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第9話ハーレムルートの理解者

 俺達は二人で大人になった。


 今まで無理だったのは、この世界では大人の営みの定義が地球とまるで違うことが原因だ。


 今までのシビル・ルインハルドであればそれでも良かったのかもしれない。


 だが地球人として、日本人としての記憶が蘇ってしまった今の俺には、それでは一生を生殺しで過ごすことになってしまうところだった。


 前世から好きだった女の子と添い遂げることができた今であれば尚更だ。


 日本人としての記憶が蘇ったことが、この【エロ同人】というふざけ倒した固有スキルが発動する条件だったに違いないのだから。


 なぜならエロ同人なんて単語の意味が理解できるのは日本人だけだ。


「さっきのやかましい声はなんだったんだ?」


 頭の中で妙にハイテンションな女の声が響き渡ったのだが、今は全く聞こえない。呼びかけても答えなかった。


「シビルちゃん?」


「ん……いや、なんでもないよ」


 俺はエミーをベッドの中で抱きしめ、その肌のぬくもりを確かめた。


「んぁ♡ シビルちゃん、温かい♡」


「エミー。大好きだ」


「うん、私も好き♡ こんなに気持ち良い行為があったなんて知らなかったよ♡」


「多分、世界で俺とエミーしかできない行為かもしれないよ」


「うふふ、そうだとしたら、すっごく幸せ♡」


 聞こえないものはしょうがない。


 それよりもエミリアとの話の続きだ。一番の推しだったエミリアと添い遂げることができて、ある意味で転生した意義の半分以上は達成したことになる。


 しかし、俺にはそれで満足できない事情があった。


「なあエミー。さっきの話の続きなんだけどさ」


「なぁに?」


 大人の階段を上る儀式は幾度も続き、やがて収まりを見せた頃に紅茶のお替わりを淹れてくれた。


 ソファに腰掛けて隣に座るエミリアは、紅茶のカップに指を掛けながら小首をかしげる。


「さっき俺は前世から転生してきて、この世界が物語の中だってことは話したよな」


 睦み合いの中で、俺は自分がどういう成り立ちで今の自分になったかを全て告白した。


 エミーはそのことに驚きつつも、忌避きひすることなく受け入れてくれたのだ。


「うん。私も、その中の登場人物なんだよね?」


「ああ、登場する女の子の中で、俺はエミーのことが一番好きだった。だけど」


「うん、他にも好きな女の子がいるんだよね?」


 エミリアの物わかりの良さは異常だ。理解力が高すぎてちょっと怖いくらいだな。


 だけど、それこそが彼女の本質だったのだ。ゲームでもその片鱗は見えていたしな。


 ゲームという概念をこの世界の人間に説明するのは難しいので、自分の選択で結末が変わる舞台演劇、あるいは本の物語のようなものだと伝えた。



 俺は前世の俺であると同時にシビル・ルインハルドという、この世界で生まれ育った純粋な現地の人間だという側面を持っている。


 だからエミーのことが大好きだし、嫌がるのであれば他のヒロインは放置して彼女だけを愛していく人生だって全然ありだ。


 しかし、俺にはそれを放置できない個人的な感情があった。


「ここだけは前世の『俺』とシビルとしての『僕』を分けて考えないといけないんだけどさ」


「うん」


「今世の『俺』も『僕』もエミーのことが大好きなんだ。それは絶対に嘘じゃないし、これから言うことをエミーが嫌がるなら実行しない」


 エミーは真剣な表情になってカップを置き、俺の手を握ってくれた。

 柔らかい感触が、これから俺が伝えることをちゃんと受け入れる覚悟があることを伝えているような気がした。


「俺は、物語に登場するヒロイン全員を幸せにしてあげたい。彼女達は放置すると全員が不幸になってしまうから、できれば救ってあげたいんだ」


 実際に100%不幸になると決まった訳ではない。


 俺という異物が物語を破壊する環境が整っている時点で、物語の通りになる可能性は非常に低い。


 なんでかって、本来は主人公が手に入れる筈の【全能者の宝玉】を、既に俺が手に入れてしまっているからだ。



 まあこれは二週目要素だから、まだ影響が無い可能性も残っている。

 しかし、既に現段階でもエミーが本来の攻略ルートから外れている時点で、そう考えてはいけないだろうな。


