れないからさ。せめて質問に――」
「えっ、この世界って物語なんですか?」
肇、お前まで無視か。タレイアはにたにた笑うだけでこっちを見ようとしねえし。一応主人公じゃないの俺? ひどくない? いやまあ認めてないけどさあ。認めたら扱いがよくなるとかないよね。ないだろうなあ。
「正確には物語じゃない。ただ、物語になるってだけだな。まあ、物語だと考えてくれるとあたしが助かるってぐらいか。群像劇は趣味じゃねえ。だから、一人の主人公を決めて、おもしろおかしく物語にしてもらおうって魂胆よ」
「ほへー」
いや、ほへーじゃないのよ。何納得してんの?
さっきの恨みがましい目線もどこへやら。今はうきうきした表情で俺とタレイアを見ている。普通疑わない?
「んだよてめえはよぉ。何なの? 親友ポジションが肇っちだったらヤなの?」
「いや、肇が親友ポジションなのはすげえ納得というかなんというか。っつーか天罰って何? それ以前に俺、主人公になんてなるつもりねえよ?」
「えーっ、やろうよ透流ぅー。面白そうだよ?」
「いやあのな肇。よーく考えてみろ? いろいろおかしいな~って思わない?」
その言葉に、肇はちらりとタレイアを見て、それから俺を見る。
「別に?」
「なんで!?」
これもあれか? この自称女神による洗脳か? それとも俺がおかしいだけか?
「あーもう頭痛してきた……」
「ゴミカス大丈夫? 救急車呼ぶ?」
「大丈夫なわけあると思うか?」
「おっ、ゴミカスって自覚はあんのか。良い自覚だ。大切にしていけ」
「もーいい……」
正面のタレイアはさっきから楽しそうにげらげら笑ってるだけだし、隣の肇はさっきからきょろきょろと嬉しそうに辺りを見渡しているだけだし。カメラなんかねえぞ。多分だけど。
「なあ、思ったんだけどさ。主人公が肇じゃだめなのか?」
「あん?」
「いやだってそうだろ。肇の方が顔良いし性格良いし。そっちの方が人気出ると思うぞ」
「何言ってんの?」
まさか肇からそのツッコミが来るとは思わなかったなあ……。しかも真顔な分ダメージがかなりでかい。
「えーっとこの……」
「タレイア」
「タレイアさんが」
「様」
「タレイア様がせっかく選んでくれたんだよ? もっと積極的になろうよ」
すっごく綺麗なパスですね。息ぴったりがすぎて本当に初対面か疑うレベル。
「そうだそうだー。このタレイア様が選んだんだぞー。ちゃんと様付けなんて分かってんじゃねえかボーイ」
「思いっきり言わせてたよな今!?」
「しゃらっぷ。てめえの意見なんざ聞いちゃいねえし、発言権があるとでも思ったか?」
「ひどえなおい!」
「ひでえもへったくれもねえ。これが事実だ」
「そうだよ透流。わがままばっかり言ってたらダメだよ」
お前はどっちの味方だ。
「わがままじゃねえから。っつーか、いい加減に目ェ覚ませ肇。お前は洗脳されてるだけなんだから」
「洗脳? 朝もんなことわめいてたが、あたしはんなもんしてねえぞ?」
「嘘付けええええぇ!! てめえのせいで俺の親が出て行ったじゃねえか!」
あんなに笑顔の二人見たの初めてだよ。ちょっといいなあと思ってしまったのは俺もこいつに洗脳されているからだろうか。
「それはこの世界が、そっちの方が都合が良いって判断しただけだ。だからあたしは悪くねえ」
「結局てめえのせいじゃねえか! こんのダメダメ駄女神!」
「はあ~? あたしのせいじゃねえっつてんだろうがよぉ! っつーか誰に向かってダメダメじゃボケェ! いいか? あたしは誰かになめられんのが大嫌いなんだよ。まじで天罰下してやろうか!?」
「おーおー上等じゃこんの穀潰し女神が。さっきからこっちは頭きてんだよ。さっさとやってみろよ。できるもんならなあ!」
「まあまあ、二人ともそこらへんで……あれ、氷川さん? チャイム鳴らしたの? ごめんね気がつかなくて。ねえ二人とも、氷川さん来たよ? おーい」
肇が何か言っているが、今は相手をしていられない。俺とタレイアは睨み合ったまま、どちらかが動くのをじっと待ち続ける。
「あのー……えっ、真宮くん帰るの?」
「肇、悪いな。これは俺たちの問題だ」
「いや、あのね? あー、お母さんから連絡が来たなら仕方がないね」
「だから肇、俺たちの問題なんだってば」
「話を聞いて欲しいなあって。あっうんまた学校で。気をつけてー」
「だからなんだよ! 今俺たちが大事な話してるからまた後……あれ、和泉?」
「うん。真宮くん、親から連絡来たから帰らなきゃーって言って帰っちゃったけど……」
「…………」
確かに和泉の言うとおり、すでに肇の姿はなく、代わりにいたのは、俺のヒロイン(らしい)、氷川和泉だった。買い物袋に食材をいっぱい詰め込んだものを持って、困り顔で俺たちを見ている。
「神田透流、てめえは神を怒らせた」
そう言ってタレイアが手をぱんぱんと高らかに打ち鳴らす。部屋の明かりが鈍い音を立てて消えていき、どこからともなく吹いてきた風が髪を、服を、乱していく。
「きゃっ!」
後ろでそんなかわいい悲鳴が聞こえるも、非常に申し訳ないが振り向くことができない。別にいかがわしい妄想をしたからとかではなくですね。はい。
タレイアだけが光を帯び、それに反比例するかのように部屋が暗くなり続ける。まるで彼女の元に光が集まっているような……。
刹那、今までで一番強い風が吹いてきて、思わず目をつむってしまう。ゆっくりと開いていくと、そこにはいつものようにタレイアが怠そうな顔をして立っているだけで、先ほどの風などなかったかのようにいつも通りの我が家がそこにあった。
身体をぺたぺたと触ってみたり、飛び跳ねてみたり、頭の中で今日あったことを諸々思い出してみたりしたが、特に変化はないように思える。
「はん! なーにが天罰だ。何もねえじゃねえか」
「はーこれだからお前は……」
タレイアがやれやれとでも言うようにため息をつくと、すっと俺の後ろを指さした。
見たものに、思わず言葉を失ってしまう。
彼女は先ほど俺がそうしていたように、ぎゅっと目をつむり、耳を押さえて縮こまっていた。それでも押さえているのはあくまで人間の耳だけで。頭の上にはひょっこりと彼女と同じ髪色をしたそれが生えていた。
「い、和泉……?」
「へ?」
俺の声にようやくゆっくりと顔を上げた和泉の頭には、フィクションの世界でしかあり得ないはずのものがあって。本来俺たち人間には存在してはいけないものがあって。それがぴこぴことかわいらしく動いている。
「ヒロインが猫耳美少女。いいねえ……ロマンがあるとは思わねえか。なあ?」
後ろを見ると、にやりと嫌みのある笑みをタレイアが浮かべていた。