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第一章 くじ引きって当たって欲しくないときに限って当たるもんだよね④

「説、明……?」


 先ほどまでのやりとりですっかり心が疲弊してしまったのに、まだあるらしい。本当に勘弁して欲しい。


《まあ、そんな風に落ち込まないことね。大丈夫。タレイア様はそんなに悪い方じゃありませんから》

「そうだそうだー。ミーコちゃんの言うとおりだぞー。この子をしゃべれるようにしてあげたのもあたしなんだからなー」


 ミーコはその言葉に、器用に頭を下げると、俺の腕を黒い尻尾でひとなでしてそのままソファに戻って行く。さっきあんだけボロクソ言われたはずなのに、心が軽くなるのはなんでだろう。


「さて、改めてあたしの自己紹介といこうか。この宇宙がうらやむ超絶美女なあたしの名前は、夢でも名乗ったが、タレイア。文芸を司る女神、ムーサの一柱。好きなものはギャンブルと食うこと。死ぬほど嫌いなものはトマト。あんなものさっさとこの世から消し去れよ。以上」

「なあ、自称のうさんくささって知ってるか?」

「ガタガタガタガタうっせえんだよこのダボがっ!! てめえは黙って話が聞けねえガキかなんかか? えぇ!?」

「す、すんませんでした……」


 何この女神マジで怖い……。最近の若者はキレやすいって言うけど、女神もあてはまるのだろうか。


「まあいい。あたしは寛大な心の持ち主だからな」


 どの口が言うかどの口が。


「今失礼なこと考えてただろ?」

「いえ、考えてません」


 顔に出てたのだろうか。以後気をつけよう。以後なんてなくていいけど。


「とりあえず、だ。てめえはこのあたしに選ばれて主人公になったっつーわけよ」

「大前提として主人公に選ばれたことは全力で拒否するんだが、何なの? この世界ってアニメか何かなのか?」

「残念でしたぁーもう書類上はてめえが主人公なんですぅー。ぺっぺろぺー」


 腹立つなぁもう! って言うか夢であんだけごり押してたのはもう決まってたからなのかよ。


「まあもう決まったことは諦めろ。しつこい男は嫌われるぞっ。あっもう嫌われてたねっ。ごっめーん☆」


 こいつの人をおちょくる言い方はなんとかならんのか。さっきから堪忍袋の緒が何本切れたと思ってやがる。


「さて、あたしが楽しんだところで話を戻すぞ。とりあえずこの世界はフィクションではない。確かにてめえらは生きてるし、あたしも干渉できる現実には違いない」

「現実なのに主人公? お前の人生はお前が主人公だー的な?」

「そんな戯れ言、主人公に選ばれてないやつが言うもんだ。本当の主人公に選ばれたてめえが言うもんじゃねえよ。いいか。ようはパラレルワールドってあるだろ? あの原理だ。他の世界にいるてめえは今も同じようにのんきにすごしてるかもしれないし、過ごしてないかもしれない。死んじまってる可能性だってある。女の可能性だってあるし、もしかしたら勇者になって冒険してる可能性だってあるわけだ」


「んじゃあ、その勇者を主人公にすりゃいいじゃねえか」

「それは無理な注文だ。あたしが担当するのはこの世界だけだからな。他の世界は他のムーサが担当してるってわけ。おわかり?」

「まあ、理屈はなんとなく……?」


 確かある事柄に対してAという行為をした俺と、Bをした行為をした俺とで世界が分岐するとかだったはず。自信はない。


「だから他の世界のあんたがどうしてるかなんてあたしは知らねえし、興味もない。ただ、言えることがあるとすりゃあ、他の世界のてめえは主人公にはなってねえってことだな。うん」


 とんだ貧乏くじだなおい。いや、他の人からしたらきっと当たりなんだろうけどさ。

 タレイアはどこからともなく煙草を取り出すと、一本口に咥えて火をつけた。ふわぁと甘いバニラの香りが部屋に漂い始める。


「あー、至福だわぁー。煙草発明した馬鹿はとりあえず天才だと思う。絶対に許さねえ」


 ただのニコチン中毒じゃねえか。いやもうマジで夢の中との落差よ。あの時の胸の高鳴りを返せ。


「さて、いいか? とりあえず天界ってもんも案外退屈でな。とくに上の役職のジジイやババアは仕事なんてせずに毎日ぐーたらしているわけですわ。そしたら何がいると思う?」

「何って……娯楽とか?」

「そー、その通り。娯楽。賢いでちゅねー。はい。わざわざ上の連中はあたしたち下っ端女神に、あろうことか下界で生きてるやつらをそのまま使った作品が読みたいとかほざきやがったんだわ」


 苛立たしげに煙草の煙を吐き出すと、タレイアは指をパチンとならした。すると、どこからともなく数冊の本が現れて、空中をぱたぱたと舞い始めた。この光景だけ見ると大変ファンタジーなんだけど、下を見ると非常に目つきの悪い自称美女の自称女神が煙草を吸っていて、せっかくの光景が台無しになっている。


「これはいけすかねえエラトって名前の恋愛大好き脳内お花畑の姉さんが担当した物語なんだが、とりあえずこれが大人気なわけですよ。まあ、そうなると他にも読みたいだのとおっしゃるジジババが増えたわけ。事実は小説より奇なりって言いますでしょ? だとよ。まーそんなこんなであたしにも担当が回って来て、しぶしぶ受け入れたってこーと」

