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第7話感情カンストヒロイン

 変にマウントを取ってしまったことを反省しながらエミーの元へ急いで向かった。

 でもこのくらいは許してほしい。やっぱり力を手に入れたらテンション上がっちまう。


 こういう所は日本人的な発想なのかもしれないな。


「すまん、待たせた」


「あ、シビルちゃんっ♪」


 先生達の元へ戻った俺を見つけたエミーが真っ先に飛びついてくる。


 それをなだめながら報告を行ない、それ以上の騒ぎもなく授業は終わった。


 アルフレッド達も自分達がしでかしたことを報告されていないことに安堵していたが、終始俺を射殺すような鋭い視線で睨み付けていた。


◇◇◇


「一緒~♪ 一緒~♪ シビルちゃんと一緒~♪」


「そんなにはしゃぐと転ぶぞ」


 はしゃぐエミリアに腕を引っ張られて帰りの馬車へと向かっていた俺達。


 こんなに嬉しそうな彼女を見るのは子どもの頃を含めても初めてかもしれないな。


 考えてみれば今のエミリアは本編よりも年齢が幼いんだった。

 子供っぽい素直な感情表現が新鮮だった。


「だって嬉しいんだもーん。シビルちゃんと一緒に帰れるなんて久しぶりだから」


 正門の前で待っていたサウザンドブライン家の馬車に押し込められ、俺はそのままエミーの実家に向かうことになった。


 いつも無理やり連れて行かれる公爵家の門をくぐり、メイドのアミカさんに挨拶をしつつエミーの部屋に案内してもらった。


「お帰りなさいませ、エミリアお嬢様。それと、ようこそいらっしゃいました、シビル様」


「アミカ、紅茶セットを準備してちょうだい。あ、私が淹れるからお菓子と一緒に運んだら下がってくれていいからね♪」


「畏まりましたお嬢様」


 本来なら高位貴族である公爵令嬢の部屋に男、ましてや下級貴族の俺が入ることはほぼ不可能だ。


 だけどそれが幼馴染みの特権である。だけどやっぱりエミー自身が非常に優秀で発言力が強いのが原因だろう。


 普通はそんなのは家族が許さない。貴族はメンツや地位を重んじる生き物だ。


 だけど無邪気そうな性格からは考えられないくらい、エミリアという女の子は考え方がしたたかだ。


 正直サウザンドブライン家の兄弟姉妹の中で、もっとも爪を隠しているのが彼女だと思う。いや、隠しきれないないかもしれないけど。


「入って入って♪」


 そういえば、エミリアのステータスはどうなっているんだろう。


 エミリアに意識を向けてみると、頭上にウィンドウが表示される。


「うおっ⁉」


「どうしたの?」


「あ、いや、なんでもないんだ」


 ビビった。これは凄まじいことになっている。


【エミリア・サウザンドブライン(半獣人族)】女

 ――LV4 HP 40 MP 130

 ――友好度 【恋愛MAXIMUM】 


 まずステータスの数値は普通だ。エミリアはメインヒロインだけあって、全体的なステータスが非常に優れている。


 ゲーム本編の高等部では【精霊魔法】の影響でMPと魔力が非常に伸びやすい。初期レベルは確か7くらいだった。


 武器戦闘もそつなくこなす器用さもあるが、やはり魔法戦闘のステータスが驚異的に伸びるキャラクターだ。


 今はゲーム開始前と言うこともあって、初期ステータスよりも低い数値を示している。


 それはある意味予想の範囲であるが、驚いたのはマド花で一番重要なパラメータである友好度だ。


 友好度はざっくり言うと【最悪】【嫌い】【苦手】の三段階。

 真ん中が【普通】


 そして【友好】【友情】【好意】【恋愛】の四段階と合わせ、合計で八段階となる。


 実際はもっと細かなブラインドステータスがあって、感情と感情の間にも微妙な数値の変化がある。


 エミリアはメインヒロインだけあって、攻略難易度としてはトップクラスだ。


 暗い過去の影響もあって主人公にも中々心を開かないため、友好度が上がらない。


 かなり綿密な計画を練ってゲームを立ち回らないと攻略ルートに入ることができない。


 気が付いているだろうか。エミリアのステータスはおかしいのだ。


 【恋愛】の表示は普通だが、その後の【MAXIMUM】という表示はゲームにはなかった。


 【恋愛MAXIMUM】なんて表記は見たことがない。


