「――――てやぁ!!」
叫び声とともに、勢い良く跳ね起きる。部屋はもう朝日で明るくなっており、その明るさに、さっきまで自分が見ていたものが夢であったのだと、まだぼんやりする頭でなんとなく理解できた。
「なんつー夢だ……」
ぽりぽりと頭を掻きながら、欠伸と一緒にそんな愚痴をぽろっとこぼす。枕元に置いていた携帯のアラームが部屋中に響いた。
時刻は朝七時ぴったり。いつもなら布団にくるまってうだうだとしている時間だが、あんな夢を見てしまったせいで目は嫌に冴えてしまっている。気持ちの良い目覚めであるはずなのに、どこか気分は沈んでいた。
「しゃーねえ、起きるか」
欠伸を噛み殺し、そろそろとベッドを降りる。以前と比べれば寒さも減ったことに少しの喜びを覚えながら制服に着替えていく。そう言えばそろそろ衣替えの季節のはずだから、夏服を出しておいてもらわなければ。
シューティングスタイル伊吹がずらっと並べられた本棚の上。爽やかな笑みを浮かべている力矢さんのフィギュアを見る。
「よっし、んじゃ今日も力矢さんみたいなかっこいい親友ポジション目指して頑張りますか!」
頬を両手でパチンと叩いて気合いを入れる。あんな夢を見たからこそ、一段と自分の思う理想の姿に近づけるように努力しないと。
さて、今日の朝飯はなんだろうかと考えながら扉に手をかけた瞬間、ばたばたと慌ただしく廊下を走り回る音が聞こえて来た。俺の部屋は二階にあるということもあり、焦って走っているようなことがなければここまではっきり足音が聞こえて来ることはない。
不思議に思いながらも扉を押し開き、階段を下りていく。
「あぁ、透流。起きたのか」
階段を下りきったとき、玄関から父の声が聞こえた。なんだ出勤にしては早いなと顔を向けると、そこには見慣れたスーツ姿ではなく、いわゆる探検隊とかそこらへんの人が着てそうな衣装に身を包んだ両親がいて――
「とまあ、よくある展開だわなー。両親が突然の海外転勤みたいなやーつ。まさにテンプレって感じぃ?」
「…………」
「あん? どうしたよ、黙りこくっちゃって。まさか覚えてないとか? にわとりでももう少しマシなレベルよ?」
「そう言う訳じゃないんだけどさ……」
脳内にちらつく女性の姿が、どこか今、目の前で新聞紙とにらめっこしている人物と重なる。いや、目の下に濃いクマなんてなかったし、さすがにそれは違うか。と言うか違うと信じたい。でもなー……この金色の目とかなあ……もう少し覇気があったらなー……。
「なあ、お前ってもしかして……」
「だからぁー。さっきも言ったじゃん? あんたの担当だって。って言うか神様に向かってお前って何様よこちとら女神様よ? 崇めよ称えよそして敬え」
「うるせえ。百歩譲って担当ってことは分かった。で、何の担当だよ」
「っかー、鈍いなぁお前はよー。後失礼極まりない。あーなんか頭痛してきた。まあ、でも鈍感系主人公なら仕方ないのか? いや、仕方なくはねえな」
失礼って言葉だけはお前に言われたくない。それに仮にも初対面。もう少し言い方ってもんがあると思う。ただ、今重要なのはそんなことではなくて。
「おい、今主人公って……」
「ん? 言った」
「じゃあもしかして……」
その一言に、目の前の女性はにんまりと、嫌みをたっぷりと込めて笑う。
「確かに言ったっしょ? あなたはこの世界の主人公に選ばれましたって」
「嘘……だろ…………?」
「嘘じゃないんだなーこれが」
その言葉に、俺はへなへなとその場に崩れ落ちる。えっ? てことは俺は本当にこの世界の主人公なの? 力矢さんみたいな主人公の親友ポジションであろうとする俺の計画はどうなる?
「まあまあ、そう落ち込みなさんなって。良いことあるかもよ? 知らんけど」
「知らんけどじゃねえよぉ……」
「何? 何でそんなに落ち込むのさ。主人公よ? 選ばれた存在よ?」
「俺は主人公になりたいわけじゃねえよぉ……」
「主人公になりたいわけじゃない? なんで?」
女性は本気で分からないと言う顔をして俺を見る。
「俺は、」
「はん?」
息を吸い、自らの思いを吐き出すために口を開く。
「俺は主人公じゃなくて、主人公の親友ポジションになりたいんだよぉ!!」