俺はエミリアにプロポーズした。彼女はそれを嬉しそうに、一瞬も迷うことなく受け入れてくれた。
今までの『僕』だけの感覚ならそれで十分だった。
だけど、それだけで終わる事ができない理由がある。
「それから、もう一つ大事な話がある」
「うん」
「エミー的には、側室って有りか?」
「え?」
「ルルナ姫」
「あ、そっか」
俺達のもう一人の幼馴染み。この国のプリンセスであるお姫様の名前であり、ゲームヒロインの一人だ。
【ルルナ・セルフィム・フェアリール】
俺達が住んでいる国家、【フェアリール王国】の第三王女であり、俺とエミーが幼い頃に遊び相手として仕えていた主人でもある。
「うん。ルルナ姫のことも、好きだったんだね」
「えっとな、これはシビル・ルインハルドじゃなくて、前世の俺の事情なんだ。もちろん、今の俺はシビルだからエミーが嫌なら側室は取らない」
「貴族が側室を取らない訳にはいかないでしょ。それに私、気にしないよ。シビルちゃん素敵だもん。きっと色んな女の子が好きになると思う」
「エミー」
「心配しないで。私負けないから。シビルちゃんの一番は誰にも譲らないもんね♡」
「ははは。エミーにはやっぱり敵わないな。尻に敷かれる未来が見えるよ」
そんな可愛いエミーに愛しさを我慢できそうもない。
彼女の両肩に手を置き、真剣な気持ちで真っ直ぐ見つめた。
「エミリア、頼みがある」
「うん、なんでもいって♡」
エミーはこれから言われることを分かっているかのようだ。
紅潮した頬が色っぽく、ムクムクと欲望が盛り上がっていく。
彼女への愛おしさが急激に増して確かに絆が欲しくなった。
「俺と君の絆を作りたい。これから何が起こっても、いつだってエミーの中に俺がいるように、繋がりがほしい」
それまでニコニコとなんでも受け入れて来たエミリアの顔に、初めて羞恥心というものが生まれたのが分かる。
そしてそれは戸惑いではなく、紛れもない歓喜の感情だった。
落ち着きなくブンブンと揺れる尻尾が、彼女の余裕のなさを象徴していた。
「エミー」
「♡」
そっと目を閉じるエミリア。ぷるんと揺れるピンク色の唇に、吸い込まれるように顔を近づけた。
「ん♡ シビルちゃん♡」
俺達はそのまま、青春の衝動をぶつけ合うように抱き締め合ったのだった。
◇◇◇
「あれ?」
情熱的な求め合いを続けること数分。
喜びが心を沸き立たせ、それと同時に男の欲望がムクムクと目を覚まし、体の一部を隆起させて……いくかと思われた矢先、その有り得ない違和感に思わず中断してしまう。
「んはぁ♡ ……? どうしたの?」
頬を赤らめてぼんやりと目を開くエミリア。そんな女の顔をしている彼女も可愛い。
キョトンしたエミリアの小首をかしげるキュートな仕草に萌える余裕もなく、俺は重大な事実を確認せずにはいられなかった。
「な、なんだこれっ⁉」
「え?え? なにっ⁉ どうしたの?」
普通好きな女の子とそういうことをしたら、体の一部が激しくスタンドアップするものだ。
しかし一向にその兆候が現われない。不思議に思って思わず自分の"そこ"を触って確かめてみる。
「シビルちゃん?」
「な、ないっ⁉ ないぞっ! あるべきものがなくなってるッ!」
「え? え?」
驚いた事に、男にあってしかるべき器官が存在していなかった。
「いやまて……。そうだ。今まで疑問にすら思わなかったが、
俺が日本人としての記憶を取り戻したからこそ感じる違和感。
それはこの世界では性行為というものが存在しない、ということだ。
なのにラッキースケベ的な展開はあった。
ゲーム本編2年生の合宿でハプニングでお風呂を覗いて女の子の好感度が下がってしまうってな罠イベントもあった筈だ。
つまり性欲と肌を見られることに対する羞恥心はある。にもかかわらず、性行為が存在しない。
そのために性器という器官もない。
排泄もした覚えがない。そういえばトイレという概念もないぞ。
訳が分からない。
もしかしたら、これは全年齢向けゲーム世界が現実になった事の不具合なのかも……。
どうにも現象がチグハグ過ぎてわけが分からない。
「なあエミー。赤ちゃんってどうやって作るんだっけ?」
「え? 愛し合う男女がベッドの中で抱き締め合いながら、神様に祈りを捧げるんだよ。祈りが届いたら女の人はお腹に赤ちゃんが宿る」
そう。それを成功するまで何度も繰り返すのだ。
それがこの世界の常識である。子供に言い聞かせるコウノトリ理論のような
「なあエミー。確かめたいことがあるんだが、怒らないで聞いて欲しいんだ」
「なぁに?」
「おっぱい、見せてくれ」
「ほへっ⁉ お、おっぱいっ⁉」
案の定、エミーは恥ずかしがって顔を赤くする。羞恥心というものはあるのだ。
「も、もう~、シビルちゃんったらぁ」
しかし照れながらも応じてくれるエミーは可愛い。
俺は夢にまでみた憧れのゲームヒロインの衣服の下に心臓を高鳴らせたが……。
「や、やはりないっ。ないぞっ」
「えっ⁉ えっ⁉ わ、私のおっぱい、何か変?」
「いや、いいんだ。大変素晴らしいものだった。おかしいのは俺なんだ」
やはりなかった。芸術品のように白い肌が美しい女神の膨らみ。
だけどそこにあるはずのピンク色がなかったのである。
いや、もしかしたら違う色なのかもしれないが、エミーのアレはピンク色に違いないと信じたい。
そういえば、マド花にはヒロインの衣装をカスタマイズできる機能があるが、チートコードなどを使って衣服を脱がせることができるという裏技があった。
その時のヒロイン達の裸姿は、突起した胸の先端や、下着の下にある筈の女性特有の器官がなく、ツルツルの肌が描かれていた。
それと同じように、目の前のエミーのおっぱいは真っさらな山になっていた。
それはそれで
この世界ではそれが当たり前なのだ。
くそっ、これではゲームが現実になった異世界に転生した意味がないではないかっ!