「で、俺を選んだと」

「まーそう言うことだな。主人公適正はあったわけだしぃ? あたしは良い人選だったと思うけどねえ。っつーわけで、れっつえんじょい」

「エンジョイできるわけねえだろ!?」


 そう叫んだ瞬間、ぴんぽーんと来客を知らせる呼び出し音が家中に響いた。こんなときに誰だよめんどくさい。


「ほれ、客人だぞ。出なくていいの?」

「うっせえな出れば良いんだろ出れば。……はいはーい!」


 再び鳴った音にそんな返事をしながら扉を開く。


「あっ、透流おはよー!」

「お、おはよう和泉いずみ……」


 玄関を開けた先。そこには屈託なく笑う幼馴染みの少女がいて、思わず俺はたじろいでしまう。確かに和泉の家は隣で、幼い頃から家族ぐるみの付き合いの仲ではある。だが、高校に上がってからここまで晴れやかな笑みを見たことはない。どちらかと言えば避けられていたようにも思う。昨日なんて目が合ったのに気まずそうな顔されたぐらい。やばい思い出したらなんか悲しくなって来た。


「どうかした?」

「あぁ、いや、なんでもない……」


 和泉は不思議そうな顔を浮かべると、突然ぱっと顔を輝かした。なんだろうと不思議に思っていると、突然後ろから声が降ってくる。


「おっ、和泉ちんじゃーん。さっきぶりー」

「タレイアさん!」

「やっほー」

「えっ知り合いなの?」


 俺の驚きに、タレイアは心底めんどくさそうな溜息を吐き出す。なんであんたはそんなに怠そうなんだよ。


「知り合いも何も和泉ちんはてめえのヒロインよ? そりゃ決まったら挨拶にも行くでしょうが」

「ヒロ……イン……?」


「だからそう言ってんでしょうが。あれか? てめえの耳には腐った林檎でもつまってんのか? ちゃんと耳掃除してまちゅかー?」

「つまってねえから。って言うかヒロイン? そんなの聞いてねえぞ」

「だって言ってないからなぁ。あっ、今言ったか。おっけー!」


 全然おっけーじゃねえんだが?

 確かに和泉はかわいいというか美人系。それもクラスでーとか学年でーとかそう言うレベルではなく学校でーとかそこらへん。

 父親は人気イケメン俳優の氷川祐紀ゆうき。母親は聞けば誰でも知ってるような美人シンガー氷川葵あおいという美のハイブリット。


 和泉自身、昔何度かモデルだとかアイドルにスカウトされたと聞くが、親の方針で高校卒業までは芸能関係には関わらせないとのことらしい。まあ、二人がトップで切り盛りしてる事務所もあるし。将来はそこの専属にでもする腹づもりなのだろう。

 ちなみに俺はごくまれに小遣い稼ぎとしてちょっとした書類整理なんかをすることもある。将来雇ってくれませんかね。


 昔から知っているが、テレビとかに写る二人は凛々しく見えるけれど、実際二人ともかなり子どもっぽい。氷川ファミリーと一緒にクリスマスパーティーをしたことがあったが、そのときは子どもの俺と和泉以上に盛り上がっていた。うちの親? 壊れたように爆笑してたよ。四人でなんか知らんが狂喜乱舞してた。俺と和泉はそれ見てあんな大人になりたくないなって話してたのは良い思い出。うん、思い出。


 肩で切りそろえられたつややかな黒髪。透き通った白い肌。すっと通った鼻筋。薄く、整った唇。くりんとした大きくてきれいな瞳。身長も女子にしては高身長。そんな見目形だけではなく、成績優秀スポーツ万能、笑顔が素敵ってなんだよその恵まれたもんは。そりゃあヒロインに選ばれるわなあと心の中で納得する。問題点があるとすれば俺が主人公ってぐらいか。大問題すぎるな。

 幼馴染みというだけで何人の男子に羨ましがられ、殺されかけたか。腐ったアボカドで殴ってきた今田だけは絶対に許さない。臭い取れなくてしばらくアボカドマンって馬鹿にされたんだからな。いつか腐ったアボカド口に押し込んでやる。


「い、嫌だった……?」

「そんな泣きそうな顔しないでくれ。嫌じゃない。むしろちょっと嬉しい。でもな、それは恐らく洗脳か何かだ。うちの親がそうだった」

「洗脳?」

「そう、洗脳。元凶はこの駄女神だ。お前は普段通り俺を避けないと俺の命が危ない」


 ファンクラブって名前絶対嘘だろ。あいつら俺が和泉とすれ違っただけで呪詛撒き散らしてくるような奴らだぞ。一番上が今田ってだけでもうね。俺からすれば悪の組織とかそこらへんだ。全員口にアボカドねじ込んでやる。


「誰が駄女神だビチクソ野郎。くせえんだよ、ばーか」

「臭くねえよ!?」

「あーはいはい。で、さっさと学校行けば? 後十分で遅刻だけど?」

「元々言えばてめぇが……!」

「と、透流! 急ご? ねっ?」

「あ、あぁ……」


 和泉に手を取られたことに少しどきりとしつつ、歩き出す。和泉の手。なんというかすごいふわって柔らか――


「ひゅー熱いねえー」

「てんめえ! 返って来たら覚悟しろよ!? 後、食器ぐらい自分で片付けろ!」


 そんな悲しい叫びに混ざって、遠くから始業を知らせるチャイムの音が響いた。

 遅刻である。

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