 つまり俺はエミリアにこんなに好かれていたのだ。理由は不明だがゲームで最高の【恋愛】を越えた状態を示しているのかもしれない。


 なるほど。こんなに好いていた幼馴染みを戦争で亡くしたのなら、心を閉ざしても仕方ないのか。


 なんだかゲーム内のエミリアとのギャップが凄すぎて実感が湧かないが、こうして話していると好感度恋愛状態の彼女にかなり近い印象だ。



 やがてアミカさんが持ってきた紅茶セットとケーキスタンドに積み上げられたお菓子で午後のお茶会を開きつつ、改めてエミーと話を始めた。


「シビルちゃん、とにかく無事で良かったよ。本当に心配したんだからね」


「ああ、ごめんよエミー。それと、今までごめんな。遠ざけようとしちゃって」


「気にしないで。それに、大丈夫なんだよね?」


「ああ。もしかして、俺が変わった原因分かっちゃってる?」


「ううん。具体的に何があったのかは分からないけど、シビルちゃんが今までとは違うのは分かるよ。一人称も変わってるし、まるで別人みたいだけど、根本のところでシビルちゃんなのは変わってない……って、思っていいんだよね?」


 本当にエミーの勘の良さというか、理解力の高さには驚かされる。

 俺に起こった出来事を直感的に理解しており、俺が今までの俺じゃないことも察してしまっている。


「ああ。俺はシビル・ルインハルドだけど、そうじゃなかった時の記憶が蘇って融合したっていうのが正解かな。だから、見方によっては100%シビルだとは言い切れない部分があるのは確かだよ」


「ううん。シビルちゃんはシビルちゃんだよ」


「ありがとう。それなら、伝えたいことがあるんだ」


「うんっ」



 ああ、やっぱり好きだ。今までのシビルの部分だけじゃ、この感情を自信を持って表に出す勇気は湧かなかっただろう。


 だから俺はそれ以上余分なことを言わず、ストレートに思いの丈をぶつけることにした。


「エミー。君のことが好きだ。俺と結婚してくれ」


「うんっ! するっ! シビルちゃんのお嫁さんになるっ!」


 エミーは一も二もなく肯定してくれる。そこにはコンマ一秒すら迷いがなかった。


 ゲームでは見られなかった側面だ。恐らくこれが本来の素直さなのだろう。


 俺の死によってネガティブになったに違いない。


「迷わないんだな」


「迷う理由なんてないもん。お父様は文句言うかもしれないけど、シビルちゃんがなんとかしてくれるんでしょ?」


「ははは。敵わないなエミーには。勿論だ。俺とエミーが幸せに暮らしていく為の計画は、もう練ってある」


 正直、このままエミリアとだけ添い遂げて一生を過ごすのも悪くないとすら思える。


 だけどこの世界の未来の事情を考えると、このままではいけないのだ。


 エミリアはそれが分かっているかのように、俺の言葉を待っている。


「二年……待ってくれ。俺達が成人するまでに、エミーと結婚しても誰も文句を言えない立場を手に入れてみせるから」


「何か考えがあるんだよね?」


「ああ。もうすぐ魔王軍との戦争が始まる。そこで俺が武勲をあげれば報償として爵位をもらうから。英雄になれば誰も文句はいわないさ」


 このところ魔王軍との戦争の気運が高まっている。

 恐らく戦える貴族のほとんどは招集が掛かるだろう。貧乏貴族であろうと、それが義務なので逃れる術は無い。


 貴族は家の中で当主の他に最低一人は子供を戦力として連れて行かなければならない。


 特に跡継ぎではない三男坊など真っ先に白羽の矢が立てられる。ようは当主と長男を守る為の肉壁だ。


 武勲なんて簡単にあげられるものではない。だけど今の俺なら必ずできる。


「分かった。心配しないわけじゃないけど、もう決めたんだよね?」


「ああ。今までの俺じゃ心配になるのも仕方ないけどね」


「大丈夫。信じてるから」


 エミーは疑うことなく俺を信じてくれた。


 盲目的なのか? あるいは何も考えていないのか。

 いや、エミーは天真爛漫な性格だが、非常に頭が良いから根拠があるに違いない。


 彼女が持っていた確信の根拠を俺が知ることになるのは、随分後になってからだった。


 それはもっと後になってから語ることになるだろう。


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