 つまり、俺が生き残る手段を確保できている時点で物語は破綻するものと考えた方が良さそうだ。


「バッドエンドって言うんだけど」


「そっか。つまり、ヒロインの女の子と恋人になって、めでたしめでたしで物語は終わるけど、そうじゃない結末を迎える女の子もいるってことだよね?」


 そうなのだ。マド花にはそれぞれのヒロインに、どういうわけか個別のバッドエンドが存在している。


 どのルートを辿ったとしても、最低でも一人はバッドエンドを迎えて物語から退場してしまう。


 その内容は軽いものから非常に悲劇的なものまで様々だ。


 特にエミーのバッドエンドは口にするのも憚れる。ネットで未だに叩かれているほどに酷い。


 内容は……すまん、ちょっと思い出したくないから、今は語らないでおく。


 俺は一人もバッドエンドを迎えることなく物語を終える方法がないか、何度も検証した。


 しかしそれは不可能であり、それをはっきり明言されなくても、実は裏で不幸な結末になっているというのがゲーム内で示唆される。


 それを回避する唯一の方法。それが――


「それがハーレムエンドっていって、登場するヒロインの女の子全員と結婚して裏から国家を牛耳るエンディングなんだ」


 牛耳るなんて言い方をすると恋愛シミュレーションっぽくないが、ようはプリンセスであるルルナ姫が中心となってハーレムを築くってことだ。


 この国の第三王女であるルルナ姫のエンディングでは、国政のスキルが天才的なルルナと共に国家運営を裏からコントロールしていくという結末になる。


 まあ、ようするにルルナが裏から国王にアドバイスを送って国を実質動かしていくってことだ。


 その延長で

 ①ヒロイン全員を攻略したデータで


 ②ルルナルートを潰さずに


 ③全員の好感度が規定以上の状態でゲーム後半である魔王軍復活の章まで物語を進める


 以上の条件を満たすと、ヒロイン全員と結婚するハーレムルートのフラグが完成する。


 ここから個別ルートに入ることも可能だが、意味はないのでほとんどの人がハーレムルートを選択する筈だ。


「俺は『魔導勇者と花咲く魔王』の物語が大好きだった。そこに登場するヒロイン達の魅力的な背景や、彼女達と旅をして絆を深めていくのが好きだった……だから、俺の知っている彼女達の一人でも不幸になるのは、できれば避けたいと思ってる」


「うん、いいと思う。それに元々ルルナ姫様は確定だし、私が一番になるように頑張るねっ」

「ありがとうエミー。でもこれは本当に俺の我が儘だから、嫌になったらちゃんと言ってくれよな」


「ダメだよシビルちゃん。男が一度言ったことは成し遂げなきゃ!」


「お、おうっ。そうだな。ははは。嫌われないか心配してたのに、背中を押されるとは思わなかったよ」


「シビルちゃんには世界一格好よくなってほしいって思ってるの。これは私の我が儘だけど、優しくて温かいだけじゃなくて、強くて格好いいシビルちゃんで居て欲しい」


 エミリアは真っ直ぐな瞳でそういう。そしてこう付け加えた。


「今までだって凄く格好いいって思ってたよ。私知ってるもん。シビルちゃんは、努力家で、優しくて、人の痛みが分かる強い人だもん。どれだけ報われなくても絶対に諦めなかった人だから。私が惚れたのは、目標に向かって絶対に諦めないシビルちゃんだから、新しく立てた目標に、妥協しないでほしいって思うんだ」


「分かった。惚れた女の子の願いだもんな。頑張って達成するよ」


 こうして、俺の人生を賭けた目標が決まった。

 しかも一番の推しだったエミリアがハーレムを積極的に支援してくれる。


「恋人になる女の子はちゃんと紹介してね。絶対仲良くなるように頑張るから。弱い立場に居る人だったら、私が守る」


「ありがとうエミー。心強いよ」


 最高の人生を構築する準備は整った。

 エミリアと共にハーレムを構築し、ヒロイン全員を幸せにしてやる。


「シビルちゃん、今は、私が一番で唯一なんだよね? 今だけは、独占させて♡」


「勿論だよ」


 そんな可愛くおねだりされたら我慢できる筈もない。

 俺はエミーの体を思い切り抱きしめ、再び大人の時間をたっぷりと過ごした。



【第1章 転生とメインヒロイン 完】



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