おっぱいチューチューもできないんじゃ赤ちゃんはどうやって母乳を飲むんだこの世界はッ⁉
「シビルちゃん……何か私にできることない?」
「エミー。いや、いいんだ。それよりももう一回キスしていいか?」
「うん、いくらでも、して♡」
今日はこれで我慢するしかない。恐らく突破口はある。
俺の謎の固有スキル【エロ同人】がそれだ。
まだ発動の仕方は分からんが、このチグハグでヘンテコな世界でエミーと愛し合う為の鍵になっている筈なのだ。
俺達は再び唇を合わせる。段々と気分が盛り上がって、俺の男としての欲望がせり上がってくる。
にもかかわらず、それを集める場所がない。どうしたらいいんだ。
キスをしながら悶々とし、少しずつ気分が焦れてくる。
ぶつけどころのないイライラが募り、思わず口を開いて舌を差し込もうと前のめりになる。
「んっ……♡」
だがそこで不思議なことが起こった。
(あれ? 舌が入っていかない……?)
もしかして、ディープなキスもできないのか?
確かにマド花にはキスシーンは存在するが、唇同士を合わせるロマンス的な描写しかない。
ヌルヌルグチャグチャのベロチューなんて全年齢で描写できる筈もないから仕方ないが、こんな所でも全年齢向けゲーム世界仕様にしなくたっていいじゃないか。
(クソッ! ……いやいや落ち着け俺。冷静に考えたらさっき告白したばかりでいきなりエッチなことなんてできる筈がないじゃないか。理性的になれバカ者が)
「ふわぁ……シビルちゃん……どうしたの?」
「あ、いやいや、なんでもないんだよ」
「う~そ♡ シビルちゃん、本当はもっとしたいことあるんじゃない?」
「うっ……バレたか。うん、実はさ、やってみたいことがあるんだ。嫌だったら言ってくれ」
「大丈夫♡ なんでもいって♡」
可愛いなエミー。本当に可愛い。
流石はメインヒロインだ。
俺はこの世界の常識の外にある行為を要求してみた。
具体的には、お互いが裸になって抱き締め合い、何度も何度もキスをする。
赤ちゃんは祈りの儀式を通さないとできないので、間違いは起こらないから安心だ。
夢中になって、情熱的に、衝動的に、互いの気持ちが昂ぶって限界値を超えた頃、その変化は起こった。
突如として頭の中で、知らない声がけたたましく響き渡ったのだ。
――【はいはーいっ! お待たせしました~~~~っ! スキル『エロ同人』発動ですよ~~~♡】
密室空間の中でラッパ的吹奏楽器を吹き鳴らしたようなけたたましい声にひっくり返りそうになる。
――【今回のシチュエーションは『幼馴染みと初めての夜』でーすっ☆】
なんなんだこの声は?
だがそれよりも重要な事実に気が付き、すぐにどうでもよくなる。
脳の中に響き渡った声と共に、今までできなかった事が一斉にできるようになった。
「こ、これはっ」
俺の下半身と、エミリアの上半身。先ほどまでなかった器官が突如として現われたのである。
「ひゃわっ⁉ こ、これってっ……おっぱいに変なできものがッ⁉ やだシビルちゃんっ、見ないでぇ」
脳内音声のことも気になったが、今は目の前で頬を赤らめるエミーの方が重要だった。
そこには妄想の中か、薄い本の中でしか見ることのできなかった綺麗な桜色をした先端が、可愛く顔を覗かせていたのである。
「おおっ! カムバックマイサンッ!! これが俺のスキルの効果なんだ」
日本人としての意識が蘇った俺の感覚にマッチするこの懐かしい器官に感動を禁じ得ない。
「し、シビルちゃん、これって」
「ああ、これで本当の意味で愛し合える。エミー、好きだ。このまま、いいか?」
この世界には存在しない概念が突然現われたのだ。
エミーに意味が分かる筈がない。
しかし、まだ訳の分からないという顔をしているエミーだが、俺の訴える求めに、素直に応えてくれた。
勘の良い彼女のことだ。俺が先ほどまで落胆し、今歓喜ではしゃいでいる意味を察して合わせてくれたのだろう。
「うん♡ 二人で、大人になろ♡」
突如として湧き上がった懐かしい衝動と、それをぶつける器官の出現。
激しくうねる体内の熱量をぶつけ合うが如く、俺達は大人への階段を上ったのだった。